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趣味の人生を楽しむサラリーマンの日記

ハイティンク指揮 ロンドン交響楽団のベートーヴェン交響曲全集に思う先入観の弊害

ハイティンクLSOベートーヴェン201510

クラシック初心者の僕がコンサートに行ったりこのブログでよく採り上げているのは、思い返してみるとマーラーやブルックナーが多い。確かに好きではある。でも個人的にすべての交響曲の中で圧倒的に優れた作品を残しているのはベートーヴェンだと思っている。

美しく、精悍、時に激しく、構成がしっかりとしていて多彩。わかりやすいのに安っぽさがなく繰り返して聴くことにも耐える深みもある。耽美的な表現をあえて選ばない、思慮深い美しさがある。こんなに完成度が高く、残した9曲がそれぞれ個別に異なる味わいがあるという点だけで敵う他の作曲家がいない。貴族のためでなく大衆に受けることも考慮しなくてはならなくなった最初の時代に最高のものが生まれたというのは、最初の探偵小説でありながら最高の作品を書いたコナン・ドイルと通じるもので、ひとつの奇跡と言ってもいいかもしれない(もっとも、こんなことは今更僕が口にするまでもなくクラシックをお聴きの方には十分理解されていることではありますが)。

そんな、一切の駄作がないベートーヴェンの交響曲は当然のことながら録音が多く、膨大な数の全集が残されている。ワタクシの手元にあるライブラリーを数えてみると実に30セットもある。その演奏スタイルはまさに30人30色(?)で、どれひとつとして同じものがない。当然、とても素晴らしいと思えるものがあれば、あまり何も感じさせないものもある。良くないと思ったものに対して「これはダメだ」と切り捨てず「良さがわからない自分」であると思っているからどれもかけがえのない演奏だし、これからもすべて聴き続けていくつもりでいる。

ベートーヴェンにかぎらず、「凡庸」「個性がない」と言われるものは世間の評価が低くなる傾向にあって、そんな中でもよく槍玉に上がるのがベルナルド・ハイティンクという指揮者だ。これは宇野功芳という、日本人クラオタに「自分こそがゲイジュツを一番わかっている。ゲイジュツがわかる自分はエライ。エライ自分が気に入らないと思ったものはダメだ」という風潮を根付かせた評論家(と呼ぶに値しない好みと評論の区別がついていない俗物)が忌み嫌っていることも大きな原因らしい。ちなみに宇野をここまでこき下ろすと不快な気持ちに思う人もいるだろう。だが、宇野のハイティンク評ときたら「顔を見ただけでなんて才能がないんだろうと思った」というレベルだということを知ればそれも納得していただけることだろう。

確かにハイティンクは大風呂敷を広げたりしないし、ケレン味のない演奏を聴かせることが多い。正直言うと僕も心の底から感動したことはないけれど、演奏が悪いなどと思ったことはなく、長年手兵であったコンセルトヘボウという素晴らしいオケのおかげもあって美しく実直に聴かせるところなど、決して印象は悪くなかった。

そんなハイティンクとロンドン交響楽団によるベートーヴェン交響曲全集を聴いてみた。これもネットのレビューでは「穏健」「中庸」という決まり文句が並んでいる。だから従来のハイティンクの印象で聴いてみたら、とんでもない。

この一週間、ベルリン・フィルがデジタル・コンサート・ホールで配信していたベートーヴェン・チクルスを聴いて、現代のベルリン・フィルとサイモン・ラトルが奏でるスピーディかつ闊達な演奏にとても満足していたところだった。しかし、このハイティンクの演奏はそれ比しても勝るとも劣らない。重厚な響きでありながら鈍重ではなくキレもある。豪快さを持ちながら粗くならないところも見事。管楽器の高いレベルでの安定、弦楽器の整ったアンサンブルも素晴らしい。ベルリン・フィルのツヤツヤでピカピカなサウンドとはまた違う陰影のあるサウンドには十分な説得力がある。世評ではロンドン交響楽団もあまり評価が高くないものの、僕は相当レベルが高いと思っていて、この全集でもそれを証明していると思う。これを「中庸」「つまらない」「個性がない」と言っている人は一体音楽のどこを聴いているんだろう。こんなに楽曲の深みを引き出している演奏はそう多くはないと僕は思うんだけれど。

SACDマルチチャンネルの音質が素晴らしいのもこのセットの美点だ。クラシックのSACDマルチだとロイヤル・コンセルトヘボウがリリースするRCO Liveシリーズがコンサートホールの豊かな響きをパッケージしていることで評価が高く、僕も大変気に入っている。それと比べると残響が少なめであることは確かにその通りではある。しかしそれは比べてのことであって必要十分な残響もしっかりと捉えている(再生装置が弱いと少し響きが届きにくいかもしれない)。ネットのレビューで「残響が少なく音が悪い」と断じている人が少なからずいるのは、「録音されたバービカン・センターは残響が少ない」という刷り込みによるものに思えてしまう。ホールの響きは録音のテクニックでうまく捉えることができる可能性があるということに思いが至らない人が多いらしい。

ラトル&ベルリン・フィル、ハイティンク&ロンドン交響楽団、どちらも異なる味わいがあるということはできても優劣は付けられない素晴らしい演奏だと思う。先入観と好みだけで切り捨てる人が多いのはクラシックというジャンル特有の特徴だけれども、そうやって切り捨てるよりもいろいろな味わいを楽しめる方がよほど豊かな音楽ライフになると思うんだけれど、いかがでしょう?

ジャガーXEをオーダーした

(納車後1回目のレポートはこちらへ http://buhaina.blog.fc2.com/blog-entry-225.html

初めて所有したクルマは初代ユーノス・ロードスターだった。何はともあれルックスに惚れ、買う前から街を走るロードスターを見ては振り向いて見とれていた。実際に所有して合計11年(NA6CEを2年とNA8Cを9年)、今思うと決して完成度が高いクルマではなかったけれど、ロードスターは僕にとってクルマの原点になり、クルマの構造や製品作りの思想とはどんなものなのかを教えてくれたと思う。ロードスターを所有していなかったら、僕はクルマ好きになっていなかったかもしれない。ロードスターが教えてくれたことの中でとりわけ僕に影響を与えたのは、軽く小さいクルマというのはキビキビと軽快に動き、それ故にドライビングが楽しいということだった。

次に所有したアルファロメオ156も「4ドアセダンで車高を低くしているわけでもないのにカッコ良すぎる」とルックスに惚れ込んでの購入(3年落ち)。ツインスパーク・エンジンはトルクが薄くて非力ではあったけれどなによりも官能的なフィールが忘れがたい。ややクラシカルなテイストのスポーティな内装、インパネのデザインもお気に入りだった。発売当時は4ドアセダンとしては良く曲がると言われていたものの、実際に乗ってみるとそれほど曲がるという印象はなく、さすがにサイズがロードスターよりもずっと大きい156にキビキビ感はあまりなかった。まあそれは物理の法則から言っても仕方ないよね、と割りきって乗り続けていたのだった。

そして現在のアルファロメオ・ミトは軽い気持ちで試乗したのが運の尽き。ルックスは「なかなかいいじゃないか」程度に思っていたのに乗ってみたらエンジンにトルクがあって軽快でキビキビ走るところに心を奪われてしまった。走りが楽しいと見た目も魅力的に見えてくるもので、今ではひと目で存在感を感じるそのルックスも個性的でとても気に入っている。もっとも世間の評判はあまり良くなく、売れていないので滅多に町中で見かけることがない。

ここまでのクルマは、(あくまでも僕の好みで)ルックスが良くて運転が楽しいということで共通している。会社のクルマや知人のクルマなどで乗ってきた実用車ではまったく得られないドライビング・プレジャーがある。所有してきたのはすべてマニュアル・トランスミッションで、要は自分でクルマを積極的に動かす行為を楽しめることが僕にとって大変重要というわけである。もちろん、クルマを降りたあとに振り向かずにはいられない魅力的なルックスの持ち主であるという要素も譲れない。圧倒的な加速を示す速い車に乗ったこともあるけれど、高性能を追い求めるよりもエンジンのフィーリングや俊敏で気持ち良い身のこなしを楽しめるクルマの方が乗っていて気分が良く、ずっとそういうクルマを選んできた。

そんな趣向で見て、現在新車で売られているクルマで「なかなか良さそうだな」と思えるのは、フィアット500(ツインエアが楽しい)、ボルボV40、ルノー・ルーテシアくらいしか思いつかない。ルックス(デザイン)、クルマの佇まい、運転の楽しさ(キビキビ走りそうか)の観点で総合的に自分で良いと判断してのものなので、他人には脈絡がないように見えるこに違いない。この中でマニュアル・トランスミッションが選べるのは実質ルノーだけ、デザインでは現在のミトを手放しても良いと思えるほどの魅力を感じるモデルがないので、いずれも買い換えようとまでは思わなかった。過激なところではメガーヌ・ルノー・スポールという素晴らしく魅力的なクルマがあるものの、かつてはサーキット走行やジムカーナをやっていた僕も48歳という年齢のせいか最近は目を三角にして走りたいとあまり思わなくなり、その走りに特化したキャラクターが重荷に感じてしまう。

そんなこんなで、適度にスポーティでキビキビ走るマニュアル、そして個性的かつ魅力的なアルファロメオ・ミトは未だに僕にとって断然のベスト、当分楽しく乗る・・・はずだった。

ところが、某所に展示されていたジャガーXEを実物で見たら一撃でノックアウト。エレガントかつスポーティ、そしてちょっぴりクラシカルなテイストを漂わせつつモダン。いわゆる一目惚れというヤツで、ほどなくして注文してしまった。小型車好きを公言し、マニュアル・シフトじゃないと運転している気にならないとまで豪語していた僕が、こんなに大きなATのサルーンを買ってしまったのだ。周囲の走り好きの反応は良くない(苦笑)。ああ、そっちに行っちゃったんだ、というリアクション。クルマを次々に買い換えることができるご身分の方はともかく、普通の人はドライバー人生のうちでそう何車種も所有できるわけではない。いわゆる高級車のカテゴリーに入るサルーンを一度くらい所有するのもいいかもしれない、年齢的にもそれが似合う頃合いになってきただろうし、という思いもあった。

僕は超大型サルーンやSUVにはまったく関心がないけれど、Dセグメント以下のセダン、ハッチバック、ワゴンは興味の範疇ではあった。だからそれらの情報はそれなりにマメにチェックし続けてきたし、その中に魅力的なクルマがあれば乗り換えの可能性はこれまでにもなくはなかった。しかしながら、Dセグメントの車種まで範囲を広げても「なかなかいいな」までがせいぜいで「欲しい」とまで思えるようなクルマは現れていなかった。ジャガーXEと同じDセグメントの競合車を見渡すと、当然ドイツのプレミアム・ブランド御三家がすぐに思い浮かぶ。

メルセデス・ベンツの現行CクラスはSクラスのイメージをうまくコンパクト化した魅力的なルックスで販売好調。僕も歴代Cクラスの中では一番カッコイイと思う。ただし、やはりメルセデス・ベンツはあまりに保守王道すぎて僕の趣味と合わない。

昔はベンツじゃ保守的すぎて嫌だという人の受け皿になっているイメージがあったBMWはクリス・バングル氏が革新的なデザインを出してきたときに個人的には大いに魅力を感じていた。しかし、大変不評(高田純次は「バングルがメチャクチャにしたとまで言っていた)でそこから保守的なデザインに路線変更。中身は良さそうではあるものの現行3シリーズなどまったくスポーティに見えず、ベンツ以上に老成している。この結果言えることは、BMWを好む人は大変保守的だということ。僕は保守的な人間に見られたくないので、思い切ったデザインの不人気→保守的なデザインで人気回復という流れでBMWが嫌いになってしまった。

アウディは、アルファロメオ156などで一躍有名になったワルター・デ・シルヴァ氏がデザイン責任者になってからもうずいぶん経つ。シャープでアグレッシヴ、ベンツやBMWと比べるとモダンで進歩的なデザインが魅力で、ドイツ御三家の中で唯一所有してもいいかもと思わせるものがある。しかしながら、その路線で人気が出てしまい、その人気が定着したが故に近年はやや守りに入っているというのが僕のイメージになっている。その印象は実質的にジャガーXEの直接的なライバルとも言えるスタイル優先のA5でも変わらない。

いずれにしてもドイツ車はやはりどんなにがんばってもデザインに心が踊るようなエモーションを感じられない。あるいは、ドイツ流のエモーションがあるのかもしれないけれど、そこを魅力とは感じない。ポルシェや、あのトンガッたVWシロッコでさえ、僕の目にはどこか理性に抑圧された窮屈さを感じてしまう。

ちなみに、僕は国産車のデザインにはまったく魅力を感じない。何かこう心を揺さぶるものがあるわけではなく、そうかといって洗練されているわけでもなく、ただただ個性がない。マツダ以外はどのメーカーもどうしてこんなに壊滅的にカッコ悪いデザインしかできないんだろう、とまで思っているのでそもそも購入候補の視界にも入ってこない。特に最近ではトヨタ・レクサスの大人げない、いやもっと正直に言うとガキっぽいデザインがもう見るに耐えない。80点主義、無個性と言われ続けてきたイメージを払拭したいのだろうけれど、体内にないものを無理やり絞り出しているかのような板に付いていない感が丸出しで本当にみっともなくて、こんなことなら無個性の方がはるかにマシだと思えてしまう(あれがカッコいいという人が少なくないのは知ってますが)。

では、ジャガーはどうなのか。ジャガーという名前で多くの人がイメージするであろう、ちょっと古典的で低くてエレガントなルックスとウォールナットの内装などを売りにした昔のXJシリーズはドイツ車とは異なるベクトルとはいえ保守層が主要顧客だったと思う。フォード・グループ傘下に入ってからは、かつてのマークIIを模したSタイプとXJシリーズのイメージを引き継いだDセグメントのXタイプになったものの、既存フォード車をベースにしているゆえに腰高感が強く、なんだかかつての日産Be-1のようなパイクカーの高級版みたいになってしまった。

しかし、タタ・グループが親会社になってからのジャガーは、イアン・カラム氏のオリジナル・デザインで一新、完全に過去と決別して好印象を持っていた。とはいえ、見た瞬間にジャガー、というほどのアイデンティティをまだ確立していないのは間違いなく、リアにエンブレムを目立つように入れているのはそのせいであることをカラム氏も認めている。でもそれは1からデザインを仕切りなおしたのだからまだ仕方がない。口の悪い人はマツダみたいだ、とも言う。確かに、アウディが先鞭をつけた大きめのフロントグリルで主張の強い顔つきにするという手法(レクサス、マツダ、ボルボなど)は今となっては目新しくない。でも、モダンな中にクラシカルなテイストを忍ばせてエレガントに見せ、押し付けがましくない主張があってスポーティさを醸し出すという多様な要素をうまくバランスさせている現行デザインの完成度はなかなか高いと思う。ボディラインがある意味艶めかしすぎるマツダと、控えめなエレガントさがあるジャガーが異質のものであることは実写を見ればデザイン音痴でもないかぎりすぐにわかるし、やはり似ているとされるアウディのシャープさともだいぶ違う(そいえばアルファロメオ・ミトを買ったときに「ああ、マーチみたいなやつね」と言ったデザイン音痴もいたっけ)。ちなみに、僕が実車を見たショッピングモールの展示場では他にもフィアット500、ポルシェ・ボクスター、ジープ・チェロキーなどが展示されていたけれど、ジャガーXEが注目を独り占めにしていて、「おお、ジャガーだ」と言いながら運転席に乗り込む人が絶えなかった。クルマ目当てでその場にいたわけではない買い物客にもこのデザインは好意的に受け止められていたように映る。

また、XEシリーズが発表されるよるも遥か昔からXJシリーズに搭載されていた廉価版位置付けの4気筒ダウンサイジング・ターボの評判が当時から良かったことも知っていて、XFにも搭載されたことで以前は遠い存在だったジャガーがだいぶ身近になってきていた。そこにXEの登場で、がんばればなんとか手が届くところまで降りてきてくれた。

XEは完全に新設計の新型車ゆえに信頼性に不安はあるものの、新プラットフォームは上位の新型XFと共有しているからボディとシャーシは贅沢な作りであると言える。既存のコンポーネントであるフォードのエコブースト・エンジンとZF製8HTトランスミッションは実績十分で評価も高く、それらの要素も購買意欲を後押しした。触りしかわからない試乗での乗り味も(普段乗りのMiToが硬いせいもあって)しなやかで好印象だったため購入決断となった。選んだグレードはプレステージ。本当はダッシュボードの質感が高いと言われるポートフォリオを選びたかったけれどさすがに予算オーバー。話題性の高いディーゼルエンジンを選ばなかったのはいくらデキが良かったとしてもスポーティなフィーリングではガソリンが優るだろうと予想したから(あと、セールスマンが「なにせ初物なので怖い」と弱気だったこともある)。

豊富なボディカラーと内装、そしてオプションを選べるのもまた魅力で、あれこれ悩むのがまたとても楽しい時間だった。ジャガーは国産やドイツ車と比べるとリセールバリューが大きく落ちるし新車購入は諸経費で割高になるけれど、ボディカラーも内装もオプションも自分の好きなように選べるところが新車の魅力。例え納車が遅くなった(2月くらいと言われている)としてもそのメリットを享受しない手はない。

ボディカラーはスポーティかつアクティブに見えるブルーファイアーに決定(注文後に発表された錦織エディションと同じ)、足回りには当然こだわってスポーツ・サスペンション+アダプティブ・ダイナミクスのオプションと試乗車が履いていて良く乗り心地もまったく問題がなかった19インチ・ホイールにしてデザインはシャープなVenomシルバーを選択。室内は基本デザインがモダンでスポーティなのは良いとして、標準だとクールな印象が勝って高級感が不足しているように感じたので控えめなウッドパネル(サテンアッシュパール)を選び、内装はラグジュアリーにラテを選んでみた。Webサイトのコンフィギュレーターでシミュレーションすると下の写真のようになる。完全に自己満足だけれども、なかなか良いバランスに仕上がったと我ながら思う。

My Jaguar201510
My Jaguar-interior201510

いつ納車されるのかまだわからない次期マイカー、楽しみだっ!

WalkmanからiPodへ - ソニーの凋落を嘆く

iPod Touch201509

(左からWalkman A17、第6世代iPod Touch、iPhone 6s)

およそ1年前に、http://buhaina.blog.fc2.com/blog-entry-133.html で詳しく書いた通り、かつてiPod classicを使っていた僕はウォークマンA10シリーズに乗り換えて、その使いづらさに愕然とした。しかしながら、iPod classic 80GBの容量が尽き、160GBモデルの販売も終了してしまったためにウォークマンへの移行以外の選択肢がなく、泣く泣くA10シリーズを使い続けている。

そしてこの7月に第6世代iPod Touchが登場、128GBモデルが新たに加わったことで90GB強ある自身のライブラリを収めることができるようになった。こうなるともうウォークマンを使う動機がほとんどなくなったのでiPodに戻ることにした。

ウォークマンの魅力は小ささとバッテリーの持ち、その2点に尽きる。そして、その2点におけるポイントは非常に高い。iOS系デバイスやAndroidでは実現できないウォークマンA10シリーズの魅力として手放しで賞賛できる。あとはイコライザーの自由度ががiPodより高いというメリットがあったものの、残念ながらそれ以外の操作性・管理性はとことんダメだった。魅力が2点+αで尽きてしまうところが今のウォークマンの残念さを物語っている。

そのウォークマン、A10シリーズはA20シリーズにモデルチェンジ、さらに非Androidの高級路線にZX-100というモデルが投入された。僕はDAPにA10シリーズよりも良い音が欲しいとは思わないけれど、内蔵メモリーで128GBを抱えるZX100はライブラリ管理が楽になるため、早速、銀座のソニーストアで実機確認をしてきた。

以前から主張しているA10シリーズの欠点で、今なお修正してもらいたい仕様として

[1] メニュー操作中には曲を一時停止できない(一時停止ボタンは「選択」になる)
[2] ジャンル→アーティストの画面の一番上が「全曲」
(「全アルバム」が来てそのひとつ下の階層が「全曲」であってほしい)
[3] ディスク番号に非対応
[4] アルバム・アーティストに非対応
[5] iTunesに溜め込んだ曲をギャップレス再生できない


が挙げられる。

[1]はZX2のように横に「再生/一時停止ボタン」を用意すれば解決する。決定ボタンと一時停止ボタンを共用するからこういう不便が生まれてしまうわけで、コストダウンを優先している今のソニーを象徴した基本的機能の欠陥だと思う。

[2]は後述。

[3][4]は、ソニーが指定している管理ソフト、MediaGoに項目があるのだからウォークマンでも使えるようにしてほしいという願いがそんなにワガママだとは思えない。実際、ネットでも嘆いている人は少なくない。購入者に熱心にアンケートを2度も送ってきたくらいだからソニーは知らないはずがない。これもコストダウンを優先しての「見て見ぬふり」と思える。

実機で確認したXZX100の管理系、操作系のインターフェイスは、曲再生中の一部で良くなった部分はあるものの、A10シリーズと基本的には変わりなさそうだった。「なさそうだった」と言っているのは[1][2][3]が変わっていないのを見て、それ以外が改善されているとは思えなくなってもう試すのをやめてしまったから(ネット情報では[4]も引き続き非対応とのこと)。

ディスク番号もアルバムアーティストも(確か)アップルが始めた管理タグなので別にそれに倣う必要はないという判断ならそれはそれで良い。しかし、それならMediaGoで扱えることとの整合性が取れない。ウォークマンは広く普及したiTunes+iPodの後塵を拝し続け、DAPとともにiPodが下火になるとアップルに触れてきたユーザーを引き受ける立場なのだから、既にアップル以外の製品でも利用できることが珍しくないタグに対応しないという選択は何の得にもならない。これに対応することなんて技術的にもコスト的にもたいした負担とは思えないから、単にDAP市場の現状をキャッチアップできていないか、その手間をかけるコストも惜しいという判断ということになる。また、僕は利用していないけれどプレイリストが内蔵メモリーとSDカードをまたげないという課題も改善していないようだ。これらのことについてネット上で不満の声を上げている人は僕だけではなく、ユーザー登録をしている購入者に2度もソニーからアンケートへの回答要求があったのだから知らないということはないだろう。もう本当に良いモノを作ろうという気がないだけのこと。

僕の学生時代(70~80年代)、ソニー製品と言えば他のブランドより高価だったにもかかわらず、使い勝手や機能がすべての面において優れていて、所有している人が「良い物を買ったなあ」と満足できるものだった。高くても良いものだから満足できることがソニー・ブランドの価値であり、だから多くの人が憧れたのだと思う。しかし、最近のソニーにはそういう考えはなく、機能を切り捨ててでもコストダウンして儲かる製品を作るメーカーに成り下がってしまった(例えば、ブルーレイ・レコーダーも2+1の分割チューナーに劣化させていたりする)。使う人に満足、喜びを与えるという哲学はもうなくなってしまったようだ。ピュア・オーディオ用のスピーカーなどは今でも良いものを作っているところはあるものの、こういうコモディティ製品にもうソニーらしさを求めてはいけないのだなとウォークマンで確信してしまった。

ちなみにソニーストアに行ったついでに手持ちのA10をポタアン(PHA-2)につなげて試聴してみたところ、確かに音は良くなった。しかし、音質の向上幅は小さなものでこれに50,000円近くの価値があるとはまったく思えなかった。今ソニーがやっていることは目に見える誰にでも認知できるわかりやすい要素(高級部品採用、アンプで高音質化、ハイレゾ再生)だけ。それによって得られる音質の向上幅はたかが知れていて音楽の感動を底上げするほどとは思えない。ましてやノイズまみれの移動中に聴くものとしてその程度の音質の差に意味があるとは思えない。そんな僅かな違いであったとしても良い音を求める人はごく一部にいるとしても「このサプリメント(あるいは健康器具)でより健康に、より美しく」という女性の心をくすぐるかのように、甘いキーワードで音質マニアから搾取していることを恥ずかしいと思わない企業にソニーは堕ちてしまった。「ハイレゾ対応イヤフォン」なんていうのはもう詐欺一歩手前の宣伝文句で、「対応していないとハイレゾを楽しめないんでしょうか?」という質問者がネットには絶え間なく現れる状況を創りだしてしまっているなど、もう呆れるほかない。例えば、手元にはCD黎明期である80年代のFM fanという雑誌があって、そこには「デジタル対応」を謳うスピーカーの広告が連なっているんだけれども、今見たら失笑モノである。「ハイレゾ対応」も同じようなもので単なるまやかしの宣伝文句でしかなく、知識のない人を騙して良いモノだと信じこませようとしているところなど企業倫理を疑いたくなるほどだ。ソニーを退社して起業されたある方が「もう良いモノを作れる組織体制になっていないから期待するほうがおかしい」ということをおっしゃっていたのは本当のことだったようだ。かつてそのブランドに憧れた身としては本当に悲しい。

そんなわけで、iPodに戻ってきた。改めて聴いてみるとウォークマンより劣ると思っていた音質はそれほど差があるわけではなく、勝手に劣ると思っていた分、意外といいじゃないか、と見直すことになってしまった。以前使っていたiPod classicは旅行の時に紛失してしまったので比較できないけれど恐らくiPod Touchが音質向上のための機能改善に力を注いだとは思えないから先入観というのは恐ろしい。ウォークマンは音質を操作するギミックがてんこ盛りだったけれど、イコライザーしか使っていなかった僕にとってiPod Touchの音は実はウォークマンと僅差程度の違いしかないことに今更気づくことになった。

iPod Touchの使い勝手は良い。というかウォークマンが悪すぎただけだ。操作性が良くなったのはもちろんのこと、PCに接続すれば同期して終了という当たり前のことができるようになった。僕はDAP用のライブラリには25,000曲、アルバムが7,000枚もあり、追加、削除、情報修正をしょっちゅうやっているので、内蔵メモリーとSDカードを別々に管理しなくてはならない故に同期できない(修正して転送だと曲が重複することもある)のは面倒で仕方がなかった。更に言うなら内蔵メモリーとSDカードを切り替える時、あるいは24時間以上放置して電源OFFになったあとの起動時に走るデータベース作成というタスクの待ち時間が長いことが耐え難い。CDを数枚分追加するとこのタスクで2分近く、あるいはそれ以上待たされ、その間に何もできない。しかも、PCとの接続中はウォークマン本体は一切操作できないので、追加・変更したものが反映されているかウォークマン実機で確認するためにはPCとの接続を解除してデータベース作成でいちいち待つことになる。当然、こんな面倒はiPod Touchでは一切ない。アップルって進んでるね、と思う人よりもソニーって野暮だねと思う人が多いんじゃないだろうか。10月上旬のファームアップによって本体メモリーとSDカードの切り替えが、PCと接続したまま本体操作でできるようになったのは大幅な進歩ではある。でも、電源OFFからの起動時や、PCとの接続解除時のデータベース作成がなくなるわけではないし、そもそもメモリー切り替えなんて最初からできて当たり前のこと。使っていてさんざん嫌気がさしてからでは今更感は拭えない。

iPod Touchは今となっては画面サイズが小さすぎるという声も上がっている。でも、DAPとして使う分には問題なく、むしろ本体サイズと重量を抑えられるのでこのくらいが好ましい。厚さは6.1ミリで重さは88グラムというスペックは、ウォークマンA10シリーズよりは大きく重いとはいえ、その薄さのおかげでYシャツのポケットに入れて抵抗のないレベルに収まっている。バッテリーの持ちがウォークマンと比較すると劣るものの、片道1時間半の通勤で使って一週間(つまり5日間)程度は充電しなくてももってくれるので大幅に不便になるというほどでもないし、満充電になるまでに要する時間も短い(ウォークマンは持ちが良い故に満充電には時間を要する)。iPhoneの機種変更のたびにACアダプターとLightningケーブルがどんどん増えていてiPhone用に、家、クルマ、職場などそれぞれに充電器具を置きっぱなしにしている身としてはそれらがiPod Touchでそのまま利用できるのも楽で良い。

しかしながら、以前(iPod classic、Apple Music対応前のミュージックアプリ)と比べてアルバムの検索性が少し悪くなったのは残念だ。DAPに抱えている曲が多いとブラウジングをいかに簡単にできるかが重要になる。アーティスト数が700を超えていると、ジャンルに関係なくアルファベット順に表示される「アーティスト」から探すのは面倒でやっていられない。そもそも大量に曲を抱えている人は、聴くアーティストとアルバムを決め打ちしてDAPの操作に着手することは少ないように思う。「オーソドックスな編成のジャズが聴きたいな」とか「ブラームスの交響曲を聴こうかな」という感じで操作しはじめたりするものだ。だからそういう括りから始まって条件を狭めて行き、ある程度候補が絞れる画面に辿り着いてからアルバムを選びたい。そうなると最初にふるいにかけるのは「ジャンル」になり、その「ジャンル」を細分化することで検索性を高める方法を採ることになる(もっと良い方法ってあります?)。

iPod classicは「ジャンル」→「アーティスト」→「アルバム」という階層になっていて「アルバム」の最上段項目には「全アルバム」が配置されていた。これだと上記の流れでアルバムを探すのに誠に都合がよろしい。ウォークマンはそこに「全曲」が配置されてしまっていたので、アーティストを決め打ちせずにいくつかの中からアルバムを選びたい僕にとってはかなり不満だった(この仕様不満が上の[2])。ところが、現バージョンのiOSミュージックアプリでは「ジャンル」→「全アルバム」になってしまった。ミュージックアプリはご存知の通りApple Musicを使うためのアプリでもあり、機能が多彩になったものの、裏を返せば複雑になったということでもあり、シンプルな操作性を優先して「アーティスト」の階層を削除してしまったということなんでしょう。これでも、ジャンルの更なる細分化(例えば129枚もあるマイルス・デイヴィスは独立ジャンルに)したり、アルバム名の付け方を工夫することでなんとかなるのでウォークマンの仕様よりは遥かにマシである。

というわけで、ミュージックアプリの改悪だけは若干不満に思えるものの、その他のウォークマンの不満はすべて解消でスッキリした。再度言う。使うのをやめたらスッキリするような製品をソニーは作っていて良いのか。アップル製品は直感的に簡単に使えるようにという哲学がハッキリしているため、機能に縛りも出てくる。だから縛られたくない人はアップル製品を避けることになるんだけれどもそれは思想が合わないのだから仕方がない。僕はウォークマンの思想が合わなかったのではなく、思想というものを1ミリも感じなかった。いや、正確に言うと「思い込みが激しい音質マニアから搾り取れるスペックだけを立てつけて、手間と金がかかるところは手抜きをしよう」という金儲けの思想だけはよくわかった。スッキリしたのはそんなモノづくりの思想も哲学もない製品と別れることができたからだと思う。まあ、バッテリーの持ちが良いからクルマ用にまだ使いますけどね。(追記:後日クルマをジャガーXEに換えたところオーディオからiPodを操作できる仕様だったので、Bluetooth接続でしか使用できないウォークマンは不要になりました。グローバル・スタンダードの製品とそうでない製品との差がこういうところで出るものですね。)

こういうことを書いているとソニー信者は「林檎信者うざい」と言ってくることだろう。僕は林檎信者ではない。ただ単に使いやすい製品を使いたいという、ごく当たり前の製品選びをしてるだけだ。そいう製品を世に送り出すことができなくなったソニーは、モノづくりの基本に立ち返るところからやりなおして欲しいと思う。でも、もう僕は見限りました。ソニーは、他社と比べて突出したものがない単なるイチ家電メーカーでしかなくなってしまったのだと。

箱根強羅の「円かの杜」でリラックス

円かの杜201509

久しぶりに温泉へ。

場所は箱根で宿は「円かの杜」というところです。全室個室露天風呂付きのちょっと贅沢な旅館。まだリノベーションしたばかりのようで新しい木の香りがほんのりを香るところがまた良い雰囲気。何しろ新しいので清潔感たっぷりで妻もとても満足してくれました。
玄関に入ってすぐのロビー(旅館だと何と言うんでしょう?)も開放感があって気分がいい。到着するとそこでウェルカムドリンクと小さい和菓子が提供されます。ドリンクは抹茶をチョイス。こういう和の雰囲気に包まれると抹茶は一段とおいしく頂けます。

部屋はスタンダードの和室付きでこの旅館では2番めに狭い部屋ですが、南向きはロビーや大浴場と同じ向きで一番眺めが良く、部屋からの眺めも開放感があって気持ちがイイ。ただし美景というわけではなく見晴らしが良いという感じ。2番めに狭い部屋とはいえ夫婦2人で滞在するには不足はなく、温泉を楽しんでのんびりするのにまったく支障はありません。

何しろ旅館全体が新しいのでファシリティはすべてが最新。設備に不満を抱く人はまずいないでしょう。室内も部屋にある露天風呂も清潔綺麗で清潔。大浴場も然りです。ついでに言うと大浴場脇にある最新のマッサージチェアは複雑かつきめ細かい動きで全身をもみほぐしてくれてある種感動的ですらあります。どこにいても快適というのはリラックスしに来る人にとっては重要なことで、その点でポイントは高かったです。

食事も必要十分。とにかくお腹いっぱいに、という人にはやや物足りないかもしれませんが、僕くらいの年齢だとこれでもうお腹いっぱい。質の方は贅を尽くしたというところまでは行かないものの、食材も良く吟味され味の方も看板料理の飛騨牛を含めてクオリティは十分。お酒の種類もなかなか充実しています(ワインのセレクトは若干ミーハーな感じではありましたが)。

この旅館は、設備だけでなくスタッフも若く、いわゆる老舗旅館のようなどっしりとした落ち着きと貫禄のようなものは感じられません。付いてくれた仲居さんもお若い方で、まだ板に付いていない感じは多少ありました。でも、教育は良く行き届いていてもちろん粗相はなく、丁寧でもてなしの心をもって接客してくれていることがよく伝わってきます。長く続けることでサービスも接客もより落ち着いたものになって行くんじゃないでしょうか。真の高級さは、そう簡単に身に付くものではなく、やはり時間がないと解決しないこともあるものです。

また、旅館全体に気配りが行き届いていることも実感できます。ディズニーランドにも匹敵する、ゲストへの気配りで、例えば視界に入るところに電気の配線が見えているようなことなどはなく、細心の注意を払って高級旅館づくりを行っているように見えます。このあたりは経営方針として強く意識されていると思われ、快適な滞在を下支えしていると思います。

決してお安い宿ではないので当然かもしれませんが、なにしろすべてが快適で心地よく過ごせる。そう頻繁に来れるわけではありませんが、年に一度くらいはこういうところで贅沢に過ごすのも良いものです。

余談ですが、部屋付き露天風呂というのは贅沢な気分を味わえるものの、実は僕はあまり魅力を感じないのです。過去に宿泊した部屋付き露天風呂はたいていは狭くて足を伸ばすことができないところがほとんど。せめて2人で入っても窮屈でないくらいの広さが欲しいものです。部屋付き露天風呂の宿は宿泊費が一気に跳ね上がりますが、「円かの杜」のようにこじんまりとした宿なら大浴場までそれほど離れているわけではなく、どうせなら広いお風呂で思い切り気分良く伸び伸びと入浴したいと思ってしまいます。部屋に露天風呂はなくても構わないので、その分気軽に行ける宿泊費で、円かの杜のクオリティならもう言うことないんですが、やっぱり部屋付き露天風呂は高級旅館のアイコンとして欠かせないのかもしれません。

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