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趣味の人生を楽しむサラリーマンの日記

Squeezebox Touchのリモコン故障

リモコン201808


(左からSquuezbox Touch、Squeezebox Radio、YAMAHA WXC-50のリモコン)

他のオーディオ関係の記事で書いている通り、拙宅のオーディオは一般人には呆れるくらい(しかしマニアには大したことがない程度)のお金がかかっています。ただ、僕の過去の経験からの考えではプレーヤー(CDプレーヤーやネットワークプレーヤー)の音質差は微々たるもので、プレーヤーにはお金をかけていません。

そのプレーヤーとしてSqueezebox Touchという、お手軽な製品を2010年から愛用しています。この製品はネットワーク・プレーヤー黎明期に、オーディオ・メーカーではない米国Logitechから発売されたもので日本では発売されていなかったもの。ネットワーク・プレーヤーというカテゴリー黎明期の製品であるにもかかわらず、機能(あらゆるファイル・フォーマットに対応していて十分に良い音質でギャップレス再生できる)に不足がなかったところが、実利を求める一部オーディオ愛好家にウケていた(オーディオ・マニアは安価で軽薄な出で立ちから見向きもしなかったけど)。独自開発のサーバー・ソフトは管理しやすく、かゆいところまで手が届くコントロール・アプリ(iPeng)の完成度も高く、アフォーダブルな価格帯の製品で未だにコレに並ぶ使い勝手のネットワーク・プレーヤーは存在していないんじゃないかと思います。UltraHDソフト再生目的で購入したSONY UBP-X800はDLNAでの音楽再生機能も付いているんですが、なんと未だにギャップレス再生できない有様です。

2012年に製造中止になって、いずれ使えなくなると困るということからYAMAHA WXC-50というネットワーク・プレーヤーを導入し、MinimServerというDLNAソフトとLUMINコントロール・アプリを併用するようになったものの、それでもSqueezebox Touch+LMS(サーバーソフト)+iPeng(コントロール・アプリ)の使い勝手には及んでいない。YAMAHA環境(MinimServer+LUMINアプリ)はライブラリへのアクセスが早いこと、ライブラリ追加・変更時のスキャンが早くて正確(LMSはときどきうまく変更を反映できずに全スキャンしなくてはならないときがある)なこと、そして新しい分、Spotifyとの親和性が高いところに優位性があるものの、総合的にはSqueezebox Touchの方が未だに使いやすく、今でもメイン機として拙宅では君臨しているというわけです。

と、ほとんど手放しで褒めてきたわけですが、簡単に言うならば基本的にはお手軽なデジタル・ガジェット的なモノであり、アメリカの製品ということでもあるため、日本の工業製品では考えられないショボい部分があって、それがゴム部の作り。ゴム部は本体裏の各ポートが並んでいるところとリモコンのことで、本体裏は見えないし触れることもないからまあ気にならないんだけれど、問題はリモコンの方。利用から数年くらいでゴム部が溶けたような感じになってネバネバした状態になっていた。まるでガムテープの粘着面と化したリモコン本体は、触れると気持ちが悪いし、そのネバネバが手にも移ってしまって触るのが嫌になってしまうほど。当然、埃という埃はすべてここに付いてしまい、見た目がヒドイことになっていたのです(それが最初の写真)。リモコンは当然視界の中にあるものだし、何より手に触れる部分であるだけに、リモコン全体がベタベタに粘っているのはどんな寛大な人でも受け入れられないんじゃないかと思う。操作は基本的にiPengでできてしまうのでリモコン無しで運用できないことはないんですが、急に電話がかかってきてすぐに音楽を止めたいときななどにはリモコンの方がやはり便利です。

ある日、リモコンでSqueezebox Touchを操作しようと思ったら何も反応しなくなっているではありませんか。寝室のSqueezebox Touchで試してみてもやはり反応しない。寝室用Squeezebox Touchのリモコン(こちらはまったく使っていなかった)はと言うと電池が液漏れを起こしていて見るからに壊れている状態でリモコンが2台とも故障という事態に。予備機としてしまってあるもう1台のSqueezebox Touch(実に3台持っているのです)のリモコンだと動作するのでリモコン故障であることが確定的になってしまった。

ネットで検索してみると、Squeezeboxで利用できるより小型のリモコンが「Logitech Squeezebox Boom Remote Squeezebox Radio Internet remote control Genuine」という商品名でebayで売られているので、Touchで使えるかどうかわからなかったんだけれども、お値段が$16ということもあってダメ元で注文してみました。届いて実際に使ってみるとありがたいことにちゃんと使えました。従来品のリモコンの表面ゴム部はプラスチックに変更されており、経年劣化でベタつくこともなさそうです。これで曲の一時停止や電源オフなどはリモコンでサッとできるようになって、従来通りに使える状態が復活。テンキーが省略された小型版のリモコンであることも個人的にはうれしいところ。

ちなみに、3ヶ月前にはACアダプターの故障で電源が入らなくなって、こちらはアメリカのAmzonから転送業者経由(転送量込で$76もしたけど)で互換ACアダプターを輸入して復活、なんとこともありました。

あちこちガタがきはじめていて、まともな値段での入手が難しい本体が次には壊れるんじゃないかと不安は募りますが、Squeezebox Touchはなんとか延命できています。本体が壊れたらいよいよラズベリーパイなどを考えなくてはならないのかな、という覚悟を決めつつ、まだまだがんばってほしいものです。

実に困ったアーティスト、それはキース・ジャレット

The Koln Concert201808

僕はもともとロック、しかも自分の幼少時代にあたる60年代終盤から70年代前半の英国ロックをこよなく愛するロック少年だった。高校生のころからハンブル・パイやバッド・カンパニーといった渋めの英国ロック、そしてプログレ系などを愛聴する、変わった学生だった。

それでも10年、20年と聴いていると次のステップに進もうかな、と思い始め、2001年、34歳のとき「Inside Out」というインプロヴィゼーション主体のアルバムをリリースしたキース・ジャレットのCDが自分の意思で初めて買ったジャズのCDだった。

それから所謂50年代のモダンジャズに本格的にハマり、ジャズの魅力に取り憑かれて行ったんだけれども、ジャズに詳しい人ならご存知の通り、キース・ジャレットはそのラインから少し外れたところに位置している。

キースのピアノは確かにジャズがベースにありつつも、そのフレージングは独特で黒人臭さが皆無で時にポップな一面さえ見せる。また、キャリアの時期によって志向する音楽性は大きく異なり、60年代のアメリカン・カルテットやヨーロピアン・カルテットあたりの時期が音楽的にもっとも個性的で面白い。

一方で、人気が高く、今となってはもっとも親しまれているスタンダーズ・トリオは初期の一部を除いて、まったりした聴きやすい典型的なピアノ・トリオとして聴かれているらしい。アマゾンのレビューなどを読むと、普段ジャズを聴かない人のコメントが多く、そのネーム・ヴァリューの高さからか、親しみやすいピアノ・ジャズとして絶対的なポジションを確立しているように見える。

僕も、素直に好きとまでは言えない、なんて思いつつ気がつけばCDを25枚も持っているから、立派なファンなのかもしれない。それでも心の底から「キース・ジャレットが好き」と言えないところが我ながら不思議なところ。好きと言えない主な理由は「The Köln Concert」をはじめとするソロ作品にある。

「The Köln Concert」はキースの代表作とされていて、前編即興で弾かれるピアノへの評価は高いんだけれど、正直なところ僕は何も感じない。好きとか嫌いとか良いとか悪いとかそういう感情がまるで沸かず、とにかく何も感じずに右から左へ流れて行ってしまう。「The Köln Concert」の良さがわかることがキースの音楽性を理解することなのだとしたら、僕はキースのことがわからないのだと思う。

前述の通り、僕はアメリカン・カルテットやヨーロピアン・カルテットの頃のキースが一番面白い。またスタンダーズ・トリオでもインプロヴィゼーション主体の「Inside Out」や「Always Let Me Go」あたりはなかなか聴きごたえがあって今でも好きなアルバムと公言できるくらい気に入っている。

スタンダーズ・トリオは、途中からはすべてライヴ・レコーディング一辺倒で、美術センスのない僕でも作れそうななんの工夫もないジャケットのアルバムを量産し、人気が高いらしいんだけれど、これら、本当にイイですかね?キースや、ピーコック、ディジョネットほどのミュージシャンならこの程度の演奏は朝飯前という感じがするんですけど。ライヴ・レコーディングしてちゃっちゃとCDを化するビジネスに安易さを感じるのは僕だけではないと思う。

余談ながら「Always Let Me Go」のあとに日本ツアーをしたときに東京文化会館でライヴを体験したことがあって、咳払いさえもはばかられる雰囲気のナルシスティックなステージに閉口、演奏曲もスタンダードばかりで面白くなかったこともキースの印象を悪くしているかもしれない。アンタ、スタンダードを軽く聴かせる演奏で、咳払いに「シー」ってやってて、ジャズなんてカジュアルな音楽で何やってんですか、って思ったことを今でもよく覚えている。

そんなわけでキースは長らく遠ざかっていたんだけれど、Spotifyでスタンダーズ・トリオの「Somewhere」を気まぐれで聴いてみたら、1曲目の"Deep Space / Solar"がえらく良い。

Somewhere201808

マイルスのあの軽やかなバラードをアブストラクトかつスリリングに演奏していて思わずCDを久しぶりに購入してしまった。それ以降の曲はいつものスタンダーズ・トリオではあったけれど、この1曲めだけでも買ってよかったと思わせる素晴らしい演奏だった。すでにスタンダーズ・トリオの活動はリタイアしたそうだけれども、もうこれ以上のものは出てこなかっただろうから十分でしょう。

あと、バルトークの協奏曲なんかも演奏したりしているけど、ぶっちゃけキースでなければいけない理由は見当たらず、普通にクラシックのCDを聴いた方がよほど良くて、こういった迷走ぶりも実はキースの一面ではある。ちなみに68年録音の「Restoration Ruin」というアルバムではピアノを含む全ての楽器(リコーダーやハーモニカ、ギターまで)を演奏し、調子っパズレの歌まで聴かせる迷作もあって、こういったツッコミどころ満載なのも実はキースの魅力のひとつなのかもしれない。

好きとは言えないけれど無視できない不思議なアーティスト、それが僕にとってのキース・ジャレットです。

ピアノ・レッスン 第33回

(ピアノレッスンの記事は自分のための備忘録を主目的としています)

7週間ぶりのレッスンの次は2週連続と周期が安定しない昨今。とはいえ、この1週間は結構練習できました。

チェルニー Op.777 第24番は、後半部分が前回からの課題部分。ここは意外と難しいところがなく、黒鍵を含む3連符の最後の指離れが早すぎるところを修正してほぼOK。しかし、実は前回までにある程度終えていた前半の装飾音符のところをスムーズに弾くのが難しい。ここは、左手は3連符のコード変更のみで淡々と進め、装飾音符5連符を素早く進めるところでテンポを合わせにくいところが難所。リズムを機械的に規則正しく進めるのではなく装飾5連符のところで左手をむしろ少し遅らせてタメを作るようにすると弾きやすく、音楽的な表現になることを教えていただき、この部分のみ次回までの課題として残しました。

ちなみにチェルニー Op.777はこの第24番ですべて終了。1年4ヶ月で終えたのは、ピアノを始めた当初のことを思うと自分でもまずまずよくやったなあと思います。練習曲というと指の動きの練習のみでつまらないと思われるかもしれませんが、僕は曲じたいにも魅力を感じながら楽しくレッスンできました。次もチェルニーの練習曲集に取り組む予定で、「やさしい20の練習曲」が課題曲。これまでと打って変わって流れるような運指を求められる曲で、なかなかやり甲斐がありそう。

次は課題曲のベートーヴェン「月光」。今年の1月から取り組み始めたこの曲も、いよいよと言うか漸くと言うか、最後まで譜読みが終了。もちろんすべて通してスムーズに弾けるというわけにはいかないまでも、途中つっかえながら最後まで音が取れるようになりました。通して弾くと約10分。手元にあるCDで一番遅いバレンボイムの演奏でも7分6秒のところ10分なので、テンポがまだ遅く、途中でわからなくなって止めてしまう部分が多少あるということ。

これまでのレッスンでは部分部分の練習でやってきたわけですが、今回始めて最初から通して先生の前で弾いてみました。8ヶ月練習してきただけに暗譜してしまっていて、先生は「すごいですね。譜面見ないで最後まで弾けるなんて」と一応感心のお言葉。思えば最初のころは手をぐっと広げなくてはいけなかったり、不自然な手の型を続けたりしなかったりで、練習していても手が痛くなったものですが、今はそんなことはなくなっていることに気づきます。こういったことも練習でクリアになって行くんだなあ、と今にして思ったりします。

ピアノを始めてまだ1年と4ヶ月であることを考えると、指の動きが遅いとはいえ、プロが演奏するソナタを一応それなりに弾けるようになったのは我ながらなかなかのものだと思います。しかし、この曲は強弱の付け方が非常に難しい。CDでプロの演奏を聴くと、自分が弾いている「月光」は、まさに形だけで曲の表現としてはまるでなっていないんだとわかります。

具体的には右手アルペジオの音が出すぎているところが結構ある。これによって本来の曲のメロディが埋もれてしまっている。特に右手を広げ気味のときにアルペジオ3連符の2音目と3音目の力を抜くのが難しい。ここは一様に力を抜くのではなく、右手小指でメロディを弾いた直後に特に意識して力を抜くと曲としての表現力がぐっと上がることを教えていただく。

こうした音を引くところと出すところの加減、テンポを溜めるところ、進めるところのメリハリを付けることができると、曲としての表現がかなりレベルアップします。しかしながら、プロ演奏を聴いていても、そのやり方は千差万別で、無限のバリエーションの可能性を持った曲だということがわかる。「月光」は音を取るだけなら簡単だけれども、表現を詰めるとなると非常に難しいと言われる所以がいよいよ身に染みてわかるようになってきました。

あとは、ペダルの踏み変えができていなくて一部音が濁っている部分があって、そのポイントを教えていただく。基本的に左手のコードが変わるところで踏み変えるのは、これまで教えていただいた通りで正しいとのこと。しかし、左手で全音符で押さえている部分でも、右手の音階が変わるとこで踏み変えた方が良いところがあって、やってみるとこれがうまくいかない。左手の動きに合わせてペダルを踏むやり方しか知らないので、左手が固定されたままペダルを踏み直すことができないわけです。また、最後の部分で左手で低い音のメロディで締めるとことも、単音で音をクリアに響かせた方が綺麗になるので、ここもペダルの踏み直しが必要で、こちらも初めての動きとなり、スムーズにいかない。ここも新たに取り組むべき課題になります。

よりズムーズに弾けることを目指すだけでなく、表現力の向上を目指してまだまだ練習していこうと思います。これまで譜面通りに音を取れるようになることを主目的で練習してきましたが、表現の比重を置いて練習をして行くのは、ある意味初めてのことで、こういった練習もまた楽しい。この曲、人前で聴かせられるように、ちゃんと自分のモノにするつもりです。

今回のレッスンまでの教訓
●練習曲でも曲合わせてテンポのタメがあってもいい。
●アルペジオの強弱はメロディ音とのバランスを見て決める。
●ペダルは右手の動き次第でも踏み直しが必要。

ピアノ・レッスン 第32回


(ピアノレッスンの記事は自分のための備忘録を主目的としています)

前回のレッスンが6月30日。引っ越しが入っていたため、その次のレッスンを7月22日まで開けておいたらその日が台風で中止になってしまい、そこから更に開けての本日のレッスン。というわけで、なんと7週間ぶりのレッスンとなりました。

しかし、引っ越しでドタバタ、出張が1週間、それに深夜残業と土日出勤などもあり、合わせて3週間くらいは鍵盤に触れることができない状況であったため、思ったほどは練習できなかったというのが正直なところ。とはいえ、それを除いても4週間あったため、それなりには練習ができました。

チェルニー Op.777 第23番は中盤から後半が課題部分だったとはいえ、前回までに着手していた前半部分がちっともうまく弾けるようにならない。Molto Allegro(非常に速く)のテンポ指定を守ろうとすると指がこんがらがって成功率が50%以下に下がってしまうので、執拗に練習しても上達しない。その分、中盤のところの練習を疎かにしてレッスンに臨むと、先生にはすぐに見透かされてしまい、その場で修正、指摘が入る。指の運びが簡単なところは走ってしまっている(テンポが上がってしまう)ところも注意を受ける。それでもレッスン中になんとか帳尻を合わせて修了。この曲はあまり征服欲が湧かなかった(うまく弾けるようになりたいと思えなかった)ので、ほっと一安心。曲が気に入らないと練習に身が入らないものというのは以前から薄々感じてはいたんですが、この曲で明確に実感しました。

次は最終曲の第24番。まずは前半部分に取り組む。難所は2箇所ある5連符の装飾音符部分。指を素早く、スムーズに動かさなくてはならないため、勢い、強めの打鍵となってしまっていると指摘を受ける。2つ目の5連符は43234番の指の運びになり、4番は黒鍵になるため力が入りにくい。ここは手首を意識的に立てて弾くようアドバイスを受け、確かにそのとおりに弾くとスムーズに引きやすくなりました。また、左手のポジション移動が大きいところ、合わせて黒鍵が交じるところも強めになってしまっていたため、ここを修正。あと、曲が盛り上がるところで、少し溜めを作った方が表現としては良い(練習曲なのでそこまでしなくてもいいんだけど、という注釈付きでしたが)ということで、そのとおり弾いてみると確かに良い感じに。後半部分の譜読みに進んでこの日は終了。

ちなみに、レッスンの間隔が開くということはその間、自分ひとりで曲を仕上げて行くことを意味します。すると、間違えて譜読みしてしまっていたり、前述のようにテンポが均一でなくなってしまっていたり、音の切り方、強弱の付け方が良くないところに気づかないまま、練習を続けてしまうことになります。音程を取ってある程度曲の体裁は整うものの、それで曲が弾けたとは言い難く、やはり適切な指導を受けることの重要性を再認識しました。

ベートーヴェンの「月光」は最後の部分の締めに入る。左手で弾く主題メロディと右手を同期させるのが難しく、テンポを取るために左手を跳ねるように打鍵していたところを、しっとりと押さえて落ち着いた音になるようにアドバイスを受ける。確かに最後に元気になってしまうと曲が台無しになってしまう。打鍵の強さだけでなく、じっくり押さえることで、しっとりとした質感になり、曲が引き締まる様子を自分で弾いて実感し、やはりピアノという楽器は表現が難しいなあと感じ入ってしまいました。これも先生に教えてもらわなければ気づかなかったところです。

どんどん先に進めたい先生としては、「次、何の曲にします」と言われていたので、「ワルツ・フォー・デビー」に挑戦することにしました。先生はクラシック一筋で勉強してきた方なので、本当は次はバッハはどうでしょう、と勧めてくれていたんですが、ジャズファンがピアノを習うにあたってこの曲は避けては通れない。というか、ピアノで弾くジャズ曲で、この曲だけはやはり外せない。なので、自分の演りたい曲としてこの曲に取り組むことにしました。早速、譜面を見て先生がデモ演奏。先生は弾いたことがないとのことで、初見の譜面を見ながら「ここの和音、カッコいいですね」なんて言いながら一通り演奏。先生が弾くとどこかクラシック風な仕上がりに。曲がしっかりしていて、黒人のブルース・フィーリングがないせいか、そうやって弾かれる「ワルツ・フォー・デビー」もなかなかイイ感じ。でも、自分で演るときはビル・エヴァンスのように、もっと躍動的かつ適度に荒っぽくできるといいな、なんて生意気なことを思ったのでした。

おっと、その前に「月光」を仕上げなくては。僕のテンポで弾くと7分近く要するこの曲を、多少つっかえつつも一通り音が取れるようになったのは自分でもよくがんばったなあと思いますが、この曲は本当に表現が難しい。まだ、自分で気づけていない悪い箇所も多々ありそうなので、先生に通して聴いてもらって、表現をもう少し詰めたいと思っています。

今回のレッスンまでの教訓
●素早くスムーズに指を動かすときには意識的に手首を立てる。
●曲が気に入らないとやはり練習に身が入らず、上達が遅い。
●自分で長時間練習していても悪いところに気づかず、時間をかけても上達しない。

猫の引っ越し - 猫は家につく、は本当か?

ぶらん201808

引っ越しをしたことを前回の記事で書いたのですが、転居にまつわる自分たちの心配ごとと合わせて、更に心配だったのがウチの愛猫のこと。

この子を飼い始める前、猫とはどういう生き物か、ということを調べていたとき、「猫は人につくのではなく家につく」と言われていることがわかった。犬を飼った経験から、犬が人につく(というか犬は主人と認めた人に忠誠を誓う)ということはもちろん知っていて、ああ、猫は一緒に住んでいる人が大事なんじゃなくて、住んでいる家の方が大事と捉える生き物なんだな、とそのとき理解しました。飼い始めてから、留守中はペットホテルではなく、シッターさんに来てもらうようにしていたのもそれを受けてのこと。

実際、もう6年も一緒に暮らしていみると、言われているよりは「人につく」部分がけっこうあるように思っていたんですが、年に1度の予防接種以外では一歩も家の外に出たことがない完全箱入り娘のウチの子が引っ越しという環境変化に耐えられるのかはかなり心配なポイントだったわけです。

いざ、引っ越しの日。ガランとした部屋の新しい家に初めて入ったときの戸惑いはやはりかなりのもので落ち着かない様子。荷物搬入時に家の中を自由に歩かせておくわけにはいかないので、ケージに入れて、風呂場に置いておく。もともとケージに入れられることじたいはそれほど抵抗がない子(5ヶ月までペットショップをたらい回しにされていた)なので、目の届かないところに置いておいても特に普段と変わりなく、ここは穏便にやりすごすことができました。

引っ越し当日、ある程度部屋が片付いた夕方にケージから開放してあげると、戸惑いはありつつも取り乱した様子はなく、箱があちこちに積まれてごちゃごちゃした部屋でいろいろ探検できる部分があるという感じでやや好奇心が上回っているかのような感じ。その楽しげな様子に少し安堵。その後部屋が片付き、家具類の配置も落ち着くと、自分が快適に過ごせる場所の散策がはじまり、いろいろなところで伸びて寝転がってをトライ・アンド・エラー。戸惑うどころか、新しい環境を楽しんでいる感じさえあるという状態になっていったのでした。

引っ越しから3週間が経過した今は、居心地の良いところを概ね探し当てたようで、しかしその場所は以前の家より数が増えて、姿を探すときの手間が増えました(苦笑)。キャットタワーの最上階ハンモックはモフモフしているので夏場は近寄らなかったのに、今はどういうわけかよく入ってます。人間ともども、生活のリズムも安定してきて、おやつどきにキッチンに現れるなど、以前の行動パターンも復活、見ている限りではもう何もストレスを感じていないようで、これなら1日留守にしても大丈夫そうです。

というわけで、引っ越しはウチの子に限ってはそれほど大きなストレスというわけではなかったようです。それよりも、飼い主がずっと身近にいたことの方が安心材料だったように見えます。もちろん、他の子もそうとは限らないので一概には言えませんが、家の環境が変わることは当然ストレス要因ではあるものの、人が一緒ならそれほど大きな問題にならないんじゃないか、というのが僕の感触でした。まあ、5ヶ月目までペットショップをたらい回しにされていたので環境変化に慣れていたせいもあるかもしれませんが、恐らく、棲家を求めるのは事実ではあると思うものの、一緒に暮らしている人がいる安心感も大きいんじゃないかと思います。

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