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趣味の人生を楽しむサラリーマンの日記

ドゥダメル指揮 ロサンゼルス・フィルハーモニック 2019年日本公演

ドゥダメルLAP201903


2019年3月22日
サントリーホール
【演目】
マーラー 交響曲第9番

前回ドゥダメルとロサンゼルス・フィルハーモニック(LAP)を観たのはいつだったっけと調べてみるともう4年も前のことで、そのとき聴いたのはマーラー交響曲第6番。特に意識していなかったんだけど、今回もマーラーのプログラムを選択。

ちなみに僕は、死ぬ前に1曲だけ何か聴けるのだとしたら恐らくこの曲を選ぶだろうというくらいマーラーの9番が好きで、昨秋のロンドン交響楽団での演奏に続いて3度めの実演の機会でした(聴いたことがある曲はあまり選ばないよういしている)。

LAPの印象は4年前とまったく変わっていなかった。どのセクションも実に良く歌う。金管の華やかな響きはもちろん、木管のパワーをここまで感じさせるオケは珍しいと思う。そうかと言って弦が劣るかというとこちらも微音の繊細な響きからたっぷりと歌わせるところまで、それはそれは見事な響き。総じて、音の渋みや陰りや彫りの深さという表現ではなく、華やかで押し出し感の強さがLAPの特徴で、4年ぶりに観て、これはオケの持ち味なんだなと確信しました。

こう書くと、死を意識したマーラーの9番を表現するには深刻さや切実さ、ドロドロした雑味が足りないんじゃないかと思われるかもしれないけれど、それはその通りだと思う。華やかと書いたとはいえ、音色が常に明るいという意味ではなく、シリアスな表現を求められるパートではしっかりと重々しさや寂れた感じのサウンドが出てくる。ただ、オケの持っている本質的な部分として、ある意味娯楽的な表現になっているように感じられ、それは土地柄を考えれば当然なことでもあるように思う。僕は、音楽はどんなに格好付けても娯楽であると考えているので、このオケの個性をネガティヴには感じたりはしません。

ドゥダメルの指揮ぶりは、以前よりは落ち着き気味のアクション、それでもここぞというところでは大きな身振りでオケを煽る。第1楽章では、オケのまとまりにあれ?と感じるところもあったけれど、徐々に熟れてきて、第3楽章のフィナーレの勢いと激しさは、ドゥダメルLAPの良さが良く出ていた瞬間。第4楽章で求められる弦(特にヴァイオリン)の美しさとダイナミクスも素晴らしかった。

ラトルLSOの9番が指揮者にガッチリと統制されたものでありつつ、オケの自発性に支えられた演奏だったことと比較すると、ドゥダメルLAPは指揮者がより自由度を与えていた印象で、どちらが良い悪いということではなく、それぞれに素晴らしい演奏だったと思います。指揮者とオケの個性がそれぞれの音楽を作る。当たり前のことだけれど、それぞれの音楽を楽しめるコンサートでした。

それにしてもマーラーのオーケストレーションは面白くて、ライヴの感動と合わせて、実演でどの楽器がどこで鳴っているかを観ながら聴くのが本当に楽しいですね。

ピアノ・レッスン 第45回

(ピアノレッスンの記事は自分のための備忘録を主目的としています)

チェルニー Op.599-No.19を通しで弾く。前回指導していただいた左手のコード変更のところを急ぎすぎるところがまだ少し早いところを修正して修了。やはりというかなんと言うか、それほど苦労しなくてもそれなりに弾ける曲というのはあるようで、この曲は僕に合っていたのかもしれません。4拍子の曲ですが、ベタっと4つの拍を取るよりも、2拍子ずつ取ってゆく方がメリハリが出るという追加アドバイスは、やはり自分では気づけないところで、なるほどという感じ。

次のチェルニー Op.599-No.15の譜読みへ。この曲も譜読みはそれほど難しくはなく、全曲通しでとりあえず音を取るところまではこの場でできてしまいました。ただし、繰り返しが多く、それ故にスムーズに弾くのは結構難しそう。あとは左手のズンッチャッチャッチャのリズムでッチャッチャッチャの部分を短めに切って軽快感を出した方が良いとのこと。

次はリトルピシュナ46番、左手のみの練習。未だに黒鍵にぶつけたりして音を外す部分があり、自分では上達している実感はないものの、指の動きじたいはスムーズになっているとのこと。一応この曲も毎日練習しているので、成果はそれなりに出ているようです。特に返しのところで、1音ずつきっちり弾かなくてよいと言われていたところが、あきらめが良くなったことで、そこが上達しているポイントなんだとか。自分ではわからないものです。

「ワルツ・フォー・デビー」は前回からの弾きづらい部分をゆっくりと。遅いテンポながら綺麗に弾けているとのこで、ここも練習の成果が一応出ているようです。ただ、曲らしく聴こえるかというとまだまだ。さらに練習を繰り返していきたいところ。譜読みを進めていくと、これまた弾きづらく、1小節ずつ手のポジション決めを行う部分、そのポイントを教えていただく。また、A7コードの小説でそのコードに本来含まれていない#シが入るところがあり、そのときに#シを出し過ぎてしまうと不協和音的になりすぎるので少し#シを押さえ気味にするという繊細な表現について、教えていただく。音楽理論に基づいた教え方なのでなるほどと腑に落ちます。

「月光」前回ペダルの抜き方が難しいところについて教えていただいたのでその確認。ミから1オクターブ高いミに一気に飛ぶところはそれほど急がなくても良く、最初のミを弱く、しかししっかり押さえることで、なるほどミュートのようにならずに弾けるフィーリングが理解できました。その続きも再確認で弾いてみて、音を出すとことに間違いがないことをチェック。このように細かいポイントを抑えて積み重ねることで、自分でもずいぶん綺麗に、音楽的に弾けるようになったと実感できるようになってきました。曲を仕上げてゆく過程は、とても楽しいものです。

今回のレッスンまでの教訓
●4拍子だからといって4つずつ均等に拍を取れば曲をうまく表現できるとも限らない
●曲に応じて左手のリズムに軽快感を心がける
●コードを理解した上であえて引き気味にする音というのもある

マデリン・ペルー @ブルーノート東京 2019

マデリン・ペルー201903-2


2019年3月19日(水)ブルーノート東京、マデリン・ペルー2ndセット

メンバー:
Madeleine Peyroux(vo, g, uke)
Andy Ezrin(key)
Jon Herington(g)
Paul Frazier(b)
Graham Hawthorne(ds)

しばらくぶりのジャズ系ライヴだった1月のクリス・ボッティ公演でしたが、ジャズへの関心が薄れたということではなく、是非観てみたいと思えるアーティストがブッキングされれもちろん足を運びます。

以前観た映画「Re:LIFE」の冒頭で、ちょっと古くも懐かしいシンプルなサウンドが流れてきて「おっ、いいねえ」と思っているとそこにスモーキーな女性ヴォーカルが乗ってくる。これがなんとも素晴らしく、一発で魅せられてしまった。その歌の主こそがマデリン・ペルー。早速CDを購入し、それ以来、心地よいサウンドと歌を楽しませてもらっている。

キッチリとジャンル分けする人には、これはジャズではないと言いそうなサウンドと歌で、僕もジャズ寄りのポップ・シンガーという印象を持っている。つまり、カテゴリー的にはノラ・ジョーンズと同じ土俵。知名度に大きな差があるのは、バックの演奏の違いと、声、唱法の違いによる親しみやすさ、あとは外見イメージとスター性の差といった感じで、マデリン・ペルーの方がずっと渋い。まあ、ジャンル分けなんていうレッテル貼りは先入観と個人のあるべき論の押し付けでしかないので大した意味はありませんが。

彼女の声と歌い方は、よく言われているようにビリー・ホリデイの影響が明らかで、しかし、差別や人生の不幸を背負った故の芯の強さとシリアスな重みがどこか漂うビリー・ホリデイと違って、聴き手に開かれた大らかな明るさがあるから聴きやすい。ジャズに執着することなく、あくまでもベースにしながら心地よく聴ける、それでいて歌の表現力は一級品というのがマデリン・ペルーの魅力。一般的知名度はなくとも、前述の「Re:LIFE」だけでなく、映画「シェイプ・オブ・ウォーター」では一番印象的なシーンで使われているように、目利きには良く知られた通好みのアーティストだと言えるでしょう。

生で見るマデリン・ペルーは、飾ったところや華がなく、(こう言っては失礼ですが)ふつうのおばさんという風情。ジャケットやアーティスト写真と比べると「おっとっと」と思うくらい小太りな感じでスターのようなオーラは一切ありません。あまりそういうショービジネス的な世界に関心があるようには見えず、好きな歌をただ歌うというところがジャズ的。ここで言うジャズ的というのは、そもそもジャズなんておカネが儲かるものではなく、日々、演奏したり歌ったりすることで生計を立てている人、つまりジャズを演ることじたいが生き方になっている人達のことを言っています。いわゆるポップスターのようなオーラがないわけですが、歌こそが人生になっているという潔さが清々しい。

実際にライヴで聴くと、歌い方はかなり崩している、というかそもそもちゃんと歌おうとしていない。音程もリズムのとり方も自由気ままで、マイクとの距離のとり方もあまり気にしていないのか、モニター越しと生声が入り交じる場面もあった。もちろん、正確に歌えないという不安定さではなく、CDのようにキッチリ歌おうとしていない。なんというかストリートや場末のクラブで歌っているアマチュア歌手の延長のような、気負いやパフォーマンスのない歌を聴いて、ああ、これが普段着の彼女なんだなあと思わされます。

音楽的には、全体的にブルースの影響を個人的には感じました。実際にブルース色がある曲も1曲演奏していましたが、そういった表面的なものではなく、ステージを通して彼女の根底にブルースというアメリカが生んだ音楽がしっかりと根づいている。これはCDからは感じられなかったところで、こうしたところも普段着の彼女と感じさせた一因かもしれません。そういう意味で言うと、CDはガッチリとプロデュースして作られたものであることが良くわかります。

マデリン・ペルーは時期によってライヴでのバンド編成が変わる(ドラムなしとかだったりする)ようですが、今回はギター、ベース、キーボード、ドラムというオーソドックスな編成で愛聴盤の「Careless Love」「Half The Perfect World」のサウンドを聴けたことが嬉しかった。バンドメンバーも手堅く、ツボを抑えた演奏で歌伴としては申し分なし。あと、大好きな"La Javanaise"を生で聴けた、あのムードの中にいられたことは至福の体験でした。

ユリア・フィッシャーに魅せられる

ユリア・フィッシャー201903

某ネット販売サイトでクラシック映像ソフトのバーゲンセールがあり、その中で選んだ1つがフランツ=ヴェルザー・メスト指揮クリーヴランド管弦楽団のブラームス・ツィクルス。

ちなみに、過去にはカラヤンやバーンスタインのDVDなども鑑賞したことがあるけれど、映像、カメラワークがいかにも古く、また、70年代の録音のCDやレコードが十分に聴ける音質であるのに対して、映像の音質となると大幅に劣化してしまう(フィルムに記録できる音質には限界があったから?)。だから僕は最近の映像作品、少なくとも16:9の画面で、マルチトラックのマスターテープから5.1ch再生のために丹念にトラックダウンしたソフトでないと観る気がしない。

クリーヴランド管弦楽団の映像は、当然ハイビジョン、音声はDTD-Master Audioでの収録とあって、画質も音質も申し分ない。この3枚組ブルーレイには、ブラームスの交響曲、管弦楽曲の定番3曲、そしてヴァイオリン協奏曲とピアノ協奏曲2曲が収められている。昨年の6月にサントリーホールで実演に接して、クリーヴランド管弦楽団は世界でもトップクラスの実力を持つことがわかっていたから、高画質、高音質が期待できるこのブルーレイセットは間違いなく楽しめるだろうと期待しての購入だった。

交響曲は、全体的に早めのテンポで、大げさに音を引き伸ばしたりせず、しかしオケは実に良く歌っているという演奏。英国プロムス(ロイヤル・アルバート・ホールという録音条件の良くない会場)収録の1番でも音質は素晴らしく、最上の録音で聴くことができるブラームスの映像ソフトだと思う(演奏の好き嫌いはあるにしても)。

ピアノ協奏曲はブロンフマンの演奏で、抜群の安定感と品格のある表現が素晴らしく、最上の録音と相まって聴き応えがある。

クラシックを聴き始めて6年、CDを大量に買って聴き、それなりに多くのコンサートに足を運んだ結果、どのようなオーケストラが素晴らしいのかということはだいぶわかってきたつもり。一方で、ソリストの良し悪しというのはあまりわかっていない。テレビ放送やCDで聴くソリストは当然、世界レベルの一流がほとんどで、誰を聴いても技術が不足していると感じることはない。それが、最近になってようやく少しずつ演奏の良し悪し、というか自分が良いと感じる演奏がわかるようになってきた。

ピアノは自分で弾き始めて、その難しさを身に沁みて感じるようになったことがやはり大きい。要求されるタッチの難しさ、強音と弱音のダイナミックレンジの表現の難しさは、ピアノを1年も習ってみたらプロの演奏家の凄さがわかるようになってくる。しかし、ヴァイオリンという触れたこともない楽器の技巧については想像がつかない。一流演奏家の演奏ばかり聴いていると、そのくらいのレベルの演奏が当たり前だと思ってしまう。

それでもなんとなく良し悪しがわかるようになってきたのは、テレビ番組で演奏している、決して一流とは言えない人の演奏を数多く聴いてきたことも要因。いささか上から目線的な物言いになってしまうけれど、そういう人たちの演奏を聴くと明らかに物足りない。まず、音量が出ていない。音色に艶がない。要するに楽器が歌っていない。おまけに音程やリズムが不安定で正確さに欠けている。演奏者は、自身の意図で揺らしたり、強弱付けをしたりするものだけれど、一流の演奏家が色付けして曲を豊かに表現するのに対して、それほどプロとしての実績を認められていない演奏家だとそれが稚拙に聴こえてしまう。生意気な言い方だけど、レベルがまちまちな演奏を多く聴くことで、一流の演奏家がいかに技術と表現に長けているかがわかるようになってくる。

そんな時期になってから聴いたのがこのクリーヴランド管弦楽団のブラームス・チクルス。ここでのヴァイオリン協奏曲は、名前だけは知っていたユリア・フィッシャーの演奏。初めて観たときに、目と耳が釘付けになってしまった。

ユリア・フィッシャーの演奏は、基本的には生真面目で折り目正しいもので、もちろんヴァイオリン奏者として音の表情付けはしているけれど、格調高く、端正な表現を持ち味として、大げさに揺らしたりヴィヴラートをかけることで情感を煽るという安易な手段を採っていない。卓抜した技巧と、抑えを効かせつつも見事に楽器を歌わせる音色は、実直で清楚でありながら、ヴァイオリンの持つヒステリックな音、荒々しい音から極限に繊細な音まで表情も豊かという技巧と表現のバランスが、それはそれは見事なものだと感動してしまった。

あまりの感激にフィッシャーのCDを収集して聴いてみると期待通りの素晴らしさで、バッハ無伴奏ヴァイオリン集はPENTATONEレーベルの最上の録音と相まって、至高のヴァイオリン演奏となっている。ヴァイオリンのソリストは、シェリング、ムター、ハーン、ヤンセン、ツィマーマン、ハイフェッツ、バティアシュヴィリ、五嶋みどりなど数多くの名手がいて、それぞれに個性があるけれど、これ見よがしでない端正な演奏に、しかし確かな技巧、そして情感まで兼ね備えたフィッシャーの音は誰とも全く違う個性があって異次元に聴こえる(あくまでも僕の感覚ですけど)。

これまで、特定のソリストを熱烈に聴いてみたいと思ったことがない僕にとって初めて「ファンである」と言える存在になってしまったユリア・フィッシャー。7月にあるという来日公演が楽しみです。

ピアノ・レッスン 第44回

(ピアノレッスンの記事は自分のための備忘録を主目的としています)

チェルニー Op.599-No.19前半部。2小節目と4小節目の左手和音変わりのタイミングが違っていて、しかし同じように変えてしまう生理的な反応を修正するのに家での練習では苦労してきた部分。レッスンでもややトチリながらもなんとかこなす。それに気を取られていることもあってか、左手のコード変更でスムーズに行かないことで手首が下がってしまう。この、スムーズに弾けないところ、力が入りにくいところで手首が下がる癖はそう簡単に修正できるものではなく、長期的なテーマとして意識し続けていかなくてはならないようです。

また、曲の強弱の付け方について興味深いことを教えていただきました。もちろん、原則は譜面に従うのですが、右手と左手が中央に寄っているときは弱めに、両手が(音域が)広がるときには音を主張したいからなので強めに、という意味合いを持たせていることが多いとのこと。表現のコツのひとつとして覚えておきたいアドバイスでした。

次はリトルピシュナ46番、左手のみの練習。これまで取り組んできた曲にはなかった左手の返しを多用する、そしてそれを練習するために取り組んでいるわけですが、今の所、黒鍵に白鍵が交じる(黒鍵の間の白鍵に指をねじ込む)ところで打鍵が弱くなり、その先をスムーズに動かすことに影響が出てしまっている。それを克服するために手に力を入れて最初から広げる形を作る、という状態を無意識に作っていました。その力みを取って最初から手を大きく広げずに手を柔軟に移動させると良いとのアドバイスをいただく。これを意識して引き続き練習していこうと思います。

次は「ワルツ・フォー・デビー」。今進めているのは赤枠部分。

Debby201903

音数が少なく、一見たいしたことがなさそうに見えて、両手で進めるのがとても難しい。拍を取るポイントがわかりにくいこと、主メロディと補足音とが譜面から読み取りづらいことから、音を取ることができても曲に聴こえないという状態に陥り、行き詰まっていました。ここもポイントを教えていただいて、その先の譜読みを進めてこの日は終了。それにしてもこの曲、練習曲や「月光」のように形式がきっちりしていない(音階や音の進行が自由な)ため、とても難しい。ジャズとクラシックのピアノが別世界であることは音楽の聴き手としてはわかってはいたのですが、弾いてみると別物だと更に実感します。

最後に、表現を磨く(=強弱とテンポの揺らし方)ことに注力しながらずっと欠かさず練習してきている「月光」をひさしぶりに先生に聴いていただく。1箇所、ミからミへ1オクターブ飛ばして、そのタイミングでペダルを抜くところがあり、ミを打鍵してから大きく手を移動するために最初のミでペダルを抜くと音が切れてしまう問題があって、それをカバーするために強く打鍵してごまかしていました。そこはやはり強すぎるということで、それでも音を切らさない方法として強く打鍵するのではなく、弱くてもそっと少し長く指を置くやり方で、と教えていただく。とはいえ、それをやると続くミの音が遅れるので加減が難しく、その場で試してすぐにできるほど簡単ではありません。ここはまだ詰めていかなくてはいけないところです。

それ以外のところは、とても上手く弾けている(もちろん習い始めて2年弱としては、ですが)ので、今度録音して残しましょう、と嬉しい言葉をいただきました。上記箇所以外も、主メロディ部の音の浮き立たせ方が不十分であったり、伴奏部分が強くなりすぎるところがあったりと、自分としてはまだ納得できていない部分もあるので仕上げに向けて更に磨いていこうと思います。

今回のレッスンまでの教訓
●左右の手が中央寄りのときは弱く、両手が離れているときは強く引く場合が多い。
●左手返しの練習は、最初から力を入れすぎずに手に柔軟性を持たせる。
●ペダルを抜くときに音切れを回避するのは強く打鍵するのではなく長めに打鍵する。

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