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趣味の人生を楽しむサラリーマンの日記

電波時計を電波時計として使えるようにする手軽な方法

電波時計201603

家にあるリビングの壁掛け時計は住み始めて以来およそ16年、ずっと同じ電波時計を使っていた。しかしながら、鉄筋コンクリートのマンションで向きが悪いのか時刻合わせの電波を一度も捕捉したことはない。時間がズレてくると仕方がないのでバルコニーに出して電波を強制受信させて時刻合わせをしていた。なんとも面倒な話だけれども、電波が届かないのだから仕方がないと完全に諦めてしまっていた

その壁掛け時計、そろそろ気分を変えるためにと新しいデザインのものに買い換えてみた。どうせ電波をキャッチできないから電波時計である必要もないんだけれど、欲しいと思ったデザインのものはたまたま電波時計だった。早速、これまで通りバルコニーで時刻合わせをしてみる。ところがこの新しい時計、電波を捕捉してくれない。

電波時計というものは、あたりまえのことながら自動で時刻合わせをすることを前提に作られているので、アナログ式だと手動での時刻合わせが面倒なものが意外と多い。具体的に言うと、目覚まし時計のように手でグイグイと針を動かす機能がなく、指でボタンを押し続けて針をちまちまと動かしていかないといけない。今回購入した時計もそう。特に電池交換した後、自動で時刻を合わせようとするので、針がカタカタ動きはじめ、そのときの時刻とぜんぜん関係ないところを一旦は指し始めてしまう。

仕方なく、何か対策がないものかと調べてみると、あるんですねえ、便利なものが。

ひとつは電波のブースター。これは電波状態の良くない家で、窓際などなんとか捕捉できるところに設置し、その電波を家の中に広めてくれるというもの。でも、拙宅ではバルコニーでしか拾えないので役に立ちそうにない。

もうひとつがNTPから得た時刻を電波で飛ばしてくれる装置。NTPというのはNetwork Time Protocolの略。簡単に言うとインターネットの標準時刻を提供してるもので、そのサーバーから時刻をもらうことでコンピューターの時刻と同期するもの。パソコンやスマホの時刻が正確なのはこのNTPで標準時刻をもらっているから。このNTPを利用する装置をネットにつなげて電源を入れておけば、鉄筋コンクリートのマンションの中にも電波が行き渡るというわけです。

ところがこれが結構イイお値段。家中の電波時計(拙宅には腕時計を含めて3つある)の時刻を合わせてくれるのはとても便利だとは思うけれど、さすがに2万円弱も払う価値があるかというと少々疑問。

もう少し調べてみると、これと同等の機能をじ実現してれるiOSアプリがあることがわかる。JJY Simulatorという無料のアプリで、実はもうかなり前からあったもの。3.11震災後に電波が停止された時期があって、そのときに多くの人に利用されていたらしい。このアプリの利用で、新しい壁掛け時計の同期が無事完了。アプリ起動中は、高周波音を出し続けるのでちょっと耳障りなところが難点だけれども、これは便利。以前の壁掛け時計のようにバルコニーに持ち出す必要もなくなって嬉しい限り。

電波が届かないんだから時刻同期できないのは当たり前で仕方ない、と決めつけていたせいでこんな便利なものの存在すら知らなかった。決め付けは良くないなあ、不便だと思ったらあきらめず、とにかく調べてみた方がいいなあということを思い知りました。

そうそう、リビングの時計のデザインが変わると思っていた以上に気分が変わる。なんだかんだで1日に何度も見るものだから、手軽にできる気分転換としての効果は高いと思います。

ジャガーXEにレーダー探知機とドライブレコーダーを装着してみた

新しいクルマを購入したのに合わせて、レーダー探知機とドライブレコーダーを導入してみた。両方共に、これまでのクルマには着けたことも着けようと思ったこともありません。あまりクルマにゴテゴテと付けることが好きでないのでこの種のものをもともと気にかけていなかったからです。

ドライブ・レコーダーは、背伸びをして高いクルマを買ったばかりということもあり、相手過失の事故に遭ったときに証拠なしで泣き寝入りしないための保険として装着。製品選びで重視したのは、暗いころでもできるだけ綺麗(即ちHDR機能付き)に、そして広角で記録してもらえるものであること。最近のドライブ・レコーダー上位機種だとかなりの多機能で、それを求めて選ぶ人もいるようですが、僕は通常ドライブの記録とか駐車中の監視機能とかは必要なく、事故時の記録を綺麗に残して欲しいという要件をしっかり満たしていながらも低価格の製品、ASUS RECO Classic Car Camを選定。

レーダー探知機というともう25年以上前の記憶ではあるものの、コンビニの自動ドアにいちいちピーピー反応する鬱陶しいモノという印象で、あんなものを取り付けるつもりは毛頭ありせんでした。しかし、前車で使っていたカロッツェリア楽ナビに組み込んだオービス検知機能は注意喚起にやはり役に立っていたので、ジャガーXEのカーナビ(デンソー製)で使えないものかと営業マンに相談したところ、仮に元モデルに対応したオービスマップがあったとしても対応する保障がないと言われ、レーダー探知機で代用することになったというわけです。これはいろいろ調べていて初めて知ったんですが、最近は探知機で事前に見つかるようなレーダー取り締まり装置はとても少ないらしく、レーダー探知機と呼ばれる機器の役割は実質的にGPSを利用したオービス検知になっていてそれを目的としてる人が装着しているとのこと。僕としてはこちらも多機能は不要で、最新データへのアップデートを無料でできるシンプルなものという観点で探し、コムテックZERO600Vに決定。この選択には、こちらの記事がとても参考になりました(最新機種でもオービス検知力が向上しているわけではないので旧機種で十分というもの。検索すれば上位に出てくる有り難いサイトですが、仕様表は結構記載ミスを見かけます)。

http://55drive.info/2015%e3%81%8a%e3%81%99%e3%81%99%e3%82%81%e3%83%ac%e3%83%bc%e3%83%80%e3%83%bc%e6%8e%a2%e7%9f%a5%e6%a9%9f.html

最近は両者連携を売りにするモデルも少なくないものの、2つの機器をそれぞれ設置しなくてはならないという点では違いはなく、連携機能に魅力を感じないのでそれぞれ自分の目的に一番合った機能を絞ったものを選ぶことになりました。コムテックのレーダー探知機と連携するドライブレコーダーにHDR対応で画質が良いという評価のものがあればそれを選んでいたかもしれませんが。

両者ともに機能を絞って目的をハッキリさせたおかげでアダプター類を含めて合計で28,000円弱(それぞれ最新の高機能モデルを選んだ場合のおよそ半額程度)とリーズナブルなコストで収まりました。装着はジャガーXEの初回点検時にディーラーにパーツ持ち込みで実施。レーダー探知機はOBD2からデータと電源を取れるOBD2-R2というアダプターを、ドライブレコーダーにはシガーソケット以外から電源を取るためにエーモン1554電源ソケットも合わせての持ち込み。取り付けとか配線とかの作業に僕は向いていないのでお任せです。ところが、ディーラーにOBD2のアダプターは誤報(エラーでないのにエラーを通知)が出たりすることがよくあるので勧めないと言われ、結局取り付けるのをやめて別途電源を取ってもらうことになりました(ちなみにドライブ・レコーダーもシガーソケット変換キットなしで電源を取ってもらった)。まあ、レーダー探知というかオービスを探知してくれれば良いのでODBからの情報が取れないことは気にしていません。ただ、アダプター類は買う前に必要かどうか相談するべきでしたね(あと5,000円は節約できました)。

他機種との実際の使い勝手比較はできませんのであくまでも今回取り付けた機種限定で以下レポートします。

まず、ドライブレコーダー。設置はルームミラー助手席側の上あたり。
ドラレコ201603-1

運転席から見ると殆ど視界に入らない。妻によると助手席でも特に気にはならないとのこと。
ドラレコ201603-2

最近は、雨滴センサーやらカメラやらがルームミラー周辺に集中しており、中央に取り付けスペースがないクルマが増えていますが、このくらい左にズレた場所の設置でも広角で撮影できるモデルなら実用上問題ないと思います。
ドラレコ201603-3

8GBのMicroSDカードが付属で、これでも最高画質で90分記録できるため事故時の証拠記録用として容量は十分すぎるくらいです。肝心の画質もなかなか良く、暗い場所をある程度綺麗に撮れているところは期待通り。夜の信号待ちで前車のナンバープレートがはっきり読み取れるだけでなく、距離が離れていなければ隣車線の車でも4桁が読み取れる(走行中だとちょっと厳しい)ほどで、コンシューマー向けの簡易事故記録用としては十分なものと言えるでしょう。

次にレーダー探知機。ダッシュボードのセンターへの設置をお願いしたところ、営業マンから「配線が目立ってしまうのでお勧めしません」と言われ、他の人がよく設置している場所として右奥を提案されたのでその位置へ。ところがそこだとスピーカー(ツイーター)が遮られる形となり、高音の抜けが明らかに悪くなってたため、安定感がイマイチながらこの位置に。画面が小さいモデルの割に細かい文字が表示されるところもあるので、結果的にこのくらい近くにあった方が見やすくなりました。
レーダー探知味201603

目的のオービス検知の役割をしっかりと果たしてくれているのでこれも機能としては満足しています。カーナビと比べると位置情報の正確さに不安がありましたが、一部トンネルで直前の検知が甘そうであることを除いて問題を感じたことはありません。そもそもオービスは事前に標識が出ていて、あくまでもうっかり見落とすのを防止することが目的なわけですから、トンネルを走っているときくらい自分で注意力を上げれば良いだけのこと。

しかし、カーナビに組み込むオービスマップとの大きな違いが1点。ナビ組み込みのオービスマップでは走行路の先にあるオービスを警告してくれていたのですが、このレーダー探知機では進行方向にあるオービスが1km(高速だと2km)以内に来ると警報が鳴ります。つまり通る予定のない道路でも進行方向(かなり広い角度範囲)にあれば通知されるところが大きな違いです。このあたりが探知機を名乗る所以ではあるとは思うのですが、オービスが設置されているのは幹線道路か高速道路と決まっているにもかかわらず、その他一般道を走っているときでも射程圏に入って検知するとアラームが発動してしまいます。特に高速道路にあるオービス警告については高速道路と一般道が並行しているところでもない限り、自車が一般道にいることを(その逆も)認識できているときが多いわけですから、抑止する仕組みがあってもいいんじゃないだろうかと思ってしまいます。GPSだけの位置情報だと精度が低いので、誤って抑止するよりは鳴らしてしまえということなもかもしれませんが。

その他、いろいろな警告機能がたくさんついていて全部オンだとウルサイので、取り締まりに直接関係しているもの以外はすべてオフにして、だいぶ静かになりました(鳴りっぱなしだとオオカミ少年的に注意しなくなってしまう)。オービス情報を最新(これが無料のサービスであるのは素晴らしい)にするにはMicroSDカードでの更新が必要ですが、コムテックのWebサイトからワンクリックDLというツールをダウンロード、インストールすればMicroSDカードへの書き込みまでしてくれるし、あとはそのカードを本体に入れて電源が入れば更新してくれるので簡単。高機能機種ではWi-Fiで更新できることを売りにしているものの、スマホのテザリングをオンにしてWi-Fi接続して終わったらオフにして、とやるのと手間が大きく異るようには思えないので特に不便は感じません(データ更新したいと思ったときにその場でできるという柔軟性がWiFi機能の利点か?)。

これらを装備したからといって放漫な運転をしようということではありません。それでも万が一のときの保険としてそれぞれ役に立ってくれることでしょう。

ネット情報を見ているうちに思った評論家/ライターの価値

評論家201603

ジャガーXEを購入する前、そして注文してから納車までの間、XEに関するネットの情報を探して片っ端から読んでいました。実はひとつの車種について自動車評論家のレビューをこんなに数多く読んだのは初めてのこと。なぜなら、ビビビッと来て試乗のフィーリングがよほど悪くなければ買うと決めてしまうクルマの選び方をしてきたから。もっとも、ユーノス・ロードスターやアルファロメオ156を買ったころはこんなにネット情報が充実していなかったという理由もありますが。

自身の試乗では渋滞したコースしか走れなかったから分かっていないことがまだ多かったこと、納車までの期間が長くて時間を持て余していたということもあり、いろいろ読んでみたわけですが、そこで思ったことは、自動車評論家、ライターって大したことないな、つまんないなということ。例えば、ジャガーXEのレビューだと、

●Xタイプで失敗したジャガーがDセグに再参入
●アルミフレームの新プラットフォーム採用
●インジニウム新エンジン、特にディーゼルが注目
●エクステリアとインテイリアのデザイン評価
●初期導入モデルのガソリン・エンジンの評価
●乗り心地の評価

というAgendaにほぼなっている。Agendaがお決まりなのも芸がないとは思うものの、まあそこは問題ではないでしょう。それよりも、その中身が薄く、画一的で、誰のものを読んでもあまり印象が変わらないのはいかがなものかと思ってしまう。配られたプレスリリース資料の内容を紹介して、試乗会に参加して30分も乗れば誰でもわかるようなことしか書いていないものが多い。以前のトラディショナルなジャガーと現代のジャガーは相当乗り味が違うはずなのに昔からの言い回しである「さすがジャガーの猫足」と書いている人が少なからずいて驚くやら呆れるやらで、実は乗っていないというオチもあるんじゃないかと思うくらい情報がプアです。ポートフォリオのエンジンの方がハイパワーでJC08の燃費が良いからという理由で「パワーも燃費もイイトコ取りの240馬力仕様」と書いている(しかもそれが記事の見出しになっている)人はもはや自分の頭で考えて記事を書いているとは思えない。一般人でもJC08なんて単なる目安でしかない(実燃費と乖離があるしその乖離の度合いもエンジンごとにバラつきが大きい)ことくらい知っているわけですから。

自動車評論家たる者、いろいろなクルマに乗っているはずなんだから、縦の線(古いジャガーとの比較)でも横の線(ライバル車との比較)でもああだこうだ言えて当たり前のはずなのに、そういう内容のことはまったく書かれていない。これが、「言いたいことを書いたら試乗会に呼んでもらえなくなる」という理由だとしたら、読み手のためではなくクルマの売り手のために書く提灯持ちということになってしまいます。

むしろ参考になったのは、素人さんがどこかのディーラーで試乗したときの感想を綴ったブログの方。素人さんなのでたまに情報が間違っていることもありますが、良いと思うところ、悪いと思うところが率直に書いてある。ディーラー試乗だと基本的には街乗りだけなので、高速道路やワインディングでの走行といった部分がわからないという制約があるものの、いろいろな感想が出ている分だけ健全で信用に足りるように思える。まあ、中には買う気もないのに、単に冷やかしで品定めしてやろうと斜に構えてアラ探ししている困った人もいるようですが。

もちろん自動車評論家という職業、仕事は簡単にできるものではないことはわかっています。車のエンジンや乗り味を文章で表現するのは確かに難しい。例えば、料理の味やオーディオの音質にも似たところがあり、客観的な指標がそもそもなくて定量的に評価する物差しもないものは、その中身を読み手が実感できるように説明するはなかなか難しく、そのためもあってか自分の評価軸で自分の言葉で読み手に上手く伝えている評論家はほとんど見かけないように思う。クルマにおける評論家も状況としては同じようなもの。記事を読むと、中身の薄いダラダラした文章とレトリックで文字数を埋めることが仕事になってしまっている。その内容は、芸能人レポーターが料理を食べて「モチモチでおいし~」としか言えないのと同じくらいのレベルでしかない。例えば、ですが「このような操縦性(乗り味)は、◯◯のセッティングが◯◯になっていて、◯◯の剛性が高いから実現できている」くらい書けないようではプロと言えないでしょう。評論家やライターという肩書を持っている人の大半は、単にクルマがちょっと好きなだけで洞察力、観察力、そして基本的なクルマの知識を持ち合わせていないんじゃないのかとさえ思ってしまう。自動車雑誌がどんどん廃刊に追い込まれているのは、国内メーカーがクルマを好きになってもらうようなモノづくりを一貫してやってこなかったことが第1の原因だと思いますが、クルマの魅力を伝える役割である書き手のつまらなさの問題も小さくないんじゃないでしょうか。

僕自身、昔は音楽雑誌や自動車雑誌を良く読んだものだけれども、最近は読んでも本当に面白くない。かつてはそれなりにリスペクトしていた評論家や編集者という肩書の人たちが実に取るに足らない人ばかりであると感じ始めたのが、インターネットの情報が充実しはじめた時期と重なるのは単なる偶然ではないでしょう。昔、(どちらかと言えば嫌いだった)徳大寺有恒氏が「普通の人が1年乗ってわかるところを、自動車評論家は数時間の試乗でわかる能力がある」みたいなことを言っていてハッタリにも程があるだろうと思ったものですが、そのくらい言い切って思ったことを書ける人が誰もいないというのも寂しいものです。本音を表に出さず周囲の顔色に合わせて態度を決めることを重んじる日本人に評論は向いていないと言われますが、当たり障りのないことしか書けない評論家に何の価値があるというのでしょう。

勢いついでに言うと、他のジャンルでも評論家と呼ばれる人たちの状況は似たようなものだと思います。インターネットが普及する前の時代、情報の拠り所は雑誌しかなかった。評価を受ける作り手側も伝える媒体が雑誌しかなかった故に雑誌や評論家に情報を提供するから、一般の愛好家が欲しがる情報は雑誌編集者と評論家に集中していた。海外旅行がまだ一般的でない時代に、海外現地取材をしたり海外の業界関係者に直接インタビューする彼らは一般愛好家の誰よりもいろいろな体験をし、情報を知り得る存在であり、そこに皆が情報を求めようとしたことは当然だったわけです。そして情報を持っていることでチヤホヤされて雑誌も評論家も自分たちが特別な存在だと思うようになり、探究心と批評眼を磨く努力を怠ってしまった。

しかし、海外旅行が珍しくなくなり、どこでもインターネットを見れるようなった今、雑誌や評論家だけが持っている情報は大幅に減ってしまい情報を握っていることだけでは存在価値がなくなりました。その商品を手にするとどう気持ちが豊かになる(或いはがっかりする)のか、それに触れるとどういう感動がある(或いは退屈と感じる)のか、背景にどんなビジネス事情があるのか、作り手にどんな哲学と信念があるのかということを自分の言葉で伝えることができない雑誌や評論家は、もはや価値がない。例えばクルマは、単に人やモノを運ぶという最低限の役割を果たすだけでなく、心が豊かになるようなモノを求めている人が一定数いるわけです。いや、別に動けば何でもイイと言っている人でさえ「だったら軽自動車にすればいいじゃない」と言うとほとんどの人は「いや、それはちょっと」と言い訳をはじめるわけで、「これじゃあ嫌だ」「これがイイ」というエモーションが働くわけです。白物家電と違って、クルマ(や音楽)は明らかにエモーションに訴える要素がある。そういう対象物に対して、その魅力を伝えられない雑誌と評論家に何の価値があるというのでしょう。雑誌の発行部数が下がり続けているのは、情報以外のことを発信する力がないからだと思います。

評論家の皆さんだって、今評論している対象物に初めて触れたときにワクワク感や感動した瞬間があったはず。取材して原稿書きに追われる生活がルーチン化してしまって、そういう気持ちを忘れてしまっていませんかね?子供の時から寝食の時間以外はほとんど練習をし続けてきたであろう、ショパン・コンクール優勝者ユリアンナ・アヴデーエワはピアニストに必要なものは?と問われて「ピアノを前にしたとき、初めてピアノの前に立ったときと同じようにワクワクした気持ちでいられることです」というようなことを言っていたと聞きます。好きなものに純粋な気持ちで向き合って感動し、感じたものを自分の言葉で伝えるということをもう一度思い出してみませんか?評論家の皆さん。

「セッション」(ネタバレあり)

セッション201603

一部の人に話題になり、アカデミー賞でJ.K.シモンズが助演男優賞を取ったことで更に有名になったこの映画。

映画掲示板でものすごく高評価なのにビックリ。正直言って絶賛するほど良くできた映画だとは思わなかった。ただ、上手いカット割りとか音の使い方とか、受賞したことも納得の上手できる部分もある。

スパルタとかスポ根とか狂気とか、そのあたりがわかりやすい切り口になるであろう映画だとは思う。でも、それらを表現したいわけでも指導方法を問いたいわけでもなんでもない。そこがこの映画の面白いところだと思う。ついでに言うならジャズをネタにしているけれど、この映画の製作者は特にジャズが描きたかったわけでもなく、面白い話を作るためのたんなるネタのひとつに過ぎない。

真面目な話をするならば、歴史に名を残すドラマーというのはドラムで音楽を作っている。音楽の中で存在感を示して、その人が叩かなくてはその音楽になり得ないという領域まで行ってしまっている。ドラムという楽器は、技巧の先にはフィジカルによってでしか生み出されない領域に達し、だからその人でないと生み出すことができない、練習では辿りつけないモノが生まれる。しかし、この映画ではドラムは技巧として扱われ、音楽にどう貢献しているという視点からして皆無である。なにせ、クライマックスはドラム・ソロなんだから。こんなところからもドラムの真髄を語ろうとしていないことは明らかで、ジャズもドラムもたんなるネタのひとつに過ぎない。

だから、「ジャズをわかっていない」「現実にはありえない」「こんな指導は間違っている」という感想はあまりにも無意味。そんなもの制作側は一切目指していない。すべてが作り話のカルト・ムービー的なところがこの映画の面白さ。異様な熱量と熱量のぶつかり合い。ぶつかり合えた者たちだけが得られる共感。それだけのことをこれだけ面白く作ったこの監督はなかなかたいしたものじゃないですか。

でも、こういう面白さって一部マニアにウケるものであって、こんなにいろいろなところで高評価なことが理解できない。かなりマニア向けの映画ですよ、コレ。だって、1時間40分の長さでこんなに疲れる映画ってなかなかないですから。

ジャズとクラシックは難しい音楽-初心者向けガイドブックの至らなさ

初心者ガイド201603

僕の音楽ライフは、日本のフォーク、ニューミュージック(死語!)からまずは始まって洋楽ロックに興味が移っていった。まあ、ありがちな流れではある。インターネットのない時代には周囲のクラスメートや雑誌から情報を得て、それで何の不自由もなくそのとき最新の情報を吸収できていた。そこから長い時を経て30代になったときに「そろそろジャズでも聴いてみるか」となったときに今度は困った。ポピュラー・ミュージックと較べて情報が圧倒的に身近にない。一体、どこから手を付けたらいいのだろう? 周囲に聴いている人もいない。一方で、インターネットには無作法に情報が溢れすぎていて体系的にジャズという音楽を俯瞰するための情報を容易に整理することができない。

何が困るって、ポピュラー・ミュージックではあたりまえの手段、そのアーティストのアルバムを何枚か聴いて理解する(すべて聴くことですらそれほどハードルが高くない)、というやり方が通用しないこと。音楽性がどんどん進化していったマイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンは代表作と言われるCDを聴いただけではその全貌はつかめず、正規盤だけで何十枚もアルバムがあるのでどこから聴いたら良いのか途方にくれてしまう。この2大巨頭ほどでないにしても、ある程度有名で長く活動したジャズ・ミュージシャン全般に言えることで、マイルスやコルトレーンの場合にはとてもアクが強くて入門者に不向きな名盤もあったりする(だからこそ熱心なファンが多いんだけど)。

クラシックについても状況は似たようなもので、たとえばベートーヴェンの交響曲をまずは聴いてみたいと思い立ったとして、音源は半無限と言って良いほどあり、演奏スタイルもまちまちで1枚買っただけではそれが好みに合うかどうかがわからないし、そもそもひとつの演奏を聴いただけでベートーヴェンの魅力がすべてわかるわけでもない。演奏家から攻めるアプローチを取った場合、ベートーヴェンともなると幾多の有名指揮者、オーケストラの録音が残されていて一体どれが良いのか皆目検討がつかずにやはり途方に暮れてしまう。

そんなときに役立つと思われるのが初心者向けガイドブック。そのジャンルの音楽がどのような歴史を持ち、どのように発展していったのかを俯瞰して、代表的なCDを紹介している。まずはこれらのガイドブックに沿って楽しんで行くのは悪くない選択、というかそれしかないように思う。僕もジャズとクラシックを聴き始めるときの「はじめの一歩」はガイドブックからだった。

ちなみに、中山康樹氏の某著書によると、あるレコード会社のアンケートで「これから聴いてみたいジャンルは?」という設問に対しての回答はジャズとクラシックが圧倒的に多かったという。それだけ聴きたがっている人が多いんだな、と思うのは早合点でさほど熱心に音楽を聞いているわけでもない人が「他に興味があるジャンルは?」と訊かれて思い浮かぶメジャーなジャンルがジャズとクラシックというだけの話である可能性が極めて高い。そもそも、それなりの音楽好きでもなければ「レゲエ」「タンゴ」「ワールド・ミュージック」というようなジャンル名を挙げることすらできないのが実情だろうし、知らない音楽を深掘りしてみたいという探究心も持っていないというのが本当のところだと思う。

さて、初心者に向けた音楽ガイドブックというのはたくさんあって、新刊も一定のペースで発行されているということは、それなりにニーズがある(売れている)ということなんでしょう。これも中山康樹氏の著書の引用になるけれど、にもかかわらずジャズ愛好家、クラシック愛好家がどんどん増えている、という話はまったく聞かない。つまり、興味があるので手を伸ばしてはみるものの、結局好きにはなれなくて終わってしまう人がほとんどということになる。

ジャズもクラシックも雰囲気を楽しむものとしてだけでも聴けてしまう側面がある(それはそれでひとつの聴き方である)。だから外の世界から見るとそのようなBGM音楽に見えてしまっているところもあるような気がする。また行儀が良く、品が良くて、知的、あるいは格式張っているというイメージを持っている人も外の世界には多い。しかし愛好家であれば、激しさや狂気を秘めている、いや場合によってはそれらが露骨に出ているものも少なくないこと(だから面白んですけどね)はよく知っているはず。どちらのジャンルも長く愛されて残ってきた音楽なのだから、外の世界からの見たイメージひと括りで語れるほど幅も奥行きも狭いはずがない。

僕自身、ジャズは32歳から、クラシックは45歳から聴き始めてきたので、いわゆるポピュラー・ミュージック(ポップス、ロック、R&B、カントリー、フォークあたり)との違いはよくわかっているつもりだ。まず、歌のないものが主流だし、歌があってもポピュラー・ミュージックの歌唱方法とはそれぞれに違っていて簡単には口ずさめない。また、音楽の素晴らしさを理解するためには楽器演奏の上手い下手、良し悪し、味わいがわからないと厳しい。つまり、音楽を聴く耳が養われていななければならず、耳を育てるのは一朝一夕というわけにはいかないから、とてもハードルが高い。僕は小学生のときに聴いていた日本のフォークでもベースやドラムがどういうフレーズを入れているのか気になるような子供だったし、ロックでも演奏を重視して聴いてきて、プログレも好きだったので長い曲、複雑な曲、歌のない曲には免疫があった。だから、最初にジャズと向き合うときにそういった点は障壁とは感じなかった。もちろん、根底にある音楽の質がかなり違うので、毎日通勤中に聴きつづけるくらいの勢いで接しても「本当の良さがわかるようになってきたな」と思えるまで6年はかかりましたが・・・

以前、タモリ倶楽部で真空管アンプを聴き比べる企画のとき、エリック・ドルフィーの "God Bless The Child"(バスクラリネットの独奏)を試聴に使っていて、ゲストだったコブクロの黒田さんが固まりつつ「われわれJ-POPで生きている人間にはなんだかよくわからない世界ですね・・・」と苦笑いしていたけれど、これがポピュラー・ミュージックが基準となっている人の普通の感覚だと思う。楽器演奏の良さを理解できるかできないかはひとつの分岐点で、理解できないとジャズとクラシックを心から楽しむことはできないと思う。そして理解できるようになるには長い時間をかけて耳と感性を鍛えなくてはならない。

ポピュラー・ミュージックはハンバーグやカレーライスのようなものと例えることができると思う。多くの人に親しまれ、美味しさがわかりやすく口に馴染みやすい。一方でたとえば子供が嫌う食材の代表といえばネギやピーマンが思い浮かぶ。苦いものには毒があることが多いことから人類が本能的に苦いものを拒絶するのは自然なことである。しかし、人間は経験によって苦味を美味しいと思えるように味覚を成長させることができる生き物で、野菜炒めにピーマンが、味噌汁にネギが入っていないと物足りなささえ感じるようになって行く。そうするうちに、ゴーヤチャンプルーやパクチー入りタイカレーだって好んで食べるようにまでなって行く。ジャズやクラシックはこの例のように経験的に感覚を鍛えないと理解できるようにならない音楽だと思う。これは音楽に対する感覚の話であって、ジャズやクラシックを理解できないからといって人として成熟していないという意味ではないので、そこは誤解しないでいただきたいところ。ただ、理解できない人は少なくとも音楽を聴く感覚を磨く訓練はしていないと思う。もちろん、普通に生活する上でそんな感覚を磨くことが必須なんてことはあり得ないし、音楽を理解できない人が格下だなんてことも断じてない(立派な人でも音楽がわからない人はいくらでもいる)。

初心者向けガイドブックは、「そんなに難しくないんですよ~。気軽に楽しみましょうよ~」と書かれているものばかりで、心から楽しんで、時に感動するほどになるまで理解できるようになるには意欲、情熱、根気、感性の鍛錬、これらがいずれも欠かせない要素であるとは書いていない。これはある意味まやかしだと思う。もちろん、ジャズやクラシックをBGMとして聴くのもいいけれど、初心者向けガイドブックに「本当にその音楽を好きになってもらいたい。そのジャンルを活性化したい」という意欲があるのなら、難しい物であることをちゃんと言うべきなんじゃないだろうか。そしてそれが理解できるようになったときの喜びを伝えることこそが初心者向けガイドブックの主張するポイントなんじゃないだろうか。

ちなみに、ネットがなかった時代には貴重な情報源だった音楽雑誌(≒評論家の意見)は、いくらでも情報が得られる現代においてはほとんど価値がなくなっているように思う。僕は(もうだいぶ前に廃刊になった)「スウィング・ジャーナル」も「レコード芸術」も買ったことがない。立ち読みでチラッと見ても音楽理解の役に立つと思うような記事を目にしたことがないし、そもそも読み物として面白くない。もう、知識はネットでいくらでも得られるし学ぶこともできるから雑誌に価値があるようには思えない。初心者向けガイドブックで最低限の枠組みを覚えたら、あとはネットで調べて勉強すれば良いと思う。もちろん、ネットの情報は偏った意見(特にクラシック)が多いし、整理されていないのでただ漠然と読んでいては俯瞰しにくいけれど、数多く読んでいるうちに情報を取捨選択して頭を整理するコツも掴めてくる。それが面倒だという人は「意欲、情熱、根気」がない人なのでたとえ本を読んでも音楽の理解を深めることはきっとできないんじゃないかと思う。

重要なことは感性を鍛えること。しかも時間をかけて。実は、父がジャズとクラシックが好きだったので僕は幼少のときからさんざん聴かされてきた。でも一度も良いと感じたことはなく、父のレコードに近寄ることもなかった。10代はハードロックに夢中になり「クラシックとか退屈な音楽なんて聴いていられねえ」なんて思ってもいた。48歳の今、しかしようやくジャズとクラシック素晴らしさがわかるようになってきた。音楽は本当に奥が深いから深く理解できるようになるまで時間がかかる。歳を重ねたからこそ理解できるようになる、ということもある。でも、少しずつでも良さがわかるようになって行けばいいと思うし、そうやって一生付き合えるのが音楽の素晴らしさだと思う。

最後に本題から少々外れる提案をひとつ。クラシック初心者向けガイドブックにはグレゴリオ聖歌から始まってバッハ、ハイドン、モーツァルトというように作曲家で歴史を追っているものばかりなのはいかがなものかと思う。クラシックの歴史にはもうひとつ演奏家の歴史という重要な筋道がある。レコードというメディアが発明されて以降、音楽はその場で聴かれて消えてゆくものではなく、世界中で不特定多数に聴かれるように変わったことは衆目の一致するところ。そして単なる記録ではなく、鑑賞に耐えるような音質を確保できるようになったステレオ録音が始まってから実はまだ60年以下の歴史しかなく、この点ではジャズやロックと何ら変わりない。「録音されたものを聴く」スタイルはこの60年ですっかり定着し、この期間に演奏技術が向上し、演奏スタイルが大きく変わり、幅も広がったことを今は知ることができるようになっている。もちろん指揮者、演奏家、オーケストラの栄華盛衰も他のジャンルと同じようにあった。初心者はCDを買って聴くことから始めるわけです。ならば、演奏スタイルの歴史と、それぞれの時代に活躍した指揮者やオーケストラの特徴を紹介するという内容のガイドブックの方が、「グレゴリオ聖歌に始まり・・・」よりも遥かに有益じゃないでしょうか。作曲家の歴史で追う初心者向けガイドブックしかないことは、クラシック村の住人の頭の固さを表しているように思え、そんな人達がいくら「ほら、そんなに難しくないんですよ~」と言ったところで説得力を感じない。レーベルや録音トレンドの歴史なども交えて、CDを聴いて理解を深めるための初心者向けガイドブック、どなたか書いていくれないものですかね?

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