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趣味の人生を楽しむサラリーマンの日記

年齢による落ち着き志向のせい? - ハワイの居心地の良さにハマる

Hawai201907


42年間独身だった僕は、趣味と言えるほどではないにしても、多少の海外旅行経験はある。旅行慣れしておらず、英語がまったくできなかった(今でも片言の会話レベルだけど)若い時は、単純な観光目的で、しかも現地に友達が仕事で滞在していたり、住んでいたりしたときに宿泊費がタダだからという理由でその地を訪れるという、気軽なものでした。

ただ、もともと異国文化への好奇心は旺盛で、思わぬことを体験できる海外旅行は、行けば面白く、のんびり過ごすよりも刺激があった方が楽しいと感じるタイプということもあって、行き先は都市ばかり。独り旅だと思い付きで行くところを決められるし、思い付きで楽しめるアクティビティがあるところとなるとやはり都会の方が楽しめるわけです。

オーストラリア人の英会話の先生に、「競馬が好きなら一度行ってみたら」と言われた行ってみたのがメルボルンカップ。(記憶が確かなら)スポーツキャスターの青島健太さんがプロ野球選手を引退したあとに、オーストラリアの田舎町で小学校の教師をしていたときがあって、メルボルンカップ当日(11月の第1火曜日と決まっている)に生徒の半分が休んでいたことに驚いた、という記事を読んだことがあったし、The Race That Stops A Nationなんて言われると競馬ファンとして行かないわけにはいかない。行ってみると、街中には前年にワン・ツーを決めた日本のデルタブルースとポップロックがドンと写ったポスターが至るところに貼られ、レース前日には街の中央の通りで出走馬関係者(調教師、騎手など)がパレードをするなど、まさに街全体がお祭りムード。当日はヴィクトリア州は祝日(有馬記念の日に千葉県が祝日になるようなものか)になっていて、レース後に街に戻ってみたら多くのレストランが閉まっていて困ったことも、今となっては良い思い出として記憶に刻まれているのです。

その後もロンシャン競馬場やベルモントパーク競馬場などに行ったりもしました。自分が好きなこと、好きなものを現地で体験するという目的があると旅行は俄然楽しくなる。好きなこと、ということで言うとジャズを聴くようになってからのある日、ボストンに出張に行った帰りにニューヨークに寄って、毎晩ジャズ・クラブをハシゴしたこともありました。日本のジャズ・クラブとはまた違う雰囲気と、日本では無名でも実力あるミュージシャンを毎晩のように楽しむなんてマンハッタンに行かないと味わえない。クラシックにハマってからは、ウィーン・フィルとベルリン・フィルを現地で観るための旅もしました。素晴らしい演奏の数々を毎日のように味わい、音楽が生活に浸透していることを肌で感じることも現地に行ってはじめてわかるものです。

このような、文化的な趣味に浸るための旅行だと、行くところが都会に偏ってしまうのは仕方のないところ。もともと田舎より都会が好きなので、いろいろな音楽、芸術、スポーツ(アメリカに行くと野球観戦が楽しい)がある都会の旅行の方がやはり楽しい。

そんな僕が、海外リゾート地を初めて旅行したのが47歳のときに行ったプーケットで、偶然まとまった休みを取れる状況になって海外のビーチ・リゾートに一度くらいは行ってみようかなと思ったから、というあまり積極的でない動機でした。毎日ビーチサイドで横になって過ごすという、これまでの海外旅行とはまったく違うダラけた過ごし方に「こういうのもたまには悪くないかな」とは思ったものの、次また来ようというよりも、いつか気が向いたらまた来てもいいかな程度のものでした。

2017年に、ハワイに行こうという話がどこからともなく夫婦間で出てきた理由は今となっては思い出せない。単に7回目の結婚記念日をどうやって祝おうか、1度くらいはハワイに行ってもいいかも、というノリだったような気がします。妻は1度、自分の弟の結婚式で行った経験があったので、プーケットよりも気候がいいから久しぶりに行ってもいいかな、という感じだったような気もします。

正直に言うとハワイは、「フフンッ」という感じでした。日本語通じちゃうんでしょ、海外旅行慣れしてない人向けの安楽リゾートでしょ、競馬もジャズもクラシックもないんでしょ、何を楽しみにすればいい?と、これまで行った海外旅行もほとんど不便のない都会ばかりのくせに、偉そうにそんな不遜な態度を取っていたわけです。

で、行ってみたらこれまでに体験したことのない快適さだった。オアフしか見てないし、ほとんどホノルルにいただけだけれどリラックスできて、しかも楽しかった。

まず、なんと言っても気候が素晴らしい。湿気が多くて風がべったりしているアジアの南国と違い、欧州のようにカラカラというほどではないにしても湿度は控えめで風が爽やか、気温がそれなりに高くても快適で気持ち良いことこの上ない。

街に出かければ、観光客の都会的な賑わいと、それでいてのんびりしたムードが漂う。若い頃は英語でコミュニケーションすることも楽しかったけれど、歳を取るとだんだん面倒になって日本語が通じる方が楽だと思う(ところどころ英語でないと通じないところもあるけど)ようになってくるし、ホノルルは治安が良いからスリなどに神経をすり減らすことなくボーっと街を歩けることも、ハワイが快適と思える大きな要因だと思います。

とにかく安楽で快適、リゾートでありながらショッピングやグルメといった都会的な楽しみにも溢れている。こんなに居心地が良いところは、そうはないんじゃないか、ということに今頃気づいたというわけです。日本人のリゾート旅行地として不動の人気がある理由が、50歳を超えてようやくわかるようになってきた。ま、こんなことはハワイに行ったことがある人ならみんな知っていることで、単に食わず嫌いだったというだけのことですが。

で、先月は3回目のホノルル旅行へ。出張も含めて、同じ場所に3回も行くのは初めてのこと。前回は高齢の両親にとって最後の海外旅行になるであろう、親孝行旅行としたために、気を遣うばかりでほとんど楽しめなかったので、今回は自分たちの行きたい所を押さえつつのリラックス旅行にしました。

行きたい場所を事前にグーグルマップでマークしておいて、準備も万端。今回は始めてレンタカーを借りてノースショアまで足を伸ばしてみた。カーナビがなくてもグーグルマップがあればまったく困らないというのは、小旅行をする者になんとも良い時代になったものだと感じる。ラニアケアビーチでウミガメを見て、ハワイポロクラブで海辺を乗馬(すぐに草を食みに行く馬を御すのが大変)して、海のリゾートを満喫。ハレイワに寄ればローカルタウン独特の緩いムードの中、やはり観光客で賑わっていて、美味しいものやローカル色満載の小物やアクセサリーを扱うショップが揃っている。クルマがあれば少し外れにある隠れスポットもありそう。人っ気がほとんどないような静かさを求める人には賑わいすぎているけれど、オアフだけでも落ち着きに浸れるスポットはいくらでもある(らしい)。いろいろ巡っても、1時間少々でホノルルに戻れるコンパクトさも、観光客にとって気持ちが軽くて良い。

ハワイは人気スポット故に、情報にも事欠かない。ブログで旅行記を書いている人が多数いるし、有名ホテルの情報を調べるのはそれほど難しくない(どの部屋だとどんな眺め、とか)。

行ってみようかなと思える場所、お店などがまだまだ沢山あって、更に新しい注目スポットが次々と出てくるから、何度か行ったくらいではたぶん飽きないんじゃないかと思えます。

過去2回は5月に、そして今回は7月に行ったハワイですが、暑さと日差しの強さが結構違っていて、一口に「常夏の島」と言っても時期によって違うことがわかると、他の時期に行ったらまた違う気候が味わえるんじゃないかと関心が膨らみます。冬はさすがに暑くはないみたいですが、日本の気候とハワイの気候を見比べて、どの時期に行くのが一番快適に過ごせるかなんて考えるのも楽しいです。

世界にはまだ行ってみたことがなくて是非行ってみたいところもいくつかありつつ、齢50を過ぎてみるとハワイの居心地の良さに惹かれてしまいます。人と違う趣味や楽しみを多く持っている僕も、ずいぶん平凡になったものです。

ピアノ・レッスン 第55回

(ピアノレッスンの記事は自分のための備忘録を主目的としています)

チェルニーop.823-No.38の後半。前回も書いた通り、指の回りが早いわけでもなければ、動きが複雑なわけでもない曲。ポイントは左右両手で曲のメロディが構成されていてそれをうまく繋げるところ、強弱の付け方を含めてバランス良く、少し粋なムードを出して弾けるかとうか、というところ。したがって、ただ譜面通りに音を出すだけなら難しくない。今回の課題部分もその点はクリア。あとは、強くべったりと弾いているところを、もっと力を抜いて、伸ばさずにという指導をいただく。あとは、最後の4小節の譜読みへ。

リトルピシュナ46番、左手のみの練習。ある程度イイ速度で弾けるとはいえ、ところどころスムーズさに欠ける状態に進歩がないまま、何度か繰り返してみる。手首を固定し、しっかりと音を出そうと指を残しすぎる部分があることが、その結果に結びついていることが先生のコメントからわかってきた。どこで手首を柔らかく開放して、どこで固定して、またどこで捻ってということを意識しないとこれ以上の上達が望めない感じがしています。この曲、譜面通りの音を進めることにこころを砕いて練習してきたんですが、本当のポイントは手首の使い方や指の残し方のポイントを掴むところにあることがようやく実感としてわかってきました。一旦、速度を落として、どの音階のときにどのように手首を使えば良いのか、どのように力を入れずに弾けば良いのか研究する必要がありそう。最後の3小節まで進めて、ようやく全曲通し終える。

先生がリトルピシュナの譜面を眺めて次の練習曲に指定したのが第41番で今度は右手のみの練習。最初の2小節はハ長調の白鍵だけで、ドレミファソラシドレミファソラシドと2オクターブ上がり、下がってゆくだけ。ゆっくる弾くぶんにはまったく難しくないけれど、速度が上がると返しが2度入るところの繋がりがもたつくので、ここを練習するためのパート。

「ワルツ・フォー・デビー」は、通しで弾いて表現のポイントの確認。左手のワルツのリズムを「こんな感じで強調して良いんでしょうか」と弾いてみながら尋ねる。(大方のピアノ教室の先生と同様に)先生はクラシックの方なので、クラシックならワルツの2、3拍目は弱めに弾くけれど、ジャズならそこもしっかり弾いてしまって良いと思う、とのこと。あと、一番むずかしい3音の上昇パートがどうしてもテンポを上げて弾けなくて、そこはもっと躍動感が必要なのに、音使いが複雑故に慎重に指を置く弾き方をしているので、なかなか跳ね上がって行く感じが出ていないことが先生との会話からわかってくる。それ以外に部分は、「音間違えずに良く通して弾けますね」とお褒めの言葉。あとは、この難関部を克服して、表現をもう少し磨き上げることを目指したいところです。

今回のレッスンまでの教訓
●左手返しの練習は、手首の動かし方、指の残し方の習得が真の目的であることを意識すべし。
●ジャズらしい躍動感は、思い切って感情を乗せた方がそれらしく仕上がる。

映画における「共感する」とは?

映画を観たあと、ネット掲示板でいろいろな人のレビューを読むことが良くある。サイドストーリーが書かれていたり、自分で受け止めきれなかったこと補足してくれたりすることもあり、映画の理解が深まるから、というのが1番の理由。あとは、他の人の感想を読むことで、自分以外の別の視点や考え方を知ることができる、というのももうひとつの大きな理由。

映画レビュー掲示板でよく見かける感想が「共感できなかった」というコメント。その文言を補足するならば、「共感できなかったから面白くなかった」「共感できなくて感情移入できなかった」ということを言っているらしい。

ここで少し自分自身の話に転じます。

僕は若い頃から正義感が強く、曲がっていることが嫌いだった。最初の会社を辞めたのは、曲がったことをコソコソ隠れてやっていた上司に正面から反論して「あなたがチームメンバーに謝罪しないのなら私は辞める」、という経緯で辞めたほどの(正義感の観点で)潔癖症だった。正義感が強いことは今でも悪いことだとは思っていない。でも、行き過ぎると組織的な利害に配慮できなくなったり、「自分(の価値観)だけが正しい」という思い込みに陥ったりしやすいものである、ということは今では一応わかっているつもりではある。

一時期、70名のチームの運用責任者を担っていたときがある。お客様からまず要求されるのは業務の品質を高いレベルで維持することで、特にヒューマンエラーによるオペレーションミスはもっとも問題視される。だからヒューマンエラーについてはいろいろ勉強した。ヒューマンエラー対策は、人間とはどういう生き物なのを掘り下げて理解することがまずはスタート地点になる。「ミスをしない人間はいない。怠けたり、周囲に流されて誤った方向に走ったりする特質を人間は持っている」という、不完全な生き物であるという理解から、それを踏まえた上でミスを防ぐ対策をしましょう、というのが根幹的な考え方になる。気が緩んでいたから注意力を上げるという精神論ではミスが減ったりはしない。ヒューマンエラーの勉強をしていると、人間がいかにダメな部分を沢山抱えてた生き物であるかを思い知ることになる。

そうした研究の末に、ヒューマンエラー対策をいろいろ作り上げたあと、今度はチーム全体に落とし込む作業がある。これがまた難物で「どうしてそんな面倒なことをやらないといけないんだよ」という反論が出ることも少なくなかったし、新ルールとして展開したはずなのに、現場の理解がバラバラだったりすることもよくあった。直接声を聞くと、よくもまあそんな自分だけに都合の良い考え方をするものだと驚いたり、呆れたりしたことも一度や二度ではない。

そうした経験をしていると、つくづく痛感させられてしまう。ホント、世の中にはいろいろな人がいる、いろいろな考え方があるということを。また、掘り下げて行くと、なぜそのような考え方に至ったのかという背景もおぼろげながら見えてくる。客観的に見れば悪い行為であっても、背景や人間の弱さによって、そうせざるを得ない状況になってしまう。追い詰められたら、本音では不本意と思っていることでもやってしまうのが人間という弱い生き物だと思えるようになるには、それなりの(苦い)人生経験を積まないとなかなか理解できるようにならない。特に正義感が強い人ほど、そうした理解に至るまでに時間を要するのではないかと思う。

映画レビューで登場人物に「共感できない」と言っている人のほとんどは、自分ならそんな考え方をしない、自分ならそんな行動を取らない、だからこの人物のやっていることは理解できないし、理解できない人物を映画で観ていても面白くない、という意味で書かれているように見える。

僕は30歳になってから映画を良く観るようになった遅れてきた映画ファンで、話題作程度しか観なかった20代や、映画を観るようになりはじめた30代くらいまでは、自分の考え方に共感できるか、できないかという視点で映画を観ていたように思う。でも、今ではそんな幼い視点で映画を観ることはないし、映画ファンで自分が共感できるか否かを視点に映画を観ている人はまずいない。だから、映画掲示板で「共感できない」「感情移入できない」というコメントが多い映画ほど、ニワカ映画評論家が多く観に行く話題作なんだなとわかる(最近だと「天気の子」が最たるもの)。普段ほとんど観ないニワカ映画評論家が、「話題の映画をこき下ろすことで自分の格が上がると」と勘違いして書く批評、その内容が「共感できない」というのはあまりにもお粗末だと言わざるを得ない。

映画を数多く観ていくと、「自分ならこうする」と思えない人がどんどん出てくる。それは脇役に限らず、主役ですらそういう人物が無数に現れる。

例えば、以前記事にも書いたことがある2014年の「ナイトクローラー」。素直さがなく、社交的でない主人公は何かと嫌われている。それでも人並みに承認欲求を持っている。パパラッチという仕事を知り、少しずつ仕事がうまくいくようになる。その仕事で喜ぶ人が現れ、お金も手に入るようになってくることで、徐々にそのパパラッチぶりがエスカレートして、人でなしとも言えるところにまで踏み込んでしまう。このパパラッチに共感できる人はまずいないと思う。だから面白くない、だと自分の価値観の枠にハマるか否かを分別するだけで話が終わってしまう。行くところまで行ってしまった、もはや人でなしとも言える主人公は、決して天罰を受けない。しかし、世の中には人としてろくでなしでも、天罰を受けず、富を謳歌している人なんていくらでもいる。それは、そんなろくでなしを必要とする人がいるから、という社会の縮図を見せつけられている気分になり、まあ、映画(架空の話)だから「酷いやつだな、まったく」と呆れながらも、しっかり人間を描けている映画として楽しめる。

例えば、2005年にカンヌでパルムドールを獲った「ある子供」という映画の主人公は、若くして恋人との間に生まれた赤ん坊の父親となる。決して悪い人間ではないが、とにかく自分のことしか思考が回らず、恋人のことも赤ん坊のことも考えていない。そんな主人公が、ある日その赤ん坊を世話しなくてはならないことになり、いろいろ事件が起きて行く。それをフランス(とベルギー)映画らしく、淡々と描いている。この主人公に共感できる人も恐らくほとんどいないと思う。だから面白くないのか、というかとそんなことはない。部分的な行動は他の人でもやっているようなことだし、「ああ、ダメだよ、そんなことしたら」と思いつつ、人間がいかに自分勝手な部分を持った生き物なのかと我に返ってしまう。

ウディ・アレンの「男と女の観覧車」(2017年)に至っては、出てくる人物すべてに共感できない。ああ、あの人の気持ち、よくわかるという気分にさせる人がまったくいない。自分勝手な人ばかりが、自分勝手なことばかりをしゃべりまくり、自分勝手なことをやってしまう。でも、それぞれの自分勝手な言動の中には、人間誰もが抱く人としての身勝手さがあって、「自分にも部分的にはこういうところがあるよな」と我に返ってしまう(余談ながら、自分勝手を極めたほぼノーメイクで出ているケイト・ウィンスレットが放心する最後のシーンの表情の美しさが秀逸)。

映画というのは、自分がその世界に入り込んで、自分ならどうするというシミュレーションを楽しむ娯楽ではないと思う。いろいろな考えの人がいて、自分なら選択しない人生を選択する登場人物の生き方を疑似体験して、人間の多様性を見て楽しむもの。それは自分の価値観と合う「共感」ではなく、人間という生き物への「共感」であり、多様な人間を描くからこそ映画は面白い娯楽として愛されているのだと僕は思う。

完全ワイヤレス・ノイズキャンセリング・イヤホン SONY WF-1000XM3 レビュー

WF-1000XM3-201908


まず、僕のポータブル・オーディオに対するスタンスから。

もちろん、音が良いに越したことはない。でも音質至上主義ではない(音質は据え置き機に求める)。DAPについては携帯性や操作性の良さ、管理のしやすさ(ライブラリの扱いやすさ)、アルバムや曲の閲覧性の高さがまずは重要で、ここがダメだと使うことじたいにストレスを感じてしまう。最近のDAPは、携帯性に背を向けたサイズと重量、無線化していく世相に逆行する不便で取り回し性の悪いバランス・ケーブルの採用が、一部ポータブル・オーディオ・マニアに喜ばれており、個人的には、音質追求を口実に本末転倒な方向に向かっているように感じています(持ち運びと取り回しが不便な機器が重宝される場所ってどんなところなんだろう・・・)。

そもそも、基本的には雑音、騒音にまみれた屋外で聴くためのものがポータブル・オーディオ。良い音質を求めはするけれど、落としたり失くしたりする可能性があって、製品サイクルが短いポータブル・オーディオは価格も含めてソコソコのもので良い、というのが僕のスタンスです。DAPやケーブルに大金を投じるなら、同じ金額を据え置き機に投資した方が遥かに良い音質が得られるのは明らかで、ポータブル・オーディオ界の行き過ぎた音質追求と、音質追求に取り憑かれたマニアを相手にした商売には疑問を感じてしまうのです。すべてのオーディオ機器について言えることだけれど、その音楽がより魅力的に聴こえるようでなければ音質向上に意味がない、というのが僕の考えで、雑音の中で使用するポータブル・オーディオにおける小さな音質変化(音楽を聴くことを忘れ、音の違いに神経を集中させて違いを探し出さないと気づかないような音質変化)に意義を感じません。

ポータブル・オーディオにおけるヘッドホン/イヤホンについては、今やワイヤレスであることが必須条件で、電車通勤中の使用をメインにしていることからノイズキャンセリング機能の高さを重視しています。通勤で使う以上、携帯性も重要なポイントです。

現在、主に使用しているのはSONY WH-1000XM2ヘッドホンとWI-1000Xイヤホンで、前者は、飛行機や新幹線か、装着時に暑さを感じる6~10月以外の時期限定での使用。暑くない時期でも出社時の通勤では使えない(始業時から髪型が潰れているのは受け入れがたい)ので、主力機は後者になっています。そんな限られた条件でもWH-1000XM2を使っているのは、ヘッドホンの方がずっと音質が良く、音に柔らか味と温もりがあるから。WH-1000XM2でも、音質を追求した室内用途のヘッドホンに比べたらそれほど高音質というほどではありませんが、ポータブル用途の音質としては十分で、安心して音楽に身を任せることができるところが気に入っています。

DAPはこだわりの専用機ではなく、iPod Touchを使っています(iPhoneでも良いが曲が多すぎて容量が足りない)。他のDAPと比べて音質が劣るとは思っていない(地味めの傾向なのは事実ながら質が悪いとは思っていない)し、ライブラリの管理性と(好みのミュージックアプリを見つけることができれば)操作性がトータルで優れていることが選択の理由。僕の持論としては、DAPというものは機種ごとに音の傾向の違いこそあるものの、クオリティの差はそれほど大きいとは思えず、大した違いがないDAP機種の選別に時間と労力を費やすことに意義をあまり感じていません。カセットテープのウォークマンから使ってきた身からすると、今販売されているDAPはどれもポータブル用途としては十分に高音質で満足できるものです。

現在の主力イヤホン、WI-1000Xは、ノイズキャンセリングを含めて機能的に大きな不満はありませ。ただ、音質には不満があります。ロックやジャズを聴いているぶんにはその音質にもそれほど不満がないのですが、音源によっては、芳醇で優雅な響きを持つオーケストラの弦の音(特にヴァイオリン)がかなり人工的に聴こえてしまうところがあり、例えばベーム指揮ベルリン・フィルのブラームス交響曲第1番などは聴いていて気持ちが悪くなるくらい違和感があるのです(もちろんあくまでも僕個人の感覚の話であり、オケの音でも美しく聴こえる音源も多い)。また、BA型ドライバーのイヤホンは、どうにも温もりとパンチが欠けていると感じることが多く、僕の好みに合っていないようです。

この度、新発売となったソニーの完全ワイヤレス・イヤホンWF-1000XM3は、ダイナミック型ドライバーで、ひょっとするとオーケストラの違和感が少ないのではないか、ということに期待して購入しました。選択理由が完全ワイヤレスありきではないところは他の方は違っていると思いますが、完全ワイヤレスのイヤホンがどんな使い勝手で、通勤音楽ライフにどんなメリットがあるのか、という興味もあっての購入でもあります。

僕のノイズキャンセリング・ヘッドホン/イヤホン歴は以下の通り。
・BOSE QC2
・BOSE QC15
・BOSE QC20 ※
・BOSE QC30
・SONY WH-1000X
・SONY WH-1000XM2 ※
・SONY WI-1000X ※
※は現在も所有しているもの。

ソニーとボーズ以外の製品はノイズキャンセリング機能が弱かったり、携帯性が悪かったりするため、今のところ選択肢に入ってきていません。BOSE QC20以降のモデルのノイズキャンセリング性能はどれも十分なレベルにあり、近年の両社の製品はどれも満足できるクオリティにあります。WF-1000XM3は、完全ワイヤレス・イヤホンとして業界は最高レベルのノイズキャンセリングを謳っていますが、ヘッドホンや、有線・ネックバンド式イヤホンまで対象を広げれば最高ではないことをソニー自身が認めた物言いで、それでも今この時期に出す製品なら納得できるレベルにはあるだろう、と見込んで購入しました。

音質
WI-1000Xよりは情報量はやや落ちる印象ながら、屋外でのカジュアル使いであればその差は小さいと言って差し支えない程度の小差。低音から高音までバランスが良く、尖ったところのない聴きやすい(言い方を変えると低音も高音も抜きん出たところがない)タイプで、故に音源を選ばずうまく鳴らせる。BOSEのQC20/QC30と比べると音の見通しが良く、楽器のリアリティもなかなかのもの。10年前のイヤホンの水準を考えるとイヤホンも随分音質が良くなったなと思わずにはいられないし、現代の水準で聴いても音質はなかなか良いと言って差し支えないレベルだと思う。ただし、情報量や音のきめ細かさがとても高いとまでは言えないので、音質の要求度が高い人には物足りないかも。音源によってはどこか味気なく無味乾燥な音に聴こえることもあり、オーディオ機器としての主張、音の面白みには欠ける印象(押し付けがましくないとも言える)。一番気にしていたポイント、オーケストラの弦の音は、WI-1000Xよりは自然な音で表現できていて、これは個人的には喜ばしいポイントだった。それでも、安心して身を委ねられるほど自然な響きとは言い難く、本機でも人工的な匂いを完全に払拭できているわけではない。BOSEも含めてイヤホンでオケの弦の美しさを表現できているものに出会ったことがないので、ひょっとするとこの価格帯のイヤホンの限界なのかもしれない。誤解ないように付け加えると、人工的に聴こえるのは一部音源のオケの弦セクションの響きであって、美しく表現される音源も多く、ヴァイオリン独奏、ピアノはナチュラルで微妙なニュアンスを描く表現力があるし、ジャズの場合を含めて金管、木管の響きもこの価格の製品としては上々の音質、再生力を持っていると思う。

ノイズ・キャンセリング
総合的にはWH-1000XM2、WI-1000X、BOSE QC30をやや下回る印象。キャンセリングできる得意分野と不得意分野がはっきり別れている。低周波ノイズと高周波ノイズはかなりキャンセリングできていて、これまで使用してきたNC機の中でも最上位に来る。一方でその影響もあってか、人の声や駅の発車通知メロディなどがWI-1000Xよりもやや目立って聞こえる場面があるし、駅で聴こえてくる電車の走行音(線路との接触音)は結構聴こえてくる。車内にいるときの走行音のキャンセリングは優秀なので乗車中は音楽に没頭できる。

ちなみに、ノイズキャンセリングとは特に(空調、エンジンなど)機械的な騒音が発する低周波ノイズ、高周波ノイズを打ち消す技術で、飛行機や新幹線などで特に大きな効果を発揮し、そうしたノイズ成分の含有率が低い音(人の声など)のキャンセリングは得意ではない。ノイズ成分は文字通りノイズでしかなく、そのノイズ成分が多い環境では低音と高音がマスキングされて音楽が聴き取りづらくなってしまう(ロードノイズはじめ様々なノイズに包まれるクルマで音楽を聴くときに低音と高音が聴こえにくくなるのと同じこと)もので、そうしたノイジーな環境で、聴いている音楽のバランスが乱されないないことこそがノイズキャンセリング最大のメリット。一方でノイズキャンセリングを、外音キャンセル(すべての外音を打ち消すもの)と受け止めている人も少なからずいて、人の声が聴こえやすいことにネガティブな(ノイキャンってこんな程度か、話し声が聴こえてくるから使えない、のような)反応を示す声もネットではよく見かける。ノイズキャンセリング技術がどのようなもので、どのような効果を目的としたものかを考慮すると、人の声が比較的聴こえやすいことが欠点であるとは思っていない。ノイズ成分を大きく除去して、音量を上げなくても低音高音のバランスを崩さずに聴ければ、ノイズキャンセリング機能は優秀、というのが僕の評価軸になっている。

その観点で言うと、WF-1000XM2のノイズキャンセリング性能は優秀で実用的。中音域をよりカットできれば申し分ないとは思うけれど、現状でも十分満足できるレベルにあると思う。

装着感
カナル型として、ごく普通。イヤーピースが平凡で、BOSEの装着感抜群で遮音性に優れたStayhearイヤーピースと比べると見劣りしてしまうところはWI-1000Xと同様。イヤーピースのフィット具合によって、外音の遮断度合い、ノイズキャンセリングの効き、音のバランスが大きく変わってしまうのはイヤホンの常識ではあるけれど、この平凡なイヤーピースだと、そうしたフィットしていない、本来のNCや音質を損なう状況になりやすく、また気づかないうちに微妙に緩んでいる状況になっていることもある。完全ワイヤレス機としては個体が重く、大きいため、走ったときに落ちるんじゃないかという不安も少し感じる(ジョギング程度では落ちないでしょう、恐らく・・・)。

操作性
左右のタッチセンサーでいくつかの操作が可能。後述のHeadphone Connectアプリで左右にそれぞれ(あるいは両方とも同じ)機能をアサイン、またはタッチセンサーを無効化することができる。アサインできるのは、「コントロール機能」(曲の一時停止、再生、曲送り、戻しなど)、と「ノイズキャンセリング機能」(NCのON/OFF、アンビエントモードの切り替え、クイックアテンションモード)の2種類。
耳の収まり具合を微調整したりするときに不用意にイヤホンに触れるとタッチセンサーが反応していしまうけれど、イヤホンの外周をつまむように扱う習慣が身に付けば問題ない(WH-1000Xシリーズも右側は似たような注意が必要だった)。

ケースから取り出すと電源ON、ケースに収めると電源OFFとなるため、電源を入れる/切る操作を意識する必要はない(AirPodも同様らしい)。ケースへの出し入れ以外での電源を操作は、アプリでオフに一応できるものの、装着すると電源ONになる=ポケットに入れたりするとセンサーが反応してONになってしまうため、このイヤホンを使うときにはケース携帯が必須になる。

イヤホン内側にあるセンサーにより、装着、脱着を判別しており、音楽再生中にどちらかのイヤホンを外すと一時停止になる(アプリからその機能をオフにすることも可能)。1000X系のヘッドホンで好評だったクイックアテンション機能は、イヤホンを外したときに一時停止するのであれば特に必要性は感じない(片手でヒョイと外したり戻したりするのが面倒なヘッドホンだからこそ、右手をハウジングにかぶせるだけで外音を聞けるようにするクイックアテンション機能は便利だった)。

惜しいのはイヤホン側で音量調整できないところ。狭いタッチセンサー部に多くの機能を持たせることは難しく、上記「コントロール機能」「ノイズキャンセリング機能」を、NCイヤホンとしての基本操作と考えるとしたら、音量用調整機能が省略されたのは仕方がないかもしれない。個人的にはノイズキャンセリング機能はON固定でしか使わないため、代わりに音量調整機能をタッチセンサーにアサインできるようになっていれば良かったのに、と思ってしまう。ただ、このイヤホンは当然iOS/Android専用機というわけではなく、アプリで操作できない機器には同社の看板DAPであるウォークマンも含まれている。ウォークマン・ユーザーが使えない、アプリでしか使えない機能を実装して盛り込むことには商品戦略上、よろしくなかったのかもしれない。音質にかかわる機能以外のものを排除した、音質に注力した機器で聴きたいという、ごく一部のオーディオ・マニアがスマホとは違う専用プレーヤーを求めた結果、利便性が失われ、もうひとつの同社看板製品である無線イヤホン/ヘッドホンの機能をフルに使うことができないというジレンマが生じている(深読みしすぎか?)。

接続性
接続優先モードで使用して(音質優先モードで特に音質が向上しているように感じないので)みて、普段、通勤で使用している環境(都内地下鉄、駅など)で、音が途切れるケースは少なく、途切れても瞬断に留まる。とはいえ、ほとんど途切れることがないWH-1000XM2、WI-1000Xよりはやや切れ頻度は高い。この程度の発生頻度なら許容範囲でしょう。

DAPとの接続のマナーは従来のソニー機と同様。つまり、イヤホンの電源を入れると前回接続していたDAPにしか接続しに行かず、そのDAPの電源が入っていない(あるいはBluetoothがオフになっている)場合には、ペアリング済み接続可能状態の別DAPがあったとしても接続しに行かない。接続機器が固定でないユーザーにとって、この仕様は面倒。ペアリング済みのDAPが圏内にあれば、前回接続したか否かに関係なく自動で接続をリジュームしてくれる(いちいち設定画面を開いてBluetooth接続しなくても良い)BOSE製品の方が使い勝手が良い。

携帯性と扱いやすさ
完全ワイヤレスという、なんとなく自由度の高いイメージに反して、完全ワイヤレスであるが故に携帯性はそれほど良くはなく、取扱いに関してはむしろ制約が増えるように感じる。
イヤホンを外したらケース収納が必須(事実上、収納しないと電源OFFできない)で、ケースは厚みがあってポケットに入らないため、イヤホン本体がこれだけ小さくてもケースを収納するためのカバンを持って歩く必要がある。取扱いにおける最大の制約は、短時間聴くのと止めたいとき、あるいはこれから聴くんだけれど少し後のタイミングで聴けるようにしておきたい、というときにイヤホンの居場所がないこと。

例えばコンビニで買い物をするとき、ネックバンド式のWI-1000Xならイヤホンを外してダラッとぶら下げておけるけれど、完全ワイヤレスだと外したイヤホンは服やズボンのポケットに入れるしかない。ポケットに入れると装着センサーが反応して一時停止した音楽が再開されてしまうし、タッチセンサーの誤動作を誘発する可能性もあり。そもそも、無用な付け外しは落下、紛失のリスクも伴う。そうかと言って、ごく短時間の使用停止のためにカバンからケースを出して収納するのもあまり現実的ではない。

有線イヤホンだと上着の内ポケットに収めておいて、ネックバンド式なら首まわりに置いておいて、音楽を聴くタイミングになったら耳にセットすることができる。完全ワイヤレスだと、聴きたいタイミングになったときにケースからイヤホンを取り出して耳に装着するというステップをきっちり守らなくてはならない。耳に軽めに挿入し、外の音が聴こえる状態にしておいて音楽を聴き始めるときに押し込む、というやり方も普通のイヤホンならできるけれど、完全ワイヤレス・イヤホンだと落とすリスクがあってそれもできない。アンビエントモード(外音取り込みモード)にすれば、装着状態で周囲の音は聴き取れるとはいえ、それでも聴き取りにくいし、周囲の人から音が聴こえる状態だと見てもらえることはなく、装着状態での会話はそもそも失礼と考えているので僕にとっては現実的ではない。

アプリ
iOS、Andoroid端末ではHeadphone Connectというアプリでいろいろと設定などを操作できる。設定項目は従来とほぼ変わりなく、以下の通り。
・バッテリー残量表示(昔はインジケータ表示のみだったが今は%表示もされる)
・アダプティブサウンドコントロールON/OFF(自動外音コントロール)
・外音コントロール(NCレベルの調整)
・気圧調整
・定位設定
・サラウンドモードの切り替え
・イコライザー
・ヘッドホンを外したら一時停止
・音質モード(音質優先か接続優先か)
・DSEE HXのON/OF
・L/Rそれぞれのボタン機能の変更
・通知音と音声ガイダンス
・自動電源オフ
・着信時バイブレーションON/OFF
・ソフトウェアの自動ダウンロード

WH-1000XM2、WI-1000Xにあった、定位変更、サラウンド設定、気圧調整機能はない。また、イヤホンの電源OFFもできるようになっている。その場合、耳に挿入すると電源ONになるが、すなわちポケットなどに入れた場合にもONになってしまうことを意味する。

左右独立で接続しに行く仕組みのせいか、アプリを開いてから接続まで、WH-1000XM2、WI-1000Xよりもやや時間を要する。アプリでイコライザーをカスタマイズできるのは、ソニー製品だけの特長ではないけれど、同じアプリで同じように扱えるのは楽なもので、気がつけばソニー製ばかりが手元に残っているのはそのせいもあるかもしれない。どのヘッドホン/イヤホンもFLAT状態のバランスは好みではないため、イコライザーと調整のしやすさは僕にとって重要な項目である。
(余談)イコライザーを毛嫌いする人、邪道と決めつけて音に拘っていることを主張している人が、少なからずいますが、なぜイコライザーが良くないと思っているのかという疑問に立ち返った方が良いと思います。かつて、昭和の時代にはアンプにトーン・コントロール機能があるのが一般的で、その部分を音質劣化をもたらす余計な回路と考え、バイパスすることで音質向上が図れることを売りにする製品がその後主流になっていったことがあり、それを機にトーン・コントロールやイコライザーは音を劣化させるものという常識が多くのオーディオ・マニアが刷り込まれました。しかし、DAPやヘッドホン/イヤホンのイコライザーに余計な回路などあるはずがなく、単なるソフトウェアのバランス調整でしかありません。好みの音のバランスでもないのに、我慢してイコライザーを使わないという選択に意味があるようには思えません。

バッテリー時間
イヤホン単体の稼働時間はNCオン時で6時間というカタログ・スペック。片道1時間弱の通勤でしか使用していないため今のところ使い切ったことがなく、実測値はまだわかっていない。個人ブログで6時間以上稼働したという情報があり、これまでのソニー製品もカタログデータ以上は稼働していたので恐らく6時間は問題なく使えるでしょう。イヤホン単体の稼働時間を測定できていないのは、使用しないときにケースに収めるから(=充電してしまうから)でもある。通勤で使用している限り、(他社でも一般的な方式である)ケースがバッテリーを備え、ケースからイヤホンに充電する2段階充電の仕組みはとても理に適っていて、電池切れで使用不可にならないようにバッテリー残量を気にしなくて済むことは思っていたよりもずっと気が楽だということが、使ってみてようやくわかった。尚、WF-1000XM3は従来のソニー製品と異なり、残量をパーセンテージでアナウンスしてくれる。

これまでのノイズキャンセリング・ヘッドホン/イヤホンは、当然ながらバッテリーが切れてしまうと音が出ない、あるいはNCが使えない状態になってしまうため、バッテリー残量には常に目を光らせておく必要があった。しかし、ケースを介しての2段階充電だと、ケースバッテリー残量がゼロになってからイヤホン単独でも数時間使うことができるため、ケースのバッテリーが少ない、または切れたことに気づいてから(イヤホンをケースに戻してイヤホン本体の赤LEDがすぐに消えるとき=ケースの電池残量が少ない、赤LEDが点灯しない=ケース電池残量なし)充電すれば良い。
通勤での使用(1日あたり2時間未満)がメインの用途だと、ケースを介しての2段階充電は扱いやすく、理想的な仕組みのように思える。万が一、イヤホンのバッテリーまで使い果たしたとしても10分の急速充電で90分稼働できる機能もあり、バッテリー残量に神経質になる必要はないところはWF-1000XM2の魅力のひとつと言って良いでしょう。
ちなみに、WH-1000XM2、WI-1000Xでバッテリー残量を知りたい場合には、Headphone Connectアプリを開くか、電源ON状態のときに電源ボタンを押す必要がある。一方で、WF-1000XM2はイヤホンをケースから取り出して電源ONになった直後に残量をアナウンスしてくれる。主体的に見に行かないと残量がわからないのと、受動的であっても把握できるのとは大違いで、電源ON時のバッテリー残量アナウンスは全機種に実装してもらいたいところ。

その他
ケースの底面が丸みを帯びていて自立しない(前モデルはできた)ようになっているのは使い勝手が悪い。カバンに入れたり、ただ置いておくだけであればもちろん問題ないけれど、イヤホンを収めるときにケースを立てておけないデザインの意図がよくわからない。

デキが良いWF-1000XM3の登場により、ネックバンド型のWI-1000Xの価値が下がったと捉える人が多いことでしょう。WI-1000Xは、完全ワイヤレス機とと比較して、

・スーツの襟周りにネックバンドの収まり具合が良くない(少し浮く。BOSE QC30はそうならない)
・冬場のマフラー装着時にネックバンドとケーブルが邪魔になりやすい(この形状の宿命)。
・Tシャツなど襟なし服のときに皮膚に直接当たって異物感がある(夏場は気持ち悪い)。

という使い勝手の悪さがある。しかしながら、WI-1000Xの方が優れている点もある。

・バッテリー連続稼働時間はWI-1000Xの方が上(約11時間)で長距離フライトの連続使用に耐える。
・有線も使用できるため、飛行機内の映画鑑賞などにも使用できる。
・音量調整をイヤホン側でできる。
・イヤホンを耳から外してもダラッとぶら下げておける。
・電源OFFし、外してカバンに無造作に押し込むことが片手でできる。
(WF-1000XM2はカバンからケースを取り出して両手で収めなくてはならない)

総論
前機種の「ないよりはマシかも」のレベルより大幅に機能向上した実用的なノイズキャンセリングを備えた完全ワイヤレス・イヤホンとして、現状では唯一の存在と言って良いでしょう。音質もまずまずで、バッテリー駆動時間も完全ワイヤレス・イヤホンとしては上出来、特に通勤用途では問題ないレベルにある。総合的に見てよくできていて、妙な癖もないので広くお勧めできます。特筆すべきは、従来のノイズキャンセリング・ワイヤレス・イヤホンよりも価格を抑えている(発売当初34,000円だったWI-1000Xより10,000円も安い)ことで、この値段でこれだけの機能と音質を備えた製品をいち早く出したことで、カジュアル・リスニング用途に向いた製品としては頭一つ抜け出した存在と言って良いでしょう。他社から競合製品が今後どんどん出てきて選択肢が増えることを望みたいところです。

ピアノ・レッスン 第54回


(ピアノレッスンの記事は自分のための備忘録を主目的としています)

前回レッスンから、Vivaceの速度指示に迫ることを目標に一番時間を割いて練習してきたチェルニーOp.821-No.4。実はがんばりすぎて左手が少々痛い状況。とはいえ、弾くには影響がない程度で、練習の成果を先生に披露。結構いい速度で弾けていること、左手も強すぎずに良く抑えて弾けているとのことですぐに合格をいただく。しかし、一定の基準で弾けていたらもうワンレベル上の弾き方を提案してくれる先生が、最後の2小節が楽しげに聴こえるような弾き方を教えてくださる。ポイントは右手を上にポンッと跳ね上げて優しく下ろすこと。実はこの曲の初回のレッスンでも教えていただいポイントだったんですが、正確に弾くことを優先してできていなかったところ。その場で練習してある程度仕上げ、あとは今後も自主練習してみてください、との最終アドバイスで修了。

次の課題曲、チェルニーop.823-No.38の前半部。ゆっくり弾いてなんとか音を辿れる程度ながら、音のつなげ方、切り方などはしっかりできているとのことで、前半最後で展開が変わるところの弾き方のポイント(左手3音目を弱く)を教えていただく。更にその先の4小節に進むも曲のイメージが掴めないため、どこで明確に切って、どこで繋げて弾くか、どこそこは次のメロディへの序奏的な役割などのポイントを教えていただくうちにようやくイメージがわかってくる。

ピアノを習う前には想像だにしていなかったことのひとつが、譜面に書いてあるありのままに弾けば曲として仕上がるわけではないということ。譜面に記載されていない強弱、音繋げ、音切りを取り入れることで曲が曲らしく仕上がるのです。もちろん経験がある人は、前後の音符の並び、音楽の流れからこれらをうまく使い分けできるんでしょうが、初心者にはさっぱりわからず、先生の指導なしには曲として仕上がらない。先生は、初心者へのこうしたポイントの教え方がとても上手で本当に助かります。

リトルピシュナ46番、左手のみの練習。ひっかる(手が一瞬止まったりミスタッチする)ところがどこか、なぜひっかかるのかを先生が観察して対策を提示してくれる、という課題曲。今回のアドバイスは、下りの返し点が黒鍵の場合に、他のときと同様に指を厚めに乗せているために返しが遅れ気味になっているので、薄めに(面でなく)点で押すようにする、というところ。また、全体的に下りはもう少し弱く(ややデクレッシェンド気味)にというアドバイスも追加。

ここまでで時間を使いすぎたので「ワルツ・フォー・デビー」は最後の1/3パートの確認のみ。基本的に音は追えるようになっているので、強弱の付け方、音の切り方、テンポの揺らし方などのポイント指導。特に最後の和音4つのところを先生が弾くとカッコいいことから、「先生はこの部分を均等にリズム刻んでなくてカッコいいんですけど、どうやったらいいですか」と質問。すると先生、一瞬悩む。先生はピアニストとしての感性でどう弾けば曲がカッコよく聴こえるのか、クラシックをやってきた人であってもセオリーやポイントがわかっていて体で覚えてしまっているので、急に訊かれても言葉で表現するのが難しいようです。実際に弾いてもらって、最初の感覚は詰めて、次の間隔を開けるとジャズっぽくカッコよくなることがわかりました。

ちなみに、「ワルツ・フォー・デビー」は一通り譜読みが終わったと書いていますが、手元にある譜面はCDのあの曲で言うとドラムが入ってくるところまで。その先はまあ、ジャズの弾き方をするところなので初心者に弾けるものではないです(指の動きが難しくて手癖が出てくるので単に譜面を辿って成立する音楽ではない)。今後は曲の仕上げに入っていくわけですが、「月光」の仕上げのときとはまた別種の難しさがありそうな予感がします。

今回のレッスンまでの教訓
●手の跳ね上げは曲の雰囲気作りに必要なテクニック。
●左手下りの手の返し支点が黒鍵のときは指を厚く乗せないこと。
●均等リズムの譜面表記でも微妙なリズムのズラし、変化がジャズ感を演出する。

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