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趣味の人生を楽しむサラリーマンの日記

News Of The World 40th Anniversary Box

News Of The World 40th210711

かつて、CDが多くの過程に普及しはじめたころ、有名アーティストが揃ってボックスセットを企画した。それはアンソロジー的なものであり、高音質のCDへの収録によって価値を持たせるものだったように思う。その後、さまざまなアーカイブ放出的なボックスセット企画され、最近は、名盤と呼ばれるアルバムに付加価値を持たせて何枚かのCDを収録、ボックス化するという手法がトレンドになっている。このクイーンの「News Of The World 40th Anniversary Box」もそんな成り立ちのひとつと言えるでしょう。

本ボックスのハイライトは2つ。

ひとつは、「News Of The World」のレコーディングセッションと77年全米ツアーのドキュメンタリーを収めたDVD(約55分、輸入盤は日本語字幕なし)で、これまで見たことがない映像が多く収録されている。モノクロ映像が多く、ひとつのパッケージ製品とするには弱いものの、こうしたボックスに収録するのは妥当な判断で熱心なファンにも満足できるものでしょう。英AmazonのレビューによればBBC4で放送されたものとのこと。

もうひとつは、Disc 2 の Raw Seesions。
全曲、曲が始まる前後のスタジオでのチャット、試し弾き、弾き残しを加えたセッション風の仕上げ。ただし、多くの曲の演奏部分は既にある程度仕上がっていてコーラスも重ねられており、厳密に言えば Raw というよりは完成前テイクという趣になっている。

[We Will Rock You]
ヴォーカルはほぼ完成版に近いメロディの別テイク。
最後のギターソロはまだ仕上がる前の別テイク。

[We Are The Champions]
ヴォーカルはほぼ完成版に近いメロディの別テイク。
2コーラス目からブライアンのギターによるオブリガードがずっと付く(少々鬱陶しい)。
最後のサビの繰り返しが2回分多くなっている。

[Sheer Heart Attack]
完成前のラフ・ミックスでリード・ヴォーカルなし。アレンジはほぼ完成版と変わらない。

[All Dead All Dead]
歌メロ、歌詞がほぼ仕上がった状態でフレディがヴォーカルを仮入れしたと思われるもの。
本テイク用でないからこそのリラックスした歌い方が聴きどころ。

[Spread Your Wings]
歌メロ、歌い方がまだ未完成な状態での仮入れと思われるヴォーカルのテイク。

[Fight From The Inside]
歌詞、メロディが未完成な状態での仮入れと思われるヴォーカルのテイク。コーラスもなし。

[Get Down Make Love]
これぞ Raw Session。オーバーダブなしの恐らくは一発録り。ギミック無しのバンドの素の演奏が聴ける。

[Sleeping On The Sidewalk]
77年、2度め(すなわち「News Of The World」発売直後)の全米ツアーのごく初期のみに演奏されていたときのライヴ音源。スタジアムでのライヴに向いている曲とは言い難く、セットリストからすぐに外れたのも無理はない。リード・ヴォーカルはフレディ。シンプルな曲なだけに演奏はスタジオ盤とほぼ変わらない。

[Who Needs You]
ジョンのラフなアコギと、まだ一部歌詞ができていない状態のヴォーカルにマラカスだけ加えて、とりあえず録っておきました風のリハーサルのようなテイク。

[It's Late]
恐らくバッキングテイクは本テイクと同じでリード・ヴォーカルが別テイク。ブリッジ部分以降のヴォーカル以外それほど大きく歌い方は違わない。ギター・ソロは別テイク。

[My Melancholy Blues]
ヴォーカル別テイク。少し力の抜けた素朴な歌い方で、録り方のせいか声が生々しく目の前で歌っているかのよう。

ボックスには、初見の写真を含むLPサイズブックレット、当時のエレクトラ・レコード発行のプレス・リリースや写真、バックステージパスのレプリカなどが付属。

しかしながら、音源的に見るべきものは悲しいことに上記ディスクのみ。この種のレコーディング・セッションを部分公開する企画は他のアーティストでもよくあるものだけれども、熱心なファンなら良くご存知の通り、舞台裏まで見てみたいというマニア心理を満たすためのものに留まる。曲としての完成度が高いはずがなく、繰り返して聴きたくなるようなものではない。

その他のディスクは、熱心なファンなら持っていて当然のものばかり。Disc 1 は2011年のリマスターと同じ、Disc 2 は以下のように既発の音源が多い。

[1] Feelings Feelings(Take 10, July 1977)
→ 2011年リマスターのボーナス・ディスクに収録済み
[2] We Will Rock You (BBC Session)
[3] We Will Rock You (Fast) (BBC Session)
[4] Spread Your Wings (BBC Session)
[5] It's Late (BBC Session)
[6] My Melancholy Blues (BBC Session)
→ [2]-[6] は Complete BBC Seeesions に収録済み。
[7] We Will Rock You (Backing Track)
[8] We Are The Champions (Backing Track)
[9] Spread Your Wings (Instrumental)
[10] Fight From The Inside (Instrumental)
[11] Get Down, Make Love (Instrumental)
→ [7]-[11] は初公開。
[12] It's Late (USA Radio Edit 1978)
→ 初公開の超短縮バージョン
[13] Sheer Heart Attack (Live in Paris 1979)
→ 2011年リマスターのボーナス・ディスクに収録済み。
[14] We Will Rock You (Live in Tokyo 1982)
→ 2011年リマスターのボーナス・ディスクに収録済み。
[15] My Melancholy Blues (Live in Houston 1977)
→ ビデオ「レア・ライヴ」に収録済み。
[16] Get Down, Make Love (Live in Montreal 1981)
→ 「Live in Montreal」に収録済み。
[17] Spread Your Wings (Live in Europe 1979)
→ 「Live Killers」に収録済み。
[18] We Will Rock You (Live at the MK Bowl 1982)
→ 「Queen On Fire: Live at The Bowl」に収録済み。
[19] We Are The Champions (Live at the MK Bowl 1982)
→ 「Queen On Fire: Live at The Bowl」に収録済み。

つまり、目新しいのは [7]-[12] のみ、しかも [7]-[11] は単なるカラオケ・バージョンで、 [12] はこんなのもありました的な無造作な切り刻み版。既発の音源でも入手困難ならともかく、21世紀に入って以降にリリースされた音源から多数流用しているばかりか、単に「News Of The World」収録曲であるという理由なだけで81年、82年の音源を入れたり、ライヴ音源の古典中の古典である「Live Killers」から流用したりしてお茶を濁すのはいかがなものか。

このボックスは、ブックレットを見ればわかる通り、77年という時代、特に北米ツアーに焦点を当てた企画であるように思う。今年のアダム・ランバートとの北米ツアーの「News Of The World」を意識したビジュアルとセットリストも40周年だからこそのものであったはず。

しかし、だからこそこのボックスには大きな欠落がある。77年ヒューストン公演は、これまでも(今回のDVDでも)部分的にまずまず良好な映像と音源が公式に公開されており、ブートレグでは1ステージすべてを観ることができる。画質があまり鮮明でないという問題はあるものの、荒っぽくもロック・バンドとして一番脂が乗った勢いのあるこの時期のステージを公開するとしたら、このボックスをおいて他になかったんじゃないんないだろうか。しかも今回、"Sleeping On The Sidewalk" ライヴ・バージョンの公開で、77年北米ツアーにまだ良質な音源があることもわかってしまった。こうした音源が今回公開されなかったことで、ブライアンとロジャーが存命のうちにそれらが日の目を見る可能性はほとんどなくなったと落胆しているマニアも少なくないでしょう。

ブックレット(ただし収録音源のデータ詳細は書いていない)やおまけ類、LP、箱の存在感に魅力を感じている人には価値があるかもしれないけれど、映像や音源重視の観点において、このボックスの内容は物足りないと言わざるを得ない。これだけの値付けをするならばそれなりのものを作っていただきたいもの。

これまでのクイーンがリリースしている発掘モノは、レインボウ(74年)、ハマースミス(75年)、モントリオール(81年)、ミルトンキーンズ(82年)といったブートレグでも画質が良い映像のライヴ版こそ、しっかりとした形で出ているけれど、それ以外のものや新音源については小出し感が強く、ブライアンとロジャーの方針に疑問を禁じ得ない。お願いだからマニアを甘く見ないでくださいよ、と直接本人たちに言いたい気分です。

ガッティ指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 2017年日本公演

ガッティRCO-2017 Live

コンサート通いをはじめてかれこれ4年半が経過し、有名、無名、海外、国内のオーケストラを聴いてきたけれど、これまで聴いてきた中で一番素晴らしいと思ったオーケストラはロイヤル・コンセルトヘボウ。2013年に観た東京文化会館のコンサート(ヤンソンス指揮でストラヴィンスキー「火の鳥」、チャイコフスキー交響曲第5番)は、その美しさと雄弁な歌い方を今でもすぐに思い出せるほど記憶が鮮明に残っています。その後もCDやDVDで、芳醇、滑らかで美しい音色、よく言われるビロードのようなサウンドに魅せられ続け、今ではもっとも好きなオーケストラと胸を張って言うまでになっているというわけです。今回の来日はダニエレ・ガッティが音楽監督に就任してから初めての日本ツアーで、その点が楽しみであること加えて、プログラムが魅力的だったため、東京公演に2日連続で行くことにしました。


2017年11月20日
サントリーホール
指揮:ダニエレ・ガッティ
演奏:ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
【演目】
ベートーヴェン: ヴァイオリン協奏曲(フランク・ペーター・ツィマーマン)
(アンコール)J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番より「アレグロ」
ブラームス: 交響曲第1番

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は、2016年春にレイ・チェンをソリストに迎えた佐渡裕とトーンキュンストラー管弦楽団の演奏を聴いたことがある。レイ・チェンのヴァイオリン演奏はが瑞々しく素晴らしいと思ったものの、曲そのものは冗長で変化に乏しくあまり面白いとは思えなかったというのが正直なところ。

ハイドンやモーツァルトの協奏曲ほどではないにしても、編成は小さめのこの曲、穏やかに始まる最初の30秒で、滑らかでリッチなサウンドが滲み出て来る。ああ、4年前に聴いたときと同じだなあ、と思わず頬が緩んでしまう。ツィマーマンは、品良く穏やかに、それでいて美しく歌い、時に情感も顕にするという、余裕たっぷりの見事な演奏。比べるものでないことを承知の上で言うと、レイ・チェンの演奏は(良い悪いの問題ではなく)今思うと若さと力強さが全面に出た別モノだったのだと今になって思う。同じ曲でこうも違うものかと驚いてしまう。ツィマーマンは、ソロが休みのときでも第1ヴァイオリンのパート(時にはヴィオラのパートまで)を弾くという、演奏そのものを楽しむ余裕まで見えて、力まなくても聴き手を魅了できることを示していたように思う。ツィマーマンのしなやかさとオケの音色が見事な一致をしているところも見事でした。

メインはブラームスの交響曲第1番。

ブラームスの交響曲はすべてが素晴らしいと思っていて何度かコンサートに足を運んでるものの、これまで深い感銘を受けた演奏に出会ったことが一度もなく、次は是非超一流のオケで聴いてみたいと思っていました。コンセルトヘボウなら実力的には文句なし。

重厚に始まる第1楽章。テンポは適度に早くもなく遅くもなく丁度良い塩梅。いや少し早めか?それにしても、金管、木管の各パートの上手いこと上手いこと。全部のパートが上手いだけでなく、バランスが取れていてアンサンブルも見事で、オケ総体の実力として本当に素晴らしい、と途中何度も唸ってしまった。弦があまりにも艶々しているのでドイツ的な渋みが欲しい人には少々物足りないかもしれないけれどその弦の確かな歌い方も見事なもの。第4楽章ではテンポをぐっと落として始まり、途中は早めで終盤はまた遅めという展開。最近リリースされたマーラーの2番のSACDもそうだけれど、ガッティはテンポを落とすと決めたところはガクンと落とす。ただ、この日は第3楽章までのテンポ感と第4楽章のテンポ感のつながりがあまり良いように思えなかった。それでもこれだけの音で聴けたブラームスに満足。艶々なブラームスはこれでこれでアリでしょう。

2017年11月21日
サントリーホール
指揮:ダニエレ・ガッティ
演奏:ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
【演目】
ハイドン:チェロ協奏曲 第1番(タチアナ・ヴァシリエヴァ)
(アンコール)J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第3番より「プレリュード」
マーラー:交響曲第4番 (ソプラノ:マリン・ビストレム)

近年、サントリーホールではもっぱらL/R席を選んでいます。できることならお安めの席で、というのもありますが、これらの席はなんと言っても演奏者が目の前にいて、音が近く、指揮者や演奏者たちの機微がはっきりと見えるところが魅力。しかし、昨年ウィーン・フィルで第9を聴いたときに、重大な欠点があることを思い知りました。歌手を後ろから聴く形になり、当たり前のことながら歌がまったく届いてこない。そんなわけで今回は久しぶりに正面側の席を選んでみました。

ハイドンのチェロ協奏曲は、室内オーケストラの規模にコンセルトヘボウのチェロ主席がソリストとあって、どこかアットホームな雰囲気。ガッティはオケにお任せ状態で、ときどき体を動かす程度。席の関係で前日よりもやや音が遠いものの、音のバランスが良く、オケの美音は相変わらずで典雅。曲としてはそれほど面白いものではないものの、こうした曲もたまにはいいものです。

マーラーの4番は、木管パートに聴かせどころが多く、コンセルトヘボウはまさにうってつけ。実際、素晴らしく艶のある音で魅了してくれたし、見ながら聴いてみて木管のオーケストレーションの面白さもたっぷり味わうことができた。ホルンとトランペットも上手さが際立っていて、聴き惚れることしばしば。ところが、ここのところの仕事のストレスのせいか曲がどうにも僕の内面に突き刺さってこない。こんなに良い演奏だというのに。急に部分的にテンポ早めるところがちょっと気になりはしたんだけれど、そんなことに眉をひそめるほど僕は神経質ではない。第3楽章の終盤に舞台右袖からソプラノ歌手が登場し、ティンパニの右隣に立ってそのまま第4楽章に入るという演出。個人的には、この楽章の歌は透き通るような率直な歌い方が好みなんですが、代役の歌手は微妙に揺らす感じ。そんなところもあまり心を動かされなかった理由なのかもしれない。僕は、どのようなスタイルで演奏されたとしても自分の「こう在るべき論」というのはなるべく持たないようにして、「この指揮者はこう表現するんだね」と受け止める方だと思っているんですが、肌に合わないということはあるのかも、と思ってしまった。

繰り返しますが、オケの実力は本当に文句なし。CDでは感じ取ることができない至上の音色はやはり生で聴いてこそ。ただ、両日とも感動にまでは至らなかったのはガッティの唸り声(こんなに大きな声出している人初めて見た)と、個性的なテンポ設定に馴染めなかったからかも。ガッティの指揮には音楽の流れの悪さみたいなものを感じてしまう。うーん、ないものねだりをしてもしょうがないんですが、ヤンソンスで聴いてみたかったというのが正直なところ。とはいえ、ガッティもまだ音楽監督に就任して日が浅いので、これからもっと熟れてくるかもしれません。

ピアノ・レッスン 第16回

前回からの課題曲、チェルニー op.777 第13番は、今回からニ長調に変わって指使いが変わったことと、曲がこの一連の練習曲の中では長めということもあって練習でも一苦労。これまでにないくらい時間をかけて練習しました。おかげで、指はそこそこ動くようになり、よし、一発で合格点をもらってやろうと考えてレッスンへ。

そもそもチェルニー op.777は左手のための練習曲。その左手は練習の甲斐があって「よく動きますね」と褒めていただく。しかし、右手がおざなりになっているという指摘。具体的にはスラーの部分とつながっていない部分を同じようにつなげてしまっている。更に、以前からよく指摘を受けている強弱の問題も。例えば2連符、あるいは3連符の最後の音を音を優しく、やや弱く弾くことで軽快さや品の良さが出るという点が今回もできていない。品の良さと書くと気取った感じがしてしまいますが、それができていないとどういうことになるかというと、ベタッとした非常に音楽的でないメロディが出てきてしまうのです。これはこれまでも良く指摘されてきたことなんですが、自分で練習を進めているとどうしても気づけない。

ここを注意してその場で修正しようとするも、右手に集中すると左手がついてこない。というわけで、ここは次回レッスンまでに仕上げましょう、となり、目論見が外れて合格点はもらえず。続けて第14番の譜読みも簡単に着手。

「ラ・ラ・ランド」の「ミアとセバスチャンとテーマ」は後半部、フリージャズ的な部分(もちろん超簡易版)の譜読み。調性がはっきりしないだけでなく不協和も出てくるため、メロディを覚えるという感覚はなく、音の法則を読み取りながら覚えなければならない。

最近のレッスンで、前半部分を取り上げていなかったので久しぶりに先生に診ていただきます。映画の中の演奏はYouTubeで観れるので、ライアン・ゴズリングばりに揺らしながらやってみるわけですが、どうにもダサい感じになってしまう。映画で観ていると何気ないシーンで簡単にやっているように聴こえるんですが、あの雰囲気を出すのは非常に難しいのだと思い知りました。映画のコピーはあきらめて、溜めるところと規則正しく進めるところをハッキリ決める方法をアドバイスしてもらったので、これからはその路線で行こうと思います。

ちなみに、この2週間は仕事のストレスがピークに達していました。忙しさによるストレスならまだどうということはないんですが、理不尽な怒りがこみ上げてくるストレスだったので、ピアノレッスンを初めて以来、もっとも精神的に不安定な状態。そんな中、かなり無理やり練習をやってきたんですが、そうすると指の動かし方にしか注意が行かなくなり、雑な演奏になってしまう。やはり、精神的な安定がないと良い音楽ってできないんだなあ、きっとプロでもプライベートで問題を抱えている人もいるだろうに、それを表に出さないんだから凄いなあと改めて音楽の難しさを感じたこの2週間でした。

今回までのレッスンの教訓
●譜面に描ききれない強弱をもっと読み取れるように。
●テンポの揺らし方は背伸びせずまずはやりやすい方法で。
●精神的に不安定なときは無理して練習せずに立ち止まってもいいのかも。

ニュースの真相(ネタバレあり)

ニュースの真相201711


現題は「Truth」。

ジョージ・W・ブッシュの再選挙前に持ち上がった軍歴詐称事件。ああ、そんなのあったけなあというのが多くの日本人の感覚でしょう。

この映画では、その疑惑が出てきてからニュースで報道するまでの過程、ニュースの内容が嘘であると疑惑を持たれ、嘘でないことを証明できなかったCBSテレビ関係者が糾弾され、謝罪に至る過程を描いたもの。ストーリーのベースは主人公である女性プロデューサー、メアリー・メイプスの自伝を元にしているとのこと。

「ゾディアック」など、脚本家として知られるジェームズ・ヴァンダービルトがキレのある演出とテンポでスタイリッシュに仕上げていてとても初監督作品とは思えないクオリティ。スクープをモノにする高揚感と、ニュースに疑惑を持たれてからの苦しみが鮮明に描かれている。超硬派、骨太の社会派映画好きな人には見応えがあると思う。

確かに、メアリー達ジャーナリストの裏取りは十分ではなかった。しかし、疑わしき点は多くあり、情報を提供していた人たちが次々に寝返って行くところに単なる誤報以外のものを感じないわけにはいかない。この映画のハイライトは、最後の外部調査委員会でメアリーが放った言葉でしょう。本筋ではなく、事実認定できない周辺情報を突いて、そこを執拗に攻撃することで本筋の部分まで事実でないかのように誘導する怪しさ。入手してきた情報も後になって思えば意図的にハメたと思えるような怪しさが漂っている。

こうして権力による巧みな事実潰しとして描かれた「Truth」という映画は、メアリーの目線で書かれた事実であるのがこの映画の弱み(右寄り思想の人は単なる左翼賞賛映画に見えるらしい)であり、強みでもあるように思う。自分たちを美化しすぎ、という意見もあるようですが、もしそれが目的ならば、メアリーがスクープ欲しさや真実を確定させるために情報提供者にプレッシャーを与え続け、軽く扱っている見苦しさまで描いたりはしないでしょう。

内容的にこの映画のメガホンを取っていたとしても不思議ではないロバート・レッドフォードの存在感と、さすがの演技力を見せるケイト・ブランシェットを見るだけでも価値アリ。ジャーナリズムを取り上げた社会派映画好きの人にお勧めできます。

ネルソンス指揮 ボストン交響楽団 2017年日本公演

ネルソンスBSO201711

2017年11月8日
サントリーホール
指揮:アンドリス・ネルソンス
演奏:ボストン交響楽団
【演目】
モーツァルト:フルートとハープのための協奏曲
(アンコール)
イベール:間奏曲
ラフマニノフ:交響曲第2番
(アンコール)
ラフマニノフ:ヴォカリーズ

ボストン交響楽団は、前回、2014年来日時に行く予定だった。マゼールの体調不良(その2ヶ月後に鬼籍に入る)で来日がキャンセル、チケットを払い戻したから。代役だったデュトワが嫌いというわけではないんですが、マゼールのマーラーが聴きたくてチケットを買ったので行く気が失せてしまったんです。とはいえ、アメリカのメジャーオケであるボストン交響楽団そのものにも強い関心があったのは事実で、次の機会を伺っていて、ようやくその機会が訪れました。

一方、2013年の秋にバーミンガム市交響楽団を率いたネルソンスは聴いたことがある。ネルソンスは今でももちろん若いんですが、当時は更に若手というイメージで、ステージではラフな服装で指揮台の足を踏み鳴らして(ツイッターでは紙相撲指揮とか言われていた)のエネルギッシュな指揮ぶりが印象的だった。その時の印象やCDで聴く限り、若い指揮者にしては少々前時代的なロマンチックな演奏スタイルで、個人的には結構好きな部類。

そんなネルソンスは、その後ボストン交響楽団の音楽監督に就任。ボストン交響楽団という評価の高いオケを得て更に活躍している印象で、そんな上り調子のコンビを楽しみに会場へ。

モーツァルトはボストン交響楽団の主席フルート奏者であるエリザベス・ロウと同首席ハープ奏者のジェシカ・ジュウがソリストを務めての演奏。軽快なテンポで始まり、室内オーケストラのような小編成(木管はオーボエ2本、金管はホルン2本だけ、チェロとコントラバスはそれぞれ4本2本)のオケは抑えめに優しい音色で軽やかに音を紡ぐ。その後も典雅な終始モーツァルト・ワールド。もともと音量が大きくない楽器の協奏曲、モーツァルトはかくあるべしという感じ。ただ僕は、小奇麗な美音を味わうことはできても、曲そのものはあまり面白いものではないと思っていたので、心地よすぎてやや眠くなってしまうことに。もっと人生経験を重ねればこういう曲の良さもわかるようになるんでしょうか。アンコールのスパニッシュ風味デュオの方が面白く聴けました。

ラフマニノフは一気の編成が大きくなる。しかし、マーラーやストラヴィンスキーのように金管と木管の物量を投入する編成ではないところが違う。今回、初めて生演奏に接してみて、ラフマニノフはオーケストレーションは独特であることを実感しました。まず、木管を聴かせるパートはあるものの、明確にスポットライトを浴びるかのような曲の作りにはあまりなっておらず、ソロの見せ場も少ない。例えばオーボエがソロを取っているかと思うと、ホルンやクラリネットが静かにサポートしていたりする。ベートーヴェンやブラームスのようなきっちりとしたパートの組み立て、流れと比べると構成がモヤっとした感じ。また、ボストン交響楽団の木管部隊は、個人技はまずまずでも聴き惚れるレベルとまでは言えないところがそう感じさせた理由なのかもしれない。金管はやや音が荒く、合奏時の精度ももうひとつ。でも、アメリカのオーケストラらしい馬力は流石でした。

曲そのものはロマンティックで濃厚な甘さを持ち味とするだけに、弦の表現が求められるところで、その点はもう文句なし。ネルソンスの芸風もあって、ゆったり、ねっとりと奏でる弦は雄弁に歌い、やや明るさを伴う音色はこれまで聴いたオケの中でも最上級の美しさ。ラフマニノフはこのくらいやっちゃっいましょうという潔さが良い。席の正面に位置していたせいか、チェロやコントラバスの余裕たっぷりの鳴りっぷりも印象的でした。

僕はオーケストラの演奏精度はそれほど高いレベルを求めていません。それよりも気持ちよく楽器が、オケ全体が歌っている演奏を好みます。ちなみに、ピアノのレッスンを受けるようになって改めてわかったのは、楽器の上手い人は力まずともクリアかつ大きな音が出るし、弱音はより繊細な音を出すことができるということ。そしてそれらを組み合わせて音楽を音楽らしく表現する方法を身に付けている。「よく歌っている」と感じるのは、そのような技術と表現力が一体となってはじめてできることだと思います。そして、「よく歌っている」演奏が一番僕の琴線に触れる。そうした観点で、ボストン交響楽団の演奏はとても素晴らしく、次の機会も是非聴いてみたいと思わせるオーケストラでした。

一方で、ラフマニノフの交響曲第2番はロマンチックの極北に位置する個性を持ちつつ、その甘さが時に気恥ずかしささえ感じさせるもので、ドイツやウィーンの音楽の格調高さや、フランス音楽のような洒脱や洗練といった、どこかピリっとした要素がほとんどなく、構成もやや冗長。平たく言うと、あまり面白くない。それは行く前からわかっていたことだけれども、やはり実演を一度聴いてみないことにはと思ってこの日のプラグラムを選び、しかし実演に触れてもその印象は変わりませんでした。モーツァルトと合わせて、この日のプログラムは僕向けではなかったようです。ラフマニノフを聴きながら、「ああ、このオケでマーラーやチャイコフスキー(特に「弦楽のためのセレナード」あたり)を聴いてみたい!」なんてことを考えていました。やはりプログラムの選択は大事ですね。前日(ショスタコーヴィチの11番)を選んでおけば良かったかも、と少し後悔したコンサートでした。



ピアノ・レッスン 第15回

この2週間はだいぶ練習できたので、チェルニー op.777 第12番は結構できるように仕上げてレッスンへ。ただ、もちろん難所はあって、それはいつも課題になる右手小指(5番)と薬指(4番)の動かし方。

ここは初心者にとっての大きな壁で、力が入りにくいだけでなく、スムーズに動かせない。特に薬指に力を入れるのが難しいため、この第11番にある、

5→4→3→2→5→4→3→2→1→2→3→2→1

という16分音符の連なりがギクシャクしてしまうのです。しかも譜面の指定はフォルテ。

先生曰く「できてますよ」とのことではあったんですが、自分で上手くできている感覚がないのであえてここを繰り返してどう上手くできていないと思っているのかを訴えてみる。そもそも

5→4→3→2

をフォルテでやろうとすると、力が入りにくい故に、5番と4番の指が残ったまま3番2番に続き、次の5番へ戻るときに遅れてしまっているからだと教えていただく。なるほど。もちろん教えていただいたからといってすぐにできるようになるわけではありませんが、どうすれば良いのかわかると課題が明確になって今後気をつけることができます。

次の第13番からは、ニ長調に変わります。

チェルニー op.777 は第1番から第6番まではハ長調の曲で、つまり白鍵のみでドレミファソラシドを弾くことができる基本中の基本の音階。第7番から第12番までは#がひとつ入ってファのみ黒鍵になります。ただし、チェルニー op.777では右手はソラシドレしか使わないので白鍵のみで弾けるようになっていて、黒鍵は左手のみで使われる作り。ニ長調は更にドも#が付いて黒鍵になるため、左手の黒鍵使用率が高くなり、右手もレミファソラシを使うため、ファが黒鍵を使うようになります。

ずっとト長調で練習してきて、同じような音使いが出て来るため、実は第11番、第12番に取り組んでいたときには指が慣れてきてやりやすくなってきていたんです。それがすべてリセットされ、慣れない指使いになると一気にフレンドリーでなくなります。

ハ長調からト長調は5度上に上がり、ト長調からニ長調でも更に5度上がる。以降、#がひとつ増えるごとに5度上がることになっていることを教えていただき、単に調性が変わるとうだけでなく音楽理論的な展開を学べるようにこのチェルニーは上手くできているのだなと初めてわかりました。ここまで教えていただけると、ああ、音楽習っているなあという気分になれて面白いです。

新たな指の運びに戸惑いつつ、ゆっくりと曲をなぞって譜読みは終了。第13番は少し長いんですが次回までに仕上げたいところです。

課題曲の「ミアとセバスチャンとテーマ」は、映画を観た人ならご存知の通り途中から(劇中で言う)フリー・ジャズのパートに展開が変わるところがあり、そこに差し掛かってきています。譜面は簡略版なので映画のようなアクロバティックな演奏はだいぶ省略されているんですが、その分、曲がどうなっているのかがさっぱりわからない。不協和音が多く調性を無視したような音使いをしているからです。だから自分で譜読みをしていても音が合っているかどうか確信が持てない。

ここは1音ずつ先生に教えてもらいながらなんとか正しい音を覚えていきます。左手の和音がまた読み取りづらく、かなり戸惑いながらモタモタやっていたので「和音は下から追っていた方が良いです。一番下の音が重要ですから」とのアドバイスをいただく。ヘ音記号の譜面はこれまで上から音程を読んでいたので、それでは良くないとのこと。ここは頭を切り替えないといけないようです。

そうやって教えてもらいながらも音が頭に入らないので先生に弾いてもらうところを動画に収め、次回までに習得することにしてレッスンは時間切れ。ちなみに、自信なさげに弾くと、バラバラな音階故に間違えて弾いているかのように聴こえてしまうため、自身を持って、ガツンと弾いた方が良いとのアドバイスをいただきました。

クラシックの曲と違って、こうして自由に書かれた曲というのは初心者にはハードルが高いです。実はこの曲に取り組み始めた当初から思っていたんですが、この曲を選んだことは結構後悔しています。先生は「大丈夫です。行けます」と最初に言ってくれたので取り組み始めたんですが、どうにもクラシックの曲と勝手が違いすぎます。

とはいえ、ここまでの部分も、当初は小指が痛くなったりしながらも練習を重ねることでだいぶ格好がついてきているのも事実で、このフリー・ジャズのパートも練習すればきっとなんとかなると信じて続けて行きたいと思います。あー、でも結構キツそう。

今回までのレッスンの教訓
●右手の薬指と小指は残しすぎると指がスムーズに回らないので注意を。
●ヘ音記号の和音譜読みは下から読むように。
●不協和音的な音の連なりを自信を持ってしっかりと弾く。

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