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趣味の人生を楽しむサラリーマンの日記

ヤンソンス指揮 バイエルン放送交響楽団 2016年日本公演

20161127ヤンソンスBRSO

2016年11月27日
サントリーホール
指揮:マリス・ヤンソンス
演奏:バイエルン放送交響楽団
(演目)
マーラー:交響曲第9番

バイエルン放送交響楽団というと一般には馴染みがなく、しかし、クラシック・ファンには数々の名録音・名盤で知られる名オーケストラ。そんなBRSO。2年前に一度観ている。プログラムは、ツィメルマンのピアノによるブラームスのピアノ協奏曲第1番、R.シュトラウスのドン・ファンと薔薇の騎士というもの。ところが観終わってみて、「あれっ?こんなものなの?」というのが正直な感想だった。精度も音の響きもそれほどのものと思えない。これだけ名声を轟かせているオケにしてこの程度なんだろうか、とやや首を撚る結果となってしまった。期待が大きかっただけにある意味、もっとも落胆したコンサートだった、といっても過言ではなかった。

それでも今回、前のめりになってチケットを取った。いや、バイエルンはきっとこんなもんじゃないだろう、という期待があったのと、大好きなマーラーの第9番をヤンソンスの指揮で聴くことができるから。

第1楽章。ゆったりと、静かに始まるヴァイオリンの繊細な音に早くも今日の名演を予感させる。間もなく襲う、程よいタメを伴う最初のクライマックス。ここでもう涙目に。ああ、これはもう2年前に観たあのときのバイエルンとは別のオケではないか。

ヴァイオリンは見せ場の多かった第2も含めて美しさが際立っている。2日前に聴いたパリ管の膨よかな美音とは違って、端正な、それでいてたっぷりと歌う美しさ。ヤンソンスというとただ単に上品で綺麗なだけでつまらないという人もいるけれど、マーラーは激情的にしなくても表情の豊かさで圧倒できるというお手本のような演奏。

コントラバスやチェロの低弦の厚みも素晴らしい。また、金管のハイレベルで安定した響きも、大人数の木管も素晴らしいという言葉しか出てこない。木管各パート主席のソロ・パートは朗々と歌う美しさから鋭さまで幅広く表現し、オーボエ、クラリネット、フルート、ファゴットのすべてが超ハイレベルで聴き惚れてしまう。

軽快なスケルツォ的な第2楽章はそれでも分厚い響き、そして第3楽章はマーラーならではの激しさに圧倒される。

ヤンソンスが手を合わせて祈っているかのような姿勢から始まった第4楽章では、弦の端正でありながら芳醇で美しい響きがまたもや圧巻。こんなに美しい音楽がこの世に存在するのかという感動で、ついに頬を涙が伝い始める。

マーラーが指示する「死に絶えるように」終わり、ヤンソンスが手を降ろしてしばしの、誰もが息を呑む静寂が続く。静止したヤンソンスが姿勢を崩すと、これまで聴いたことのない一斉のブラボーの嵐。これ以上何を望むというのだろう。大好きな第9番をこんなに素晴らしい演奏で聴ける幸せ。

今年最後のクラシック・コンサートは至福の時間だった。間違いなく永遠に記憶に刻まれる名演。ありがとうヤンソンス。ありがとうバイエルン。もうそれしか言えない。

ハーディング指揮 パリ管弦楽団 2016年日本公演

パリ管201611

2016年11月25日
東京芸術劇場
指揮:ダニエル・ハーディング
演奏:パリ管弦楽団
(演目)
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲(ジョシュア・ベル)
マーラー: 交響曲第5番

この3年半のコンサート通いで結構いろいろなオーケストラを聴いてきたものの、まだまだ機会に恵まれていない、聴きたいオケはいくつかあって、その上位にあったのがパリ管弦楽団。ダニエル・ハーディングを音楽監督に迎えてのお披露目的意味合いを持つ今回の来日公演でようやく実演に接することができた。

まずは、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲。ジョシュア・ベルは結構ねっとり歌わせるタイプで、個人的にはどちらかといえば好きなタイプ。最初のソロが終了し、オケがドッとなるところで僕が好きな「良く鳴る」オケだとわかる。良い演奏だと思いつつ、あまり入り込めなかったのは、そもそもこの曲がそれほど好きでないから。それほど長い曲でもないので、それでも飽きずに聴き通すことができた。

さて、期待していたマーラー。第1楽章、ハーディングはとてもゆったりと進める。バーンスタインに匹敵するほどゆったりすぎて音楽の流れがスポイルされるほどだったけれども、ハーディングはこう演りたかったんでしょう。一方で、テンポを上げるところ、締めるところではキビキビとメリハリを持たせる。パリ管は、金管、木管についてはそれほど印象的ではない。特にこの曲における最重要パート、トランペットは破綻こそしていなかったまでも余裕たっぷりに歌っているほどではなかった。木管陣も、決して力不足ではないにしても聴き惚れるほどには至らない。一方で、弦の響きはとても芳醇で、しかもドイツ系のオケとは違って暖色系の色彩がある。第4楽章のアダージェットは、そんな音色の素晴らしさを存分に味わうことができたと思う。

僕はチェコのオケならドヴォルザーク、フランスのオケならラヴェルやドビュッシーというステレオ・タイプの考え方は好まない。例えば、フランスのオケならではのドイツ音楽にはそれ相応の楽しみがあるはずだと思っている。この日のパリ管の音がフランスの音だとすると、そのサウンドで聴けたマーラーは、これはこれでとても楽しめる演奏だったと思う。

パリ管は、精緻極まりないという技術の高いオケではないかもしれない。でも、独自の個性と音色を持っている。こういうオケの性格を明確に意識して楽しめるのも生演奏の面白さ。言うまでもなくハーディングが懇意にしていた新日本フィルとは表現の基礎体力が違う。ハーディングには、このオケをよりレベルアップさせて、より個性の際立ったオケに仕立ててもらいたいもの。更に良いオケになることを期待しています!

今年もMITSUMINEでスーツを買う

MITSUMINE201611

3年前の記事にも書いている通り、僕は毎シーズン(夏と冬)に必ずスーツを購入している。別に最新のトレンドを追いかけているわけではないけれど、やはり毎年スタイルは変わっていくから5年前のスーツなどは古く見えてしまった実はあんまり着たくない。特にパンツは年々細くなっているから、下半身のシルエット(もちろん上着もそれに合わせたデザインに変わっている)を見ると、古いデザインはすぐにわかってしまう。とはいえ、5年くらい着ない(5着はないと)着回しができなくなってしまうから、毎年必ず新しいスーツを買うことにしている。

スーツはやはり基本的には紺をベースにしたい。一番引き締まっていてスマートに見えるから。もちろん紺といってもいろいろでオーソドックスなラインが細いストライプや起毛生地に太めのチョークストライプ、光沢のある柔らかい無地などでバリエーションを持たせている。で、いつも買いに行くときは紺をイメージして行くんだけれど、ちょっと変わった生地のものを見つけるとついついそれを選んでしまう。結果、僕のスーツ姿は結構バラバラで、そのせいか会社ではオシャレさんと呼んでくれる人もいる。

でも、ここまでの境地に至るまでは結構時間がかかりましたね。そうだなあ、見るからに安っぽいのは論外と思っていたとはいえ、30代前半くらいまでは仕事着として選んでいたような気がする。今は、選ぶのが結構楽しい。そんなに詳しくないけれど。

詳しくもないのにカッコいいスーツが選べる店としてMITSUMINEを大変重宝している。シルエットは適度に流行を採り入れていて50歳手前の僕でも違和感がなく、落ち着きもある。作りもしっかりしていて、週に一度のペースで5年以上着ても傷んだ崩れたりすることもない。よくSUPER120の生地だと傷みが早いという話も聴くけれど、そういう繊細な生地でもヤレを感じたことはない。

MITSUMINEは近年は上位製品の生地をゼニアとロロ・ピアーナの2本立てで用意していた。確かにこの2ブランドの生地はいい。こういう生地のスーツを着慣れてくると見ただけで「ああ、あれは良い生地だな」ということもなんとなくわかるようになってくる。そして今年からカルロ・バルベラ生地のスーツも展開するようになった。今回、そのカルロ・バルベラで細かいチェック柄の生地を使ったいい感じのスーツを発見したのですぐにこれに決めた。パリッとした雰囲気がありながらしなやかさもあって軽い。光沢感のない生地で、細かいチェック柄が効いてお堅いくならない雰囲気になっているところが気に入った。確かにゼニアやロロ・ピアーナではこういう感触の生地は見たことがない。

チェック柄のスーツはネクタイの選び方にやや制約が出て来る。細かいチェックや整然とした細かい柄のタイは煩くなるから合わせるのが難しい。ところが選んでいると、結構うまくハマるものがあり、落ち着いたストライプ1本、柄は細かくてもランダムに並んでいてあまりビジーでない1本、中位の大きさのペイズリー柄を1本と良い候補が並び、選べなくなって結局3本とも買ってしまった。シャツもピンクとブルーにして、柄物タイ2本はどちらのシャツでもピッタリ合うといううまい具合のコーディネートになった。

良いスーツ、ネクタイ、シャツを買うことができると大変気分がイイ。これを着ていくのが楽しみになる。ちなみに今の会社はスーツ着用がルールではないので、襟なしのシャツ姿の人もいる(有事に備えて会社にスーツ一式を置いてあるらしい)。なのでスーツ姿の人は少なくてよく「いつもスーツですね。エライですね」なんて言われる。この発言の根底には「スーツなんて堅苦しくて面倒で着てられない」という前提があるように思うんだけれど、僕はそんな風には思っていなくてカッコいいスーツを着たいから着ている。普段からスーツを着ていないとサマにならない(毎年4月に見かける新社会人を見てすぐわかってしまうのは着慣れていないからですね)もので、スーツをビシっと着こなすことは紳士として当然の嗜みだと僕は思っている。

何も有名高級ブランドのように20万も30万も出さなくても、コナカやスーツカンパニーなどの量販店よりグレードの高いスーツが適正価格で買えるMITSUMINEさん、価格競争の世相に押されず今後もがんばってほしいものです(と3年前と同じ締め)。

ユリアンナ・アヴデーエワ・プロジェクト 2016

アヴデーエワ201611

2016年11月6日
すみだトリフォニーホール
ピアノ:ユリアンナ・アヴデーエワ
指揮:カチュン・ウォン
演奏:新日本フィルハーモニー交響楽団
(演目)
ストラヴィンスキー:ピアノと管弦楽のためのカプリッチョ
ストラヴィンスキー:バレエ組曲《火の鳥》(1919年版)
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番

今回は、珍しくソリスト目当てでコンサートに行くことに。コンサートじたいもソリストを中心に据えた企画モノ。

1年前、ソヒエフ指揮ベルリン・ドイツ交響楽団公演のときに聴いたベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番、そのときのピアニストがアヴデーエワだった。ソリスト演奏について「良かった」「イマイチだった」という曖昧な感想が浮かぶだけで何がどう良かった(悪かった)のかを説明できるほど僕にはまだ経験も語彙も足りていない。それでも、そのときのアヴデーエワを聴いて僕は直感的に「イイ」と思った。粒立ちが揃ったタッチととても滑らかで正確な指の運び、それでいて厳格過ぎる印象を与えないスマートさを感じたから。普段、ピアノ曲のみのCDを買うことはほとんどないけれど、アヴデーエワはその後すぐに購入してしまったほど好印象を持った。ついでに言うと、外見を営業として使っていない(綺麗ではないということではなくいかにも女性らしい写真など売ろうとしていない)ところも好感を持った理由のひとつ。

今年の来日は「ユリアンナ・アヴデーエワ・プロジェクト」と銘打たれ、主にピアノ・リサイタルでツアーを敢行、唯一、協奏曲中心のプログラムだったのがこの日のコンサートだった。オケは久しぶりに聴く日本のオケ。指揮者はまだ30歳という若手のカチュン・ウォンというシンガポール人。所属事務所Webサイトのプロフィールによるとこういう経歴になっている。

1986年シンガポール生まれ。
2016年5月、グスタフ・マーラー国際指揮者コンクールで優勝。
2013年にジュネス・ミュージカル・ブカレスト国際指揮コンクールで1位に輝いたのを受けて、アトランタ交響楽団、メルク・ムジーク音楽祭でのベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団、ハリウッド・ボウルでのロサンジェルス・フィルハーモニック、モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団、サンタフェ交響楽団(アルゼンチン)、シンガポール交響楽団、ミュージカル・オリンパス音楽祭でのサンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団を客演指揮、サンクトペテルブルク・フィルでの演奏は、「音楽の友」で絶賛された。


さて、今回のお目当ては最初に書いた通り、アヴデーエワ。ストラヴィンスキーの「ピアノと管弦楽のためのカプリッチョ」は、あまり知名度が高くなく実演機会も少ない曲。コンチェルトとは趣が少し違ってピアノとオケが終始同じようなバランスで絡み合い進み、木管とのソロの掛け合いを楽しむタイプでなかなか興味深い曲。CD(手持ちはヤンソンスRCO)と比べると生演奏ならではダイナミクスは感じたものの、曲そのものの魅力という意味ではもうひとつといった印象。

さて、これまでのところあまり印象がよくない日本のオケ。「火の鳥」を聴いて今回も印象は変わらなかった。決して下手であるとか音が綺麗でないとかいったことはないんだけれど、やはり楽器が歌っていないし、音に色気や艶が足りない。音量はむしろしっかり出ていて、でもどこか絞り出している感が拭えない。オケ全体の主張が足りないし、ここぞというところの合奏の一体感に乏しい。去年、ハーディングが指揮していたときに観た印象とまったく変わらなかったのでこれは指揮者の問題ではないでしょう。加えて言うと、若き指揮者はどこか頼りなく、オケに遠慮がちに慎重に振っているように見えていて、若さを武器もう少し堂々とリードしてほしいと思ってしまった。

最後はチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番は誰でも知っている超有名曲。ちなみに、アヴデーエワはショパン・コンクール優勝という肩書がありながらまだあまり録音を残していない(もう今はCDをリリースするために録音するということだけできっと大変なことなんでしょう)。だから、ショパンを除くと特定の作曲家のイメージがないし、ロシア人であるにもかかわらずロシア物のイメージもあまりない。そんなアヴデーエワが定番曲をどう演奏するのか。この曲、アルゲリッチの十八番としても知られているけれど、非常に力強いタッチを要求されるので個人的には男性ピアニスト向けだと思っている(たとえばマツーエフのような)。アヴデーエワがそれをどう聴かせるのかを楽しみに演奏に臨んだ。

女性としては打鍵に十分な力強さを感じた第1楽章はもうひとつ乗り切れていない印象。しかし、第2楽章からは持ち前の流麗な指の運びと明瞭なタッチが本領を発揮、彼女らしいピアノを堪能できた。期待していたピアノが聴けたし、チャイコフスキーを女性ピアニストらしく見事に弾きこなしていたと思う。技術も表現も流石と思える演奏だった。ただ、強いていうならば、この曲は時に過剰と思えるパッションが似合う曲でもあるので、そういうものを期待していたのだとすると物足りないと感じたかもしれない。

ショパンコンクール優勝の肩書があっても、若さ故にかアヴデーエワは一流オケとの競演がまだまだ少ないと思う。耳の肥えた聴衆にも訴えるものがあり、もっと大きな舞台で多くの人に聴かれるべきだと僕は思っている。これからの活躍に期待したいところです。

QC20ユーザーによるBOSE QuietControl 30レビュー

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音楽中毒の僕にとって通勤のお供に携帯音楽プレイヤー(DAP)は欠かせない。もちろん良い音で聴きたいからイヤホンもそれなりのものが欲しい。とはいえ、通勤時に眉間に皺を寄せて聴き込んでいるわけでもないし、DAPというものじたいがそれほど高音質を期待するものでもないのでカジュアルに楽しむオーディオとして、あくまでも気軽に、でもそこそこの音質は欲しいというスタンスでiPod Touch 6GとBOSE QuietComfort 20(QC20)を常用している。

BOSE QuietComfort 20(QC20)はおよそ2年半ほど使ってきた(購入時の記事はこちらhttp://buhaina.blog.fc2.com/blog-entry-77.html)。なんと言っても強力なノイズキャンセリング効果が素晴らしく、電車、特に地下鉄に乗る僕にとってそれだけで満足度が高い。音質も目を見張るほど良いとは言わないものの、電車内で聴くためのイヤホンとして十分な高音質だと思っている。

BOSEという会社は大雑把に言うとHi-Fidelityを求道的に目指しているわけではなく、聴き疲れせずに心地良く聴いてもらうための音作りを行っているメーカーで、故にカジュアル層に受けが良く、オーディオ・マニアには評価されていない。オーディオ・マニアは見下すことで自分の価値が上がると思っている人が一定の割合で存在し、知名度が高いブランドであるBOSEを叩けばオーディオに精通していることを示せるのだと勘違いしている人も少なくない。故にQC20の音質も、かつて10,000円クラスと罵られていたところから始まり、徐々に5,000円クラスと言い始める人が増え始め、今では100均レベルと言い出す人まで現れる始末。音質マニアというのは実は音を聴いているのではなく値段と先入観でしか音に向き合っていない虚栄心の塊であることがよくわかる。個人的には20,000円クラス以上のレベルはクリアしていると思うし、音質に執着しずぎない人にとっては十分なレベルにあると思っている。あとは好みに合うかどうかという問題でしかない。

と、いつものオタク批判はこのくらいにして、QC20所有者がQC30に買い換える価値があるかという視点を中心にレビューしてみる。

[取扱い]
ネックバンドは黒一色で、スーツ姿だとしても常識的な紺やグレー系なら浮いて見えることはないでしょう。白いシャツだともちろん目に付くけれど、それほど異物感が大きいと思われることはないと思う。というか、この程度のものを身に着けて人目が気になる人は自意識過剰ですね。誰も他人のことをそんなに注目してないと思うし、気になったとしても1時間後にはそんな人がいたことも忘れてしまうのが普通でしょう。そんなことよりも、夏場に汗をかいているとき、襟なしのシャツで直接肌にネックバンドが触れたときの感触に違和感がないか、冬場にマフラーを巻くときに邪魔にならないかの方が気になる。

装着時右側の首元に来るボタンは、普通押しと長押しで操作の意味が違うにもかかわらず、小さくて固く、クリック感が曖昧だから操作性が良いとは言えない。ペアリングは電源オフ状態からの長押し、電源オンは普通押し、オフは長押しという基本操作、しかしオフ時に長押ししすぎるとペアリングモードに入ってしまう。イヤホン装着時には「ピポパポ」と音程が降下する通知音が鳴ると電源のオフだとわかるけれど、LEDだと指を離すタイミングがややわかりづらい。本体の電源LEDはON時に(Bluetoohペアリング状態を示すもうひとつのLEDも)点灯するものの、しばらくすると消える仕様になっているから、LEDが消えたときに本当にオフなのかどうか心理的に確信が持てなくて少しモヤッとする。そもそも装着時にはLEDを目視できないから、基本的にはイヤホンの音声ガイダンスを頼る使い方が前提になっていると考えるべきなんでしょう。イヤホンを装着しているとさまざまな動作や状態が言葉でアナウンスされるのでわかりやすい。iPodの名前に自分の名前を漢字で付けてあるため、「Connected to Shangshi's iPod」と中国語読みで読み上げられるのは苦笑いしてしまいますが(中国読みがシャンシーなんだと初めて知った)。

右側のケーブルにあるリモコンは、QC20同様に再生と一時停止、音量の操作ができ、それに加えてノイズ・キャンセリングのレベル調整を行うことができる。ただし、リモコンが耳元に近すぎるし目視できないのであまり扱いやすいとは言えない。BOSEはこの種のボタン系が壊れやすいという声も聞くのでできればあまり使わない方が無難かもしれない(以下記載のアプリを入れればすべてDAP側でも操作できる)。

BOSEのワイヤレス製品シリーズを共通で管理できるアプリ、BOSE connectはそれほど大したことができるわけではないけれど、本体側でできないことが地味にいくつかできる。いちいちアプリを開く必要があるから便利と言えるかどうかはともかく、ノイズ・キャンセリングのレベル調整をグルッと指を動かしてできるのは操作性としては良好。あと、QC30のデバイス名をカスタマイズできるのはできるに越したことはないかな、程度のことだけれども自動オフタイマーはありがたい機能。というのはQC20を使っていて意外と悩ましかったのは、うっかり電源オフを忘れてしまい、次に使いたいときはバッテリーが空になってしまという憂き目に遭ってしまうことだった。オフタイマーの設定は5分、20分、40分、1時間、3時間、なし、から選べる(Bluetooth接続のままDAPが停止してからの時間を見て機能する)。QC30はバッテリー残量をQC20より全体的に把握しやすいのもポイントで、アプリ上での残量確認はもちろん、BluetoothのBattery Service Profileに対応しているため、iPod Touch本体バッテリー・インジケーターの隣りに小さくQC30のバッテリー・インジケーターも表示されるようになる。電源オン時に残量をアナウンスしてくれることも含め、QC20のようにLED状態を意識して見なければバッテリー状況がわからない、点滅を始めるまで残量がわからないという不便さを改善している。このあたりは、充電しながら使うことができない仕様ゆえの配慮なのかもしれない。

イヤーピースはQC20と同一形状、同一素材でありながら色が異なるシックな黒、ところがコレが予想外によろしくない。装着感の話ではなく、単に耳垢が目立つし、どこかに置いたときや鞄に入れたときなどに付着する埃なども結構目立ってしまう。言い換えると、これまで気にならなかったQC20用の白いイヤーピースにも実はこういう汚れが付着していたことということではあるんだけれど、それを可視化されてもあまり嬉しいものではない。

ワイヤレスであることは、当然ながら胸ポケットがない私服のときなどでメリットが大きい。でも普段はYシャツのポケットにiPod Touchを入れてそこからイヤホンを伸ばして耳に差しているだけだったのでケーブルが煩わしくて困るとは実は一度も思ったことがなかった。それでも、いざワイヤレスに慣れてしまうとやはり楽でいい。QC30はイヤーピースを耳から外してそのままダラっと下げておいても問題ないので、小さめのポケットに収納しづらくなったことを除けば全体的に扱いがQC20より楽になったと思う。

[バッテリー]
バッテリーの持続時間は公称10時間で、QC20の16時間よりだいぶ短くなってしまている。実用レベルではもっと短時間しかもたないだろうと思っていたら11時間踏ん張ってくれたのは嬉しい誤算。QC20は13時間くらいという印象なのでワイヤレスとしては健闘している。ただし、Bluetooth利用はDAP側にも影響がある。iPod Touch側を常時Bluetoothオンにしておくことによるバッテリー消費で30%くらい稼働時間が短くなった(18時間⇒12時間くらい)。それでも総じてバッテリー管理が著しく面倒になったとは感じない。

ただし、本体やアプリが示すバッテリー残量ステイタスの表示はあまりアテにならないようで、残量50% ⇒ Battery Lowの警告 ⇒ バッテリー切れの流れで1時間ももたなかった。どうやら残り50%と言われたらすぐに充電しておいた方が良さそう。尚、充電は謳い文句の2時間よりやや長く要する印象(2時間半くらいか)でQC20よりは長い。

[ノイズキャンセル]
ノイズキャンセルはQC20とほぼ同等だと思う。低周波/高周波ノイズはよりカットされるようになった。しかし、特定の音域の音や声といったあまりキャンセリングしない部分はQC20のときとあまり変わっていないので相対的にそれらが目立つようになった印象。一部でキャンセリング機能が落ちたという声があるのはそのせいではないだろうか。ちなみにQCシリーズは伝統的に人の声はあまりキャンセリングしない、というか他社も含めて技術的に難しいらしい。そもそもキャンセルするのは「ノイズ」と謳っていて人の声ではないわけで、ときどき見受けられる「すべての音が消えていないからダメだ」との主張は、一方的な拡大解釈に基づいた過剰なものであるように見える。

Quiet ComfortからQuiet Controlに改名した所以であるキャンセリングのレベル調整は12段階用意されている。個人的はせいぜい5段階もあれば十分。QC20のAwareモードのように一発でキャンセリングなし(というかマイクで周囲の音を拾う状態)にできないので12段階もあるとリモコンの小さなボタンを連打するかアプリを開いて操作しなくてはならない。QC20ではリモコンで一時停止ボタンとAwareモードボタンを押せばすぐに周囲の音を聞き取ることができたのに、それができなくなってしまった。12段階もレベル調整があることが却って煩わしさを助長してしまっている。


[音質]
音はQC20と同じ傾向で、特別低音を強調しすぎたりせず、高音が刺さったりもせず、クリアで情報量もまずますという最近のBOSEのサウンドを踏襲している。

音質レベルもQC20と基本的に大きな差はない(QC30に変えた瞬間、音質の向上ぶりに驚く、というほどではない)。実際、今後バッテリー切れ時の予備としてQC20を使ったとしても格落ち感を抱くことはないと思う。とはいえ、両者に違いがあるのも事実で、それは音質レベルの差というよりは傾向の違いといって良いでしょう。以下、特徴の違いを説明するために大げさに書きますが、実際にはわずかな差だと思っていただいて差し支えない。

低音はやや増加している。中低音域はそれほど違わないものの、低音の中でも最低音域(感じとしては100Hz以下あたり)はQC30の方が出ている。よって、低音が増えたと言っても、100Hzより上の音域が中心であるベースの音圧が明確に上がった、というような変化にはなっていない。高音はQC30の方が僅かに控えめな印象。でも抜けが悪いわけでもなく、シンバルの響きの高周波音の末端までよく再現できているし、パーカッションの音が丸まってしまうということもない。音によってはむしろクリアに聴こえる部分もある。

先に書いた最近のBOSEサウンドの特徴のひとつとして言えるのは(これはQC15にも言えることだけれども)やや人工的な音に聴こえる場合があるということ。ロック系ではあまり気にならないものの、管楽器や特にオーケストラの弦楽器の音にその傾向が現れるときがあり、極端な例えをするならば電子キーボード的に無機質な響きになってしまっているように僕は感じている。決して高音域が強調されているわけでもないのに(あえて表現するならば)少しシャリシャリとしたニュアンスが感じられるその音質傾向が、人工的に感じさせる原因のように思える。その点、QC30はQC20よりも、ややナチュラルに表現できるようになった。これは個人的には嬉しい改善。

と、ここまで書いてきてナンではあるんだけれど、音源によってQC20とQC30の聴こえ方が違うのところが評価に困る。同じ曲の中でもQC30の方がギターが前面に出るところ、引っ込むところがある。パーカッションが前に出るところ、引っ込むところがある。そんな感じで微妙に聴こえ方が違う。ネットのレビューでQC20と比較した音質評価にバラツキがあるのはそのせいだと思う。

総じて、QC30はQC20の音質レベルを上げたものではなくファイン・チューニングを施したものだと思う。QC20を通勤で常用していた僕がQC30をある程度聴き込んでみると、この僅かな違いが、それなりに聴感の差を生み出しているのではないかと思うようになってきた。音の見通しがほんの少し良くなり、耳に心地良い音にうまくまとまっていると思う。

[総論]
ワイヤレスであることにメリットを感じていないのであれば、QC20から買い替えても喜びは小さいと思う。QC20と比較して少し調整された音質傾向が好みに合っていれば買っても良いかも。もちろん、ワイヤレスありきの人にとっては、Bluetooth(SBC、AAC)接続であってもQC20と同等以上の音質を備えながらケーブルの縛りから開放されるのでお勧めできます。僕は音質のチューニングがQC30の方が好みなので買って良かったと思っています。

[余談]
予備に回したQC20は、何かを察したかのようにリモコン周辺の接触が思わしくなくなり、修理となりました。

(12/25追記)
ファームウェアのアップデートがあり、バッテリーの残量表示精度が少し向上したようです。これにより残り30%のアナウンスまで聴けるようになりました。とはいえ、そこから1時間程度で切れてしまったので、精度バッチリ、というところまでは行っていないようです。まあ、このくらいなら問題とは感じませんけれど。

ブロムシュテット指揮バンベルク交響楽団 2016年日本公演

ブロムシュテットBMO201611

2016年11月4日
東京オペラシティ コンサートホール
指揮:ヘルベルト・ブロムシュテット
演奏:バンベルク交響楽団
(演目)
モーツァルト:交響曲第34番
ブルックナー:交響曲第7番

1年前から勤務地がオペラシティになり、いつかは仕事の帰りにぶらりと当日券でコンサートに行こうと思っていたものの、なかなか実現しなかった。まあ、本当に行きたいコンサートなら前売りを買って妻と行くわけで、行ってもいいかな、と思えるオケとプログラムで当日券が入手できる海外オケという条件となると、オペラシティの場合、年に1度チャンスがあるかどうかというところ。クラシックに精通している人には知られていつつ、一般には馴染みがない(録音が少ないと言い換えても良い)オケ、ブルックナーが特に好きなわけではない妻にはあまり興味がないプログラムということもあって、行くかどうかその日で決めるというのに好適だったのがこのコンサート。

プログラムは当初、ベートーヴェンのエグモントだったところがモーツァルトの34番に変更。録音も含めてあまり取り上げられる機会がないのでそこも楽しみに会社からホールへ直行。ところが始まってすぐ、睡魔に襲われる。コンサートに間に合うように張りつめて1日仕事に集中していたせいか、心地よいモーツァルトに惑わされて眠くなってしまった。オフィスを出てすぐにコンサート会場に入場して気持ちのスイッチを切り替える前に曲に入ってしまい、聴いている途中に急にリラックスモードに入ってその日の疲れが急に出てきたらしい。近すぎるというのも考えものだと思ってしまった。

演奏そのものが退屈だったわけではない。室内オーケストラの規模でもオケは良く歌っている。ノンヴィブラートで軽やかにモーツァルトらしく典雅に演奏されていた。退屈どころか微音の美しさが示すオケの実力は大したものだとこの時点で思っていた。

休憩で頭も気持ちもリセットできた後のブルックナーは出だしから圧倒的。古楽のアプローチを聴かせていたモーツァルトから打って変わって、ヴィブラートをかけたロマン派の正統的アプローチ。もちろん眠気などに襲われるはずがない。とにかく良く弦が歌うし、厚みもある。トレモロの美しさといったらそれはもう筆舌に尽くしがたい。木管は特別な音とまでは言えないものの、金管の響きと厚みはかなりのもの。ブルックナーとはかくあるべしという確信に満ちたスケールの大きな演奏だった。ブロムシュテットの安定した曲の運び方がこれらを引き出しているし、オケとの一体感が信頼の厚さを示していたと思う。

厳しい目で見れば、このオケは精緻極まりないというほどの巧さがあるは言えない。でも、オケとしての鳴り、表現に確固としたものがあるし、ドイツ的な重厚な響きとブルックナーの7番で特に顕著な咽び泣くような弦のサウンドは情感に訴えるのに十分なものだったと思う。決して有名なオケではないけれど、間違いなく音楽の表現は一級品。誤解を恐れずに言うならば、先月聴いたウィーン・フィルと較べてオケの機能として劣っているところはほんの少しの部分。その少しの差が大きいという意見は確かにごもっともだけれど、僕は「良い演奏を聞かせるオーケストラ」という観点においてほとんど優劣を感じない(もちろん表現は違う)。何処の世界も、ブランド至上主義、無名ブランドでも中身は一級品というものはあって、チケット代が高い超有名オケだけが素晴らしいわけではないということを改めて思い知らされた気がする。

こういうオケ、とても好きです。ホント、音楽が好きで良かったと思わせてくれる素晴らしいコンサートでした。

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