FC2ブログ

Enjoy Life, Enjoy Hobby

趣味の人生を楽しむサラリーマンの日記

The Opener / Curtis Fuller (トロンボーンの魅力)

The Opener201710

[Recording Date]
1957/6/16

[1] A Lovely Way To Spend An Evening
[2] Hugore
[3] Oscalypso
[4] Here's To My Lady
[5] Lizzy's Bounce
[6] Soon

Curtis Fuller (tb)
Hank Mobley (ts)
Bobby Timmons (p)
Paul Chambers (b)
Art Taylor (ds)

ジョン・コルトレーンのプレスティッジ時代の「Settin' The Pace」「Standard Coltrane」「Stardust」のように、数こそ多くはないものの、ジャズにはときどきバラードで始まるアルバムというものがある。

プレスティッジ・レーベルは、スタジオを確保して、ミュージシャンを集めて、とりあえずスタンダードを演奏させて録音、あとはテキトーにLPに収めて販売というスタイル(別テイクがほとんど出てこないのはそのせい)だっただけに、コルトレーンのアルバムでバラードを最初に置いたことに理由があったのかどうかは定かでない。しかし、ブルーノート初のカーティス・フラーのリーダー・アルバムである本作は、プロデューサー、アルフレッド・ライオンが計算して置いたバラードで始まる。

トロンボーンという楽器は、オーケストラの場合だと低めの中音域によるロングトーンで深々とした響きを必要とする曲で使われ、その役割はホルンに近いものがある。また、音程を変えるときに1音ずつタンギング(要は1音ずつ区切って口でコントロールしなくてはならないということ)が必要なため、バルブ操作で連続的に音程を変えることができるトランペットのような早いパッセージを吹くのに向いていないという特性がある。つまり、トロンボーンは本来ジャズに向いていない楽器なわけです。

そんな理由で奏者が少ないジャズのトロンボーンといえば、まず最初に挙がってくるのがJ.J.ジョンソン。J.J.ジョンソンは恐らく今でも名前が残っているトロンボーン奏者としては一番古い、すなわちパイオニアとも言える人で、特徴は、とてもトロンボーンとは思えないような早いパッセージで、トランペットやサックスのように吹いてしまう驚異的なテクニックがあること。最初にこんな凄い人が出てきてしまったものだから、「いやぁ、トロンボーンはそういうの無理なんで」と言えなくなってしまい、後に続く人の技術レベルの基準を引き上げたこと、ジャズでもトロンボーンは輝ける楽器であることを証明した功労者であることに異論を挟む人はいないでしょう。

しかし、J.J.ジョンソンが出しているサウンドがトロンボーン本来の持つ、深みと豊かな響きといった魅力を活かしているかというとそういうわけではなく、むしろトロンボーンの個性を殺すことによってジャズに適応させたと言うこともできる。故・岩波洋三氏が言う「J.J.ジョンソンがある意味トロンボーンをつまらなくした」というのはあながち言い過ぎではないと僕も思う。

本稿のカーティス・フラーは、J.J.に続く若手期待のホープとして台頭してきただけに、フレージングも鮮やかで早いパッセージでもバリバリ吹けるテクニックを持つ。そんな若手に自身のレーベルで初めてのリーダー・アルバム制作のチャンスを与えたアルフレッド・ライオンは独自の視点でアルバムのコンセプトを決めてアルバムに仕上げた。

相手に選んだのは、主張しすぎることがなく、しかし滑らかに歌うハンク・モブレー。ブロックコードの連打の暑苦しさがトレードマークになる前のボビー・ティモンズ、そこにブルーノートではおなじみの安定リズム隊であるポール・チェンバースとアート・テイラー。

フラーをリーダーとした場合にモブレーという控えめなパートナーは最適で、聴かなくてもそのバランスの良さはなんとなく予想ができる。初めて聴いた人が驚くのは恐らくボビー・ティモンズの清楚なピアノで、ときにソニー・クラークではないかと思えるような哀愁と可憐さまで聴かせるところは他のアルバムではなかなか聴けない貴重なもの。

そしてアルフレッド・ライオンのプロデュースの冴えは、当時のレコードで言う、A面とB面の1曲目に、トロンボーンのみのワン・ホーンで確信的にバラードを置いたことにある。J.J.ジョンソンが作り上げたジャズ・トロンボーンのスタイルを追うのではなく、トロンボーン本来の丸みを帯びた深い響きを最大限に活かすバラードを1曲目に置くことで、誰が聴いてもトロンボーンの魅力がわかり、誰がこのアルバムの主役であるかがわかる。他の曲もゆったりした曲が多く、トロンボーンの響きをリッチに味わえる曲が揃っており、通して聴いてのコンセプトの明確さ、一貫性は数あるブルーノートのアルバムの中でも屈指のものであると個人的には思うわけです。

な~んて、エラそうに書いているけれど、このアルフレッド・ライオンの狙いは、故中山康樹氏の著書「超ブルーノート入門完結編―4000番台の至福」に書かれている内容の受け売り。

音楽プロデューサーという肩書は、役割が曖昧で何をしている人かを明確に答えられる人はほとんどいないと思う。アルバム制作のテーマを決めて、適切な人材、適切な素材を与えて、アーティストの魅力を最大限に引き出すことがプロデューサーだとするならば、アルフレッド・ライオンは改めて力説するまでもなく評価が高い人で、このアルバムはライオンの冴えが生み出した名盤だと思う。

ちなみに、テクニックを軽快に披露したトロンボーンの名人芸を堪能したければ「The Great Kai And J.J」という二人のトロンボーン名手によるアルバムもあるので、興味がある方はそちらもどうぞ。

The Great Kani And JJ201710

ピアノがビル・エヴァンスであるところに興味をそそられる人もいるでしょうが、ここでは完全に脇役なのでそこは期待しないように。

ピアノ・レッスン 第14回

2週続けてのレッスン、すなわち練習期間が一週間の今回。ひさしぶりのショート・インターバルです。

チェルニー op.777 第11番は第8番と似た曲なので、指の運びは2日くらいでできるようになったものの、前回レッスンで指摘のあった左手3番と5番を優しく弾くことがなかなかできない。先生の推奨は、鍵盤から指を離さないやり方なんですが、これができません。まあ、目的は弱く弾くことなので、指が離れても弱く弾くことを意識してずっと練習してきました。

ピアノはタッチが重要とはよく言われることですが、力が入りやすい指と入りにくい指を組み合わせて弾くときに、入りやすい指の方を弱く弾くことが初心者には難しい。ある意味人間の生理的な行動に反するわけで、初心者がクリアしなくてはならないハードルのひとつなんでしょう。でも独学だと、こういうところに気付けずにスルーしてしまいそう。

レッスンではその弱く弾くところをかなり意識して弾いてみる。それなりにできているようで、先生としたはとりあえずOKとのこと。「いいテンポで弾けていますね」と今回も褒めていただく。ただし、一部入る16分音符のところが前の8分音符から引っ張りすぎてそのあとが詰まってしまうところの修正が入る。装飾音符ではないので詰めすぎるのはおかしいとのこと。ここはレッスンの場で修正して、この曲も合格印をいただく。一週間で仕上げることができたのは、似た曲である第8番を、その後も個人的に勝手に練習していたからで、やはり練習はやった分だけちゃんと自分に返ってくるものだと実感しました。

次は12番の譜読みに入る。あまり予習していなかったのでかなりゆっくりと。この曲も16分音符から始まるので、詰めすぎないようにしないと第11番と同じようになってしまうので、そこを注意しながら。2週間後のレッスンまでにはなんとかなりそうな目処がついたところで譜読みは終了。

お次は「ラ・ラ・ランド」の「ミアとセバスチャンのテーマ」へ。これまで譜面通り音を取ることにフォーカスしていたので今回は表現の部分に触れてみました。クラシックの曲ではないので、テンポをあえて揺らした方がよりメリハリと雰囲気が出ることは以前から先生に言われていたものの、指を譜面の音程通りに動かすことで精一杯で、その揺らし方がよくわからない。そこで、揺らす(というか溜めるところと早めるところの)方法を教えていただく。溜めるところは強めに一音ずつはっきりと、早めるところは流す感じにするといい具合にテンポが動くようになって、だいぶ雰囲気が出て来るようになります。あとは強弱、クレッシェンドやアッチェレランドの入れ方のお手本を聴かせていただく。なるほど、僕の平板な演奏よりもずっと情感が出て曲の良さがより出て来る。これは練習を繰り返さないといかんなあ、でもなかなかこういう感じにするのは難しいなあという思いを伝えると「最初は、曲としてはおかしいと思うくらい大袈裟にやってみるといいですよ」というので、いきなりカッコよく表現しようと思わず、デタラメでもいいから大袈裟にやってみることにしてみました。ここはこれから家で練習する課題です。

あとはペダルを踏むときにドッタンバッタン音が出てしまっているところを妻から指摘を受けていたので相談すると、離すときは8分目くらいまで足を浮かせればそれで十分音の伸びが抑えられるということ教えていただき、音が伸びるところと切れるところの境目を探りながら踏み加減を覚える必要があることを教えていただきました。

今回は譜読みや運指と打鍵の加減というよりは、曲の流れを俯瞰しての表現方法とペダルの感覚についてのレッスンが中心となり、より演奏方法の幅を広げるレッスンとなって面白かったです。

今回までのレッスンの教訓
●クレッシェンド、強弱とテンポの揺らしを身に付けるとき、最初は大袈裟にやってみる
●16分音符は次の音まで詰めすぎないように
●ペダルはイチかゼロかの踏み方ではなく、8分目の変わり目あたりを加減しながら踏んでみる

SONY WI-1000X vs BOSE QC30

WI1000X201710

ソニーから、BOSE QuietControl 30に真っ向から勝負を挑む製品、WI-1000Xが登場。早速購入してみたのでQC30と比較しながらレビューしてみます。(写真右がWI-1000X)

まず、前提として現在の僕のDAPとイヤホン・ヘッドホンの利用形態から。

通勤のお供として、BOSE QC30を使い始めて1年弱。冬場から春先にかけてはSONY MDR-1000Xヘッドホン(レビューはhttp://buhaina.blog.fc2.com/blog-entry-285.html)も併用していたとはいえ、夏場は暑くて使えないのと、髪型の乱れを気にしなくてはならないこともあって、条件を選ばず利用できるQC30(レビューはhttp://buhaina.blog.fc2.com/blog-entry-274.html)を主力機として使っています。通勤電車で使う用途では、QC30の音質にほぼ満足していて、唯一少し気になっているのがオーケストラの弦楽器の音が電子キーボード的にやや人工的なニュアンスが感じられるところ。MDR-1000Xを併用しているのは、よりナチュラルかつ綺麗な音色で聴けるからという理由からです。

DAPは、Walkman A17を経て現在はiPod Touch 6Gを2台並行利用。2台使っているのは単に容量が足りなくなったからで、ならば大容量SDカードが使えるDAPが他にいくらでもあるでしょうと言われそうですが、どれもこれもディスプレイが小さく、例えば Shostakovich: Symphony #5 というアルバム名で右端が切れて判別できなくなってしまうこと(その切れている番号に意味があるわけで)が受け入れられないこと、「ジャンル」→「アーティスト」→「全アルバム」という階層構造を持つものが(知る限り)ないこと、という極めて私的な理由でiPod Touch以外に選択肢がないんです(階層問題はiOS標準アプリもNGだがUBIOというアプリで解決)。2台持並行利用は面倒かなと予想していたら、クラシック、ジャズ+ロックでそれぞれ1台ずつにジャンルを分けることでアーティスト名からの閲覧が楽になり、2台合わせても176グラムという軽量かつスリムな形状でもあることから、意外と快適に運用できています。


【装着感と取り回し】
WF-1000Xはパッと見でどちらが上方向になるかの判別が難しい。この点は、ネックバンドの下側が広がっている形状であるQC30の方がわかりやすいような気がします。WI-1000Xはネックバンドに角度がついていて上下非対称になっているとはいえ手に持った瞬間にそれを判別するのがやや難しそう。まあ、ここは慣れで解決するレベルでしょう。

装着感は、襟付きシャツを着ていればQC30との違いはそれほど大きくないものの、QC30と比べると横幅がやや狭くU字型になっているためフィット感は上でQC30のようにクルクル回ってしまうことはありません。しかし、スーツやジャケットなどの上着を着ているとその襟周りに収まらずに上方にズレて、上着の襟より上、Yシャツが少し見えているそのわずかなスペースあたりに位置するようになります。肌に当たるわけではないので明確な異物感があるわけではありませんが、「すぐ近くにネックバンドがあるかな」程度の薄っすらとした気配を感じさせ、頭を下に向けると更に上方にズレてそのまま今度は上に首を上げると、ほんのりではありますがいよいよ首に直接当たるようになります。この「存在を感じる」点はQC30にはなかったところで、ついでに言うと、ケーブルがQC30と比べるとやや長く、遊びが多いため、下を向きながら首を左右に動かすとネックバンドと軽く接触し、僅かにタッチノイズも入るようになってしまうという、ワイヤレスのメリットをスポイルする事象も発生(後述の方法で回避可能ですが)。

WI-1000Xのネックバンドは首後部に当たるところがソフトパッド状でTシャツ着用時など直接触れるときの不快感はやや軽減されそう。とはいえ、それほど大きくは変わらない程度。ソフトパッドはボロボロになることがあるので、この状態を何年維持できるかが気になるところです。

ネックバンドから出ているケーブルは細めで、被覆の素材を含め丈夫そうなQC30と比べると頼りない感じ。実はネックバンド式イヤホンは、ひょいっと持って歩くのには向いていません。折りたたむことができず、イヤホン部がブラブラしてしまうから。持って歩くとどこかに引っ掛けてしまいそうで、カバンの中にそのまましまうときもイヤホン部の付け根などに負担がかからないよう気を使います。これに配慮してかWI-1000Xはネックバンドにスリットが設けられており、そこにケーブルをはめ込んで行くことでブラブラ状態を抑えることが可能で、ケーブル保護にそれなりの対策が講じられています。とはいえ、先端のイヤホン部までを収納できるわけではないので根本的な解決とは言えないでしょう。尚、ブラブラ状態で持っているときは、ケーブル部が長く、イヤホンの形状がL字になっているWI-1000Xの方がいろいろなところが引っかかりやすい印象。QC30にはセミハードケースが、WI-1000Xにはソフトケースが付属しており、ケーブル保護の観点では前者の方が優れており、収納性では後者が勝っています。ちなみに、QC30より長いケーブルがタッチノイズを誘発する事象は、このケーブル収納のスリットを利用して長さ調整をすることで解決できます。

イヤーチップは、WI-1000Xは普通の丸い形状のシリコン製、ボーズは専用で独自形状のシリコン製。あまり語られていませんが、ボーズのイヤーチップは圧迫感がない(長時間使用でも耳が痛くならない)にもかかわらず密着度が高いスグレモノで、適切に耳にはめ込めばそれだけで結構な遮音性があります。WI-1000Xのフィット感は特に特徴があるわけではなく普通です(イヤーチップの良し悪しは個人差が大きいので、ここは参考中の参考程度にとどめてください)。尚、WI-1000Xにはウレタンタイプのチップも付属していますが、SHUREのような耳孔の形にピッタリと密着する柔軟なタイプではなく、シリコンと比べて装着感も音の聴こえ方もほとんど変わらない印象です。


【操作性】
WI-1000Xは、ネックバンド左部に電源、ボリューム調整、再生/一時停止ボタンが埋め込まれている作りになっています。イヤホンケーブルの右側に同様な機能を持たせたQC30のリモコンはボタン部の工夫された形状により、手探りで容易に目的の操作ができるなかなかのスグレモノ。WI-1000Xは、右手を首の左側に回して操作することが一般的な方法になりそうで、エンボス加工の出っ張りでボタン部分を判断してくださいという設計。手触りでどの役割かを判断するのは難しい(特に音量の±)ので、ボタンの位置に慣れる必要があります。右側部先端にはNC ON → OFF → アンビエントモード(外音取り込み)切り替えボタンのみを配置。NCの効き具合調整はアプリで操作することになっており、WI-1000X本体では不可能。QC30は本体でNC調整もできます。ただしQC30はリモコンでもアプリでもNC OFFはありません(必要なシーンが思い浮かびませんが)。一方で、WI-1000Xは再生/一時停止のダブルクリックで次の曲にスキップするという、QC30にはない機能を持っています。

オートパワーオフ機能は、約5分で電源オフになる仕様。QC30との違いは、オフになるまでの時間設定が選べない(QC30は5分、20分、40、1時間、3時間、なし、の中から選べる)ことと、接続元との接続が切れてから5分でパワーオフになること。QC30は接続元(DAPなど)との接続が維持されていても音楽再生が止まれば、そこがパワーオフタイマーの起点になり、音楽再生が指定時間内になければパワーオフされます。利用形態によってどちらが望ましいかは違ってくると思われますが、電源切り忘れによる電池使い切りを防止する目的であればボーズ方式が優位でしょう(DAPやスマホの電源を切ったり、いちいちBluetooth設定をオフにしたりする人は少ないと思われ・・・)。

ペアリング完了後のBluetooth接続について、DAP 2台で運用してみるとボーズとソニーでは振る舞いが違います。DAPのBluetooth接続がスタンバイ状態では、QC30の電源を入れたときに2台とも接続状態となり、先に再生したDAPから音が出ます。つまり、2台併用でも聴きたいDAPの再生ボタンを押すだけで良い。また、同じ特性から、DAPが2台とも電源OFFの状態から1台のみ電源をONにした場合、QC30はどちらでも構わず接続を確立するものの、WI-1000Xは前回接続していた機器でないと自分からは接続しに行きません。要するにQC30だと、2台併用であってもBluetooth設定画面を開く必要がありませんが、WI-1000XだとDAPを切り替えるたびに設定画面に入って接続操作をしなくてはならないということ。この点は、WI-1000Xは僕にとっては非常に残念な仕様となってしまっています。尚、このオートパワーオフとBluetooth接続の振る舞いはMDR-1000Xとまったく同じです。


【アプリ】
BOSE connectでできること。
・バッテリー残量表示(インジケーター表示と%表示)
・Bluetooth接続名の変更
・オートパワーオフ、タイムアウト時間の変更
・NCレベルの調整
・音声アナウンスの言語設定
・曲の一時停止、曲送り

SONY Headphones Connectでできること
・バッテリー残量表示(インジケータ表示のみ)
・アダプティブサウンドコントロールON/OFF(自動外音コントロール)
・外音コントロール(NCレベルの調整)
・気圧調整
・定位設定
・サラウンドモードの切り替え
・イコライザー
・音質モード(音質優先か接続優先か)
・DSEE HXのON/OF
・着信時バイブレーションON/OFF

音定位の調整やサラウンドモードはかなり極端な効き方で、正直なところあまり使えるシーンが思い浮かばないし、その他もそれほど操作するようなものではありませんが、イコライザーは嬉しい機能。各種ミュージックアプリで気に入った操作性のものがあってもイコライザーが(例えば凝りすぎていて)使いづらい、ということはよくあり、iOSデバイスのユーザーでウォークマン・シリーズと同様のシンプルなイコライザー(CLEAR BASS含む)を使いたいという人には福音となるでしょう。


【機能性】
QC30と比べての最大のアドバンテージは、有線でも使えること。有線接続は付属の3.5mmピン-MicroUSBコネクターのケーブルで行う。飛行機で映画を見るときに使えなかったことに不満を抱いていたQC30ユーザーには魅力的に映るはず。あるいはこの点だけで「買い」と思う人がいたとしても不思議はないかも。また、QC30が電源を入れないと(バッテリーが切れると)音楽を聴くことができないのに対して、WI-1000Xでは有線接続をすれば電源を入れなくても(バッテリーが切れても)音楽を聴くことができるところも大きなメリット(もちろんその場合はNCをは効かない)。尚、充電しながら使うことはWI-1000XもQC30もできません。

NCのON/OFF、外音取り込み(アンビエントサウンド)は右側のボタンで切り替え可能で、ボタン操作で(段階的にはできるが)一気に外音取り込みモードにできないQC30よりもフレキシブル。QC20のときのAwareモードのような切り替えができる点は良いところ。


【バッテリー】
厳密には測っていませんが、フル充電から再生時間は約11時間強(DSEE HXオフでも同程度)、空からの満充電までは約3時間といったところ。QC30の数字がそれぞれ約11時間、2.5時間程度であるため、ほぼ同等という結果に。

バッテリー残量は、本体ではWI-1000XもQC30も両者本体のアナウンス(電源ON時に電源ボタンを押す)で確認できますが、前者は「high」「Meddium」「Low」の3段階(MDR-1000Xと同様)であるのに対して、後者は%で細かく知らせてくれるためより把握しやすい(QC30初期ファームウェアでは正確性に欠いたが今は改善されている)。アプリでの残量表示はWI-1000Xはインジケーター表示のみで、インジケーターに加えて%表示してくれるQC30の方が同様にわかりやすい。このバッテリー残量の通知マナーはMDR-1000Xと同様の仕様ですが、バッテリー稼働時間が半分程度しかないことを考えるとより細かいレベルで把握できるものであって欲しいと思います。Lowになったときに通知してくれないので正確には測れていませんが、Lowになってからの残り稼働時間は90分に満たない感じです。


【音質】
まず、QC30の音質について言っておきたいのは、ネットなどで言われているほど悪くはないということ。別項記事でも書いたことがありますが、ボーズ(や家電のダイソン)のように、普及品を基準に考えると高価であり、しかし広く浸透して(売れて)いて、高評価なものを見ると叩きたくなる輩が必ず現れます。要は「素人さん何いってんですか。私のようなモノを良く知っている人に言わせるとそこまでのもんじゃない。みんなわかってないねえ」と、立派で違いのわかるオトコ(女性にはなぜかそういう人は少ない)であることを主張したい人、注目度が高いものを批判するオレ、カッケー的な人が一定数現れます。そういう輩はQC30をついには「AMラジオのレベル」とか言い出すわけです。そこまで酷いはずがなく、ボーズ音質悪い説がかなり独り歩きしていることだけは知っておいた方が良いでしょう。

そもそも、ボーズ製品はHi-Fidelityを追求したものではなく、心地よく聴くための音作りが信条であり、耳に馴染みが良く聴き疲れしないサウンドをセールスポイントとしています。僕も音質追求を第1に考えるときにはボーズは候補に挙がってこないけれど、広い意味での使い勝手とそこそこのクオリティを求めるカジュアル・オーディオのカテゴリーでは目が離せないメーカーです。確かにQC2の頃のNCヘッドホンは音質は良くなかったけれど、代を重ねるごとに音質は向上していて、音質の点でもなかなか良いレベルまで来ていると思います。

そう理解した上で、ソニーならもっと良い音質のものを出すだろうというのがWI-1000Xへの最大の期待。QC30との音質の違いはすぐにわかるレベル。同じ曲の同じ部分を繰り返して、イヤホンをとっかえひっかえして聴き比べたりしなくても違いは明らかです。ちなみに、ボーズと言えば低音が強くコモリ気味で抜けが悪い音をイメージする人が多く、確かに小型スピーカーは今でもその傾向が強いんですが、ことヘッドホン/イヤホンについてはQC3でその傾向は終了、QC15以降になると音のヌケがだいぶ良くなり、反面、低音はそれほど量感を持たせなくなりました。そんな特徴のQC30と比べると、WI-1000Xはかなり低音がたっぷり出ており、音の見通しの良さも明確に上を行っています。所謂、オーディオ的パフォーマンスは明らかに勝っており、パッと聴けば、ほとんどの方がWI-1000Xの方が音が良いと感じるでしょう。音の見通しが良いので、サックスやギターの音のニュアンスもしっかりと表現できており、ジャズのベースの実体感のある唸り、シンバルの美しい響きはQC30では望めない領域にまで行っています。コンサートホールのオーケストラの響きの表現も良く、音場の広さもイヤホンとしてはなかなかのものです。

しかし、手放しでWI-1000Xが良いと言えるかというと必ずしもそうとも思えない。低音、高音が強いために音源によっては中音域が(たとえばヴォーカル、ギター、サックスなど)が引っ込み気味になりがちです。オーケストラだと、コントラバスの響きは豊かに出るものの、ヴァイオリンや管楽器は相対的にあまり前に出てこない印象。低音重視派の僕にとって、この低音の量感は歓迎できるとしても、高音のシンバルは時にやや耳障りとすら感じるくらいのレベル。もっとも、この高音の再生能力が全体の音の見通しの良さの根源にもなっているのも事実で、端的に高音域の特性に問題があるともいうこともできません。

WI-1000Xの後にQC30を聴くと、全体にメリハリがなくやや音が眠いように感じてしまいますが、楽器の実体感はしっかりとあって、通勤電車の中で聴くイヤホンとして足りないとは思えず、ほどほどに良い音質と感じることができて聴き疲れしないというボーズらしいサウンドの良さも再認識できます。WI-1000XもQC30もノイズのキャンセリング能力が高いので、低音も高音も過剰である必要性は低くなっており、あくまでも個人的な感覚としてはWI-1000Xのチューニングはややバランスを欠いているように思います(慣れが解決する問題かも)。

また、QC30(というかモバイルスピーカーも含む最近のボーズ製品の全体)で、弦楽器が電子キーボード的に聴こえると感じさせる点があることは繰り返し書いている通りですが、残念ながらその点はWI-1000Xでも似たようなもので、QC30から変えることでここの改善を一番望んでいた僕としてはちょっと残念でした。MDR-1000Xはヴァイオリンやヴィオラの響きがナチュラルだったのでWI-1000Xにも同じような期待したわけですが、イヤホンではそこはうまく作り込めなかったようです。WI-1000Xさえあれば大きくて取り回しの悪いMDR-1000Xは要らなくなるかも、という淡い期待に沿えるものではありませんでした。まあ、ヘッドホンとイヤホンではユニットが根本的に違うから違っていて当然なわけですが。

ちなみに、QC30やMDR-1000Xは音量が取りづらく、音圧低めのクラシックの場合だと90%くらいまでボリュームを上げないとコンサートホールのような雰囲気が出ない場合がありますが、WI-1000だと70%くらいまで上げれば結構な音量が取れます。ポピュラーやジャズの場合はともかく、クラシックを大きめの音量で聴きたいという人にはWI-1000Xの方が良いでしょう。


【ノイズ・キャンセリング】
こちらもQC30について言っておきたいのは、NC機能がQC20より劣るという、少なからず見受けられる世評は違うということ。

NCは、例えば騒々しい業務用空調機や換気扇、地下鉄や飛行機でのメカニカルな騒音が発している文字通りノイズ(騒音そのものではなく、騒音に多く含まれていて人間が煩いと感じる高周波ノイズ/低周波ノイズ)をカットするもの。人が発する声にはそのようなノイズ成分が少ないため、あまりカットされない。よって、NC機能が向上するほど相対的に外部の人の声が目立つようになってしまうわけです。カットするのは外部音ではなくあくまでもノイズであることを正しく理解できていない人は少なくないようです。メーカーは「安全のために人の声はカットしないようにしてあります」と説明していますが、今のNCのテクノロジーでは人の声はあまりカットできないというのが実態で、NCとはそういうものであるという理解は必要でしょう(別に人の声はカットしなくていいと思うんですが)。

QC30は確実にQC20よりNC性能が上がっています。正直なところ、これ以上性能アップをしなくても良い(外部音がまったく聴こえなくなったら本当に危険)ところまで来ていると思う。実際、僕はQC30で音楽を聴きながら読書に没頭してしまい、降車駅を乗り過ごしてしまう失態を2度ほどしていて、それほどまでに外部音のカットができていれば十分だと個人的には思うわけです。

では、WI-1000XのNCはどうか。

拙宅の騒々しい換気扇の元で検証。低周波ノイズの除去は同等、高周波ノイズの除去は僅かながら劣っています。後出し製品なのだから少なくとも同等レベル以上であってほしかったところ。とはいえ、実際の用途では差を感じることはなくほぼ同等と言って良いでしょう。通勤の地下鉄で一区間、かなり騒々しいところがあるんですが、そこで比べても、QC30よりも劣るという印象はありませんでした。(10/20訂正:QC30を久しぶりに通勤で復活させてみたら、NCはこちらのほうが1ランク上だと改めて感じました。WI-1000Xは高周波ノイズのキャンセリングが弱いので、地下鉄のレールと車輪のこすれる音、衝突音が目立ちます。)

某有名掲示板のレビューでは、「NCはあまり効かない」、更に一部には「低音が弱い」と書いている方が複数いらっしゃいますが、まさにイヤーピースがしっかりとフィットしていないときの症状なので、そのような人はうまく装着できていないのだと思います。


【その他】
WI-1000Xは、NCイヤホンとしていろいろな機能を持たせたことは良いものの、ソニー製品全体の方向性としては疑問を感じるところがあります。ソニーは、スマホに食いつぶされたDAPというカテゴリーの市場に今でもそれなりに力を入れており、スマホでは物足りないというユーザーに向けてウォークマン・シリーズをラインナップし、毎年ニュー・モデルを投入しています。現在のウォークマンは、独自OSを採用した専用機とすることで音楽再生に特化して高音質を売りにする戦略を採っているわけですが、WI-1000X(と同時発売のWF-1000X、WH-1000XM2)の機能を利用するためには、iOSかAndroidのアプリが必須で、ウォークマンでは利用できないというチグハグな製品展開になっしまっている。ウォークマンのA30/A40は自慢のLDACでのBluetooth接続だとイコライザーが効かないと言われており、そうであれば本来はますますWI-1000Xのイコライザーが使えることがメリットになるはずなのにそれができないという、ソニー製品で揃えることによる不利益が発生してしまっているわけです。

WI-1000Xは今のところ、実質ウォークマン(またはXpedia)専用コーデックであるLDACを使えるというメリットはあるものの、アプリによるさまざまな機能の利用、中でもソニー独自の圧縮音源補正技術DSEE HXを利用できること、更にイコライザーをイヤホンで設定できるという有線イヤホンではできない機能を備えていることを考えると、むしろiOSデバイスのユーザーで、ウォークマンに近い音質、ウォークマン同様の音質調整機能を取り込みたいと思っている人に向いているのではないかと思えるほどです。


【結論】
ありきたりな結論になってしまうけれど、クリアで見通しの良い音を求めるのであればWI-1000XはQC30よりお勧めできます。ただし、音の特徴としては世間で言われている旧来のソニーらしい面白みない傾向であり、それを打破してナチュラルかつ高音質を実現したMDR-1000Xには至っていないように思います。イコライザーを使えるというのはQC30にないメリットのひとつで、iOSの標準ミュージック・アプリ(プリセット・イコライザーはあるが効きが小幅)を使っている人で、音のバランスを大きく調整したいという人にはうってつけであるように思います。

一方で、装着感や扱いやすさの観点では、特に何か意識しなくてもほぼ問題ないQC30と比べるとWI-1000Xはやや劣る印象で、特に襟付きの上着を着る際に収まりがイマイチなのは人によっては気になるところ。スーツ着用時は想定してないんでしょうか?

総合的に見ると、WI-1000X、QC30それぞれに一長一短があり、何を重視するかでどちらが良いかの判断が変わってくるでしょう。2つとも所有して使って行くのは無駄に思えますが、今のところどちらかひとつに決められません。もう少し使い込んでみたいと思います。

ピアノ・レッスン 第13回

今回レッスンまでの課題曲、チェルニー op.777 第10番。右手で以下のフレーズがあります。

5→4→2→4→5→4→2→4→5
5→4→3→4→5→4→3→4→5

つまり、一番力が入りにくい薬指、小指に鞭打って連続して指を回さなくてはならない。しかも、そんなところが数か所出て来る。これがもう、いくら練習しても力が入らないし一定のテンポでスムーズに動かないわけです。

レッスンで実際に披露すると同時に、どうしてもここは上手くいかないと先生に吐露すると、力が入らない故に手がどんどん下がって行くことがスムーズに動かない理由とのこと。手を上げて指を立ててやると、なるほど指がこれまでよりスムーズに動くようになります。以前から、手が下がって行くことは良くないとは聞いていたんですが、あまり実感したことがなく、ああこれのことかとようやくわかりました。ただ、指を立てると力が入りにくい。しかし、ここで負けて手を下げて行くのではなく、手を下げず、指を立てた状態で力が入るように練習すべきということなんだと理解しました。とりあえず、合格印をいただいてこの曲はクリア。

この曲は、音を取るのは難しくないものの、スムーズに弾くのはかなり難しいので、今後は練習前のウォーミングアップ曲にしようと思います。

次の11番は、8番と似た曲で左手は5→3→1または5→2→1の3連符の連続。これまでも指摘を受けてきたんですが、3連符の最初である5番をハッキリさせてその続きは弱めにすると品よく聴こえます。ところが、これがなかなかうまく行かない。なぜなら1番(親指)は力が入りやすいので意識していないと強めの音になってしまうから。ここの3音目の音が強いと、ベタッとした感じで曲のチャーミングな感じがまったく出ません。そのために、3番2番1番の指はなるべく鍵盤から離さずに乗せたまま、弱めに弾くことを先生に勧められたものの、これがなかなかうまく行かない。レッスンの場でこれを繰り返し練習して、とりあえず、とういう状態を良しとするかの感覚だけは理解しました。次にレッスンまでに習得しなければ。

「ラ・ラ・ランド」の「ミアとセバスチャンのテーマ」は、まずはペダルの練習をずっとしてきた成果を披露。自分としては本当にこの感覚で良いのかよくわからないまま練習してきたんですが、習い始めたばかりなのに上手く踏めているとお褒めの言葉をいただく。あとは、踏み方がセンシティブなところのアドバイスをいただいて、曲を先に進めます。この曲、映画を観た人ならご存知の通り、後半は指の動きが大胆に変化して行く曲で、いよいよその部分に突入。使っている譜面は簡易版楽譜なので、だいぶ易しくなっているはずなんですが、先生にデモをしてもらっても、もうわけがわかりません。先生の見解によりト音記号側も一部左手で弾いた方が楽なので、右手、左手、右手とクロスさせるフレーズとなり、消化しきれずに時間切れ。ここは次回レッスン(一週後)までにキャッチアップできるような気がしないけれど、とりあえず家でがんばってみようと思います。

今回までのレッスンの教訓
●力が入りにくくても手の位置を下げてはいけない
●力が入りすぎるところは鍵盤から指をはなさずに丸い音を狙って出す
●力が入りやすいところを自分で察知できるようになることを意識せよ

シャイー指揮 ルツェルン祝祭管弦楽団 2017年日本公演

シャイーLFO_201710

2017年10月6日
サントリーホール
指揮:リッカルド・シャイー
演奏:ルツェルン祝祭管弦楽団
【演目】
ベートーヴェン:エグモント序曲
ベートーヴェン:交響曲第8番
ストラヴィンスキー:春の祭典
(アンコール)
ストラヴィンスキー:火の鳥より「魔王カスチェイの凶悪な踊り」

それまでまったく耳を傾けることもなかったクラシックを自分の意思で聴き始めてこの秋で早5年。翌年の春からコンサート通いを始めて、実に多くのオーケストラに触れ、今では演奏の善し悪しもだいぶわかるようになってきたもの自負しています。一時期は海外のオケなら何でもかんでもという感じで行っていましたが、今秋は行きたいものに絞ってチケットを購入。厳選しただけにひとつひとつが楽しみな今シーズン。

ちょうど4年前の秋、日本は大変なことになっていたのです。ウィーン・フィル、ベルリン・フィル、コンセルトヘボウがほぼ同じ時期に来日し、各地でコンサートを行っていたから。その同じ時期に、同じくらいの高い価格設定でチケットが販売されていたのがアバド率いるルツェルン祝祭管弦楽団。クラシック初心者の当時は、名前も聞いたことすらなく、いくらアバドが有名な指揮者だからといってこんなにチケット代が高いのか、くらいにしか思っていなかったことを思い出します(結局アバドの体調不良によりキャンセル)。その後、このオケの成り立ち、アバドとの深い関係を知るようになるわけですが、マーラーのブルーレイ・ボックスを観てその演奏の素晴らしさに感銘を受けて以来、もっとも聴いてみたいオケのひとつになっていました(余談ながら、このブルーレイは画質、カメラワーク、録音のいずれもが素晴らしく、マーラー愛好家なら必聴必見)。

残念ながら、アバドは鬼籍に入ってしまったものの、ルツェルン・フェスティバルもオケも継続され、今はリッカルド・シャイーがアバドの跡を継いでいます。シャイーについては、正直なところそれほど良い印象がなく、オケのメンバーもだいぶ変わったという話もあったので期待半分不安半分でサントリーホールへ。

オケのメンバーがステージに上がると、メンバーが結構変わったと言われていたものの、ビデオで見覚えのある顔がやはり見える。個人的に、聴き惚れるレベルの演奏家だとと思っているトランペットのラインハルト・フリードリヒ、ティンパニのレイモンド・カーフスがいるのが嬉しい。

まずはベートーヴェンのエグモント序曲。さすがに個人技がしっかりしていて上手い。弦の音は美しく、木管も金管も澄んだ音でよく歌っている。一瞬アンサンブルが乱れて音のフォーカルが甘くところも散見されたとはいえ、オケの地力は確か。

交響曲8番は、ゲヴァントハウスの録音ほどでないにしてもシャイーらしいキビキビとした進行で、強弱のアクセントもメリハリのある演奏。正直なところ、ベートーヴェンの交響曲の中では最も地味なこの曲、こうして見ながら聴いてみると木管の構成がしっかりと練られていて良く出来ているなあと感心してしまう。もちろんその木管の上手さがそう感じさせている理由のひとつだったのは間違いない。

ストラヴィンスキーになると編成が一気に倍増。特に金管と木管の人数が圧巻で、見慣れない楽器も多数あり、その規模と楽器の種類の多さはマーラーの交響曲をも凌駕する壮大なものになる。イントロのファゴットの音の引き方がこんなに長いのは初めてで、しかし不自然でも嫌味でもないのは、聴衆の耳を独り占めするに足りる上手さあってのこと。曲が進むに連れ、膨大な数の金管と木管が複雑に絡み合い、普通なら個人技の見せ場と言えるパートが瞬時にあちこちに切り替わり、更に同時進行して行く様は壮観で、マーラーを聴き慣れた耳でもソリストを目で追いかけるのに苦労する。これは、聴いて面白いだけでなく見ても楽しい曲(1階席だと面白さ半減のような)。ティンパニのレイモンド・カーフスは見せ場たっぷりで名人芸を堪能できて大満足。オケの技量を要求される難曲を、この質の高い演奏で聴けたのは素晴らしい体験でした。

この日のプログラムは、トータルの演奏時間で70分程度で、弦を朗々と歌わせる選曲というわけでもなかったため、やや物足りなさがあったのも事実。しかし、アンコールで火の鳥「魔王カスチェイの凶悪な踊り」を迫力のノリで聴かせてくれたことでそんな不満も吹っ飛んでしまった。ここまでステージ脇に据えられていながら使われていなかったシロフォン、ハープ、ピアノがこのアンコールのためだけのものだったとは。なんという贅沢!

終演後は、オケのメンバー同士でにこやかに称え合い、チームワークの良さも見えた良いコンサートでした。やはりオケのメンバーが楽しそうにやっているコンサートは良いですね。

ピアノ・レッスン 第12回

今回も3週間のインターバルが空いてのレッスン。従って練習する時間はたっぷりありました。

一応、終了の認定をいただいたベートーヴェンのトルコ行進曲は自主的に家で練習を継続。まだまだ精度を上げる余地が沢山残っています。せっかく初めて弾けるようになった曲、何も考えなくても指が動くレベルを目指そうと思っての練習継続。

で、この3週間、体調がかなり悪い日があってそれでも練習してみたんですが、いつもならひっかからないところでミスを連発し、何度やり直してもうまくできない。翌日になると何事もなかったかのように弾けてしまう。やはり、心身ともに健康でないと上手く弾けないもののようです。体調が悪いときに練習しても得るものがなく、そういうときは素直に休んだ方が良いのだとわかりました。

今回レッスンまでの課題曲はチェルニーop.777第9番だったんですが、指の練習になるので既に終了した第7番を家で練習するときのウォーミングアップ曲とすることにしました。この曲、右手をスムーズに動かすのが難しく、中でも僕が苦手な薬指の運指がキーポイントになるのでいい練習になります。こういう自主的な取り組みも今後のためになると信じて続けていく予定です。

肝心の課題曲、チェルニー op.777 第9番は、練習してきたにもかかわらず左手の強さが安定しない。弱すぎたり、強すぎたり。音そのものをトレースするのはできるようになっても綺麗に弾くのはなかなか難しいものです。あとはやはり右手薬指が絡む3番4番5番をうまく回すところが難しい。まあ、練習曲なのでそういう訓練をするためのものでもあり、よくデキているなあと妙な感心も。とはいえ、先生は現時点ではそのあたりはあまり気にしていないようで、この曲も合格を出してもらい、無事に終了。

家での練習時間がたっぷりあったので次の第10番も通して予習して、ある程度なぞれるようにしておきました。やはり予習しておくと楽で、先生もアドバイスしやすそう。左手のコードでスタッカート指示があるにもかかわらず、普通に伸ばして弾いてしまっていたのでここは早速注意が入る。正直なところ、この曲はそれほど難しくないかなあと甘く見ていたんですが、譜面通りに左手をスタッカートで、右手をレガートで進めてみると、あれあれ、うまくできないもので、この曲のポイントはそこにあるのだとようやくわかりました。簡単だと思っていたのは単なる譜面の読み間違いによるものだったというオチ。ここは次回までの課題です。

困ったのは「ラ・ラ・ランド」の「ミアとセバスチャンのテーマ」。前回のときも書きましたが、ゆっくりしたテンポでもこれまで練習してきた曲と指の運びがまったく違っていて、頻繁に大きめのポジションの移動があるためスムーズに通して弾けない。ポジション移動が少ない部分部分はできるのにそれを繋げて曲として弾けないんです。どれだけ練習してもそれが克服できなくて行き詰まり気味に。これまではどんなに難しいと思っても練習を重ねればなんとかなりそう、という感触があったのに、それがまったく感じられない。これは結構ストレスです。

レッスンではまだ先生はそのあたりはあまり重く見ていないようで、現状では譜面通りに音が取れていれば良いという感じで先に進めます。曲の後半に入ると譜面に#や♭が入ってきて譜読みの難度も上がり、相当集中していないと音をなぞることもできない。
この曲は、先にも話した通り手のポジション移動が多く、しかし音がつながっていなければならない。よって、遂にペダルを必要とされることになりました。ピアノを知っている人には言うまでもないんですが、ペダルは3本あり、右を踏んでいると鍵盤から手を離しても音が減衰せずに伸びる役割を担っています。ちなみに左は弱音ペダルで中央は消音ペダル(騒音事情を考慮したものであるため欧米のピアノには付いていないものが少なくない)になっていて、通常ペダルを踏むというのは右を指しています。大きな手のポジション移動があって、音を途切れさせてはいけないときには必須となるわけです。

今回は、その踏むタイミングを掴む第一歩。「ミアとセバスチャンのテーマ」では基本的にずっと踏みっぱなしで、各小節の1音目を打鍵した直後に一瞬離す、という使い方になるとのこと。離すタイミングが早すぎるても遅すぎても綺麗に音が出てくれない。これ、実際にやってみてもどうにも感覚がよくわからない。何度かやってみて、うまく音が出るときがあってもどういうタイミングが適切なのかわからずにやっているので何がどううまく行ったのかがさっぱりわからない有様。この曲は、ペダルを離すタイミングがお決まりのパターンになっていて単純なので感覚を掴むにはちょうど良い練習になるようです。とはいえ、レッスンの短時間でその感覚が掴めるほど甘くはなく、今後複雑になっていく後半部分を思うと結構気が重くなります。楽譜を見ると音符の数が多いわけでもなく、テンポもゆっくりな曲なので、取り組む前にはそう難しくないかな、なんて勝手に想像していたんですが、ベートーヴェンのトルコ行進曲とは比較にならないほど難易度が高く、乗り越えなくてはならないハードルの多さにたじろいでしまっています。

今回までのレッスンの教訓
●体調が悪いときには無理せず家での練習は休む
●予習しておくと楽で間違って譜読みしてしまうと修正に苦労する
●ペダルのポイントは踏むタイミングより離すタイミング

該当の記事は見つかりませんでした。