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趣味の人生を楽しむサラリーマンの日記

「この自由な世界で」(ネタバレあり)

この自由な世界で201601

骨太な社会描写で定評のあるケン・ローチ監督。しかし出世作「麦の穂をゆらす風」はなにしろ戦争映画だったので嫌な後味しか残らなかった。戦争映画は究極の人間社会描写であって骨太て重厚になって当たり前なわけであえてこの人が描くことに意義があるとは思わなかった。もちろん英国人としてアイルランドで起きていたことをしっかり描いたという意義はあったとは思うけれど。

この映画の邦題で気楽に見た人はある意味気の毒だったかもしれない。なにやら "What A Wonderful World"かと思いそうな雰囲気を漂わせる邦題を持つこの映画の原題は「It's a Free World...」。この、最後の「...」の意味が大きいので邦題にも是非「この自由な世界で・・・」としていただきたかった。

主人公アンジーがこの映画のすべてになっている。ロクに仕事もしない人ばかりの会社にセクハラでキレたために不当に解雇され、借金を背負っているアンジーは自分で外国人か仕事のない人を引き取って英国で働いてもらう労働派遣業を始める。なんとなくそれがうまく軌道に乗り始めるあたりの描写はおざなりだ。この映画は志のある人がうまくやりくりして成功するストーリーを見せたいわけではないから。

仕事を続けていくうちに、いろいろなことが起きる。子供の面倒も満足に見れてやれないし、両親からも苦言ばかり言われるというストレスも常に抱えている。そうこうしているうちに、不法労働者は雇わない、賃金はちゃんと払うという志を持って意欲的に仕事をしていたアンジーは、しかし可哀想な不法滞在移民家族を見たり、法律違反をしてもお咎め無しという事実を知ったり、賃金を支払わない業者のせいで雇用者に給料を支払えなくなったりするうちに不法労働者を雇わないというルールを崩していってしまう。

根底にあるのは、自分もお金が欲しい、自分にも生活がある、ということだ。人間、9割以上の人が正しい道徳観を持っているものだけれども、自分の立場を危うくする状況に追い込まれたときにその道徳観を維持して行動できる人はほとんどいない、というのが僕の考えで、この映画はまさにそれを描いている。ストレート過ぎるくらいに。

たとえば「ラウンダース」でマット・デイモンが高給取り弁護士グループに言った有名なセリフに「いつからそんなんなに堕落したので?」というものがある。そう、アンジーは周囲に起きて行くことに流されてどんどん堕落して行く。ラストシーンの苦々しい笑みは、自分に「いつからこんなに堕落したんだろう?」と問いかけているからこそ出てくるのだと思う。

そして、「でも、やめられない」という余韻を残して映画は終わる。日常にありそうなシーンで主人公だけの視点で描いておきながら、人間の弱さと、弱い人間が回している資本主義社会の危うさをここまでに鮮やかに描いた映画はないと思う。

[1/14加筆]

実は日本でも起きていることは根本的には違っているようには思えない。僕は昨年度まで70名の運用チームの責任者をしていた。自社の社員は自分を含めて6名で、あとはパートナー会社に委任していた。そのパートナー会社の社員は1名のみ、孫請けが1名、残りは曾孫受けが5名、残り大多数がさらにそれ以下の会社というのが体制になっていた。

その「残り大多数」は、確かに優秀とは言い難い子が多かった。そしてかなり安月給で働いていた。しょっちゅうローテーションがあり、人がどんどん入れ替わっていた。それでも15人に1人くらいの割合で、仕事への姿勢も問題解決のために考える能力も備えた優秀な子たちもいた。それこそウチの社員を含め、彼らより上の階層の会社にいるメンバーよりもずっと優秀だった。そこまで優秀じゃなかったとしてもがんばって仕事をしている子も沢山いた。それでも安月給で、ボーナスも少なくて昇給もわずかという子たちが多く、そんな話を聞くと僕はいたたまれない気持ちになったものだった。

お客様はコスト削減のため、契約更新の度に値下げを要求してきた。そのやり方はとてもえげつなかった。僕のいた会社はそれに応じて値下げしてパートナー会社にそれを押し付けた。場合によってはそれに関係なく会社の事情で購買がパートナー会社に値下げを要求することもあった。パートナー会社は恐らくさらに下の会社に値下げを要求していたはずだ。「給料が下がった。もうやっていられない」といって辞めていく人もいたからたぶん間違いない。

その仕事の運用費用を決める会社があって、外注を請け負う会社があって、その下に多重構造の「人を売る会社」が寄り集まっている。そして人の労働力を少しでも安く使おうとする。実際にオペレーションをしている彼らは結婚することすらままならず、所属会社に内緒でバイトをしている子までいた。

このように、人の労力を買ってコストダウンしようとする会社、人の労力を売って金儲けをしようとする会社が数多くあるのも儲けを再優先する資本主義社会の行き着いた先なんだろうと思う。確かに英国の移民労働者のように住む家がないほど貧困というわけはないかもしれない。でも、がんばっても給料も上がらずそのまま歳を重ねて行く彼らを見て僕はずっと胸を痛めていた。こんな経済の仕組みはどうかしていると思いながら、しかし僕は何もできなかった。

ちなみに、ここ日本では派遣社員のような非正規社員の比率の高さがよく問題視されるけれど、上記の子たちは会社に所属しているので正規社員である。正規社員でも、駒として安く使われていることを採り上げているマスコミは見たことがない。英国ほど貧富の差がないというだけで、労力を安く使う仕組みができあがってしまっている日本もなかなかどうして酷い国ではないか。

更に言うなら、そのお客様は世間でもよく名の知れた、低価格でユーザーを増やしてきた会社であり、何千万という人が利用している。安いからという理由でモノを選んでいる人は、アンジーのような人がいるからこそ、その価格で手に入れることができているのだと、この映画から思い知らされることになる。アンジーを単に「共感できない」などと批判だけすることは身勝手以外の何者でもない。ケン・ローチが伝えたかったことは不自由なく暮らしている人すべてに向けられている。

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