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趣味の人生を楽しむサラリーマンの日記

サロネン指揮 フィルハーモニア管弦楽団 2017年 日本公演

サロネンPO201705

2017年5月15日
東京文化会館
指揮:エサ=ペッカ・サロネン
演奏:フィルハーモニア管弦楽団
(演目)
R.シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第3番(チョ・ソンジン)
(アンコール)シューベルト:ピアノ・ソナタ 第13番 第2楽章
ベートーヴェン:交響曲 第7番
(アンコール)シベリウス:ペレアスとメリザンド「メリザンドの死」

LFJを除くと今年初のコンサート。サントリーホールが改修中ということもあってか、今年前半はあまり惹かれるオケの来日がなく、このフィルハーモニア管弦楽団のみ(秋は大変なことになりそうですが)。コンサート通いが趣味になりはじめてから、手当たり次第に行ってみた感じで、なんとなく評判やオケの格というのがどういうものかというのがわかってきたので、今後は本当に行ってみたいものを選んで行くつもりです。

そんななかでも、良く来日しているサロネンとフィルハーモニア管弦楽団は是非一度聴いてみたかった組み合わせ。

今回はマーラーのプログラムに後ろ髪を惹かれつつ、あんまりマーラーばかり聴いてもどうかというのとベートーヴェンの7番をしっかりしたオケで聴いてみたかったこと、チョ・ソンジンを聴いてみたかったこともあって、こちらのプログラムを選択してみた。

フィルハーモニア管弦楽団といえば、かつてはクレンペラーが率いており、その後も多くの一流指揮者と活動、録音も残している名門オーケストラ。日本のクラシック愛好家はあまり英国のオケを評価しない傾向にあるように感じているけれど、以前、NHK FMの「今日は一日“世界のオーケストラ”三昧」に出演していた演奏家たちが英国オケのレベルの高さを異口同音に賞賛していたこともあって、それなりに高い期待を抱いて会場へ。

颯爽と「ドン・ファン」。なかなか気持ち良い出だし。サロネンはアクションもキビキビと若々しく、オケをリードしている感がよく出ている。緩徐部での優美さが、弦はまずまず美しい響きを聴かせているのに今ひとつ。まあでも1曲目なのでこんなものでしょう。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番。チョ・ソンジンは的確かつ正確な、それでいて有機的なタッチ。ただし、緩さや間といった余裕があまりない印象で、上手いんだけど音楽が窮屈な感じがしてしまう。もちろん技術はしっかりしているし、悪い演奏だとはまったく思わない。ありきたりな言い方になってしまうけれど、若さ、青臭さを感じさせてしまっていたように思う。アクションが大きいことが余計にそう感じさせたのかもしれない。好印象だったアンスネス(ちょうど2年前の同じ日に聴いた)、アヴデーエワの演奏と比べると一段落ちるように感じたけれど、実際に年齢もまだかなり若いわけで、若々しい演奏であることは当然のことで、このような演奏を好む人もいたかもしれない。

ベートーヴェンの交響曲第7番、最初の「ジャアン」。どの楽器の音をイメージしますか?もちろん、多くの楽器が同時に鳴っているんですが、普通はヴァイオリンの音が印象に残るところです。この日、聴こえてきたのはトランペット。しかも支配的なほどに大音量の。「あれ、トランペットの人、最初だけやらかしちゃったのか?」と思ってそのまま聴き進んで行ってもここぞというときに他の楽器の音をかき消すほど目立ち続けるトランペット。あれ?今日の席はトランペットの音のホットスポットに当たっちゃった?いや、前の曲まではそんなことなかったな、これは意図的にやっているのかな、なんてことが頭をぐるぐるめぐり続けているうちに曲は終わりました。要はトランペットの音が終始目立ちすぎていて曲に集中できなかったということです。

弦の音は綺麗だったし、ゆったした導入部と躍動的に転じる第1楽章は好みの展開だったのに、このトランペットですべてが台無しに。古楽ティンパニを使って、弦のヴィブラートも控えめだったので古楽的アプローチを採っていた模様。確かにアーノンクールとコンツェントゥス・ムジクスの演奏はこのようにトランペットがやたら耳につくので、これも古楽アプローチのスタイルということなんでしょうか。そうだとしたら肌に合わなかったとしか言いようがない。僕は、金管楽器は鋭さも時に要求される楽器であると知りつつ、そのような場合でも音に品格が欲しいと思っている。ガサツで大音量の金管は演奏を台無しにしてしまうことを今回再認識した、というのは言い過ぎでしょうか。アンコールのシベリウスがほぼ金管なし(ホルンがわずかに補助に入る程度)の演奏でようやく落ち着いて聴けたというのは、ある意味悲しい。

フィルハーモニア管弦楽団の評価云々は今回はちょっとできません。もちろんLFJで聴いたロワール管とは格が違うし、上手くハマったときはもっと良い演奏を聴かせてくれるであろうポテンシャルは感じたので他のプログラムで聴いてみたいところ。

この日、ソリスト、指揮者共に何度もステージに呼び戻されるような拍手は続かなかった(それでもアンコール曲をやってしまう・・・)し、ブラボーの声は少なかった。肌に合わなかったのはたぶん僕だけではなかった、それはつまり良い演奏ではなかったことを意味しているように思う。素晴らしい演奏の後に見られる、高揚感のある拍手と歓声はこの日の東京文化会館には残念ながらありませんでした。

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