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趣味の人生を楽しむサラリーマンの日記

安室奈美恵引退フィーバーで思い出した2つのこと

安室201809

【1】騒いでいるのは本当のファンではない

僕はQUEENのファンである。世の中にある音楽はクイーンとそれ以外に大別できるといっても良いくらいクイーンのことをこよなく愛している。初めて聴いたときからフィーリングが合ったし、聴けば聴くほど好きになり、音楽に詳しくなってから聴いても新しい発見がある奥の深さを持っており、その勿体つけた音楽は好みが分かれるとはいえ、ポップミュージックとしてとても完成度が高いところが最大の魅力。

そんなQUEENの人気は日本から火がついたというのは有名な話で、しかし、僕がQUEENを知ったのは82年。髭面短髪になったフレディの外見的変貌と、「フラッシュ・ゴードン」の商業的失敗、中心的存在だった10代女性ファンの成長などが重なって、日本では人気が下降しはじめた時期だった。更に、ニューウェーブから派生して、よりキャッチーでフレンドリーで大衆的なグループとして、ワム!(Wham!)、カルチャー・クラブ(Culture Club)、デュラン・デュラン(Duran Duran)などが次々に台頭しはじめ、日本でも若いファンが急増しはじめていた時期でもあった。

高校に入った頃(83年)には、周囲は完全にそれら新しいグループの話題一色のムードで、QUEENは完全にオールドファッション扱いになっていた。僕がいくら力説しても、時代遅れの音楽なんて聴く気がしない、というのがほとんどすべての人の反応で、大げさにではなく本当にそのくらい極端に時代遅れ扱いされていた。86年のある日、オリジナル・アルバムを1枚ずつレコードで買い集めていた時期に、レコード店から家に戻る途中に中学の同級生に偶然遭遇、雑談していると自転車のカゴに入っているレコードに手を伸ばし、「何買ってきたの?」と袋から出てきた「世界に捧ぐ(News Of The World)」(77年発売)を見て「ヘッ、まだこんな古いの聴いてんの」と嘲り笑われたことを昨日のことのように覚えている。

80年代の日本におけるQUEEN人気はそんなものだったので、東芝EMIに移籍してからのQUEENは新譜が出たことさえ話題にならなかった。移籍第一弾の「The Works」のときはまだそこそこプロモーションされてたけれど、「The Miracle」「Innuendo」に至ってはレコード店でプロモーション用ポスターが貼られることもなく、目立つところにCDをディスプレイされることもなく、ひっそりと他のCDと同じ場所のラックに新譜が1枚だけ置かれていた。もちろん話題に上ることはなく、特に「The Miracle」は、(当時は知られていなかったけど)フレディがHIVキャリアことをメンバーが知ってから制作され、バンドとしての一体感を取り戻した完成度の高いアルバムだったにもかかわらず、評価されていなかった、否、評価の俎上に載せる人すらいなかった。

ところが、フレディ・マーキュリーが亡くなり、残された録音から制作された「Made In Heaven」が発売されると、CDショップには特設コーナーが設けられ、新聞でも採り上げられるほどの話題になった。「Made In Heaven」はフレディが世に出してほしいと願って残していた音源を元に残りのメンバーが仕上げたアルバムだっただけに、特別な意味を持つアルバムだったとはいえ、純粋なQUEENのアルバムと捉えるのには無理があり「The Miracle」に及ぶ内容とは言えなかったにもかかわらず、「The Miracle」よりも遥かに売れた。特にここ日本においては何倍も売れたんじゃないだろうか。

と、長い前置きはここまで。

以前の記事で書いた通り、僕は日本の音楽は聴かない(http://buhaina.blog.fc2.com/blog-entry-270.html)。洋楽とJ-POP(歌謡曲)の質の違い、日本人の音楽との距離感と合わせて、パフォーマンスのレベルの低さと、この程度の客(日本人)にはこの程度のものでいいだろうという作り手の志の低さを理由に挙げた。でも安室奈美恵にはそのような思いを抱いたことがない。もちろんショービズ本場のアメリカでも通じる世界一級品のレベルとまでは言わないけれど、プロとして歌も踊りもしっかりしているし、聴衆に質の高い娯楽を提供しようという志があるから。芸能界という日本特有のジメジメした狭い世界で生きるのではなく、表現者であることを第1優先で活動している姿にファンでなくても好印象を抱いていた。

引退宣言をしてから最後のツアーを収めたDVD(ブルーレイ)が記録的な売上であることがニュースで採り上げられる様を見て、前述のQUEENのことを思い出してしまった。100万を超えるその最後のDVDの購入者で、前作のDVDを持っている人はどれだけいるんだろう?タイトルすら言えない人がほとんどなのでは?小室時代を終えた後の曲を歌える人がどれだけいるんだろうか?ずっと追いかけているファンはむしろ小室時代が彼女のキャリアの中では異端と言っているというのに。人気のあった閉店前のラーメン屋に行列したり、販売中止が決まってカールが在庫切れになったのと似たような、本当は好きだったわけでもないのに「ファンである自分」と主張しはじめる身勝手な人が多くてとても嫌な気分になる。

ちなみに、今ではもっとも広く聴かれている洋楽アーティストといっても過言ではないQUEENでも、熱心なファンと思える人に実際には一度も会ったことがない。熱心なファンを目の当たりにしたと思ったのはミュージカル「We Will Rock You」の会場、新宿コマ劇場だけだ。ファンが多いと言われているアーティストでも本当のファンというのはそれほど多いわけではない。僕はビートルズはあまり好きではなくて知識もないけれど、僕よりビートルズのことを知っているな、この人はファンだなと思った人はこれまでに2人しか会ったことがない。

以前、X-JAPANのHIDEが亡くなったときに葬儀に行列するファンがテレビのニュースで報道されていたけれど、あれにも強烈な違和感を感じた。並んでいる行列にカメラを向けると3~4名のグループが目立つ。ある特定のアーティストの熱心なファンというのはそう周囲に多くいるものではない。本当のファンが行列をなしていたのなら、数名のグループなど存在しないだろう。

【2】小室哲哉の重い罪

先に書いた通り、安室奈美恵のキャリアの中で小室哲哉プロデュースの時代はむしろ異端の時期だった。にもかかわらず、ニュースなどで流れるのは小室時代の曲ばかり。まあ、でもそれは仕方がない。みんなが知っている曲はすべて小室時代の曲なのだから。

一世を風靡した小室哲哉は、才能のある音楽家だったと僕は思っている。しかし、今では懐メロとして聴く人はいても小室哲哉の音楽が好きで今でも聴きたいと思っている人はほとんどいない。ゼロとは言わないけれど、売れた枚数と今でも愛好しているという人の比率統計が取れたら、他を寄せ付けぬ記録的な低率になるんじゃないだろうか。つまり音楽家としては完全に終わっている。理由は簡単、音楽を舐めて、音楽を金儲けの道具にしたから。

まだそれほど有名でなかったときに小室哲哉が作っていた曲は歌のメロディ、骨格がしっかりしている。わかりやすく言うと、最初から最後まで歌を口ずさむことができる。渡辺美里の"My Revolution"を思い出しみれば、最初から最後まで通して鼻歌で歌える曲であることがわかるはずだ。

小室哲哉がキース・エマーソンから影響を受けたことを割と知られるところで、学生時代には論文(雑誌の投稿だったかな?)まで書いていたという。他にも様々な洋楽アーティストの音楽を吸収して、TMネットワークで才能を開花させた。キーボード(あるいはピアノ)奏者というのは譜面や音楽理論に強く、感覚だけでなく理論的もしっかりしていて、さらに才能を持っていたからこそ成功した。

しかし、「小室哲哉プロデュース」ブランドになってからの楽曲は、曲の構造が非常に貧弱である。ある程度印象に残るメロディが少しできてしまえば、編曲能力があり、打ち込みで自分だけで制作できるから、曲として形をつくることができてしまう。もちろんそれも才能があるからできることとはいえ、その「ある程度印象に残るメロディ」の部分以外は、おざなりのメロディがチョロっとあるだけでほとんど頭に残らない。わずかな素材を元に引き伸ばして曲の体裁を整えるだけなので中身が薄くなる。

「小室哲哉プロデュース」は別にプロデューサーとして優れているのではなく、短い歌メロを元に編曲で誤魔化して曲に仕上げ、伴奏も打ち込みで作るという成り立ちからそうなっただけのもので、歌メロの断片を元にしているだけだからそもそも他人に委ねることができない。打ち込みというテクノロジーができて、イージーに曲を作ることができてしまうようになったから、他の人が介在しない、他人の手間をかけない、省力化された音楽、それを「小室哲哉プロデュース」と呼んでいたにすぎない。少なくとも彼は歌をプロデュースしていたとは思えず、たとえば「~が」と歌う場合に、綺麗に発音するために「が」を「んが」のように濁らせるのが基本のところ、はっきり「があ」と汚く発音させていてそのまま放置していたりする(意図して狙った効果も感じられない)。

そんな状況でも、周囲がちやほやして次々に作曲を依頼、それがまた売れて、無名時代からは想像できない大金がバンバン入ってくる。似たような歌メロやコード進行のものが増え、歌メロは更に簡素化されていった。そもそもポップミュージックの作曲というのは12音という限られた音階を組み合わせて作るだけのシンプルなもので、技法や構成に凝って、必ずしも時間を積み上げれば良い曲ができるというものではない。一方で、誰でも作れるシンプルなものだからこそ、閃きや創造力や独自の感性が要求されるわけで、編曲はもちろん、得意とも思えない作詞までして、演奏家として活動してテレビに出演して芸能活動までして、作曲以外の仕事を大量こなさなくてはならない忙しい状況であんなにハイペースで質の高い楽曲を次々に作り続けることができる作曲家がいるはずがなく、商業主義に流された小室哲哉は消費されるだけの中身の薄い音楽しか作らなくなった。彼が不幸なのは、ダウンタウンの浜ちゃんの歌や沖縄サミットのような曲に「手抜きが酷いですね。もう一度書き直してください」と言う人が誰もいなかったことだろう。

歌詞になると手抜きは更に凄まじく "Feel Like Dance" という文法間違い(正しくはDancing)に始まり、"Can You Celebrate?" という、ネイティヴが聞いたら「あなたはドンチャン騒ぎできますか?」という意味の迷タイトル曲を日本歌謡曲史に永久に残すことになった(一時期は結婚披露宴の定番曲だったそうで)。この曲がまた、安室奈美恵引退フィーバーでヘヴィローテーションされてしまっている。

要するに、この程度の曲をチャッチャと作ればいいんでしょ、どうせ聴衆の程度が低いから手抜きしてもバレずに売れちゃうし、という姿勢で彼は音楽を金儲けの道具として利用した。小室人気絶頂期に僕はそう思っていたので僕は小室哲哉のことを心の底から軽蔑し、「先週Globeのコンサート言ったけど最高だった」という友人に対して「手抜き音楽ばかり作っている小室はすぐに消える。10年後には誰も聴いてない」と言い放っていた(嫌な奴だねえ、まったく。でも事実そうなったよ)。ちなみに小室人気絶頂の当時、トーク番組に出ていた松山千春が小室哲哉に触れ、客に向かって「お前ら可哀想だよ。10年後に風呂場で湯船に浸かって鼻歌で歌える曲がないんだから」と言っていたのは僕とまったく同じ感覚から来たものだったんだと思う。

でも実際、懐メロとしてカラオケで歌われたり、懐メロとして聴かれることはあっても、今でもあの「小室哲哉プロデュース」の音楽を求めて聴いている人がどれだけいるというんだろうか。手抜きで作られた引き伸ばし加工品音楽に長く親しまれる奥深さがあるはずがない。そうやって手抜きが板についてしまったから、音楽家としてその程度のものに小室哲哉は成り下がってしまた。今、新たに小室の音楽が聴きたいという人がどれだけいるというんだろう?安室奈美恵が小室哲哉から離れたのは、自分の方向性を持って物事を客観的に見て、ブームが長続きしないことを見越していたからのように思える。もちろんこれは勝手な想像だけど。

確かに音楽は売れて、広く知られてナンボという要素はある。でも金儲けの道具として作られた音楽が長く愛され続けることはない。セールスの記録が残り、その功績が消えることはないであろう小室哲哉。今でもカラオケの印税だけで年に数千万以上は入ってくるであろう成功を手に入れたかもしれないけれど、本当に優れた音楽は何世代にもわたって聴き続けられて行くもので、今の若い人に小室哲哉プロデュースの曲に聴かれているかどうかは調べるまでもなく皆が知っている。

才能を無駄遣いして、音楽家として恥ずかしい生き方を選び、音楽を金儲けの道具にして消耗品を大量生産し、この程度の客にはこの程度の音楽でいいだろうという悪しき文化を定着させた小室哲哉の罪は重い。

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