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趣味の人生を楽しむサラリーマンの日記

「ラ・ラ・ランド」(ネタバレあり)

ラ・ラ・ランド201702

デイミアン・チャゼル監督の「セッション」は、個人的にはまあまあ面白いかなというくらいの位置づけで世間で持て囃されているほどの秀作ほどでは、という印象だった。とはいえ、ありきたりでつまらないなんてことはなく、演出や映像などを含めて個性を持った映画として記憶には刻まれている。

「ラ・ラ・ランド」もアカデミー賞各賞に多数ノミネートされて、日本では、映画好きにとっては有名でも一般的には決して超有名人とまでは言えない主役を起用しているにもかかわらず、普段映画を観ない人からも注目を集め、観客動員も出だし好調らしい。

結論から言うと今回もそれほど凄い映画かな、という感想に留まった。でも観終わってからじわじわと心に染み渡る。「セッション」のある意味行き過ぎた演出と表現と押しの強さはこの映画にはなく、高い完成度で質の違う映画をしっかり作った才能はなかなかのもの。一方で、この監督は感情の深みを大げさに掘り下げるといったところはあえて追求しないようで、心を激しく揺さぶるものがあまりない。それよりも映像や演出の技巧の方が目立っている。

もちろん、それは悪いことだとは思わない。そういうところに踏み込まずに表現し、作品に仕立て上げるところが持ち味で、そこが高く評価されている所以であるだろうと思うから。

「ラ・ラ・ランド」は現代を舞台にし、技術は最新の映画でありながら、どこか昔のミュージカルを観ているかのような懐かしさがある。歌も踊りも現代においては他を寄せ付けないほど圧倒的なものではなく、高度なミュージカル映画を観ている気分にはならない。でも、それこそがこの映画の持ち味である。圧倒的なパフォーマンスや感動、大げさに泣かせようという高揚感もあえて持たせようともしていない(監督のインタビュー https://news.yahoo.co.jp/byline/saruwatariyuki/20170221-00067922/ を読むと意図してそう作られていることがわかる)。人の気持ちを説明しすぎていないし、心の動きの機微を控えめに表現する領域を残し、夢を追いかける男女を抑え気味に、それでいてロマンチックに仕立てている。

だから観終わったあとのカタルシスはたぶんあんまりないと感じる人が多いような気がする。評価が低い人はこういったこの映画の特質に物足りなさを感じているんじゃないだろうか。

歴史に残る傑作でなくても、こういう映画はこういう映画で良いと思う。凄い映画である必要なんてないでしょう? ただ、アカデミー賞に多数ノミネートされているから斬新、革新的でこれまで観たこともないようなもの凄い映画だと過剰に期待されてしまって損をしているような気がする。知名度が高いものを叩くと自分の地位が上がると勘違いしている輩はどこにでも一定数いて、彼らが筋違いな批判を始めることも毎度のこと。刺激的なものに溢れている現代に、あえて昔風の色彩感や演出で伝統的なミュージカル映画を作った。それを理解して観れば、妙な誤解をせずに観れるはず。

後で調べて観たら、なんとCGなどを使わず35ミリのフィルムで撮影しているらしい。冒頭のシーケンスなんてどうせ(「バードマン」のように)継ぎ接ぎをそれらしく見せているんだろう、なんて思っていたらそうじゃない(まあ、数箇所くらいは繋いでいるかもしれないけれど)。それ以外のシーンも、CG加工が当たり前の時代にローテクな手法で撮影している。見せ場となる丘の夜景でのシーンやちょっとセンチメンタルなもうひとつの人生回顧シーンも編集なしで通しで演じたものから良いテイクを選んでいるらしい。どこか昔の映画を観ているかのよう、というのは演出や映像(2.55:1 という古いシネマスコープサイズもその一環)だけでなく、こういった部分も噛み合って映画全体のバランスが取れていているからで、それが完成度の高さとなって結実しているんだな、と納得。

あと、音楽の扱い方も良い。「セッション」に続いてジャズが主要なネタになっていてチャゼル監督がかなりのジャズ好きであることがわかるけれど、その捉え方が日本人のような内向的お勉強型(すなわちオタク)ではなさそうなのでジャズ警察(昔のジャズを愛好する信条に固執するタイプのジャズ・リスナーのことをJazz Policeと呼ぶそう)には突っ込みたいところが多いらしいけれど、そういう面倒な人は放っておけば良い。ジャズという遊び心がキモの音楽を愛好していながら映画にそういうツッコミをしていることじたいがジャズ的ではないし、ジャズの本質的な楽しさは映画内でちゃんと表現できている。また、お馴染み a-ha の "Take On Me"のイントロに続いて入ってくる歌がどうしてこんな変なヴォーカルになっているんだろうと思って画面が切り替わるとオチがわかるという仕掛けも笑える。尚、映画内の主要曲も古いミュージカルのテイストを下敷きにしつつのオリジナル曲で、完成度が高い楽曲を揃えることができたのもこの映画の成功の所以でしょう。

少々強引な例えをさせていただくと、この映画は89年にデビューしたユーノス・ロードスターに似ていると思う。当時のクルマは安全性の大幅な向上(結果重量増)を求められ、合わせてハイパワー、高性能が求められていた。かつて愛されたライト・ウェイト・スポーツカーは、そういった要求にまったく合っておらず、どのメーカーも生産をやめ、開発もしなくなっていた。そんな時代に登場したユーノス・ロードスターは古典的な基礎構造を持ちながら最新の技術で設計され、現代(当時)の快適性と品質を備えながら、高性能とは言えないのに古き良き時代のドライビング・プレジャーを世界中の老弱男女に知らしめた。そんな時代遅れのクルマを作るために車体を新設計したマツダの熱意とこの映画製作者が面倒で手のかかる古典的手法を用いて作り上げた熱意はどこか通じるものがあるし、高性能でなくても刺激的でなくてもクルマの運転というのは楽しいんだよというプリミティヴな魅力への訴求がこの映画と重なる。

それにしてもエマ・ストーンは不思議な女優だなあと思う。表情を崩したときにはむしろ不細工顔で、それでいてどこか愛嬌がある。ドレスアップしているときには華があって可憐。決してお高くとまっていないどころか時にお転婆娘のような親しみやすさがあるのに、スターらしい凛とした雰囲気も持ち合わせている。「ラ・ラ・ランド」のように成功前と成功後の女優を難なく演じることができる幅の広さは大したもの。もちろんそういう要素は以前から見せていたけれど、この映画ほど彼女のそういった魅力を引き出した映画は初めてでしょう。主演女優賞は、この映画だけでなく、彼女のこれまでに総合的な演技の幅の広さ、それを積み重ねてきたことに対して贈られたんじゃないかと僕は勝手に思っている。

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