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趣味の人生を楽しむサラリーマンの日記

ロックのエッセンスを思い出させてくれるグランド・ファンク・レイルロード

GRAND FUNK201707

僕は生まれが1967年なので、洋楽を聴くようになったときには80年代になっていた。エネルギーが有り余る中高生に魅力的に映ったのはハードロックで、80年代となるとアイアン・メイデン、サクソン、レインボー、キッスなどが僕の周りでは人気を集めていて、もう少し経つとLAメタルが、更にもう少し経つとガンズ・アンド・ローゼスが流行った時代だった。ところがリアルタイムのそういったロックに僕はあまり馴染めず、自分の幼少時代に隆盛を極めていた60年代後半から70年代のロック、たとえば初期のクイーン、レッド・ツェッペリン、ディープ・パープル、フリー、キング・クリムゾン、イエスなどの方が断然魅力的に映っていた。

70年代のロック、特に独特の憂いが漂っている英国モノに夢中になって、その時代の名盤特集企画が組まれていたときの雑誌はそれこそ解説文を反芻できるほど読み、限られたアルバイト代でレコードをどんどん買った。この時代の代表的なアーティストやアルバムは20代前半までにかなり聴いてしまっていたと思う。例えばブラック・サバスやナザレスなど、ピンと来なくてそのまま聴かなくなったバンドもあったけれど、ハンブル・パイや初期のウィッシュボーン・アッシュのように今聴いてもカッコいいと思えるバンドに巡り会った。この時代のロックがなぜこんなに魅力的かというと、ミュージシャンが自分のスタイルの音楽を迷いなく演って、聴衆もそれを評価していたからだと思う。80年代になると、ロックはMTVという媒体を通して大衆に売り込むスタイルが確立されてしまい、聴き手も個性より耳当たりが良いものを求めるようになってしまった。今思えば、ロックに限らずチャラチャラしたバラードがやたらとヒットしていたのはそのような音楽ビジネスのトレンドをよく表した現象だったと言える。自分らしい音楽を追求するという純真さよりも、売れる型にハメてそれに乗っかることが優先されるようになり、しかも当たれば大金を手にできるようになってしまった。有り体に言えば音楽よりも金儲けが優先される大量生産商品にロックが変わっていってしまった。当時はロックしか聴いていなかったけれど、今思うとR&Bやファンクなども同様な印象で、70年代のものの方が断然音楽が輝いている。金儲けが第一になってしまった80年代以降の音楽の多くは今聴いても本当にツマラナイ。

素晴らしき70年代ロックを若い時に貪るように聴いてきたものの、ある程度お気に入りのものが手元に揃い、30代になると新規で新しいバンドを開拓するという行動はもうしなくなっていた。若い時に見つけた素晴らしいアーティスト、アルバムで満足しており、若いころに聴いてあまりピンと来なかったものを聴き返してみても魅力を発見することはなかった。だから興味がジャズに移って行き、新たに発見して聴き込むようになったロック古典名盤はすっかりなくなってしまった。以降、お気に入り70年代の大物アーティストの発掘音源、リマスター盤以外はロックのCDを買わなくなって行く(そういう人は少なくないと思うけれど)。

ある日、Apple Musicでいろいろ古い音楽をつまみ食いをしていた。なんとなく、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバルやスリー・ドッグ・ナイトに行着き、そのうちにグランド・ファンク・レイルロードが出てきた。懐かしい! グランド・ファンクは一応若い時に少しだけ聴いたことはある。でもそれほど好きというわけではなくてベスト盤1枚を所有していただけ。改めて初期の2枚を聴いてみたら、これがもう血沸き肉踊るとしか言いようがないロックではないか、と興奮して思わずCDを購入してしまった。

よく知られているように、彼らは上手いバンドではない。いや、そんな遠回しな言い方はやめよう。ハッキリ言って下手だ。曲もアレンジも演奏も、工夫しているように思わせるところがない。高度な音楽性を感じさせることも知性を感じさせることもない。でも、聴いていると魂が揺さぶられる。"Inside Looking Out" のイントロを聴いて欲しい。ハイハットでカウントを取るベタベタな始まり方なのに気持ちが昂ぶる。お祭りの太鼓を聴いて胸が高鳴るのと同じように。それは人間が本能的に持っている衝動性と言えるもので、ロックとはそういうものだと思い出させてくれる。演奏技術でもアレンジでもなく、ミュージシャンのエネルギーとパッションをダイレクトにぶつけるという潔さ。気持ちが入っていない、形式だけの音楽で人間はコーフンしたりはしない。こういうフィジカルなプリミティヴさを持つロックは現代にはもうAC/DC(未だに活動を続けている彼らは尊敬に値する)以外には存在していないと思う。こう言っちゃあ悪いけど、グランド・ファンクやAC/DCを聴くとレディオヘッドなんてチマチマとセコい、音らしきものにしか聴こえない(ロックというカテゴリーで自分の肌に合わないグループはもちろん存在するものの嫌いという感情を抱くことはほとんどなく、しかしU2とレディオヘッドだけは「オレたち、知的だろ、才能あるだろ」っていうナルシスティックな胡散臭さばかりが前面に出ていて、音楽を自己顕示欲のために利用しているだけにしか思えないからハッキリ言って嫌いです)。

グランド・ファンクがそういう野性味を持ち味とするグループだということはもちろん知っていた。では、なぜ今頃になってこんなに心に飛び込んでくるのか。それはたぶん、30代以降、ジャズとクラシックばかり聴いてきたからだと思う。特にここ4年くらいはクラシックばかり聴いてきたから、音楽が持つ衝動性、その魅力を忘れてしまっていたのかもしれない。ジャズもクラシックもそれぞれに素晴らしさがあるけれど、ロックにはロックにしかない素晴らしさがある。グランド・ファンク・レイルロードはロックの魅力の核心を鮮明に思い出させてくれる。

ジャズを聴き始めて以降、新しく僕のライブラリーに加わった古典ロックはない、と先に書いたけれど、2015年に出たテイストのワイト島完全版と、グランド・ファンク・レイルロードの初期2枚は例外的にそこに加わることになった。どちらも演奏は荒っぽいし、決して上手くはない(ロリー・ギャラガーは最高のギタリストだけど上手いのとはちょっと違う)。でも、ロックの一番重要なエッセンスが凝縮されている。

僕はかねがね、音楽好きならいろいろなアーティストやジャンルを聴いた方がいい、と言い続けてきた。好きなものを聴くだけでなく、他のものを聴くことで元々好きだったものの魅力がより理解できるようになるからだ。ジャズやクラシックを沢山聴いてその素晴らしさがわかるようになったからこそ、ロックの素晴らしさがより理解できるようになる。そうやって楽しみ方の幅を広げることができるから音楽は飽きないんだと思う。これは音楽に限った話ではない。物事、知識の幅を広げれば広げるほど多くのことがわかるようになるから面白い。ひとつのことを深掘りするだけでは見えなくなってしまうこともある。付け加えるなら、そういうことをわかった上で物事に向き合っている人と、自覚なく向き合っている人とでは、同じものから得ることができることも違ってくるんじゃないかと思う。

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