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趣味の人生を楽しむサラリーマンの日記

続・お布施道- THRAK Box / King Crimson

THRAK BOX201511

「THRAK BOX / King Crimson」

僕がキング・クリムゾンを好きになったのは88年くらいで、その当時はもう過去の伝説のグループのひとつという扱いだった。ロバート・フリップは91年くらいから過去の音源のBOX化に着手し、それと同時にクリムゾンの再始動を準備、94年についにダブル・トリオ編成でキング・クリムゾンが復活した。リアルタイムで新譜を聴けることに僕は興奮し、メタリックなサウンドとプログレらしい曲と複雑な演奏に狂喜乱舞したことを昨日のことのようによく覚えている(もう20年以上経っているんですねえ・・・)。

このダブル・トリオ・クリムゾンは、メタリックなサウンドであったために70年代第3期の愛好家の支持が高く、僕もそのうちの1人だった。しかし、そこで多くの人が気づいたことは「ディシプリン期の4人ってやっぱり凄かった」ということで、80年代クリムゾンの再評価にもつながっていった。今聴き直すとその思いはますます強く、メンバーが丸々被っているから冷静に考えると当たり前とはいえ80年代クリムゾンの拡張版であることは明白。それ故に今ではこのダブル・トリオ期を軽視する人も少なくない。今回発売された40週年記念シリーズのひとつであるTHRAKボックスも、70年代のボックスと比べるとあまり話題になっていないように思う。

個人的にはトレイ・ガンとパット・マステロットはわりとどうでも良くて、演奏技術はあるかもしれないけれど、面白味や遊び心がなく無難で音楽的にはつまらない。ぶっちゃけ、技術力の高いスタジオ・ミュージシャンでしかない。でも、それでいい。鉄壁の80年代クリムゾンにこれ以上アクが強いプレイヤーを加えても破綻する可能性が高いから、確実に仕事をこなす下僕の方がバランスが取れる。仕事をしっかりこなせる人がいるからこそ、レヴィンとブルーフォード(本人希望の表記)がより自由に動ける。実はダブル・トリオ期の一番凄かったところは、腕利きの6人がそれぞれに音を出しているにもかかわらず、無駄な音の衝突がなくしっかりと均整が保たれていたことだと思う。たぶん、演奏者の音楽的なレベルが相当高くないとこんなことはできない。

そんなリアルタイム体験者にとって「THRAK BOX」はまたお布施しなくてはならないアイテムだ。これまでのボックス・セットと比べるとボリュームが少なく、新味のある音源が少なそうだったのでそれほど期待値は大きくない。コレクターズ・クラブでかなりのライヴ音源(数えてみたら60公演以上持っていた)を聴いてきただけに余計にその思いが強い。しかし、蓋を開けてみればまだまだダブル・トリオの面白味が十分味わえる楽しいセットになっている。

【Disc 1: JurassiKc THRAK】
スタジオ・アルバム「THRAK」レコーディング・セッションのテープを編集して作り上げたもので、67分で1トラックというところも含め「Larkls' Tongues In Aspic」ボックスに収録されていた"Keep That One, Nick"の「THRAK」版と言えるもの。あるパートを部分的に演奏しているだけのところなどは「こんな音出していたのか」と気づける部分もあってそれなりに面白い。収録曲のセッションと会話が入り混じった構成で曲は部分的に再生されるだけなので鑑賞物として聴くのはちょっと厳しいかも。ところどころ悪ふざけしているところもあり、そこも含めてレコーディング中の雰囲気を味わえる。

【Disc 2: Maximum VROOOM】
既に廃盤になっているミニ・アルバム「VROOOM」と、コレクターズ・クラブとしてリリースされていた「VROOOM sessions」から7曲を選んで加えたもの。リマスタリングにより音質は向上。「VROOOM Sessions」収録曲は会話部分がカットされていたりするなど微妙に編集されていて、アルバムの一貫として聴けるように工夫されている。

【Disc 3: THRAK original mix (2002 remaster)】
表題の通りの2002年に発売されたリマスター。アナログで発売されたことがないのに当時は紙ジャケットでも発売されてましたっけねえ。初版マスターよりは少し音質向上。

【Disc 4: ATTAKcATHRAK】
初出音源。95年、96年のツアーで演奏された"THRAK"の即興部分をつなぎあわせて作ったもので、そう聞くと思い出すのが今ではマニアの間でジョーク扱いされている「THRaKaTTak」(廃盤)。コンセプトは同じだと思って間違いない。ただし「THRakaTTak」がリズム感が乏しく、ヒュイーンという音を中心に抽象的なパートを中心に置いて「幽霊屋敷のBGM」と言われたのに対し、全体にスリリングなパートが増えて起伏を与えている分、通して聴いても集中力を保ちやすい仕上がりになっている。

【Disc 5: THRAK 2015 mix】
スティーヴン・ウィルソンが手がけてきた一連の40週年リミックスは、当時のアルバム作成時には時間的、技術的、能力的な制約でできなかたものを丹念に仕上げ直したと言うことができるのに対してフリップとジャッコが手がけたこの「THRAK」のリミックスはコンセプトが異なる。ミックスの基本方針からして違っていて、ブラッシュアップではなく別物として作成されている。全体的に、左右のチャンネルをうまく使い分けて各楽器の聴こえ方が明瞭になっていて、特にドラムでそれが顕著になっている。そういう意味では、確信犯的に違和感があることを承知の上で左右で楽器をクッキリ分けていたオリジナル・ミックスの"VROOOM"(当時はビートルズ・ミックスなんてフリップは呼んでいたっけ)は、今回はむしろ左右の分離感を和らげて自然な仕上がりにしていてアルバム全体の統一感も出た。"Coda Marine 475"のカウントダウン・アナウンスが最初から聞こえるようになっていたり、ヴォーカルのエフェクトが大きくなっていたりという変更もある。94年、ミニ・アルバム「VROOOM」に狂気し、繰り返し聴いたにもかかわらず、フル・アルバムの「THRAK」を聴いてみたら意外と面白くないなあと当時の僕は思っていた。作り込まれたが故に何かを失ってしまったように感じたからだ。しかし、2015ミックスは結果的に音の見通しが良くなり、埋もれ気味だった各プレイヤーの音が聴き取れるようになっただけでなくライヴ感が出て演奏のダイナミズムを取り戻したように思う。

【Disc 6: Byte-Size THRAK】
ざまざまな形で地味に発表されつつも発売されなかった別バージョン、ライヴ・バージョン中心のおまけ的なディスク。コレクターズ・クラブ「Nashville Rehersal」から3曲、そして知る人ぞ知る日本では発売されなかったミニ・アルバム「Sex Sleep Eat Drink Dream」に収録されていた"Silent Night"(フリッパートロニクスによる"きよしこの夜")も入っている。

【Disc 7-8: Kcensington THRAK】
クレジットでは95年ロンドンでのライヴ音源と書かれているものの日付の記載はなし。聴く限りは95年5月17日と18日の音源を組み合わせているようだ。"Frame By Frame"演奏後のMCがだいぶカットされるなど微妙に編集もされてもいる。このロンドン公演は過去にDGMで公開済みで今回は新ミックスとクレジットされているが、これが大幅に音が磨き上げられていて今まで聞こえてこなかった音がこれもあれもと聴こえてくるほどのかなりの音質向上。Blu-rayで5.1ch化もしているように、本気でミックスダウンし直していることがよくわかる。

【Disc 9-10: New YorKc THRAK】
コレクターズ・クラブ初期の音源「On Broadway」、その後別フォーマットで「VROOOM VROOOM」としてリリースしたニューヨークのライヴ音源。どちらも1ステージ通しの収録ではなく、曲順が入れ替えられていたり欠けていたりした部分があったものの、今回スッキリとフル・コンサート形式でまとめた。こちらもリマスタリングにより音質は向上している。

【Disc 11-12: AzteKc THRAK】
これも「VROOOM VROOOM」で発表済みの96年メキシコでのライヴ音源をフル・コンサート化。リマスタリングにより音質が向上している。ちなみにこの音源は、まだインターネットが今ほど一般に普及しきっていなかった時代(確か99年ころ)、そしてDGMという言葉もコレクターズ・クラブという言葉さえもまだなかった時代にクリムゾンのWebサイトでフリーダウンロードで公開されたものが初出。WMAフォーマットでサイズが大きく、光もADSLもなかった時代に長時間かけて入手した記憶がある。その音源は「VROOOM VROOOM」とはまた曲の構成が違っていて、今聴いてみると音質もあまり良くないとはいえ、今のようなアーカイヴ大放出時代が来るとは夢にも思えない当時、大喜びしていたことが懐かしい。

Disc 13、Disc 14はブルーレイと収録内容が重なっているので省略。

【Disc 15: Blu-ray Disc One】
このボックス・セットの目玉的なディスク。Disc Oneは音源のみの収録。初期のアルゼンチンでのライヴ音源である「B'Boom」以外はボックス収録のCDと同一ソース(ただし、24/48化されている)なので以下、注目すべきコンテンツのみについて触れる。
[1] THRAK 2015 mix
2chのリニアPCMでも聴けるが、もちろん5.1ch音源がトピック。2chステレオの拡張版的な仕上げではなく完全に5.1chのための新規ミックスになっていて、あんな音やこんな音が、それこそ2chステレオには埋もれていた(あるいは入っていなかった)音までもが加勢して圧倒的なサウンドの洪水に浸ることができる。それはやり過ぎと言えるほどの音の振り分け方で「せっかく6人分の音が一杯入っているんだからこのくらい大胆にやらないと」という開き直りのようなものすら感じさせる。これまで聴いてきた2chステレオとは別種のものとして楽しむ音源。
[2] ATTAKcATHRAK
Disc 4と同じソースをサラウンド化。ライヴ音源がソースでオリジナルマスターのチャンネル数が少ないと思われるため、[1] ほど大胆なサラウンドの振り分けを行っていないものの、こちらもマルチ・チャンネルの威力をまざまざと見せつける面白さ。音の分離は当然2chステレオの比ではなく、これもたっぷり楽しめる。
[3] THRaKaTTak
以前リリースされた"THRAK"のインプロ部分を延々とつなげた、マニアの間ではある意味ジョークの一種として捉えられている音源の収録。2chのみで24/96化されているとはいえ、CDフォーマットではこのボックスに収録されていない。単体CDでは既に廃盤なので気軽にリッピングできないのは不親切に思える。

【Disc 16: Blu-ray Disc Two】
[1] Live At The Warfield Theatre
初出の映像付きライヴ映像か?Youtubeでティーザー映像として公開されていたとの情報もあるが真相は不明。マルチチャンネルと2chで収録。1ステージフルではなく"Red"から始まる構成になっているのはその前の段階で何か問題があったからなのか?パフォーマンスはとても良いものの、画面は暗くぼんやりしていて映像として優れているとは言い難い。カメラ台数が1台のみで、Youtubeによくある素人撮影ライヴ映像に近い匂いすら感じるほど作品臭がない。1台カメラゆえに全体を捉えたショットが多くなり、プレイヤーの手元の動きを追いたい人には面白くないものの、誰がどこでどんな音を出しているのかを俯瞰できるという点では他の映像ソフトにはない面白味があるとも言える。ドラムセット版"Prism"(ブリューはギターで参戦)を観れるのはレアかも。
[2] Live At The Nakano Sun Plaza
中野サンプラザで実際に僕も観たこのライヴ映像の歴史は長い。まずは95年にWOWOWで放送(これを観たくて加入したっけ)、その後ビデオソフト「Live In Japan」として販売されたのだが、このとき3曲追加されただけでなく1曲めに演奏された"VROOOM VROOOM"と 後半に演奏された"VROOOM"が入れ替えられた。次に「Deja VROOOM」というDVDソフトで99年に登場、ここでまた"VROOOM VROOOM"と"VROOOM"の曲順が戻された。ちなみにこの「Deja VROOOM」、当時は映画ソフトですら4本くらいしか採用していなかったDTSをいち早く採用、5.1chミックスがなされ、更に数曲でマルチアングルも採用、"VROOOM VROOOM"に至ってはメンバーごとにカメラアングルが用意されていてそれを選ぶとそのメンバーの楽器がセンタースピーカーに定位して音量がやや大きく出力される(その人のフレーズが強調される)という凝りに凝った作りになっていた。また、21st Century Schizoid Bandというコンテンツは69年(第1期)、71年(第2期)、74年(第3期)、96年(第5期)の "21st Century Schizoid Man"を収録し、それぞれのヴォーカル、リズム(ギター含む)、ソロ・パートを自由に組み合わせて再生できるというある意味究極の遊び(ゲーム?)が入っていたりして、要はDVDが持つ機能をフルに活用したかなり意欲的なパッケージとして発売されたものだった。一方で2chステレオ再生では、ビデオソフトとはまったく異なる薄い音になってしまっているという欠点もあった。今回のリイシューでは5.1chのミックスをやり直し、更に2chで再生してもビデオソフトに近いバランスで聴くことができるのが個人的には嬉しい。しかしながら、またしても "VROOOM"と"VROOOM VROOOM"の曲順が入れ替わっているのが汚点で、なぜこの入れ替えにフリップがこだわっているのかサッパリ理解できない。尚、映像はもともと良くない(フリップにスポットライトを当ててはならないため感度を上げざるを得ず、ノイジーで解像度が低くなってしまっている)ため、画質向上の感動はそれほどでもない。音声はDVDでは(当時は最新だった)DTS収録だったものが、DTS Master Audio、LPCM 5.1chにアップデートされている。欲を言えば、SD画面の4:3から16:9画面に合わせたコンバージョンも施して欲しかった。
[3] Tony's Road Movie
レヴィンのハンディカメラで撮影されたもので、「Deja VROOOM」にも収録されていた95年来日時のオフやリハーサル映像。真剣にゲームセンターでレーシングゲームに興じるメンバー(フリップを除く)がちょっと笑える。
[4] THRAK Electric Pres Kit
ダブル・トリオ結成当時のインタビュー集。画質が悪く、どこで使われたものなのか不明。

僕は80年代に洋楽に聴き始めたものの、ハマったのは主に70年代のロックだった。言い換えると80年代のロックはつまらなかった。どうして70年代のロックのようにシンプルで粗野で、しかしエモーショナルなロックができないんだろうと当時は思っていた。しかし、ある程度音楽がわかってくるとやはりその時代に合わせたスタイル(演奏、録音)というものが存在し、一昔前のスタイルで音楽を作ったら、それが例え素晴らしいものだったとしても「時代遅れ」の烙印を押されてしまうことも理解できるようになってきた。

クラシックの世界でも「カラヤン、バーンスタインの時代は良かった」と言い、最近の演奏スタイルをつまらないという人が結構いる。確かにその時代(70~80年代)のゴージャスなオーケストラの鳴らし方は僕も好きではあるけれど、現代の指揮者とオーケストラが同じスタイルで演っていたら「なんで今さら」と思う。ジャズでも、50~60年代の黄金時代のスタイルは最高に素晴らしいけれど、同じスタイルで今演奏されたらノスタルジーにしか感じないし、当時のマイルスとコルトレーンのスタイルを現代に流用しても同じ感動を与えられるわけではない。

プログレは言うまでもなく70年代で行き詰った音楽で、それを90年代でも魅力あるものとして聴かせるとしたらどうすれば良いか、という観点を持った上で活動していたのがダブル・トリオ期のクリムゾンだったと思う。確かに70年代(特に第三期)のクリムゾンは圧倒的に素晴らしかったし、80年代のクリムゾンも独自性があったけれど、同じことをしたら「音楽家として終わっている」ことを宣言することになってしまう。プログレがもう化石となっていた90年代に、ミニ・アルバム1枚、フル・スタジオ・アルバムだけしか残せなかったとはいえ、長期のワールドツアーを敢行できたダブル・トリオ期はもう少し評価されてもいいんじゃないだろうか。このボックス・セットを聴くと改めてそういう気持ちになる。

P.S. 間もなく来日公演がありますが、ニューアルバムを作るわけでもなく昔の曲でお茶を濁す演歌バンドになってしまったクリムゾンには関心を持てず、僕はスルーしています。

「エベレスト 3D」

エベレスト3D201511

WOWOWで録画して溜まっている映画を捌いてばかりでは面白くないので、久しぶりに映画館での鑑賞。言い換えると録画してあるのなんか放ってでも観に行きたいというほどの映画が最近はあまりないとも言える。まあ、でもこの映画なら映画館で是非、ということで選んだのが「エベレスト 3D」。

なにしろ3Dは家では体験できない(拙宅のプロジェクターとAVアンプは3D対応ではない)し、「ゼロ・グラビティ」のような、そう簡単には体験できないものを疑似体験をできることならしてみたい、そんな軽い動機で映画館に足を運んでみた。

結論から言うと、映画として完成度が高いとか、娯楽性が高いとかそういう感想は出てこない。ただただ思うのは人間の弱さがもたらすもの、そしてこの撮影を成し遂げた制作陣の苦労たるや相当なものがあったに違いないということ。

この映画では人間の弱さがいくつか出てくる。そもそも、エベレスト登頂が金持ちのくだらないプライドを満たすための商業登山になったことじたいが人間の欲の成れの果ての姿だと言えるし、自分の利益再優先で他のことなど知ったこっちゃないという南ア隊の態度もそうでしょう。エベレスト登頂なんて危険極まりないのに準備が疎かになったり、もう時間が厳しいのにあと少しだからと強行する(都合の悪いものには目を向けないという人間の特性)ところなんて人間の弱さがもたらす過失の最たる例だ。

その結果起きた危機は山登りなどしたことがない、高所恐怖症で冷え性の僕にはもう想像を絶する世界としか言いようがない。だから、終始身体が硬直して緊張したままエンドロールを迎えることになってしまいました。いやはや、こんなに緊張し続けた映画は初めてかも。

後でこの遭難事件のことを調べると、更に私利私欲にまみれ自分勝手な行動を取った人間が沢山いたことがわかった。この映画は、誰が良いとか悪いとかいう見方を避けるためにあえてそういうエピソードを省略し、余計な装飾を排除した極限を描こうとしたんじゃないだろうか。だから、それを淡々とした事実だけの映画だという批判はちょっと違うと思うんじゃないかと思う。人間の愚かさを、フィクションにありがちな悪人で表現してしまうとリアリティがないけれど、誰でも部分的に持っている愚かさがこの結果をもたらしていることを表現するとしたら、こういうリアリティはひとつの表現だと思う。

先にも言った通り、映画として優れているとは思わない。3Dは、時に高度の表現に役立っていたとはいえ、CGで作った部分の映像はミニチュアのおもちゃ感もあってプラスマイナス差し引きゼロだったという残念なところもあった。それでも人間の愚かさ、優しさや様々な感情表現をした映画として見応えはあった。極限に置かれた人間の行いに目が離せなる人などいるはずがないのだから。

イマドキのメガネの買い方

メガネ01-201511

10年位前に視力の低下が収まり、ならばファッションのとしていくつか持っていてもいいんじゃないかと何本かのメガネを作るようになった。日常的に良く使う3本を含め全部で6本くらい持っている。とはいえ、半年前にサングラスとして調光レンズのメガネを作ったの以外は既に8年位は経過したものばかりで、フレームはくたびれ、レンズが黄ばんできてしまっている。そろそろ普段用(要はビジネスでも使える)のメガネを作る時期になっていた。

世の中、高価格品と低価格品に二分されていると言われるようになってから久しい。その代表的なプロダクトのひとつがメガネだ。ZoffやJINSをあちこちに見かけるようになり、町のメガネ店はどんどん淘汰されていった。なにしろZoffやJINSときたら10,000円未満でフレームとレンズのセットを買うことができてしまうし、その場で作ってくれてすぐに持ち帰ることまでできてしまうのだから仕方のないことだと思う。

もともとメガネの価格というのはどういうコストのかかり方で決まっているのかが曖昧なものだ。フレームはデザインと機能で価格が決まるのはわかる。見た目が良いものはデザインにコストをかけていることがわかるし、素材も厳選してあって、装着感が良くなるよう設計されている。だからフレームの価格にある程度の開きが出るのはわかる。一方でレンズは特に屈折率の高いものについては非常に高い価格が設定されていた。僕のように強い度数で細いフレームを選ぼうとすると、屈折率が高いレンズでないと枠からはみ出る量が大きく、無用な存在感をもたらしてしまう。その屈折率が高いレンズが高価なのは、高度な光学技術を必要とするからだと以前はなんとなく思われてきた。ところがZoffやJINSでは屈折率が高いレンズのセットで低価格を実現しているのだから、HOYAなどのメーカーは一体どこにコストがかかっていたのだろうと不思議に思えて、実は既得権による価格高止まりだったのではないかという疑問が頭をもたげてしまう。実際にはクリアに見えるための何かしらのテクノロジーがあるかもしれないとはいえ、例えばJINSのレンズの見え方が悪いというような話は聞かない。

ならばもうZoffやJINSのメガネでいいじゃないかと思いそうになるものの、そこに陳列されているフレームはさすがに見た目が安っぽくて、プライベートでの遊び用ならともかくスーツ姿の中年に相応しいとは残念ながら思えない。やはり普通のメガネ店で物色することになり、妻も太鼓判を押すなかなか良いデザインのフレームを見つけた。お値段は32,000円。フレームが細いので最も薄い屈折率1.74のレンズを指定してお値段を尋ねるとなんとレンズだけで45,000円以上もするという。できることならもう1本くらい作ろうかなんて考えていただけに、さすがに税込みで約90,000円と言われるとたじろいでしまう。

セットで10,000円未満で買える時代に普通のメガネ店のプライスは高止まりというのもいかがなものかとネットで調べてみると、レンズのみの装着をしてれるショップがちゃんとあるではないか。そこでは屈折率1.74のレンズが9,000円からととってもリーズナブル。メガネ店でフレームだけ購入し、フィッティングをしてもらってそのネットショップに送り、結果的に半額以下でメガネを作ることができてしまった。オーダーしたお店はBRIGHTESTというネットショップ。仕上がったモノに不足感はなく、レンズの見え方にもまったく問題ない。こうなるともうバカバカしくて普通のショップでレンズなんて入れられない。

手持ちの古いメガネは前述の通り、デザインが古いということもあってもう使わないつもりだった。8年位前はレンズの面積が小さいものが流行っていたのが、今では一回り以上大きめのものがトレンドになっている。とはいえ、言い換えると今では手に入らないデザインであるとも言える。中には装着感が軽いお気に入りのものがあったのでこちらもついでにレンズを交換してもらった。これもレンズの価格が抑えられているからこそ。

メガネ02-201511

上の写真がその古いフレームで、重なっているのが8年経過して黄ばんだ古いレンズ。枠が下側にしかないタイプなのでレンズの黄ばみがダイレクトに見た目に出てしまっていたんだけれど、新品のレンズになったことでメガネそのものが新しくなったかのようにリフレッシュされて返ってきた。ここまで綺麗になると視界もクリアだし着けているときの気分も違う。

レンズをこの価格で入れることができるとわかってしまった今、またメガネをいろいろ揃えたくなってしまった。まあ、老眼が進みつつあるのであまり作り過ぎると遠くない将来にまたレンズを総取り換えになりかねないので、ほどほどにしておいた方がとりあえずは良いのかもしれない。いずれにしても、実物チェックが欠かせないフレームにこだわりつつもリーズナブルにメガネを作りたければネットショップでのレンズ装着というハイブリッド活用は最善だと言えるでしょう。

通勤用鞄を新調

WarmthCrafts-1-201510

正直なところ、30代までの僕は着ているものにも持っているものにもあまり関心がなく、ぶっちゃけファッションはまったく気にかけていなかった。どういう服を着ていたら、どういう物を持ち歩いていたら相手にどういう印象をあたえるのかなど考えてもいなかった。それでも40歳が近づくるとさすがに「この年齢でこの靴はヤバイかも」「このカバンはイケてないかも」とだんだん思うようになっていった。もっとも身近にある身だしなみに無関心で何も知らない人は知性まで疑われてしまうような気がしてしまう、そう感じるようになったというわけである。

スーツはそれでも行きつけの店が良かったおかげでそれなりに良いモノを着ていた。靴は使っていれば傷んで自然に入れ替わるから、徐々にまともなデザインと質のものになっていく。時計は2本あるからもう十分。そうなると普段の仕事姿で目立つのが鞄(ブリーフケース)だ。さすがにビニール感丸出しの若者が持つようなものではもう恥ずかしい。

とはいえ、マズイという焦燥感だけあってどんなものが欲しいかというビジョンもなかったので、とにかくある程度の値段がする見た目が良さそうなものという基準だけで選んだのがエッティンガーのフラップオーバー・ブリーフケースの茶色。このブリーフケースは、精巧な作りというよりは手作り感が濃厚な温もりを感じさせるところが魅力的で、重厚な作りとトラディショナルな雰囲気が他の有名ブランドのものとは違う味わいがあって良かった。ショルダー掛け用のストラップを付けることができるのも選んだ理由で、しかしながらその部分の作りは弱くてノートパソコンを入れて使っているうちに根元がちぎれてしまった。交通事故に遭って傷だらけになり、その保障で同じものを購入したけれどそれも根本からブッチリと。それでも4年くらいは使っただろうか。鞄の中は小物用の収納が少なく、使い勝手はイマイチ。長く(それこそ20年とか)使って革がくたびれてきたらとかなりいい味を出しそうな感じはするものの、個人的にはエッティンガーはやはり本来の得意分野である小物が良いように思う。余談ながら、名刺入れとして最近買ったコレ↓は、高品質感漂う落ち着きと遊び心があってとても満足している。

エッティンガー名刺入れ201510

次のブリーフケースは、やはりパソコンを持ち歩いても大丈夫なしっかりしたものをと思ってプラダのブリーフケースを購入(一番上の写真後方のもの)。これは確かにしっかりしていて期待通りの作りの良さを実感できた。ただ、色が黒なのでかなりビジネスライクな感じになり、茶色の革靴(その場合ベルト、シャツ、タイも当然それなりの色合いになる)だと鞄が浮いてしまうのが悩みだった。こちらはおよそ6年使用したけれど殆ど劣化しない丈夫さで、反面長く使って革の味わいを楽しむタイプではなく、あくまでもキレイに使い続けることを前提としたブリーフケースだと思う。

この2つのブリーフケース、それなりに愛着を持って使ってきたものの、共通の問題があった。それはとても重いということ。パソコンを入れて持っているとその重さは相当なものでとてもじゃないけれどずっと片手で持っていようとは思えないくらい身体に負担がかかる。厚みのあるしっかりとした革を使った硬いブリーフケースだからそれは仕方なかったかもしれない(最近のエッティンガーはここまで重くないらしい)。

両方ともモノとしてしっかり作られているという点を評価ポイントとするならどなたにもオススメできる。それでも、僕にとっては部分的には満足できるものではなかった。やはり一番気になるのは、フォーマルなムードが強いためバシッとしたスーツ姿以外にはなじまず、少しでもカジュアルな服装だと異物感すら出てしまう(特にプラダ)ところ。このようなうっすらとしたモヤモヤを抱え続けてきたある日、有楽町の阪急で見つけたのがウォームスクラフツ(THE WARMTH CRAFTS)という日本製の鞄。濃い目のネイビーカラーで馬の革を使ったソフト仕立て。これなら茶色の革靴でも、スーツでなくビジネス・カジュアルの服装でも違和感がなく、そこが決め手となった。

まずなんと言っても軽いのがいい。おそらく、しっかりした作りの革のブリーフケースでこれより軽いものはないんじゃないだろうか。パソコンを入れて持ち続けても苦にならないというのがこんなに快適だとは思わなかった。容量も大きく、内側にポケットが大小それぞれ2個ずつとファスナー付きの大きい収納も付いているところなど日本製らしい細かい気配りでありがたい。そしてお堅い雰囲気がないながらも革の質感が良く、細部の仕上げも丁寧。これ見よがしの高級感ではなく控えめな高品質感があって尚且つ良い意味での手作りの仕上げの良さがある。

今までブランド物で高ければいいや、というテキトーな選び方をしていたことを反省。無名でも日本製でこんなに良いブリーフケースがある。日本のモノづくりの良さが滲みでた逸品のおかげで通勤までもが楽しくなってしまった。やはり、毎日持って使うものは快適で使い心地が良いということは重要だ。あとは、経年変化でどんな味わいが出てくるのかが楽しみ。マメにワックスを塗って大事に長く使おうと思う。

ソヒエフ指揮 ベルリン・ドイツ交響楽団 2015年日本公演

ソヒエフBDSO201511

ソヒエフ指揮 ベルリン・ドイツ交響楽団
2015年11月3日
サントリーホール
【演目】
●メンデルスゾーン 序曲「フィンガルの洞窟」
●ベートーヴェン ピアノ協奏曲第3番(ピアノ;ユリアンナ・アヴデーエワ)
(アンコール)
◯ショパン 24の前奏曲 op.28-15「雨だれ」
●ブラームス 交響曲第1番
(アンコール)
◯グリーク 2つの悲しい旋律より「過ぎし春」op.34-2
◯モーツァルト 「フィガロの結婚」序曲

ベルリン旅行のときにフィルハーモニー・ホールで観たソヒエフ&ベルリン・ドイツ交響楽団は、カジュアル・コンサートという体裁で聴いたにもかかわらず、オケが一体となった重厚な響きが素晴らしいサウンド聴かせていて、大いに感銘を受けた(そのときの記事はコチラ http://buhaina.blog.fc2.com/blog-entry-183.html)。だから、ある程度以上の質が確保された良いコンサートになるに違いないと楽しみにしてこの日を迎えた。

定刻を迎えると3割位が空席ということでまずは残念な気持ちに。指揮者もオケも地味なせいだろうか。プログラムは王道だし、ソリストも知名度があるはずなのに(王道過ぎか?)。

導入を担うメンデルスゾーンが流れて来ると、4ヶ月前に聴いたときとはだいぶ響きが違う。ツヤがなくて鳴りも控え目。う~ん、こんな音だっけなと思って妻に尋ねるとやはり僕と同じ印象だという。会場、席がまったく違うこと、旅行で浮かれているときに聴いたこと、来日メンバーがひょっとすると大きく違っているかもしれないこと、など原因はたくさん考えられるので理由はよくわからない。

2曲めのベートーヴェンでもオケの印象は変わらず。この曲としては規模の大きい編成で演奏されていて音の厚みはあるんだけれど、やはり音がくすんでいる。言いようによっては表面的な美しさよりも渋みが勝ったサウンドで、これはこれでひとつの個性だと思えてくる。しかし、こちらの聴きどころは当然ピアノ。

実は僕はまだピアノやヴァイオリンなどのソリストの良し悪しがよくわからない。人によって印象が違うのはわかるし、なんとなく良いな、と思ったり何も感じなかったりすることはある。でもそれがなぜかを説明することができない。この日観たアヴデーエワは、とても印象が良かった。女性ゆえのタッチの軽さは当然のこと、しかし一音一音ずつが明瞭で粒立ちが綺麗に揃っていて尚且つ有機的に聴こえる。基本的には理知的な演奏ながら冷たい印象は皆無。だから音楽が生き生きして聴こえてくる。アンコールのショパンも端正かつ豊かな表現。ここまでハッキリとピアノの良さを感じたのは初めてのことでとてもうれしい体験になった。

休憩後のブラームスは編成が増えてぐっと厚みを増す。そうそう、このサウンドこそがベルリンで聴いた(そのときは「英雄の生涯」)サウンドに近い。このオケは編成が大きく、重厚な曲に合っているんだろうか。それでもサウンドの渋みはこの日通して変わらない印象で、それを僕は個性として楽しめた。こういうブラームスもいい。また、アンコールで演奏された曲も良い意味で肩の力が抜けていて開放的なサウンドに聴こえた。ベルリンで聴いたときはカジュアルコンサートだったから、ひょっとしたら少しばかりリラックスして演奏したほうがこのオケは良い響きをだすんじゃないかな、とも思った。

オケとしてビッシリと厳格に揃った精度があるかというとそうではないと思う。記憶に深く刻まれる感動があったかというとそこまででもない。それでも、個性豊かなサウンドを楽しめた良いコンサートだったと思う。

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