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趣味の人生を楽しむサラリーマンの日記

大坂なおみは歴史に残るプレイヤーになるかもしれない

大坂なおみ201901

全米オープンに次いで、全豪オープンを制し、WTAランキングも1位が確定した大坂なおみ。こうした字面だけでも十分に凄い実績で、普段テニスに関心がない人までを巻き込んで話題になっていることはテニスファンとしてとても嬉しい。

僕もWTAツアーの試合をチェックしているわけではなく、見たのは4大大会の決勝だけなので、彼女のテニスを良く知っているわけではない。でも、少なくとも優勝した決勝2試合を見ている限りは、隙のない素晴らしいテニスで、この結果が出ていることも当然という素晴らしい内容。よく言われているメンタルの弱さは微塵も感じられないし、この全豪オープンの決勝など、相手側に流れが行ってもおかしくない状況でも自分のテニスに徹して、自分に流れを引き寄せているほどの粘り強さを見せている。

確かに彼女は体格に恵まれていて、アジア人の弱みであるフィジカル面でのハンデがない。強力なサーブは歴代女子の名選手と比較してもトップクラスで、基礎体力の強靭さとパワーが強さの基盤になっているのは間違いない。ただ、それだけでここまで急にランキングを上げることはできるほどテニスは甘くない。

スイングはコンパクトで鋭く、どんなに押し込まれても腰を可能な限り落として重心を前に移動させる基礎が徹底していて、アマチュア選手にとってもお手本になるテニスをしていることが強さの基本になっている。そのコンパクトなスイングは、理にかなった自然なもので、弱点が見当たらないほど完成されたている。もちろん、この完成度の高いスイングは高度な技術があってこそのもので、簡単に真似できるものではなく、それはこれまで彼女が積み上げてきた努力の賜物であるのは間違いないところ。

パワーに頼ったテニスではなく、しっかりとした技術があって、それを底上げするフィジカルの強靭さが今の強さになって現れているから、今のレベルを維持できれば、絶対女王がいない今の女子テニス界なら長きに渡ってトップを維持できるんじゃないだろうか。

これから経験を積んで試合運びの上手さを身に着け、トーナメントでの精神面、肉体面の管理が更に向上するという伸びしろもまだあるんだから、歴史に残るプレイヤーになる可能性すらある。

僕は、男子を含めてあまりパワーで押しまくるテニスをする人が好きではないんだけれど、大坂のテニスは機敏さやスピードがあって、そういったパワーテニスの大味さがないから見ていて実に気持ちいい。日本人としてだけではなく、いちテニスプレーヤーとして応援したくなる魅力がある。

マスコミは日本人として、という括りでの活躍を採り上げているだけ(まあ、仕方ないんですが)なんだけど、大坂のテニスの内容の素晴らしさを伝えて、テニスの面白さを世間に伝えてほしいもの。そのくらい大坂なおみのテニスは素晴らしいんですから。

ピアノ・レッスン 第41回

(ピアノレッスンの記事は自分のための備忘録を主目的としています)

今回は2週続けてのレッスン。1日を除き、毎日1時間程度練習できたので、まずまず弾けるようになったかな、という実感を以ってレッスンに臨みました。

Op.261-No.5、No.6は、前回教えていただいた後半部分を中心に練習してきた甲斐あって、結構スムーズに弾けてしまう。ところが前半の右手が前回から進歩していなくて、むしろこちらの方がうまく弾けていない。

1 5 2 5 3 5 4 5 3 5 4 5 3 5 2 5 1 5 と続ける右手パート、初心者にとってハードルとなる4番(薬指)と5番(小指)をスムーズに動かせないと綺麗に弾くことができない。特に力が入りくい4番を鳴らそうとがんばって力を入れて弾くと、指がスムーズに回らなくなってしまう。力の入れ方は、指をグイッと押し込むのではなく、(やや大げさに言うなら)高いところから振り落とした方が良いとのこと。というか、押し込むような弾き方はどんなときでもダメそうです。それを踏まえた上で再度チャレンジ、何度か弾いているうちにある程度綺麗に指が回るようになって、修了の評価をいただく。

次は、Op.261-No.16の譜読み。

Op261-No16

前半は右手は音階こそ違うけれど、動きとしてはNo.5、No.6と同じ、後半は3度、4度の上昇音階になっているところが新しいチャレンジ。一方の左手は、ここまで和音だったものがすべて右手に合わせた音符の連なり。練習曲に限らず、これまで弾いてきた曲(「トルコ行進曲」「ミアとセバスチャンのテーマ」「月光」)も基本的には左手は和音だったので、右手と左手の指を同時に回し続けるのは初めてのこと。これは結構苦労しそうです。

左手練習向けで取り組んでいるリトルピシュナの46番は、3度、4度離れている音が上昇下降し続ける曲で、2小節ごとに調が変わります。前回から、返しのところで指が大きく離れているために音を連ねるのが難しいところがあり、今回進めたところでも同様なことが発生。ここは少し音が切れても良いと教えていただいても、先生のお手本のように上手に切るのが難しい。次回までの課題になりました。先生曰く、このような運指の曲はペダルを踏むので、多少切れても問題ないということですが、一定した音の切れ方でないとおかしな曲になってしまうので、そこを詰めて行くのが今後の課題です。

最後は「ワルツ・フォー・デビー」で、今回は3和音が連続するパートの譜読みと、ここはスラーがかかっているので音のつながり感を出す弾き方を教えていただく。ちなみにこの曲、クラシックと違って法則性があまりなく、音使いが自由なので、覚えるのが結構大変です。3和音の続きの4小節の譜読みまでやってこの日は修了。

一番時間をかけたのはリトルピシュナでしたが、この左手の動きは今後いろいろな曲で応用されるようなので、しっかりやって行きたいところです。


ピアノ・レッスン 第40回

(ピアノレッスンの記事は自分のための備忘録を主目的としています)

年末年始を挟んだことで4週間ぶりのレッスン。

Op.261-No.5、No.6、前半は右手の運指の練習で2音目、4音目、それ以降偶数番目に来る5番(小指)を軸に1番から4番までを順番に上下させるという練習曲。何も考えずに、均等な強さで淡々と指を動かしてみる。いや、何も考えていないと5番の音を強く弾いてしまうので、意識的に弱くなるように心がけて弾いてみる。ある程度指がスムーズに動くようになったところで、先生に弾いてもらった映像を見てみると、あれ?違う曲が聞こえてくる。再生ファイルを間違えたのかと思ってもう一度よく確認してみると、それは確かに同じ曲でした。シンプルな練習曲でも、これまでに先生が弾いたものと自分の弾いたものが別物に聴こえたものですが、違う曲に聴こえるくらい違っていたのは始めてで、ピアノ(というか楽器演奏)の怖さを思い知りました。

チェルニーOp261-5-6

違いはやはり5番の指が他の指とは完全に独立して、弱く、一定の強さで弾けていること、1~4番の指は譜面通りにクレッシェンド、デクレシェンドしていることにある。たったそれだけのことで別の曲のように聴こえてしまう。1~4番の指の音が曲のメロディとし滑らかに繋がているのとそうでないのとでここまで違ってしまう。そうとわかったからと言って先生と同じように弾けるわけでもない。これまで自分で弾いてきた方法の延長で、先生の弾き方と同じようにできる部分から改善して行く他ありません。

あとは右手と左手が役割交代となる後半の練習。力のコントロールが難しいところが小指と薬指になる前半と違って、左手は親指と人差し指に代わるため、その点はむしろ弾きやすい。メロディの展開が前半と異なり、指の動きが複雑になる部分と右手のポジション移動があるところが重なって、ここで詰まってしまう。ここはその複雑な部分に差し掛かる前に右手を移動させておくようにアドバイスをいただく。このように、脳が処理しきれない動きのときのポイントを教えていただけることは初心者にとってはとても為になります。

次はリトルピシュナの46番。この曲はポジション移動が大きい左手の練習のためということで先生が提案してくれたもの。したがって練習は左手だけです(今の僕には右手を合わせてできる技量もありません)。2小節目までが前回からの課題部分で、ここは引っかかったりしながら、なんとか形になって、次の2小節へ。黒鍵が混じり、指がついていかないけれど、どうしても届きにくいところは多少音が切れても良いとのことで、4小節目まで進めて次回までの宿題に。

ここで一旦レッスンを中断して、譜面との付き合い方について先生に相談。ベートーヴェンの「月光」第1楽章は一通り弾けるようになったとはいえ、通して弾くと7分弱を要するこの曲を弾いているとどこかで頭が白くなって手が止まってしまう。曲は頭に入っているので譜面は見なくなっていて、それでもときどき「あれ?」と次の部分が出てこなくなるときがあるので、やはり譜面を見て進行しながら弾けるようにならないと、それを防ぐことができないのでは?と思い始めていたことから相談してみたというわけです。譜面の音符をじっくり見て音程を読み取るというよりも、曲のポイント、調性の変わり目を譜面から認識して進めるようにした方が良いとのことで、たとえ譜面を見ていなかったとしても、今弾いているところが譜面のどこなのかを意識できるようにしておいた方が良いと教えていただく。曲を覚えることじたいは無駄ではないんですが、覚えることが目的ではないので、やはり譜面を追えるトレーニングをしていくことが必要で、今後曲をマスターして行くためにも必要だと実感しました。

「月光」については、自分で弾いていて、音が出すぎている(強すぎている)んじゃないかと思った部分があったので、その確認。あと終盤でメロディが左手に移ったときに流れが切れてしまうところを相談。すると左手のメロディを弾く指が離れるタイミングで右手の指も離れてしまっているからであることを教えていただく。自分で弾いていると、おかしいと感じることはできても、何がおかしいのかわからないところが、初心者の悲しいところ。まだまだ、綺麗に弾けるようなるために直さなくていけないところがあります。

この日はこれで時間切れ。「ワルツ・フォー・デビー」は14小節目からの和音部からの譜読み(指の間隔や白鍵、黒鍵が入り混じって動きが複雑)だけやって終了。

今回のレッスンまでの教訓
●音の強弱のポイントを押さえないと体をなさない曲もある。
●左右の手が同時に忙しくなるポイントのポジション移動は、うまくタイミングをずらすと弾きやすくなる。
●覚えて頭に入ったと思った曲でも譜面を思い描いて弾き進められるよう訓練した方が良い。

「女神の見えざる手」

女神の見えざる手201901

日本では馴染みの薄い、ロビイストを主役に据えた社会派サスペンス。と、見せておいて、実は見事な娯楽作品として仕上がっている。

後になって冷静に観ると、話ができすぎていて、ご都合主義的なところもあったとも思うけれど、優れた脚本、演出、撮影や編集、構成、いずれも見事で、2時間以上の映画なのに息つく暇もなく一気に最後まで見せてしまう。

この映画、とにかく会話劇のスピード感と密度の濃さが凄い。それは演出としての側面だけでなく、ストーリーに重みとリアリティを持たせるためであり、その必然性を感じさせるための説得力がある。そしてそうした手法に溺れていないところもまた作り手の見識が高いからだろう。

主役、スローン(ジェシカ・チャステイン)のキャラクター設定とその表現もよく練られたもので、最後まで観ても結局彼女が何をモチベーションとしていたのかは明かされていない。私見では、ロビイストとしてクライアントの要求に答えるために手段を選ばないロビイストであるように見えて、実は正義感を根底に持っているような演出だったように思う。そのあたり、観た人によっていろいろ取れるような作りであり、また、どのように取ったとしても主人公の強靭な意思に揺るぎがないという作りもお見事。

ジェシカ・チャステインは個人的には、スカシすぎていてあまり好きな役者ではないけれど、野性味溢れつつもどこかに人間の弱さを抱え、知性も備えているという難しいキャラクターの主人公を、これ以上上手く演じることができる人はいないと思わせるほど完璧にハマっている。

また、ジェシカとマーク・ストロング以外に有名な役者を使っていないにもかかわらず、各キャラクターがしっかりと立っていて、演技も上手いために不足感が微塵もない。

娯楽映画として極上の完成度。素晴らしいです。

「アリー/スター誕生」

アリー・スター誕生201812


ここ数年、大晦日の夕方・夜は映画を観る習慣になっています。今年はこの映画で。

まずレディ・ガガについて、基礎知識はほぼゼロ。曲は1つも知らないので曲調も芸風もまったく知らない状態での鑑賞。芸能ニュースに良く登場するので顔とか奇抜なファッションはもちろん知っていますが。ちなみに、まったく個人的なことながら、ちょっと癖のあるあの顔が苦手だったりもする。

映画じたいは3度めのリメイクとのことで、初版が1937年というからストーリーに意外性や驚きを持たせるようなことはしていない。もちろん、まったく同じストーリーにしなくてはならないということはないので、あえてシンプルなストーリーを踏襲する道を選んだということでしょう。大音量でのライヴシーンが何度も登場するため、それなりの迫力があり、主演2人に華やかなイメージがあるために、派手なハリウッド映画との印象を持つ人が多いんじゃないかと思うけれど、基本的には地味な映画。シンプルなストーリーとなると、どう見せるか、が監督の腕の見せ所ということになります。

クリント・イーストウッドの企画を引き継いで、これが初メガホンになったブラッドリー・クーパーの仕事はなかなのもので、劇中で交わされるセリフが後の伏線になっていて、いざその伏線が効いてくるシーンで説明を少なくする演出が渋く、それ故にジワリとした情感をもたらしている。2時間16分の映画で起伏を抑えた演出で観衆に訴えるという難題にあえて挑んだと言っても良いかもしれない。その分、中だるみする部分はありますが、難題に挑んだ結果、大人向けの映画として上手く仕上がったと思います。

ライヴ・シーンは、レディ・ガガのさすがのヴォーカル・パフォーマンスに加え、ブラッドリー・クーパーも健闘していて、単純に曲で楽しむという観点でも上出来。照明や演出はイーストウッドのテイストを滲ませつつも巧みで、これが初監督の仕事とは思えないクオリティ。今後、ブラッドリー・クーパーは監督業の仕事が増えるであろうことを予感させます。一方で、演技面ではレディ・ガガになんら不足がなく、最初はガガにしか見えなかったアリーが、アリーにしか見えなくなってくるほど堂に入ったもの。映画好きならお勧めできます。

尚、掲示板で「ボヘミアン・ラプソディ」と比較している人を少なからず見かけますが、狙っているもの、描こうとしているものは全くの別物で、演奏シーンがあるということ以外に共通点はまったくありません。

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