FC2ブログ

Enjoy Life, Enjoy Hobby

趣味の人生を楽しむサラリーマンの日記

ロックのエッセンスを思い出させてくれるグランド・ファンク・レイルロード

GRAND FUNK201707

僕は生まれが1967年なので、洋楽を聴くようになったときには80年代になっていた。エネルギーが有り余る中高生に魅力的に映ったのはハードロックで、80年代となるとアイアン・メイデン、サクソン、レインボー、キッスなどが僕の周りでは人気を集めていて、もう少し経つとLAメタルが、更にもう少し経つとガンズ・アンド・ローゼスが流行った時代だった。ところがリアルタイムのそういったロックに僕はあまり馴染めず、自分の幼少時代に隆盛を極めていた60年代後半から70年代のロック、たとえば初期のクイーン、レッド・ツェッペリン、ディープ・パープル、フリー、キング・クリムゾン、イエスなどの方が断然魅力的に映っていた。

70年代のロック、特に独特の憂いが漂っている英国モノに夢中になって、その時代の名盤特集企画が組まれていたときの雑誌はそれこそ解説文を反芻できるほど読み、限られたアルバイト代でレコードをどんどん買った。この時代の代表的なアーティストやアルバムは20代前半までにかなり聴いてしまっていたと思う。例えばブラック・サバスやナザレスなど、ピンと来なくてそのまま聴かなくなったバンドもあったけれど、ハンブル・パイや初期のウィッシュボーン・アッシュのように今聴いてもカッコいいと思えるバンドに巡り会った。この時代のロックがなぜこんなに魅力的かというと、ミュージシャンが自分のスタイルの音楽を迷いなく演って、聴衆もそれを評価していたからだと思う。80年代になると、ロックはMTVという媒体を通して大衆に売り込むスタイルが確立されてしまい、聴き手も個性より耳当たりが良いものを求めるようになってしまった。今思えば、ロックに限らずチャラチャラしたバラードがやたらとヒットしていたのはそのような音楽ビジネスのトレンドをよく表した現象だったと言える。自分らしい音楽を追求するという純真さよりも、売れる型にハメてそれに乗っかることが優先されるようになり、しかも当たれば大金を手にできるようになってしまった。有り体に言えば音楽よりも金儲けが優先される大量生産商品にロックが変わっていってしまった。当時はロックしか聴いていなかったけれど、今思うとR&Bやファンクなども同様な印象で、70年代のものの方が断然音楽が輝いている。金儲けが第一になってしまった80年代以降の音楽の多くは今聴いても本当にツマラナイ。

素晴らしき70年代ロックを若い時に貪るように聴いてきたものの、ある程度お気に入りのものが手元に揃い、30代になると新規で新しいバンドを開拓するという行動はもうしなくなっていた。若い時に見つけた素晴らしいアーティスト、アルバムで満足しており、若いころに聴いてあまりピンと来なかったものを聴き返してみても魅力を発見することはなかった。だから興味がジャズに移って行き、新たに発見して聴き込むようになったロック古典名盤はすっかりなくなってしまった。以降、お気に入り70年代の大物アーティストの発掘音源、リマスター盤以外はロックのCDを買わなくなって行く(そういう人は少なくないと思うけれど)。

ある日、Apple Musicでいろいろ古い音楽をつまみ食いをしていた。なんとなく、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバルやスリー・ドッグ・ナイトに行着き、そのうちにグランド・ファンク・レイルロードが出てきた。懐かしい! グランド・ファンクは一応若い時に少しだけ聴いたことはある。でもそれほど好きというわけではなくてベスト盤1枚を所有していただけ。改めて初期の2枚を聴いてみたら、これがもう血沸き肉踊るとしか言いようがないロックではないか、と興奮して思わずCDを購入してしまった。

よく知られているように、彼らは上手いバンドではない。いや、そんな遠回しな言い方はやめよう。ハッキリ言って下手だ。曲もアレンジも演奏も、工夫しているように思わせるところがない。高度な音楽性を感じさせることも知性を感じさせることもない。でも、聴いていると魂が揺さぶられる。"Inside Looking Out" のイントロを聴いて欲しい。ハイハットでカウントを取るベタベタな始まり方なのに気持ちが昂ぶる。お祭りの太鼓を聴いて胸が高鳴るのと同じように。それは人間が本能的に持っている衝動性と言えるもので、ロックとはそういうものだと思い出させてくれる。演奏技術でもアレンジでもなく、ミュージシャンのエネルギーとパッションをダイレクトにぶつけるという潔さ。気持ちが入っていない、形式だけの音楽で人間はコーフンしたりはしない。こういうフィジカルなプリミティヴさを持つロックは現代にはもうAC/DC(未だに活動を続けている彼らは尊敬に値する)以外には存在していないと思う。こう言っちゃあ悪いけど、グランド・ファンクやAC/DCを聴くとレディオヘッドなんてチマチマとセコい、音らしきものにしか聴こえない(ロックというカテゴリーで自分の肌に合わないグループはもちろん存在するものの嫌いという感情を抱くことはほとんどなく、しかしU2とレディオヘッドだけは「オレたち、知的だろ、才能あるだろ」っていうナルシスティックな胡散臭さばかりが前面に出ていて、音楽を自己顕示欲のために利用しているだけにしか思えないからハッキリ言って嫌いです)。

グランド・ファンクがそういう野性味を持ち味とするグループだということはもちろん知っていた。では、なぜ今頃になってこんなに心に飛び込んでくるのか。それはたぶん、30代以降、ジャズとクラシックばかり聴いてきたからだと思う。特にここ4年くらいはクラシックばかり聴いてきたから、音楽が持つ衝動性、その魅力を忘れてしまっていたのかもしれない。ジャズもクラシックもそれぞれに素晴らしさがあるけれど、ロックにはロックにしかない素晴らしさがある。グランド・ファンク・レイルロードはロックの魅力の核心を鮮明に思い出させてくれる。

ジャズを聴き始めて以降、新しく僕のライブラリーに加わった古典ロックはない、と先に書いたけれど、2015年に出たテイストのワイト島完全版と、グランド・ファンク・レイルロードの初期2枚は例外的にそこに加わることになった。どちらも演奏は荒っぽいし、決して上手くはない(ロリー・ギャラガーは最高のギタリストだけど上手いのとはちょっと違う)。でも、ロックの一番重要なエッセンスが凝縮されている。

僕はかねがね、音楽好きならいろいろなアーティストやジャンルを聴いた方がいい、と言い続けてきた。好きなものを聴くだけでなく、他のものを聴くことで元々好きだったものの魅力がより理解できるようになるからだ。ジャズやクラシックを沢山聴いてその素晴らしさがわかるようになったからこそ、ロックの素晴らしさがより理解できるようになる。そうやって楽しみ方の幅を広げることができるから音楽は飽きないんだと思う。これは音楽に限った話ではない。物事、知識の幅を広げれば広げるほど多くのことがわかるようになるから面白い。ひとつのことを深掘りするだけでは見えなくなってしまうこともある。付け加えるなら、そういうことをわかった上で物事に向き合っている人と、自覚なく向き合っている人とでは、同じものから得ることができることも違ってくるんじゃないかと思う。

「ブルックリン」(ネタバレあり)

ブルックリン201707

僕は愛知県で生まれ、岐阜県境に近いところで育った。3歳から同じ家に住み、15歳になる直前(中学3年生の夏休み)に千葉県浦安市に引っ越した。これが人生で一番距離の離れた引越であり、唯一の転校だった。

生活に不便するような場所ではなかったとはいえ、のんびりした空気の田舎(なにせ男子全員五分刈りの校則が当たり前の社会で、小学生のときには川で泳いだこともある)で15年間育ち、東京に近い浦安の新興住宅街に引っ越してきたのは物凄く大きな生活環境の変化でカルチャーショックという言葉を覚えたのは実にこのときだった。夏休みが明け、創設2年目の新しい中学校に行くと「こちらに起こしください」と部屋に通され、そこには同じ日に転校初日となる生徒が17人も集まっているというまさに新興住宅街ならではのもてなしに唖然。クラスに案内されると、教室にいる女子生徒の半分は分裂前の中学校のセーラー服、残り半分は一人一人バラバラ(それぞれの転校前の制服)という、なかなか体験できない「新しい」中学校だった。

初めての転校、真新しい校舎、長髪の男子達に恐れ慄いていたものの、皆フレンドリーですぐに打ち解けて友達ができた。そのあっけらかんとした親しみやすさは転校前の田舎とは大違いで、ずいぶん気分的に助けられたものだった。皆、明るく楽しいクラスメイトばかりで、自分で言うのもなんだけれど、女子も含めて結構慕われていたから、わずか半年だった残り半年の中学生活は今でもはっきり思い出せるくらい楽しいものだった。

卒業して春休みになると、かつて住んでた愛知県の友達の家に遊びに行き、自分が慣れ親しんできた場所に帰って半年前まで一緒に過ごしていた友達と遊んだ。一言で言うならば懐かしかった。浦安の新興住宅街の中学生活は確かに楽しかったし、垢抜けた都会っ子の級友たちとの付き合いは自分も都会っ子になったような気分にさせてくれたけれど、長年育った場所の空気はまったく違ったものだと痛感することになった。やはり気心知れた古くからの友達と一緒にいることは安心できたし、「自分の居場所はここだ」と思わずにはいられなかった。

愛知県の田舎と浦安で違っていた点はたくさんあった。特に友達関係はかなり違っていて、浦安ではフレンドリーで幅広くいろいろな人と仲良くなれたけれどどこか浅くて表面的、愛知県の友達付き合いは、もっと心の奥深くから付き合っている感じがあった。

高校、大学に進んでからも長期休みのときにはよく愛知の友達の家に遊びに行っていた。その度にやはり「ここが自分の場所だ」という思いを抱いたものだった。しかし、社会人になったあとくらいからは、そう単純に割り切れるものではないと思い始めるようになっていった。まず、高校進学のときを思い出してみると、愛知県にいたときはせいぜいA高校かB高校の二択しかなかったのに、浦安では選択肢は無数にあった。就職も応募する企業は(バブル期だったこともあり)数え切れないくらいあった。これは首都圏に住んでいたからこその選択肢だったことは間違いない。愛知県のときの級友は、皆、僕よりも成績が良かったけれど、地元企業で日々代わり映えのしない、さして給料の高くない(しかし安定した)仕事をやっている。住んでいるところが違うというだけで生活が、人生がまったく違うものになるということを感じずにはいられなかった。

また、人付き合いの観点でも大人になってみると田舎が良いとは思えなくなってきた。たまに愛知県に帰ると「◯◯があのパチンコ屋におった」「◯◯と◯◯が結婚したらしいわ」のように、どこで誰に会って、どんな生活をしているのかが筒抜けになっている。首都圏近くに住んでいるとそんなことはほとんどない。僕は「人は人、自分は自分」という考えなので大人になると近すぎる人間関係が時に煩わしく、どこで誰がどんなふうに暮らしているのか筒抜けの田舎暮らしは耐えられそうにないと思うようになっていた。

そんなこんなを含めて、僕はもう子供時代に住んでいた場所で暮らすつもりはなく、東京近辺での生活を快適に思っている。

今回も前置きが長くなりました。

スケールは大きく違えど、この映画も表現しているのは基本的には同じものであるように思う。閉鎖的なアイルランドの田舎暮らしと、大都会マンハッタンの隣にあるブルックリンの暮らし(ベッドタウン浦安を重ねてしまう)の対比。新しい友だち、新しいボーイフレンド(僕の場合はガールフレンド)、新しい人間関係に囲まれ、言葉遣いも服装も垢抜けてくる。一方で、久しぶりに生まれ育った場所に帰ると「ここが自分の場所だ」という思いに囚われてしまう。4時間もあれば昔住んでいたところに行けた僕とは違い、何日もかけて船で渡らなくてはならず、電話をすることも簡単ではなかった時代であれば、その思いは尚一層強いものになるであろうことは想像に難くない。

映画レビュー板では、シアーシャ・ローナン演じる主人公エイリッシュが地元に戻ってジムと良い関係になってしまうことに「共感できない」「許せない」という声が少なからず上がっている。そりゃ、正しいか正しくないかと訊かれれば、それは正しくない行為である。しかし、他の記事でも書いている通り、映画というのは他人の人生(の選択)を疑似体験する娯楽である。自分がそういう選択をしないから共感できないと拒絶していたら、自分の価値観しか受け入れられなくない狭量な人間になってしまう。正しくない行為をしてしまった人の人生を疑似体験して味わうのが映画という面白い娯楽じゃないですか。

そのエイリッシュ、生まれ育った田舎町という「自分の場所」に帰ると、地元の居心地の良い空気に流されてしまう。旧友との時間は気遣いもなく、自然体の自分で付き合うことができる。更に自分に想いを寄せてくれる教養のある紳士も現れる。働く場所もないから去った土地なのに、NYで取得した資格で仕事を得ることまで叶ってしまった。「(NYに)行く前にこうだったら良かったのに」というセリフ(ちょっと違ったかも)がエイリッシュの心情のすべてを表している。帰国前に入籍してブルックリンに置いてきた、英語が怪しいイタリア人亭主のことを思い出したくないほどの心地良い毎日。

ところで、エイリッシュに共感できないと言っている人は、シアーシャ・ローナンの、清純な外見と雰囲気、透き通るような青い瞳に幻惑されているんじゃないだろうか。NHKの朝ドラでも通じそうなこの清純キャラのエイリッシュは、しかし、同じ寮に新しくやって来た一風変わった友達をダンスパーティで置き去りにするなど聖人君子としては描かれていない。また男性関係も、自分から恋をして成就させているというよりは、自分に言い寄ってくる良さそうな人を選んでいるという、見方によっては高飛車な態度である。それでいて、ダンスパーティを去るときには口実を作らないと逃げ出すことができず、熱心に言い寄ってくる優しい男を切れないという優柔不断なところもあり、自分の気持はあるのに、自分で決めて行動できない人物として描かれている。

こうした人生を総括した上で、「忘れていた。ここはそういう町だった。」と言い放って、ブルックリンに戻る決断する主人公を、だから僕は清々しく見送り、これからがんばって自分の人生を歩めよとエールを送りたくなってしまうのだ。

ピアノレッスン 第8回


ピアノレッスンに通い始めて、ちょうど2ヶ月が経過しての第8回目。

前回から取り組み始めたチェルニー Op.777の第6番。毎度のことながら取り組み始めは右手左手の同時進行はまったくできない状態から開始、3日目くらいまではまるで曲にならない状態で、ゆっくり音を確認するのが精一杯でした。これも、毎日練習していると徐々にできるようになるもので、そういう(絶望的に弾けない状態から曲の形になって行く)過程を何度か乗り越えて行くところをだいぶ楽しめるようになってきました。

レッスンでは、フォルテに変わるところを一律に強く弾いていたところ、左手で和音を入れるところに合わせて、そこを意識して強めに、あとはそこそこにというアドバイスを受けると、音楽として綺麗にまとまるようになる。形だけ音を取れるようになったときに先生がくれるアドバイスは、どうやって強弱をつければ、どうやって音を伸ばしたり切ったりすれば音楽として(大袈裟に言うならば)格調高くなるのかというもので、その通りにすると確かに音楽としての質が上がります。前回レッスンのときに書いた通り、自分で譜面だけ読んでやっているとそういうところに気づけないもの。ちなみに、ずっと上のレベルの曲を練習している妻(今はショパンの幻想即興曲)へのアドバイスでもそういう類のものが多く、単に音をなぞることができればピアノを上手く弾けたと言えるわけではない、ということがよくわかります。

チェルニー Op.777の第6番は、残りの半分に進んでここで、左手でかなり苦労して譜読みしていると「ここは一度、ここは七度の和音です」と音楽理論を踏まえた説明をしてくれて、系統立てて説明してくれると、流れや指の運びに法則性と意味があることがわかり、そうなるとアタマにすんなり曲が入ってくるようになります。うーん、このような簡単な練習曲でも、いや練習曲というシンプルな形態ゆえに理論的に音楽が組み立てられているゆえに、理論を理解して行くことも大切なことのようです。やはり、感覚だけで楽器演奏を身に付けるのはかなり難しそう(それができるのがきっと本当に才能がある人なんでしょうね)。

ベートーヴェンのトルコ行進曲は、そろそろ取り組み始めて2ヶ月が経過。少しずつ進めているとはいえ、通しでなんとか格好がつくようになった(=音程通りの指の運びを理解した)のは3週間前で、そこからはどう上手く弾くかというステップに入ってきています。未だに手の動きが大きいところは詰まったり、間違った鍵盤を押してしまったりというのは、初心者の僕には仕方ないところ。まあ、ここは「あるべき姿がわかっていてできない」ところであって繰り返し練習するしかありません。問題は前回指摘を受けた、本来スタッカートの音を伸ばして覚えてしまっていたところを修正するところ。前回からの2週間、家での練習でこの部分の修正にかなり集中したものの、なかなか悪癖が抜けない。それどころか、スタッカートで弾くことに気を取られすぎて、全体のリズムがうまく取れなくなること多数。なんだか以前よりもつっかえるところが増えてしまっている(=より弾けなくなった状態)に感じて、自分でイライラし始めていました。うまくうかないところにイライラしながら練習するとますますうまく弾けないし、弾けても雑になってしまう。ピアノ(というか楽器演奏全般?)というのはメンタルがかなり重要であることを実感し始めてきました。今まで練習したらした分だけ上達していたのに、自分で混乱し始めてきたわけです。これが所謂「壁」というやつでしょうか。

レッスンで弾き始めた当初はやはりグダグダで、しかし2回目に通して弾いてみると、あれれ、結構上手く弾けるじゃないですか。家で練習しているときよりも集中力が高まっているせいかもしれません。先生もこれまでにないくらい「すごいですね。だいぶ弾けるようになってますね」と褒めてくださる。それはもちろん嬉しいんだけれど、あまり実感が湧いていない。なぜならYouTubeにあるこの曲の演奏(ほとんどが小学生以下のもの)と比較して全然上手く弾けていないから。僕は仕事でも褒められたら即喜ぶタイプではなくて、自分で上手くやったと思えた上でないと喜べないタイプで、この曲も自分のイメージにはまだほど遠い形にしかなっていないからあまり喜べない。それでも先生がそこまで言ってくれているということは、この2週間練習してきて、それなりに上達しているということなんでしょう。

今回は、前回指摘を受けたところとはまた別のところでスタッカートが十分でないところの指摘を受け、全体にもっと行進曲らしい躍動感が出るようなアドバイスを受け、その通りやってみると、より引き締まった、それでいて軽快でチャーミングな曲に聴こえるようになるではありませんか。音の切り方をコンマ数秒短くするだけのことなのにこんなに音楽として違って聴こえてくる。いやあ、音楽って本当に面白い。ピアノって奥が深いですね。

ちなみに、YouTubeでいろいろ聴き比べてみると、音の強弱はともかく、音の伸ばし方、切り方は結構まちまちで、人によってかなり違います。恐らく、先生によって教えるポイントが違うんでしょう。技術的なことだけでなく、先生の曲の捉え方で演奏の質がまったく違ってくる、ということなんでしょうね。よく、プロの演奏家でも「◯◯◯に師事した」とバイオグラフィに書かれていますが、単に有名な先生に教わったという肩書的なものだけではなく、大きな意味があるんだなあと思い始めてきました。

今回までのレッスンの教訓
●上手くなっていないと自分で思っていても練習していればそれなりに身に付いている
●音楽理論を理解できればより早く演奏が上達する(上達しそう)
●左手5番(小指)で黒鍵を弾くときは指単独で押そうとすると無理があるので手全体で指の腹で押してしまっても良い

ピアノレッスン 第7回

本題に入る前に・・・。

このブログは極めて私的なもので、まあ、気になった人だけ読んでもらえればいいやというスタンスで書いているわけですが、その気になる人にとっては役に立つ情報になるんじゃないかなという内容にしているつもりです。でも、このピアノレッスンの項目はたぶんほぼ全員の人にとって興味が沸かないだろうし、面白くないんじゃないかと思います。あくまでも自分にとっての備忘録として書いているので、その点は悪しからず。

では本題へ。

この2週間も結構練習しました。

チェルニー Op.777の第5番は左手単音和音の連続で、前回レッスンで「ドミソのうち、ドの指離れが遅くソの指離れが早い」と言われたところを注意して練習して、後半に展開が変わるところ、すなわち指の動きが簡単になるところを丁寧にじっくり進めるように意識して練習してきました。

レッスンの場で先生に披露します。

左手の指の運びはだいぶ改善され、「コードの変わり目で止まっちゃったりする人が多いのに、スムーズに動きますね」と、お褒めの言葉をいただく。左手の運びはまだ綺麗に一定な感じで進められないいところもあるので、そこを意識しながら弾いてみると「今の感じ良いですね」とその場でなんとか改善。まったくもって余計な懸念ながら「ひょっとしてこの人、筋がいいかも」と誤解を与えてはいけない(?)ので「これ、かなり練習しましたよ」と言うと「そうですよね」といいつつも、先生が思っていた以上にできているらしく、そう言われると悪い気はしませんね。

ただし、後半の展開が変わるところからのテンポが遅すぎるとのこと。丁寧にやろうと意識していたのが裏目に出たようです。というか、譜面通りに正確なテンポで進めることができていないというのが実際のところで、感覚でやっているところが敗因です。正しいテンポを譜面から掴むのはこれからの重要課題と認識しました。

というわけで第5番は終了、次の第6番の譜読みに入ります。次の曲も新たな左手のチャレンジになります。2音1音の繰り返しでコードが変わって行くパターンで、これまで左手の指で押さえる鍵盤はだいたい決まっていたところ、今回は違うパターンが出て来る。ドミソと言えば1番3番5番の指だったものが1番2番4番の指定(なぜなら以降のコードで3番と5番を使うから)。左指が使う音のパターンが広がってきて、また混乱しそう。少なくとも今日の時点では右手との同時進行はまったくできない状態でした。これまでも最初はこんな感じで、その後の練習でなんとかできているので、また日々の練習をがんばるしかないですね。

ベートーヴェンのトルコ行進曲はまず「最後のところどうですか?」と先生から尋ねてくるというこれまでにないパターンで始まる。前回、時間切れで教えきれていなかったから心配していたようです。こういうところ、しっかり覚えていてくれる先生はありがたいですね(普通なのかな?)。一応、前回のレッスンで譜面に指番号を書き入れてくれていたので、それをかなり練習してきました。ここはこの曲で一番むずかしいところで、なんとかギリギリ形になっていたので先生も一応安心したのか「他にうまくできないところはありますか?」という流れに。装飾音符3連続のところが相変わらず綺麗にできないところを相談して、3つ目の音を意識してしっかり出すことというアドバイスで、それだけだとまだ上手く弾けません。ここはもっと練習するしかないですね。あと、譜面でスタッカートのところで伸ばして弾いてしまっているところの指摘が(当然)入り、しかしずっとその弾き方で練習してきたので癖が抜けずに大苦戦。あと、最後の最後で休符を拍通りに取れていない(早すぎる)と指摘を受け、ここでも譜面通りにテンポを進めることができていないことを露呈してしまいました。

そんなこんなで取り組み始めてから2ヶ月弱で「これで譜読み終わりましたね」と言われ、あとは問題点の修正と精度の向上で一応は終わりそうな感じになってきました。

今回までのレッスンの教訓
●練習をたくさんやればやはりそれなりに習得が早い(らしい)
●テンポ、休符の取り方は感覚に頼らずにちゃんと拍を意識すること
●譜面を誤読して練習すると間違った弾き方の癖が抜けないので最初からしっかり読んでおくこと

次の課題曲として、「ラ・ラ・ランド」の "ミアとセバスチャンのテーマ" をリクエスト。ちなみに楽譜は銀座の山野楽器で入手しています。この譜面はピアノ用の簡易アレンジ版です。この曲は映画では、J.K.シモンズの店でセバスチャンが退屈なBGM風の曲を弾かされていて、客が誰も聴いちゃいないからと自分の曲を弾き始めるシーンの曲です。ミアが店に入ってきたシーンでもあります。後半、劇中で言うフリー・ジャズ的な展開になって店をクビになってしまうところですね。手元にある譜面ではそのフリー的なところを音数を少なくして易しくしてあります。

さすが先生、「これ、どのくらいのテンポで演ればいいんですかね?」と言いながら初見の譜面でスラスラと適切なテンポで弾き始め、「うん、(次の課題曲として)いいんじゃないですかね」とあっさり次課題曲に認定。「あ、テンポはそのくらいです」と言うだけでもう先生への情報提供は終了。次のレッスンのときには譜面に指番号を振ってきてくれるはずです。桐朋出身のプロにこういうクラシック以外の曲を覚えてもらって教えてもらうのはちょっと気が引けますが、弾きたい曲を弾くことが大人の趣味のピアノと理解してくれいる先生なので喜んで引き受けてくれるのもありがたいです。

ちなみに、ピアノがまったく弾けなかったライアン・ゴズリングは「ラ・ラ・ランド」のために1日4時間練習したとか言われていますが、時間が取れるとか、高額のギャラをもらっているとかの話ではなく、実際にピアノを習い始めて痛感するのは2時間も練習できないということ。1時間も根詰めてやっていると肩こりがものすごいことになるので、2時間とか練習できないんです。できる範囲での練習時間(僕の場合はせいぜい1時間半程度が限界)でどれだけ集中して身のある練習に取り組むことができるかもピアノを習得してゆくには重要なようです。

該当の記事は見つかりませんでした。