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趣味の人生を楽しむサラリーマンの日記

ジャガーXE 第2回目レポート

ジャガー201605

(ジャガーXE 第3回レポート ロングツーリング編 はこちら http://buhaina.blog.fc2.com/blog-entry-248.html

ジャガーXEに乗り始めておよそ4ヶ月が経過。いろいろと気づいたことなどを書き加えてみたいと思います。

まず、このクルマの認知度から。周囲に報告してみると、ジャガーと言えば丸目4灯の昔のXJを連想する人が未だにとても多い。ボディカラーが青だと言うと「ジャガーと言えば緑のイメージなんだけど」と言ってくる人も複数いた。旧XJ路線を捨ててデザインを一新してからのモデルにもグリーンは設定されているとはいえ、あまり似合わないからかまず見かけることはない。つまり、「緑じゃないの?」と訊いてくるような人は現行ジャガーのデザインを知らないということです。そんな現代ジャガーを知らない、気心知れた友人に僕のクルマの写真を見せると「へえ、カッコいいね」とお世辞抜きで言ってくれる。つまり、なかなか良いデザインであるにもかかわらず、ここ日本においてはジャガーのイメージの更新はまったくできていないことがわかります。僕のようなクルマ好きは各メーカーの動向をウォッチしているけれど、それほどクルマに興味がない人は数が出ていないメーカーはまったく視界に入ってこないというのは理解できるところではあり、SタイプやXタイプで失われた10年(?)を日本で取り戻すのはそう簡単なことではないのだと実感させられます。僕はXF、XJで新世代デザインにリセットされたときから個人的には好きではあるものの、かつてのXJシリーズと比較すると一目でジャガーとわかるデザインでないことは確かで、ジャガー・ランドローバー・ジャパンが広告・宣伝にお金をかけない方針ということもあってそう簡単にはクリアにならなさそうな問題のように思えます。ちなみに千葉県住まいの僕はこれまでに街中でXEを1度しか見たことがなく、今のところ希少車・不人気車と言われても仕方がない状況で、これはもう、錦織圭にがんばってもらうしかないかなあと思ってしまいます。

実車の話に移りましょう。まず、1回目の記事で一番の不満点として挙げていたエンジンのトルク不足の件から。これは僕にも少し誤解しているところがありました。理由は主に2点です。

どのくらいのアクセルの踏み方でどのくらいのトルクが出ているかを測るにあたり、タコメーターの針の動きが目安のひとつになるわけですが、それまで乗っていたアルファロメオは156もミトもタコメーターのゼロは6時の位置。それに対してジャガーXEは一般的な8時の位置。たとえば3000回転になったときに針が示す位置がそれぞれだいぶ違っていて、ジャガーXEは針がある程度跳ね上がらないとパワーが出てこないと感じてしまっていたフシがあります。これが誤解の理由のひとつ。

もうひとつはトルコンのセッティング。最近の国産車はどうかわかりませんが、少なくとも僕が過去に乗ったことがある大衆車クラスの国産トルコンATは、停止状態からのアクセル踏みはじめにグイッとクルマが前に出るように感じられるようになっていた(例外なく)。これは、最初の踏み出しが穏やかだとエンジンパワーがないと思われてしまうことをごまかすためのアクセルとATのセッティングで、国産メーカー全体でやっている(いた?)ことです(国産車のブレーキの多くがサーボの立ち上がりを鋭くしているのも「効きが悪い」と表面的に捉える客の不満を交わすためのごまかしセッティング)。実際、そういうクルマはひとたび動き出してからアクセルを踏んでもトルクがないからそこからはあまり加速しない。一方で、ジャガーXEにはそのような施しは当然なく、踏み始めは実に穏やかで踏み込む量に応じてパワーが乗って行くセッティングになっています。実はこうなっているのが当たり前といえば当たり前のこと。知らず知らずのうちに国産車のまやかしセッティングに毒されていた自分が情けなくなりました。付け加えると、アクセルのストロークが大きめであることもレスポンスが穏やかに感じる一因のように思えます。

とはいえ、そのような要素を踏まえた上でも2.0Lターボ・エンジンのトルクがモリモリという感じでないという基本的な印象が変わったわけではありません。試乗してみた新開発のディーゼル・エンジンは踏んだら期待通りのトルクが出ていて不足感が皆無だったのでガソリン2.0Lターボの下のトルクが薄いという事実はやはり動かしがたい。それでも、慣れてきたせいか当初ほどは非力ではないと思えるようになり、速さを標榜しているわけでもない車種の一番下のグレードのエンジンであることを考えれば、必要十分なパワーであるという巷の評価に一応納得できるようようになってきました。まあ、僕の実感としては「必要最低限のパワー」くらいな感じですが。

慣らし走行を終えて上まで回してみるとショート・ストロークのエンジンらしく軽やかかつスムーズに吹け上がり、車速が上がって行く。ただ、回転フィールに色気がなく、無機質にレッドゾーンに辿り着く印象でエンターテイメント性はほとんどありません。カタログではエキゾーストサウンドのチューニングに言及していて急加速時には車外ではそれらしい音が確かに聞こえるものの、車内にはその音は届くことはなく(静かということですが)、アドレナリンが出るようなサウンドは聞こえてきません。残念なことに回して楽しいエジンとは言い難く、実速度よりもスピードを感じさせないクルマであることが大人しい印象を更に強くしているのかもしれない。そもそもこのエンジン、街乗りのときから遠くバルクヘッド越しに聴こえてくる、ディーゼルとはまた微妙に質が違う直噴エンジン由来と思われる高周波のカラカラ音(ミャーミャー音がすると言われているのはたぶんこの音で車内にだけ聞こえてくる)を含んでいるところは、スポーティという観点では正直なところ少々興醒めするところで、どうしても好きになれない。エンジンの楽しみにこだわることがDNAに組み込まれているアルファロメオで耳が肥えてしまっている僕の基準がおかしいのかもしれません。いざとなればそれなりのパフォーマンスは出すけれど、ブンブン回して楽しむものではない、ガンガンとスポーツ走行することに重きを置いているわけではない、そうクルマが訴えかけているのだと僕は受け止めることにしました。余談ながら、ディーゼル・エンジンはやはりというか予想通りというか、振動、音(静寂性)、フィール、いずれもガソリン・ユニットと比較すると洗練さられておらず、コンフォートの観点ではガソリンからだいぶ落ちる印象で、もちろんスポーティという印象は希薄。同じディーゼルでの比較では他社よりはネガが少ないと言われてますが、高級車らしい洗練度を求めるとしたらまだガソリン・ユニットにか分があると僕は感じました。低速トルクの厚み、それによる街中の乗りやすさ、燃費と経済性はディーゼルの圧勝なので何を優先するかで選べば良いんじゃないでしょうか。ガソリン・ユニットを知らなければ音も振動も気にならないかもしれません。

尚、エンジンの力不足感は、普段の走行ではなるべくエコに走ろうという僕の走り方での話で、穏やかに走っている状態から、右足の踏み込みをやや多くしたときにシフトダウンせずともスッと加速するかという観点での評価。もっとアクセルの踏み込みの量を増やせば、多少のタイムラグはあるもののキックダウンしてそれなりに加速するので、そういう走り方に慣れている人には気にならないのかもしれません。このような走り方だとドライビングのテンポ、リズム感を上げる感じになり、その分燃費悪くなりますが、エコな走りはあまり意識しない方が楽しく乗れるんだと考えを変えることにしました。ちなみにストップ&ゴーを頻繁に繰り返す都内だと燃費は10km/Lを切るのは間違いなく、それに加えてアクセルを多めに踏む走り方だと9km/Lにも届かなくなりそうな感じです。高速道路を法定速度で流すと14Km/Lあたりまで伸びるので、アクセルの扱いがダイレクトに燃費に現れるという印象。余談ながら、燃費計の数字は実燃費と結構誤差があります(8~12%くらい良い値を示す。アルファロメオ・ミトは実燃費+5%くらいで安定していたんですが)。

尚、このクルマがプレミアムでジェントルであることが本分であるとすると、残念な点がひとつあります。ATをDレンジに入れたままブレーキを踏んで停止していると、小さい音ではあるもののスカットルの奥あたりからカタカタというチープな振動音が聴こえます。毎回聴こえるかというとそうでもなく、静かな環境でなければ気付きにくいレベルの音ですが、プレミアム・セダンを標榜するのであればこれはいただけません。国産車なら大衆車でもこのような経験をしたことがないのでちょっと自分の耳を疑いました。ディーゼル車の短時間試乗では振動の出方が違うせいかこの振動音は感じませんでしたが、どうやら個体によってはこのような現象が起きる可能性があるようです。ただ、ネットの情報ではメルセデスでもBMWでも、状況は違えど思わぬところから小さいカタカタ音のようなものが出るという話をチラホラと見かけるので、振動系のノイズ全般の抑制は外車全体が国産車より劣っているのかもしれません(とはいえアルファロメオで振動系ノイズを感じたことは一度もない)。まあ、僕はあまり細かいことは気にしないし、アイドリングストップが機能していれば起きないので目くじらをたてたりはしませんが、商品価値の観点ではマズイでしょう。あと、スカッフプレートを固定する内側のプラスティック部品が外れて紛失、手で簡単に外れるようになってしまいました。些細なことではありますが、こういうところはさすがに国産車より詰めが甘いようです。

ハンドリングについては、最初のレポートでは「小型車のように軽快とは言えないが鈍重でもない」と、あまりポジティヴとは言えない印象であることを書きました。これも乗っているうちに少し印象が変わった、というか慣れてきたました。ステアリングギア比が156やミトに比べるとスローというだけで、切れば遅れ感なくリニアにヨーが立ち上がるし、意図した通りにクルマが向きを変えてくれます。その動きは鋭いとは言えないものの、このクルマのキャラクターに違和感を持たせない範囲で軽快さがあると言っても良いもの。初期に少しロールを許すセッティングになってはいるものの、旋回状態に入ればむしろロールをほとんど感じさせない安定した姿勢のコーナリング・マナー、ステアリング操作への追随性、曖昧さのない正確なフィーリングを示し、高速コーナーでもドライバーに不安を抱かせないまま駆け抜けてしまうところなどは、小型車中心だった僕の自動車体験の中では異次元と言って良いレベル。最新設計ならではの高いボディ剛性と贅沢なサスペンション、各種電子デバイスやアダプティブ・ダイナミクスなどが総合的に機能してこのハンドリングを実現しているのでしょう。

乗り味の話としては、前235/45、後255/35という今風の扁平タイヤ(装着タイヤはDUNLOP Sport Maxx RT J)でありながらワンダリングが皆無で、ハーシュネスや路面のアンジュレーションをいなすしなやかさがある点についても特筆できます。では、フワフワと頼りない印象かというとこれがまたそうではなく、ヤワさを感じさせないしなやかさ、くらいの表現が適切かもしれません。それでいながら峠道で追い込んだ走りをしても頼りなさは皆無で前述のような安心感に満ちたフットワークを見せる。このあたりもアダプティブ・ダイナミクスによるところが大きいのかもしれません。速度領域に関係なく実感できる適度にフラットな乗り心地、それでいて締めあげたような硬さを感じさせないところも素晴らしい。これもボディとサスペンションが優れているからと思われ、こちらも完全新設計(最新技術)のメリットを享受していると感じられる部分です(以前に書いた通りアダプティブ・ダイナミクス非装着かつスポーツ・スプリング仕様であるR-Sportの乗り心地はだいぶソリッドだった)。

なかなか文字にするのは難しいのですが、このような乗り味がジャガーXEの個性であり持ち味と言えるんじゃないでしょうか。乗り味の一翼を担っているアダプティブ・ダイナミクスはバーゲン・プライスのオプションと言って良いもので、しなやかさとハンドリングの両立を求める人にはお勧めできます。また、高速道路での安定感と空力特性の良さ(風切音が少なく、速度が高くても空気をまともに受けている感じがない)のおかげで長距離ツーリングの疲労感がかなり少ないところなども車格相応の質の高さを感じるところです。

その他、細かいところでは、やはりナビはイマイチであることが徐々に身に沁みてきました。一度指定したルートを意図的に外れた場合、しばらくは元に戻そうと道案内し、どこかで諦めてリルートするという流れになりますが、なかなかリルートに切り替わらず、執拗に元に戻そうとする。時には一旦はあきらめたと思った元ルートに何十分も過ぎてから再度戻そうとするときもあります。また、クルマ本体の時計がナビに表示される時計と共通になっているのは良いものの、せっかくGPSを捕捉しているというのにGPSで時刻同期をしないという残念な仕様です(GPS搭載のレーダー探知機は時刻同期してくれるのに)。恐らく2017年モデルからはInControlに切り替わってインターフェイスの機能は大きく向上すると思われますが、ナビの作り込みは当然日本仕様になるでしょうから改善されるかどうかは未知数といったところでしょう。

ボディカラーのブルーファイアはやや深めの色の中に明るい青が見え隠れする微妙な色合いで、ある程度は汚れが目立ちます。これまで乗ってきたアルファレッドや明るいブルー、あと一般的にはグレー系の色は多少汚れていても汚れが目立たない色ですが、ブルーファイアはホコリを被ったあとに軽く雨に降られたりすると黒や深いダーク系ほどではないものの汚れはそれなりに目立ち、見た目がだいぶ悪くなります。ものぐさで洗車嫌いな人はご参考までに。

ラテの革内装の方は予想通り汚れが目立ちます。運転席のスレやすい部分、サイドサポートと座面右端は特にすぐに黒くなってくるのでマメなお手入れは欠かせません。落ち着きの中に華もあるこの雰囲気を維持するためにはそのくらいの手間は惜しんではいけない、と思いますが手入れが面倒という人は黒系の内装を選んだ方が無難でしょう。

というわけで、4ヶ月経過したことでようやくクルマに慣れて、自分の感覚で乗れるようになってきました。エンジン特性、ハンドリングに違和感なく自然に受け入れられるようになり、上質でしなやかな乗り味を基本としながらもレベルの高いハンドリングを心地よく思えるようになった今日このごろ。アルファロメオ・ミトから乗り換え直後にはネガティヴに感じていたことも気ならなくなってきて、じわじわとこのクルマの良さを感じるようになりました。正直に言うと乗り換え当初は「やっぱりラテンのクルマじゃないと面白くないなあ」なんて思っていたわけですが、今はこのクルマのキャラクターがどんどん好きになってきています。一目惚れしたスタイリングも、一部メーカーが直線基調のデザインに向かう中、控えめに主張するエモーショナルなデザンが益々魅力的です。

以上、第2回めのレポートでした。

佐渡裕指揮 トーンキュンストラー管弦楽団 2016年日本公演

SadoWT201605


2016年5月21日
ミューザ川崎シンフォニーホール
(演目)
・ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 二長調
【アンコール】
・バッハ:無伴奏ヴァイオリン パルティータ第2番 サラバンド ニ短調 BWV1004
(ヴァイオリン:レイ・チェン)
・R.シュトラウス: 交響詩「英雄の生涯」
【アンコール】
・J.シュトラウスⅡ ピチカート・ポルカ
・R.シュトラウス 「薔薇の騎士」よりワルツ

音楽の都、ウィーンを本拠地としながらも日本ではその名が語られることがほとんどなかったウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団。しかし、佐渡裕が音楽監督に就任したことで日本では注目度がぐっと高まることになった。これまであまり録音(CD)がないオケであるにもかかわらず、自主レーベルでのCDリリースを始めた背景には、日本で知名度の高い佐渡裕の名前によって一定の数は確実に売れると見越してのことでしょう。

そしてそのオケを率いての凱旋ツアーのコンサートをミューザ川崎シンフォニーホールで観てきた。ミューザ川崎はラトルやヤンソンスが音響を絶賛するなど定評があるので、そこも楽しみにして少々足を伸ばしてみることに。ちなみに地方公演も含めて今回の日本ツアーは17日間で14公演組まれていることも佐渡人気にあやかったものだと言えそうです。もっとも、配布された無料パンフレット(上の写真:佐渡の思いや楽団事務局長コメントなどが書かれている)によるとニーダーエスターライヒ州によって運営されていて財政面で基盤はしっかりしているとのこと。

まずは会場のミューザ川崎、ホールに入るとステージを取り囲む形で上の方まで座席が積み重なる構造になっていて、どの席でも遠く感じないと思われる配置からして好印象。こじんまりとして身近に感じられながらこれでサントリーホールとほぼ同じ2,000人収録できるという。音響的にも適度な反響があり、なるほど絶賛されるだけのことはあるなと感心。ステージの高さが低いため、1階席でも恐らく演奏者を見上げる形にはあまりならないところもよく考えられている。今回は2階の2列目正面左側の席で、ステージ後方まで見渡すことができる適度な高さでありながらとても近くで見れるという、国内外含めてこれまで行ったことのあるホールではありえない良好な座席配置になっていてとても素晴らしい。

まずはベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。ベートーヴェンのピアノ協奏曲と同様に小編成のオケ。若手有望株と言われるレイ・チェンの独奏は、フレッシュで力強く、艶やかに響いて気持ち良い。これからもチェックしておきたいと思わせるだけの演奏を聴かせてくれた。一方で、以前から思っていたものの、この曲は正直言ってベートーヴェンの作品の中ではあまり面白くない、ということを再認識してしまった。メロディにもうひとつ魅力がなく、繰り返しが多くて冗長。ベートーヴェンの曲としては演奏機会があまり多くない(今年はなぜか多い)のは曲の魅力が薄いからではないかとの思いがより強くなってしまったかもしれない。

休憩後の「英雄の生涯」は、さすがに大編成の迫力ある鳴りっぷり。精緻な演奏というのはもちろん素晴らしいけれど、僕は楽器が良く歌い、オケとして一体化したサウンドが出てくること(日本のオケが苦手としているところだ)を求めているので、その点でかなり満足できるもの。とはいえ、ここ1年でベルリン・フィル、ウィーン・フィル、今年だけでもシカゴ交響楽団やシュターツカペレ・ベルリンの(あまり安っぽく使いたくない言葉だけどそう評するしかない)凄まじい演奏を聴いてきただけに、そこまでの地力があるわけではないかなというのが正直なところ。特に悪いというわけではないものの、金管と木管は響きに柔らかさと豊かさがもう一歩足りない。一方で弦はとても良く歌い、艶やかさもあってなかなかのもの。実力的にはおよそ1年前に観たウィーン交響楽団に迫るものがあったんじゃないだろうか。他のウィーンのオケと比べると音色がやや明るいところもこのオケの特徴だと思った。有名一流オケほどの実力とは言えないかもしれないけれど、このオケの鳴り方は僕としてはとても好ましい。できればブラームスあたりを聴いてみたいところ。付け加えると、見せ場の多いこの曲で大変素晴らしい演奏を聴かせてくれたコンミスの実力はかなりのものだった。

日本人指揮者として十分活躍している佐渡裕、しかしスノビッシュなクラオタの反応は結構冷たい。ベルリン・フィルの定期に一度呼ばれたきりであることなどから、たいしたことがないと言いたいらしい。以前、小澤征爾についても同様のことを書いたことがあるけれど、完全にアウェイ文化の世界で、習慣も考え方もまるで違う世界で活動し、本場ヨーロッパの主要オーケストラの多くを指揮してきた実績と、ウィーンで音楽監督を任されるほどの信頼を得ていることは日本人として本当に誇らしいと思う。そもそも世界で活躍していると言える日本人演奏家は、コンセルトヘボウ管弦楽団の波木井賢氏のようなごく一部の例外を除いて、海外で育ち海外で音楽を学んだ人か、桐朋学園出身の人がほとんどであるんだけれど、佐渡裕はそのごく一部の例外と言える人で、よほどのバイタリティがなければ今のポジションまで来ることはできなかったでしょう。たいしたことがないと言っている人は、まず外国人と仕事をしてみてから、そしてそこで埋めようのない文化の壁に当たってそれを乗り越えてからもう一度言ってほしい。そもそも、見下した物言いしかできない人は自分のいる世界(まあ、普通は会社でしょうね)でどこまで評価され、信頼されているんでしょうかね? 偉そうに見下すような貧しい心の持ち主が周囲の信頼を得られるわけがなく、外から見ると高尚に見られるクラシック愛好家が実は叩くことで自分の地位が上がると勘違いしているだけの、旧来の慣習に囚われた狭量な人種であることはとても嘆かわしいことです。

アンコールでの指揮者とオケの息のあった様子、演奏後の楽団員の晴れやかな表情を引き出すことができた佐渡裕は、確かに一流の指揮者と言えるまでの実績の持ち主ではないかもしれないけれど誇れるマエストロだと僕は思っている。

終演後はすぐにステージを降りて、CDサイン会(そちらはレイ・チェンが受け持ち)をそっちのけで熊本地震の募金箱を手に募金を呼びかけていた熱い佐渡さん。このオケで実績を積み上げて更に活躍してほしいと願っている。

「君が生きた証」(ネタバレできるだけ控えめ)

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一癖ある役者として認知されているウィリアム・H・メイシー初監督の謳い文句から語られる映画。知名度がある俳優が監督をした映画が面白いかというと必ずしもそうでないことは映画ファンなら御存知の通り。中にはコンセプト(やりたいこと)先行で中身が追いついていない(うまく表現できていない)ものも。しかし、おみそれしました。素晴らしい映画です。ちょっと個性的なものを撮ってやろう、という邪心のない、それでいて深みのある映画にちゃんと仕上がっている。

まずは観ている人を裏切る脚本が良い。冒頭、爽やかな画面の雰囲気で進んでいるだけに、息子が父親の誘いを断って大学の授業に向かうところでまずは少しだけ「あれ?」となる。そして、思わぬ事件が起きる。中盤になって、観ている者が想像していた主人公の苦しみが、まったく見当違いであったとわかる事実が明かされる。

もちろん、ミスリードさせる見せ方ではある。序盤は主人公が立ち直ってゆくであろうことを期待させる順調で幸運な出来事で起きて進んで行く。観ている方としてはこのままうまく立ち直ってくれと願いたくなる。そこでその事実が明かされて、周囲がそれが知れ渡っていくと歯車が狂い始めてゆく。

苦悩と葛藤する主人公、ビリー・クラダップの演技がたまらなく良い。相手役を務めるアントン・イェルチンも、カッコいいところ、カッコ悪いところ、私生活に苦しみがあるところ、という幅の広さを要求されている役どころをうまく演じている。

この映画、恐らく一般には知られていない地味な存在なんだと思う。でも、多くの人に観てもらいたい。生きて行くということは苦しいことがあるけれど、喜びもある、という当たり前のことをこんなにうまく起伏あふれるストーリーで表現できている映画はそうはない。だからこそ、Quit is never win のセリフに重みが出てくる。付け加えると、この映画に出てくる主要人物は皆優しさを持っている人ばかりである。楽器屋の店長(ローレンス・フィッシュバーン)が大人な態度で主人公に向き合っていたことも後半にわかってくる。

あー、映画っていいなと思える素晴らしい1本。大推薦。

P.S.
ビリー・クラダップを追いかけている人は「Thin Ice」の文字が見えるところでニヤリとできるはず。この映画、笑いと遊び心もちゃんとあります。

「パレードへようこそ」(ネタバレあり)

パレードへようこそ201605

あれは93年、僕が25歳のとき。研修で初めて海外に行った。場所は中国に返還される遥か前、カイタック空港があったころの香港。夕食も終わってホテルで1人、部屋のMTVを見ていた。Bon Joviの"Keep The Faith"などが流れていて、そのうち地元のバンドのプロモーション・ビデオに切り替わった。そのとき、なんかダサいなあと思って見下していて「ハッ」と我に返った。これが差別意識というやつか?欧米の白人たちは日本人をこういう意識で日本人を見ているのか?それから僕は人種で人を(というか違う国の人を)差別するという意識がいかに愚かなことか、と考えるようになった。

もちろんそう思ったからと言って差別意識が完全にゼロになったわけではない。いつまでも日本を目の敵にして前を見ようとしない韓国人、行動に品性がなくて知的財産や著作権に一切の敬意を払わない中国人を見下している部分はある。ただ、それはそれらの国の人たちを総合的に見てのもので個人を相手にしたらそのようには考えない。

またゲイに対する差別意識も僕にはない。とはいえ、最初からそうだったかというとそうではなかった。大学生のころにはミスター・レディなんてものが一時的に持て囃されていて、テレビに写っている美女も顔なしの男を見て「男のくせに気持ち悪い」と電源を消してしまうほど嫌いだった。しかし、それもあることをきっかけに変わった。この世でもっとも愛するロック・グループ、クイーンのフレディ・マーキュリーがゲイだったことはよく知られるところで、フレディがエイズで亡くなったあといろいろと出た本を読んでいるうちに「人としての行いとゲイであることには何の関係もない」と思えるようになった。

差別というのは先入観から来る決めつけと思考停止によってもたらされる。この映画の舞台である80年代前半はまだ世間に同性愛者に対する理解が浸透していない時代で、普通じゃない気持ち悪い人種として差別されていた時代だった。僕もその時代を知っているだけに今とはまだまったく違っていたことは一応覚えている。

この映画の見どころを、「レズビアンとゲイが炭鉱ストを支援する」という意外性に求めるだけではちょっと足りないと思う。映画の中でも触れられているようにゲイたちが炭鉱ストを支援しようと思ったのは使命感でもなんでもなく、自分たちが警察などから白い目で見られていきたことを、政府(権力)に虐げられている炭鉱労働者に重ねただけに過ぎない。また、炭鉱の町の人たちが素直にゲイを受け入れたかというと恐らくそうではない。そもそも教養も学も洗練された思想も必要としない田舎炭鉱町がかなり保守的になるのは当然のことで、「リトルダンサー」で父親が「男がバレエ?」と吐き捨てることが普通であるところにゲイが受け入れられるとは思えないから。しかし、ストで給料も出ず、警察に次々と捕まる人が増えてなんとか持ちこたえていたところにやってきた支援は藁にもすがりたいもので、だからこそ受け入れようとしたに過ぎない。追い込まれていたが故にゲイの支援を受け入れることになっていざ接触してみると、人間としてごくまっとうであることがわかってくる。その過程を描いているところこそが最大の見どころでしょう。

得体の知れないもの、人を拒絶したくなるのは人間の当然の心理で、しかし、理解によってそれはクリアできるという教訓話としてこの話は人間そのものを描いた秀作と言えるでしょう。そして、力になってくれた相手に対して恩返しをすることも人間の美しさであることを描いている。

差別を受け続けているゲイの立場と辛さ、そこを乗り越えようとする気持ちの強さを描いているところももうひとつ見どころ。弱者が前を向き、自分にはできることがあるということを示したゲイたち、炭鉱の町の人たちの生き方に勇気づけられ、フィナーレでは自然に涙が流れてしまう。

全体を通して、深刻にならずに英国風のユーモアが漂う作りになっているところもこの映画の良いところ。また、シエン役のジェシカ・ガニング、へフィーナ役のイメルダ・スタウントンなど、おばさんたちの屈託のない表情豊かな姿を演じていた女優陣、007やSHERLOCKで悪役をいやらしく演じているアンドリュー・スコットがナイーブなゲイを見事に演じているところも素晴らしい(「ジミー、野を駆ける伝説」での理解ある神父役でも彼は良かった)。

とにかく観ることができて良かった1本。こういう勇気づけられる映画ってやっぱりいいね。

ラ・フォル・ジュルネ 2016

LFJ201605

5/4(月)
【1】
演奏:
・アブデル・ラーマン・エル=バシャ
演目:
・ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第15番 ニ長調 op.28「田園」
・ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第17番 ニ短調 op.31-2「テンペスト」
・ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第21番 ハ長調op.53「ワルトシュタイン」
会場:ホールB7

【2】
演奏:
・オリヴィエ・シャルリエ (ヴァイオリン)
・アンヌ・ケフェレック (ピアノ)
演目:
・ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番 ヘ長調 op.24「春」
・ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第1番 ト長調 op.78「雨の歌」
会場:ホールB7

今年も行ってきましたラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン。これで5年連続の参戦です(と1年前と同じ書き出し)。

5年前の1回めはクラシックにまったく無関心の時に、妻から「こういうイベントがあるんだけど行ってみる?」と誘われての参加。その後、しばらく経ってから本気でクラシックを聴くようになり、自らの意思で足を運んだ(ラ・フォル・ジュルネを除く)コンサートの回数は、数えてみたら3年間で25回。さほど知名度が高くない指揮者&オケから超有名どころまで幅広く観て、気がつけば本拠地でウィーン・フィルとベルリン・フィルを聴きに行くところまで入れ込んでしまっていました。短期間にこれだけ気合を入れてコンサートに通い、通勤時も家にいるときも8割くらいはクラシックばかり聴く毎日。生来の音楽好きで、積み上げてきた経験値から幅広く音楽の面白さを味わえるなっていることもあり、わずか3年でも耳はかなり肥えてきていることが自分でもわかる。結婚前からクラシックを聴いていた妻(ピアノや日本のオケのコンサートに良く行っていたらしい)も、日々交響曲が家で流れる生活に身を置き、コンサートに同行し、この3年間は僕と似たような音楽環境で過ごしています。

去年のラ・フォル・ジュルネの最後に聴いたシューマンのピアノ協奏曲がかなり残念な演奏で、そのときに妻は「ここ最近、いいモノいっぱい聴いてきちゃったからラ・フォル・ジュルネはもういい」と撤退宣言。僕はと言えば、確かに(主にホールAになってしまう)オケものはあえてこのイベントで聴きたいと思わなくなったものの、まだあまり聴き込んでいない室内楽系に慣れ親しむには良い機会だし、あまり聴く機会がない曲が聴けるという点で意義があると思っていて、今年も行こうと決めていました。その代わり、妻も乗り気になるプログラム、演奏者に絞って2本のみに。ちなみに、ラ・フォル・ジュルネに限らず、音楽イベントで人が賑わっているその場に居ることが僕は楽しくて仕方がない。CDが売れない、音楽を聴かなくなったと言われるこのご時世に、こんなに音楽をエンジョイしている人がいるんだと嬉しくなってしまう。確かにマナーは今ひとつで仕方なくついてきた人のいびきが聞こえたりするときもありますが、普段のコンサートと違って若い人も多く、カジュアルにクラシックを楽しんでいる雰囲気が好きなんです。

さて、今年はキャリアと実績のある演奏者のプログラムを押さえることができたので、しっかりと予習をして行きました。

過去3年で熱心に聴いてきたオーケストラものは、割安なのをいいことに箱物CDを大人買いしてきたので例えばベートーヴェン交響曲全集は実に30くらいあり、それぞれの違いを楽しむという聴き方をしてきました。同じ演奏者のものを何度も繰り返し聴くようなことは非常に少なく、どのようなスタイルであっても楽しめる体質になったという柔軟性が身に付いたのは良かったものの、同じ演奏ばかり繰り返して聴くことがつまらないと思うようにもなってしまいました。

ベートーヴェンのピアノ・ソナタは、協奏曲も全部入りで安めの価格だったというだけの理由でフリードリッヒ・グルダの全集を購入、演奏も録音も素晴らしくとても満足していると、今度は他の人の演奏も聴いてみたいという欲がまた湧き上がってきてしまう。しかしながら全集物はCD 10枚前後ということもあって意外とお安いものがなく、これから熱中するかどうかもわからないピアノ・ソナタをあれもこれも買おうとまではなかなか踏み切れない。そんなとき、とても有り難かったのがApple Music。バックハウス、ケンプといった古典からバレンボイム、アラウ、ポリーニ、アシュケナージ、ブッフビンダーなど有名どころの全集がズラリと揃っている。おかげで、ピアノ・ソナタの演奏もピアニストによってずいぶん違うことがわかり、またグルダの演奏がかなり特異(そして僕はそこが好き)であることもわかりました。また、演奏者の違いに関係なく、これまでまじめに向き合って聴いたことがなかったベートーヴェンのピアノ・ソナタ、曲そのものの素晴らしさもわかるようになってきて、Apple Musicが音楽と演奏の理解にとても役に立ったと思います。もうひとつのプログラムであるヴァイオリン・ソナタの方も、ベートーヴェン、ブラームスそれぞれにApple Musicには何種類もあって、万全の予習をすることができました。

【1】
B7ホールは本来は単なるイベントスペースでデッドな音響がよろしくない会場ですが、今回は3列目という良席が取れたこともあって演奏に集中できました。ピアノ単独の演奏となると、某ピアノ教室の発表会で先生が弾いていたショパンくらいしか聴いたことがなかった僕にとって、名の知れたピアニストの演奏を目の前で聴くことはなかなかのインパクト。エル=バシャは初めて聴いてみて(Apple Musicにあったけれどあえて聴かなかった)評判通り感情抑制気味。そうかと言って機械的ではなく、折り目正しいとも少し違う、実直で穏やかな温もりも漂うなんとも言葉にするのが難しい演奏。たっぷり予習してきた有名ソナタを、また違うテイストで聴けたことも含めて味わうことができた。また、一音一音に一切の濁りがない澄み渡った響きに、ピアノってこんな音が出るんだと新鮮な驚きを感じたのも良い体験だったように思います。

【2】
実際に演奏している姿を見て「あれ?」と思った通り、このオリヴィエ・シャルリエというヴァイオリニストは初めてLFJに行った5年前にラフマニノフの「悲しみの三重奏曲」を聴いた人でした。優しい音色を奏でる人で響きがデッドな会場のせいかやや音の伸びを欠く印象。2曲を通して聴いてみると、30歳くらいのときに作曲されたベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタは素朴で若々しく(悪く言うとやや青臭い)、46歳くらいに作曲されたブラームスのヴァイオリン・ソナタでは構成がしっかりしていて深みのある曲であることがよくわかって面白く聴くことができました。

これからも僕にとってのクラシックの中心はオーケストラであることに変わりないと思います。しかし、ピアノや室内楽の良さも徐々にわかるようになり、この世界はこの世界の楽しみ方あることも少しずつわかってきました。それもこれも曲を覚えて生演奏を聴くという、至極まっとうなプロセスがあってこそ。ふだんはあまり聴かない曲に触れることができるイベントとして、今年もラ・フォル・ジュルネを楽しませてもらいました。

観終わったあとは今年もVIRONでディナー。

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上から順にフランス産キノコのサラダ、金目鯛のポワレ、バスク産キントア豚ロースのグリル。コンサートと美味しい料理の贅沢な組み合わせ、止められません(笑)。

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