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趣味の人生を楽しむサラリーマンの日記

過小評価されているベース・プレイヤー ジョン・ディーコン

JohnDeacon201803


筋金入りクイーン・マニアである僕は、クイーンの魅力についてならいくらでも語り続けることができる。今回は、ベース・プレイヤーとしてのジョン・ディーコンについて書いてみたい。

その前に、ベースという楽器についての話から。

そもそもベースというのは誰もが認める地味な楽器。中学生の時に聴いていたアリス(ってあのアリスです)の後楽園ライヴ盤では、曲の中でバックメンバーが一人ずつ紹介されるパートがあって、ギターやキーボード、ホーンセクションの紹介ではカッコイイ見せ場(聴かせどころ)となっているのに対し、ベースがコールされると、伸びやかさや華やかさとは対極にある低い音がウネウネ鳴っているだけの盛り上がらない世界になり、この地味な楽器は一体なんなんだろう、と思ったものだった。そもそも、この当時は通常バンドと呼ばれる演奏形態にベースという楽器があることじたいわかっていなかった。

ベースが地味な楽器であることは、演奏でソロ・パートが与えられることも珍しくないジャズの世界でも同じこと。メロディを奏でる楽器でない(単体で曲にならない)という性質上、直接的に耳に残るフレーズはほとんどなく、低い音なので音程も他の楽器に埋もれて聞き取りづらい。ギターやキーボードのフレーズは主旋律を担うことも多いから鼻歌で歌ったり口ずさんだりすることはあるけれど、ベース・ラインを口ずさむなんてことはまずない。メロディ楽器でないという意味ではドラムもそうだけれど、特にロック系のドラムは派手だし、モノを打ちつけるアタック感のある音は嫌でも耳に飛び込んでくる。

勢い、ベースは一番の脇役と扱われ、特にアマチュアがバンド組もうぜ、となったときに一番下手で主張がない奴が担当を押し付けられることが多い(らしい)。

ちょっと話が横道に逸れます・・・。

僕はあんまり「音楽をわかっていない」という物言いはしないようにしている。なぜなら「カラヤンはブルックナーがわかっていない」「ケルン・コンサートの素晴らしさがわからない人はキース・ジャレットのことをわかっていない」というような、自身の考えに固執した教条主義的思想を正当化する言葉として使われることがよくあるから。そもそも、自分は音楽に精通しているという奢りがなければこんな物言いは出てこないわけで、そういう人は過去の自分の音楽観に囚われて新しい音楽の面白さを知る機会を自ら狭めているようなものであるとまで思っている。それでも長年いろいろな音楽を聴いていれば、良い音楽、深みのある音楽(繰り返し聴いてもいろいろな良さを発見できる)を選別するようになる。これは奢った態度ではなく、より音楽の面白さがわかるようになって、いろいろな角度から聴いて、また掘り下げて聴いてみて素晴らしいと思えるようになったこと、もっと簡単に言うとその音楽が持っている魅力をより深く楽しめるようになったことであるように思う。だから僕は「音楽をわかっている」という言葉を、その音楽の楽しみ方をわかっている、という意味と自分の中で捉えている。

ベースに話を戻すと、ロック、ソウル/ファンク、ジャズ/フュージョンなど広い意味でのポピュラー音楽全般において、ベースというのは極めて重要な楽器である、という話をしたときに「もちろん、そうだよね」と瞬時に回答できるか否かで、音楽がわかっているか、そうでないかの一線がある程度引けると僕は思っている。なぜならベースは、表面を彩ることはなくても、音楽を下支えして、音空間を凝縮したり広げたりすることができる楽器である、ということを理解してるかどうかがわかるから。

そこで本題に入る(相変わらず前置きが長いですねえ)。

そもそも、クイーンがデビューした当時の英国といえば、アメリカから入ってきたブルーズをベースに、歪んだヘヴィなギターを大々的にフィーチャーしたロックがトレンディな音楽だった。だからデビュー当時のクイーンがハードロックを志向していたのは当然のことで、後にソロ・アルバムでダンス・ミュージックやオペラを取り入れたフレディ・マーキュリーでさえ、当時はフェイバリット・ミュージシャンにジミ・ヘンドリックスを挙げていたほどだった。本稿主役のジョン・ディーコンも、後にソウル・ミュージック好きであることをカミングアウトすることは広く知られている話とはいえ、初期のクイーンにおいてはハードロック・グループの中でのベースの役割に留まった、しかしそれでいてメロディックなプレイをしていた。

しかし、ポップ性が高まり始めた「シア・ハート・アタック」から徐々に本性を表してくる。ポピュラー・ミュージックの中でもソウル/ファンク/R&Bは、もっともベースの重要性が高い。というか、それらのジャンルの音楽はベースが作るグルーヴを基本に音楽ができているといっても過言ではない。ソウルを愛好していたジョンが、ただコード進行をなぞって低音の厚みを加えるだけの役割に留まるはずがなく、躍動感と推進力を生み、音楽の重心を上下に移動させながら、アクセントを付けて曲を支え、間接的には曲に表情を付けることまでやってのけている。

ちなみに、ロックの世界にはクリス・スクワイアやジョン・ウェットンのようにゴリゴリと押しまくるタイプもいるし、ジャズ系ではジャコ・パストリアスやリチャード・ボナのようにスーパー・テクニックで圧倒するタイプもいる。ある意味ベースの範疇を超えた表現にまで至った人たちと言えるんだろうけれど、個人的にはベース本来の役割を外れてしまっている規格外のプレイヤーという位置づけになってしまっている。もちろん素晴らしいことは100%認めていますが。

僕が好きなベース・プレイヤーは、ロック系だとアンディ・フレイザー(フリー)、ジョン・ポール・ジョーンズ(レッド・ツェッペリン)、ニール・マーレイ(ホワイトスネイクなど)あたり。誰が弾いているかクレジットされていないことが多いソウル/ファンク/R&B系には素晴らしいベース・プレイヤーが山ほどいるし、スライやタワー・オブ・パワー(ロッコはまさにワンアンドオンリー)のベースなんて本当にカッコイイ。

それら名プレイヤーと遜色ない、いや、幅広く音楽をカバーするという意味ではそれ以上に素晴らしいのがジョン・ディーコンである。

御存知の通り、クイーンの音楽性は実に多彩。これだけいろいろな音楽性を有しているロックバンドは空前にして絶後である。ついでに言うと、それにもかかわらず、「一体何がやりたいの?」にならず、「聴けばすぐにクイーンとわかる(クリフ・リチャード)」ところも他のロックバンドの多くが到達できていないクイーンならではの偉大さである。

フレディの独自の声と型にハマらない歌いまわし、ブライアンの色彩豊かなギター、ロジャーのアイディア豊富なドラムがそうした多彩な音楽性の源になっているのは間違いないけれど、ジョンのベース抜きには実現できない。

そのセンスがわかりやすいのは、高音域を上手く用いたメロディックなベースラインを自然に織り交ぜるところである。初期のライヴを聴くと、重ね録りのギターとコーラスに埋もれがちなスタジオ盤とは異なり、クッキリとベースラインが聴き取れる。"Liar"ではスポットライトを浴びるシーンもあるし、この時点で既に安定したベースを弾いていることがよくわかる。スタジオ盤でも3枚目あたりから柔軟性に富んだフレーズやベースラインが目立ちはじめる。"Misfire" や "Bring Back That Leroy Brown" のような軽快さは楽器を演っている人ならそのフィーリングを出すにはそれなりの腕とセンスが必要であることがわかるはず。"Sweet Lady" のイントロの空間の埋め方、"Long Away" のギターソロの後、ブライアンの歌の入りに合わせて弾いているフレーズの進め方を聴いてほしい。"The Millionaire Walts" のイントロなんて歌っているかのようではないか。単純なリズムの "All Dead, All Dead" では安定と落ち着きを与えながら実は曲をしっかりと主導している。"Don't Stop Me Now"の疾走感と高揚感は、歌メロだけではなくベースラインがあるからこそ(だからこの曲にはギターが必要ない)。もちろんここに挙げた曲以外も、見事なフレーズの宝庫。そして特筆すべきは、これだけ魅力的なベースラインを繰り出しておきながら出しゃばっている感がまったくないことである。スター・ベーシストは主張が強すぎて、実はバンドのカラー、音楽性を限定していしまう傾向があるけれど、ジョンのベースは真逆で、クイーンの音楽を拡げているのである。

これらは別に難しいこと、複雑なことをやっているわけではない。フレーズのコピーだけなら誰でもできるに違いない。でも、あの柔らかさと軽快さを実現できる人はきっとジョンしかいない。QUEEN+Paul Rodgers、QUEEN+Adam Lambertを聴いて、リズムに柔軟性がなく単調に聴こえてしまうのはジョンが不在であることが大きな理由であると思う。

ロック・グループは星の数ほどあれど、これほど素晴らしいベース・プレイヤーはそうはいない。

僕が洋楽にハマったのはクイーンとの出会いがあったから。当然のことながら、はじめに恋に落ちたアーティストが深みのある音楽性を持っているとは限らない。音楽の経験値が上がってくると、キャッチーなだけの音楽、耳に心地良いだけの音楽(それはそれでこの世に必要ではありますが)だけだと物足りなくなってくる。僕も洋楽にハマり始めたころにレコードを買って聴いていたアーティストや、若い頃に繰り返し聴いていたアルバムが、今聴くと魅力に乏しく、薄っぺらに聴こえてしまうものがあるし、音楽歴の長い人なら同様な経験をしている人は少なくないんじゃないかと思う。ジャズやクラシックを聴くようになった今でもクイーンの音楽は色褪せず、気分が高揚する。そんな素晴らしいクイーンの音楽にジョンは作曲者として貢献したのはもちろん、ベース・プレイヤーとしての貢献も計り知れないことをファンは忘れてはいけないと思う。

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