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Enjoy Life, Enjoy Hobby

趣味の人生を楽しむサラリーマンの日記

ポータブル・オーディオ 今更ながらiPod のこと

iPod 6G

学生時代(80年代後半)はカセットテープのウォークマン(否、お金がなかったからAIWAだったかも)を、社会人になってからは音飛びに気を遣いながらディスクマン(否、お金がなかったからKENWOODだったような)を使い、MDはすっ飛ばし、メモリータイプのネットワークウォークマンNW-E3(これは間違いなくSONYだ)を使い始めたのが2001年ころのこと。

当時としてはメモリータイプはまだ主流ではなかった。まず、パソコンに音楽を取り込んでおくという習慣がまだ一般化していなかった。より厳密に言えば、CDで聴けるものをあえてパソコンに蓄えておくという発想が贅沢だった。ハードディスクの容量が今より格段に少なく、高価だったのだからそれも当然のこと。

そんなご時世だっただけに、ちょっぴり進んでいたネットワークウォークマンは容量が64MBで確か28,000円くらいの高級品だった。もっとも低いビットレート66kbpsでリッピングしても入る容量は約120分。通勤前にその日聴くアルバムを決めてパソコンから転送し、帰ってきたらチェックイン(著作権保護のための「戻し」お作法)という操作が必要というデータ出し入れに手間がかかりつつも100円ライターと同じくらいの大きさで振動にも強く、カセットテープよりも遥かに音質が良いことに「技術の進歩って素晴らしい」と思ったものです。

それが今では「ライブラリを全部持ち出せる」iPod(というかiPhoneやAndroidでしょうか)が当たり前の世の中。「今日は何を聴こうか?」は家を出てから考えればいいというのは、音楽中毒者にとっては夢を実現したオーディオ機器と言えるもので、技術の進化の素晴らしさに未だに感謝しているくらいです。

このポータブル・オーディオの世界でも音質論争はそれなりにあって、iPodは音が良くないことになっている。僕も正直それほど良いとは思わない。ウォークマンと比べると音の明瞭度はワンランク落ちるのは確か。恐らく音を左右する部分にはあまりコストがかかっていないんでしょう。でも、カセットテープの時代を知っている身からするとこれでも十分すぎるほど音が良いし、CDのように振動にナーヴァスになる必要もない。移動時に音楽を聴くためのものなんだから周囲はノイズだらけなわけで、そんなところで細かい音質の差を気にしているのもどうかしていると僕は思う。国道沿いで空気のキレイさにこだわっている人がいたら「はあ?」と思いますよね?なのにポータブル・プレイヤーの音質を熱心に聴き比べて議論している人がいること、それがおかしなことという疑問すら抱いていない人が多くて僕は首を捻ってしまうわけです。

ちなみに僕はインポートのビットレートをAACの64kbpsにしている。かつてはもっと低いレートを選べたものですが、現バージョンのiTunesではこれより低いレートはもう選べないという「最低品質」。なぜこのレートかと言うと最初に買ったiPod 3Gは容量が20GBで、128kbpsでは当時所有していたCDをすべて取り込むことができなかったから。それに64kbpsで聴いてみたら「そんなに悪くないな」と納得できるレベルだったからという不可避の理由があった。実際には、iPodを買う前にiTunesで試して64kbpsで十分聴ける音質であることを確認してから「よし、これで全部入るな」と購入に踏み切ったというのが導入までの経緯でしたが。

64kbps、結構いろんな人に驚かれます。しかもオーディオに関心がなさそうな人に「そんな低いレートじゃ音悪いでしょう?」なんて言われる。試しに聴かせると「別に悪くないね」と皆が驚きます。どういうわけか聴きもしないで64kbpsは音が悪くて聴けたもんじゃないと思っている人が多いらしい。

ちなみにiTunes(PC)からデジタルで出力させて良いオーディオで聴くとビットレートの違いはちゃんとわかります。64kbpsまで落とすとやはり眠い感じのモヤっとした音になってしまう。でも、雑踏の中や電車の中で64kbpsと256kbpsを聴き分けられる人なんていないと思う。いや、絶対にいないと断言できる。ちなみに64kbpsでもMP3だとさすがにiPodで聴いてもわかるくらい悪くなるけれど、これでも気にならない人が多いと思う。

iPodも2度買い替えて、今では6Gのclassic 80GBを使っているので容量は余裕がある。それと同時にジャズとクラシックのCDを大人買いしてきたので64kbpsのビットレートでも現在の使用量は60GBまで増えてしまっている。これからもクラシックはどんどん買いそう(単価が安い箱モノのせい)な勢いなので気になってくるのがiPod classicの存続。

iPod classicは現在160GBのみの販売でモデルチェンジはここ何年もなく事実上は塩漬け、いつ販売終了になってもおかしくない状況。iPod以外のすべてのポータブル・オーディオ機器に目を広げても、メモリータイプのものは最大で容量が64GBまでしかなく、これだと僕のライブラリはすぐに溢れてしまいそう。

SONYのハイレゾ・ウォークマンZX1やその他の高音質を売りにしたモデルなら128GB以上の選択肢は一応ある。でもZX1の音は確かにiPodよりは良いとはいえご立派な価格で、その価格差の分をイヤホンに投資した方がより良い音が得られると思えたし、他のハイレゾを売りにするプレイヤーは使い勝手が悪そうでデザインは目も当てられないのでそもそも所有したいとは思えない。

実はiPod classicの最大の不満はBluetoothが使えないことだったりする。Bluetoothのワイヤレス・スピーカーをよく使うから本当は対応していて欲しい。最近のポータブル・オーディオの多くは対応しているものの方が多いくらいでこの点は古さを隠し切れないというところか。

大容量を求める人はそんなに多くないからそんなニーズに合った製品は出さないというのが各社の判断なんでしょうけれど、ZX1と大きな音質差を感じないウォークマンFシリーズ(当然Bluetooth対応)に128GBモデルがあればそっちに走る人は少なくないと思う。ウォークマンでもAACも聴けるようにしてまでiPodに対抗することを何年も前に決めたのだから、そういう相手の弱点を突く姿勢があってもいいんじゃないでしょうかねえ、ソニーさん。

(2月1日追記)
こんなことを書いていたらiPod classic販売終了の噂が流れ始めました。今のiPodが壊れたら代わりがなくなってしまうので在庫があるうちにと現行品を購入。大容量派は肩身が狭いですねえ。

(9月28日追記)
iPhone6発表のタイミングでひっそり終焉を迎えました。その後、ほぼ倍の価格でiPodが取引されているのには驚きます。

クラウディオ・アバド追悼

アバド追悼

クラウディオ・アバドが亡くなった。

クラシック初心者の身でアバドのことを語るのはおこがましいんだけれど、とても残念。まあ、アバドの偉大さなんてまだ半分くらいしかわかっていないだろうと思うんだけれど、一度実演を観たかった指揮者の一人だったから。

手持ちのCDは「シンフォニー・エディション」とウィーンフィルとのベートーヴェン交響曲全集、あとはコンピレーションに収録されていたシューマンのピアノ協奏曲くらいだからなおさらおこがましい。

アバドの演奏は、いわゆる巨匠スタイルのような重々しさや大見得を切ったところがなく、明るく軽快なイメージがある。なのに軽々しくはない。音楽が楽しげに歌っていて生命力に溢れて力強い。味で言えば決して濃厚ではないけれど、とても音楽が豊かに聴こえてくる。

特に印象深いはウィーンフィルとのベートーヴェン交響曲第1番。これがまるでモーツァルトのように優雅で上品に響いてくる。にもかかわらず古臭さが微塵もなく、むしろ新鮮ささえ感じさせるという幅の広さに驚いてしまった。

他には定評のあるメンデルスゾーンがアバドのキャラクターに良く合っていてやはり良い。マーラーはあまりしつこくない味付けながら音楽は雄大。ブルックナーも重さはほどほどで響きに鮮度がある。

ベルリンフィルの主席を退いたあとの活躍も素晴らしい。ヨーロッパ室内管弦楽団、モーツァルト管弦楽団、マーラー室内管弦楽団、ルツェルン祝祭管弦楽団などを主導し、若い才能の育成からスーパースター・オーケストラの結成までと活動の幅が広く、音楽界への貢献は大きかった。才能、リーダーシップ、人望のいずれもがきっと素晴らしい人だったに違いない。

まだまだクラシックのことを勉強しはじめたばかりの自分にとって、これから徹底的に向き合いたいと思わせる指揮者だった。返す返すも一度実演に接したかったと思う。本当に残念です。

R.I.P.

センター・スピーカーはやはり重要だった-SONY SS-NA8ES

僕のオーディオ・システムは、映画を観るためのサラウンド環境を作ろうと思ったことからその歴史が始まっている。家に塩漬けになっていた父のオーディオがあったので音楽はそっちで聴けば良いという理由があったからにせよ、いわゆるピュアオーディオ的な思想などハナッから持ちあわせておらず、そもそもオーディオに強い関心があるわけでもなかった。使えるお金があるのならとにかく「新しい音楽を!」とCDを買うことしか頭になかったからです。

映画の面白さに気付き始めてからホームシアターの構築に着手、まずは形式だけでも5.1chをと思い99年にオンキヨーの廉価なスピーカーセットを導入、2007年にクリプシュのRF、RC、RBシリーズにすべて入れ替えを進めていった。そうこうしているうちに音楽を聴くためのオーディオにシフトし、フロントスピーカーをJBL Project 1000 Arrayにアップグレードして、オーディオ用アンプを追加してオーディオ・システムの完成度を高めていった。欲を言えば映画用のオーディオと音楽用のオーディオは別で用意したかったけれど、ごく一般的な3LDKのマンションでそんな理想が叶うはずもなく、共用のシステムであることはまあ仕方のないこと。

音楽を聴くことを重視してグレードが高いフロントスピーカーを導入したことで、それまでとは世界が変わったと言えるほど別次元のHi-Fidelityな音質で音楽が聴けるようになってとても満足できるようになった。一方で残りの3つ、センタースピーカーとリアスピーカーはクリプシュのままで映画鑑賞に従来のまま利用していた。

実はJBL Project Arrayシリーズはセンター・スピーカーもラインナップされていたものの、とてもウチのラックに収まるサイズではない巨大な代物。しかもそれは結構な価格で新製品としては販売終了、中古市場に出回るほど数も出ていなかったなどいろいろと条件が悪くて導入が困難な状況。また、フロントスピーカーをJBLにしてから、映画を観ると確かに音は素晴らしく良くなったものの、音楽を聴いているときの音質の向上を実感していたというほどではなく、それでも特に気にせずクリプシュのセンター・スピーカーを使い続けてきた。つまり僕のホームシアターへの要求度はその程度だったというわけです。

しかし、またしても自身の音楽趣味に大きな変化が。それまでどちらかと言えば忌み嫌っていたほどのクラシックを、中でもオーケストラものを聴くようになってしまった。しかも貪るように。クラシック愛好家はジャズ愛好家と同じくらいオーディオに情熱を傾けていて、個人的はCDと大して音質が変わらないと思っているSACDが崇拝されていたりする。レコード会社もそんな商機を逃すはずがなく、SACDのタイトルが結構揃っている(そして不当に高価)。僕はSACDの音質向上はごくわずかと考えていてそんな風潮を冷ややかに見ているんだけれど、SACDマルチ(5.0chなど)の音だけはCDでは得られない大きな付加価値を持っていると思っている。

SACDマルチは手持ちのタイトルだとピンク・フロイドの「The Dark Side Of The Moon」、マイルス・デイヴィスの「Kind Of Blue」「In A Silent Way」、ジェフ・ベックの「Blow By Blow」(これは70年代のクアドロフォニック4チャンネルをベースにしたリア強調が過ぎるミキシングですが)がある。でも、ほとんどマルチでは聴いていない。恐らく2チャンネル・ステレオで耳に馴染んでいて、サラウンドで聴かなくとも音楽が素晴らしいことを既に十分わかっているからでしょう。

クラシックについてはSACDはまったく静観していたものの、昨秋のヤンソンス指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の生演奏でその素晴らしさに感銘を受け、CDを買おうと探してみると、自主出版のRCOレーベルから出ているものはすべてハイブリッドSACD形式のみのリリースになっていた。これをマルチチャンネルで聴いてみるとまるでコンサートホールで聴いているかのようなリッチな響きが得られる。その素晴らしい録音とサウンド、音場に魅せられ、どんどんRCOのカタログをコレクションし始めている。

そうやってサラウンドで聴いているうちに、ついに気になってきたのがセンタースピーカーのクリプシュRC-62の実力。クリプシュのこのシリーズは勢い重視のジャズやロックを聴くにはなかなか良いスピーカーではあるんだけれど、弦楽器や木管の艶やかさといった繊細さの表現があまり得意ではなくフロントスピーカーのJBLと比較したときの落差が目立ってきてしまった。

JBL Project 1000 Arrayと音色の違和感がないようなセンター・スピーカーのグレードアップをどうしたら良いか。センタースピーカーの試聴はなかなか難しいので世評と推測で選ぶしかない。無難なのは同じJBLの製品と思い、LS Centerというスピーカーに照準を合わせるも、やや古い製品なだけに既に在庫がない。ELACやB&W、Monitor Audioという、本来は良い意味での個性を持つメーカーのスピーカーはJBLとの相性が合うのかどうか心配になる。例えばCM1を所有する身からするとB&WのCMシリーズは音の性格が違いすぎてとてもじゃないけどJBLと相性が良いとは思えない。

そしていろいろ迷っているうちに見つけたのがSONY SS-NA8ESという製品。

SONY SS-NA8ES

このセンタースピーカーのレビューはまったく見つからないものの、同じシリーズのスピーカーの世評から、高音質でありながら自然で癖がなくコストパフォーマンスが高いことがなんとなく見えてくる。ソニーとしてもかなり力を入れて開発したという情報もある。そもそも癖を求めず高品質でC/Pが良いという方向性は国内メーカーがもっとも得意とするところ。クリプシュ比で価格が2倍強というクラスアップ程度でも、大幅な音質アップが期待できそうだと考えた。拙宅のラックに綺麗に収まる、このクラスとしてはコンパクトなサイズであることも魅力的とあって導入と相成った。

結果から言うと、これほど思い通りに鳴ったことはないというくらい狙っていた音、求めていた音が出てくれてた。もちろん運良く期待通りの製品を引き当てただけ、というのはあるかもしれない。でも好みの音を自分でしっかり把握できているという自負はある。過去にスピーカー試聴をしてきた経験、それに加えて雑誌のレビューをどう読み取ったら良いのかという情報読解鍛錬の賜物ではないかと自画自賛したくなるほど、雑誌や口コミなど世間の情報だけで選んだ製品から理想的な音色と音質を得ることができてしまった。

オーケストラのマルチチャンネルではセンターにホルンや木管を配されることが多く、これが実に艷やかで上質に響く。弦楽器の繊細な音も美しい。鼻にかかったようなややくぐもった響きを持つクリプシュと異なりクリアで鮮明、それでいて音像のコントラストが強すぎず、とにかく自然でバランスの良いサウンドを放つ。まさにクラシックにはピッタリの性格。万能のスタイルを持つだけにジャズの管楽器の表現もクリアかつリアルで、例えばトランペットの息継ぎや微妙な音のニュアンスまで鮮明に描き出す。低音域はJBLに比べれば厚みは劣るものの、引き締まったしっかりとした音を出してくれる。

JBL Project 1000 Arrayは、極低音域を中心に骨太な低音の充実に特徴があるものの、それ以外の要素は実にバランスの取れたスピーカーで、透明感がありながら刺々しさ皆無の自然で柔らかい高音域表現がそのバランス感を生み出す要因となっている。そういった特徴がSS-NA8ESと近いので、並べてマルチ・チャンネルで鳴らしても違和感が非常に少ない。

世間ではセンタースピーカーには良いものを使ったほうが良いという意見は少なくない。映画鑑賞ではセリフを筆頭にセンターから重要な音が出てくるケースは意外と多いからという理由は確かにその通りかもしれない。今回のセンタースピーカーのアップグレードで図らずともそれを実感することになった。セリフの明瞭さはもちろん、音楽や効果音のクリアさが格段に増して確実にワンランクアップ。センタースピーカーの充実で全体の音質が格上げされた印象すらある。

ソニーのこのシリーズは、恐らく他のスピーカーも同様の性質を持っていると思われ、極めてコストパフォーマンスが高いであろうことがなんとなく予想できる。音色にあまり個性がないのは人によってはむしろ魅力と感じられるはず。とにかく大変高品質でバランスが取れた良いスピーカーだと思う。

これで僕のスピーカー選びは「あがり」。そう納得できるほどこのスピーカーのクオリティは高く、大変満足できるアップグレードになった。

BOSE SoundLink Mini Bluetooth speaker-モビリティと音質の最上バランス

Bose mini 4

BOSEというメーカーは一般に広く知られ、オーディオに関心がない人には高品質であるというイメージが染み付いているらしい。例えば何かの会話の流れで僕がオーディオに力を入れてきたことに触れると「へえ、じゃあボーズとか?」なんて言われたりする。

一方でオーディオ・マニアからはBOSEはほとんど振り返られることはない。むしろ蔑視している人の方が多く「初心者向き。オーディオがわかっていない人向け」という見方が支配的です。もともとBOSEの音響理論はかなり個性的で「コンサートホールで耳に届いている音の9割が反響音である」という考え方が設計思想の基本になっている。その思想を象徴的に表している製品が 901 というスピーカーで、このスピーカーには9つのフルレンジユニットが使われていて、しかし正面にはユニットが1個だけ、残り8個は背面にマウントされているという常識破りの形態を採る。つまり、オーディオ・マニアが好む「解像度」「情報量の多さ」といった直接音がもたらすクオリティなどハナっから狙っていない。音をどのように響かせて心地よく聴かせるかに主眼が置かれた製品作りをしている。

一般の人に知名度が高いのは、業務用として壁・天井埋め込みのスピーカーでよく利用されて、それらにはクッキリと「BOSE」のロゴマークが刻まれているので目にする機会が多いことが大きな理由のひとつでしょう。それに加え「響かせて心地よく聴かせる」音作りが多くの人にとってその通りに心地よく感じ取られているからではないかと思う。

実際、多くの人が耳にしているであろうBOSEのスピーカーは、一般的な2ウェイや3ウェイではなくシングルユニット一発のみの構成で周波数レンジは決して広くない。オーディオ・マニアにはナロウ・レンジと感じられるその音は、カドが立たず耳を悪戯に刺激しないマイルドな音になる。世の中で音楽を聴く人は数多くいるとはいえ、オーディオ装置の前に正対して聴く人など少数で、ほとんどの場合はながら聴きかBGMとして聴いているはず。そのような聴き方にBOSEの音作りはとても適している。明らかに作られた音でありながら耳に自然に馴染む音作りはBOSEの真骨頂と言えるでしょう。

もうひとつBOSEの特徴は、特に小型のスピーカーにおいて内部の空気の流れを工夫し、サイズからは想像できないような分厚い低音を再生すること。低音が出ないと音楽そのものが薄っぺらく貧弱に聴こえてしまうのは自覚がなくても多くの人が感じ取る特性で、その点もBOSEの音作りはしっかりと押さえている。この低音はスピーカーユニットそのものから発している音を筐体内部の工夫でアコースティックに増幅したものなので、実は極低域の音はあまり出ていない。これもオーディオ・マニアからすると不足と感じる部分であり、そこまで音に拘らない人にはどうでも良い部分でもある。

このような特性故に、BOSEは一般人にはウケが良く、マニアにはソッポ向かれるというわけです。だからBOSEをどう捉えているかで、その人のオーディオに対するスタンスが良く分かる。

僕もメインのオーディオは高音質を求めていたのでBOSEは最初から視界に入っていなかったし、サブのオーディオもB&W CM1というBOSEとは対極にある、小型だけどワイドレンジでクリアな音質のスピーカーを使っている。それでもBOSEの良さはよく理解しているつもりで、Wave Radio/CD を長く愛用していたり、QuietComfort2 /QuietComfort15 を使ってきたりしている。用途によってはやはりBOSEはとても魅力的だと思っているわけです。

近年でもっとも気に入っていたBOSE製品は、SoundLink Wireless Mobile speaker。出張や旅行のときにも僕は音楽が部屋に流れていないと落ち着かない音楽ジャンキー。iPodという「容易にすべてのCDを持ち出せる」魔法のプレイヤー(今では当たり前ですが)がこの世に出て以来、持ち運び可能なスピーカーは僕にとって必携品となっていた。でも、持ち運べるサイズという縛りがあるスピーカーは低音が実に弱い。ホテルの部屋で控えめな音量で鳴らしてもベースの存在を感じられるようなスピーカーは皆無に等しく、そこに現れたのが SoundLink Wireless Mobile speaker だった。

これは僕の用途に完璧に合った製品で、持ち運びできるBGM用、ながら聴き用のスピーカーとしてはベスト。小音量でもベースの実体感を得られるのでホテルの静かな部屋で聴く場合などでは結果的に小さい音量で音楽を楽しめる。屋外では様々なノイズでマスクされてしまう低音もこれだけ出ていてば納得できるレベルで、ついついクルマの洗車のお供としても連れて出してしまう。拙宅ではiPadでNASの音楽も再生できるので、風呂場の扉前に置いて入浴中のBGMとして聴く習慣までできてしまった。昨夏の北海道旅行ではレンタカーの中でカーオーディオとしても活躍するなど音楽漬けの生活をフルサポート。一方で、音質は決してHi-Fidelityとは思えない高音がコモッてモッサリしたいわゆる典型的なBOSEサウンド。でも、BOSEの製品ポリシーに一番合っているこういう用途なら何ら不足ないし、理論上では音質劣化するBluetooth通信であることも「この製品にHi-Fidelityなんて必要ないでしょ?ははは。」という過剰な音質崇拝を嘲笑っているかのようにさえ思える。そんなBOSEの魅力がフルに発揮された製品と僕は大満足していた。

強いて挙げるとすれば、持ち運びするスピーカーとしてリーズナブルなサイズでありつつ旅行時の荷物としては結構なスペースを取ること、1.3キロという重量は海外旅行時には持ち帰れる荷物を逼迫しかねない重さでもあること、という「まだちょっと大きい」サイズに難があった。でもそれはまあ低音を確保するトレードオフだから仕方ないことかなと勝手に言い聞かせていた。

しかしその後出てきたのが SoundLink Mini Bluetooth speaker(以下 Mini)。これを店頭で見せてもらうとまずその500mlのペットボトル並みの小ささにビックリ。(サイズ感はこんな感じ)

Bose mini 3

Bose mini 2

Bose mini 1

持てばズッシリ来るものの重さも SoundLink Wireless Mobile speaker のおよそ半分。音を鳴らせばやはり立派な低音が出てきて更にビックリ。従来通りのBOSEサウンドを見事に守りながら「強いて難を挙げるとすれば」の部分が完全に解消されてしまっているではありませんか。しかも Mini の価格はより低く抑えられている。

ステレオ感が得られないという評価を耳にするけれど、これより大きい SoundLink Wireless Mobile speaker や以前使用していた Wave Radio/CD でもあまりステレオ感がないのは同じことで、小型故の物理的な制約として仕方がないでしょう。確かに交響曲などではその広がり感のなさにやや物足りなさを感じたりもする。DSPなど電気的な処置によって広がり感を確保することは可能かもしれないけれど、BOSEはそういうことはやらないし恐らくそういう不自然な電気的加工はポリシーに反するのでしょう。そのブレない考え方には僕も共感するところ。

それにしてもこのサイズでここまで良く鳴るスピーカーだなと感心してしまう。低音の迫力は SoundLink Wireless Mobile speaker よりやや減少したとはいえ、これでも十分だし音源によっては過剰ですらある。あまり質が良くないものの高音もややクリアになったし、クレードルによる充電が可能になったというおまけまで付いてモバイル・スピーカーとしての完成度は最高レベルに到達していると思う。これを凌駕する製品はそう簡単には出てこないに違いない。

MiniはBOSEのテクノロジーが凝縮された最高のモビリティを持ったスピーカーだと思う。これから末永く付き合っていくつもりです。



思いがけずNESPRESSOを購入してしまった

ネスプレッソ


前回の記事でも書いた通り、僕はコーヒー愛好家である。豆を煎るところから凝ったり、日夜美味しい豆を探していたりするほどではないけれど飲む量はまあまあ多いと思う。(一応そこでは全体の責任者をやっているんですが)職場も率先して自分でコーヒーを淹れ、家に居れば豆を挽いて3杯くらいは飲む。

スタバで豆を買ってきて挽き、ペーパーフィルターでドリップさせるというオーソドックスな飲み方で十分に満足というレベルなので好きではあるけれどコダワリがあるかというとそうでもないと思う。飲みたくなったら数杯分挽いてただ飲むだけ。

ただ、時にはこの数杯分というのが微妙で、ちょっと1杯だけ飲みたいというときだと1杯分だけ豆を挽くのがめんどくさい。だいたい拙宅のコーヒーメーカーは水量の目盛りが3杯目からしかついていなくて1杯だけという淹れ方を想定していないので、別途ペーパーフィルターと受け皿(?)も用意しなくてはならず、使い終わればいつも通りに洗う手間もかかる。そもそもコーヒーは少なく淹れるほどに豆の比率を多くしなくてはならず、効率が悪くなる。

世間ではそんな「1杯だけ手軽に飲みたい」ニーズに応える製品がいくつかあり、代表的なものとしてネスレのNESPRESSO(ネスプレッソ)とネスカフェのドルチェとバリスタのシリーズなんかがある。何年も前から気になりつつ「NESPRESSOってエスプレッソ用だよな。エスプレッソは基本的に飲まないし、1杯あたりの値段も結構するし。」「ネスカフェはどうも味がもうひとつという評判みたいだなあ。」などと考えているうちに購入意欲が減退し、物欲が収まるということを何度か繰り返していた。

昨今も特に盛り上がっていたつもりはなかったものの、大晦日にイオンモール幕張副都心でNESPRESSOの試飲会をやっていて、のどが渇いたという不純な動機半分で飲ませてもらった。

まずはエスプレッソではなくルンゴ(英語のロング:エスプレッソを多めの湯で淹て少し薄めたストレートコーヒーに近い飲み方)を飲ませてもらう。つい3分前に違う場所で500円/200gの、濃いんだけれど複雑味がまったくないコーヒーを、これまた喉を潤すためだけのために試飲した直後だったことが影響したのか、普通のカフェで出てきてもおかしくないくらいのコクと深みのある味わいにちょっとした驚きを覚える。買うつもりなんてまったくなかったのに前のめりになりかけていく。

そして妻がリクエストしたのはカプチーノ。エスプレッソを抽出し、同社のエアロチーノというミルクフォーマーで熱・泡立てたミルクを加えるとまずは見た目から本格カプチーノのムード。実は僕は30年前の高校生のときからコーヒーはブラック派で砂糖やミルクのような不純物など入れてくれるなという考えの持ち主。そんな黒一筋な男が一口そのカプチーノをすすってみると、ミルクの泡に由来する甘みが口に広がり、エスプレッソのコクのある味わいも舌に染み渡る。NESPRESSO云々というよりはミルクフォーマーで作ったカプチーノに対して「こんなにオイシイ飲み方があったんだ」ということを今更実感して、やっぱり○○一筋をやっていたら視野が狭くなるねえ、なんて変なことまで頭をよぎる始末。

ナニナニ?このエアロチーノとセットのバンドルパッケージなんてのがあるって?んん?単品とそんなに値段が変わらない?ええ?しかも今日(12/31)までに買えば4000円のギフトもいただけるって?

試飲で「これを家で飲めるのなら申し分ない」と思いはじめているところに、青い目をした日本人名を持つお姉さん(=白人のハーフ)のセールストーク連射にノックアウト寸前。Amazonを見ると、店頭よりも7000円くらいも安いというダメ押し攻撃が加わりサンドバッグ状態となってTKO。

というわけでポチりました。お姉さんから買ってあげられなかったのは申し訳ない(僕は商品説明をしっかりやってくれた人から買いたくなってしまうタイプ)けれど、この店ではバンドルパッケージが売れすぎにつき品切れでエアロチーノは旧型を付けて売るという急場しのぎをしていたことだし、最終的にはNSEPRESSOの売上げに貢献したのだからまあいいでしょう。

家に来てからのことは前回の記事でも触れたとおり、合うカップがなかったためにやや不満を抱えていたんだけれどそれも解消。エスプレッソの楽しみ方もわかってきて、今後飲みまくりそうな自分がちょっと怖い。カプチーノもいたって簡単にできてしまう。

カプチーノ

何よりも、妙な酸味が残る日本のコーヒーよりもパリやローマで飲んだようなヨーロッパ・スタイルのコーヒーが好きなでNESPRESSOはそもそも好みに合った製品だったわけです。あと、買ってから実感したことですが手入れがとても簡単であることもこの製品の良いところ。

それでも家でコーヒーを飲む行為の中心は従来どおり豆を自分で挽いてペーパーフィルターで淹れる方法であることは変わらないと思います。やっぱり時間に余裕があるときは何杯も飲みたいですから。NESPRESSOは当初の目的どおり、ちょっと1杯飲みたいな、というとき用。とはいえ、エスプレッソとルンゴの味わいは普通のコーヒーとまったく違うので両方楽しめるようになったことは大変嬉しい。豆の種類も実に多彩で好みのテイストを探すのも今後の楽しみになりそうです。

本体はまずまずリーズナブル、1杯あたりのコストはやや高めというとことですが、コーヒーライフの幅を広げてくれるこの製品、大満足です。

コーヒーカップにこだわってみる

コーヒーカップ

僕は若い頃からコーヒーが好きでよく飲んでいる。職場にコーヒーメーカーがあれば率先して自分で抽出し、ガブガブと飲んでしまう。コーヒーには中毒性があると言われているけれど、僕はまさに中毒と言えるくらいの常習者。

近頃はコンビニでも手頃な値段で淹れたてのコーヒーを飲むことができるようになっている。他の飲食店でもコーヒーに力を入れるようになっているようだ。パリやローマで生活の一部としてカフェが根付いているところを目の当たりにして以来、日本も喫茶店から脱皮したカフェ文化が根付くといいんだけどなあと思っていただけにこの傾向はうれしい。

家ではスタバの豆を買ってきて自分で豆を挽いて飲んでいる。映画を観るときなどに多めに淹れて好きなだけ飲むのはささやかな楽しみのひとつ。多めに淹れて何杯も飲む習慣なものだからタンブラーさえあればよかった。

ところが、たまに少しだけ飲みたいときのためにNESPRESSOを購入してしまった(詳しくはまた別の機会にでも)。タンブラー以外にはマグカップや標準的なコーヒーカップはあるんだけれど、NESPRESSOはそもそもエスプレッソを飲むためののもでその容量はおよそ40ml、普通のコーヒー(ルンゴ)を選んだ場合でも110mlと少なめ抽出な仕様。もちろん普段のコーヒー飲みと使い分けて幅広く飲めることを期待してのことなのでそれが不満というわけではないものの、合うカップが家にはない。普通のコーヒーカップにエスプレッソを淹れると水と豆の量を間違えて中途半端にミスった濃いコーヒーみたいで泡立ちも良くないのでなんとも寂しい気分になってしまう。

というわけで本日はカップを探しに酒々井アウトレットへ。そこで選んだのが写真のもの。

手前が iittala のエスプレッソ・カップ。明るい色使いでLovelyな絵柄でありながら適度な品があるのがうれしい。NESPRESSOで抽出してみると容量もピッタリでクレマがたっぷりと表面を覆ってくれてまさにエスプレッソの味わいを楽しめる。

もうひとつ奥手にあるのはルンゴ用とカプチーノ用として選んだ Royal Copenhagen のカップ。写真だとわかりづらいんですが、このカップも普通のコーヒーカップより小ぶりです。いかにも Royal Copenhagen という上品な絵柄とデザインで、こちらもルンゴとカプチーノにピッタリの容量。

これまであまり意識していなかったんですが、容量に合わないカップで飲むよりも、丁度良いサイズのカップで飲んだ方が気分的に明らかに美味しい。クレマを楽しむなら気分的だけでなく実際に味わいも大きく違ってくる。大は小を兼ねないというわけです。デザインが気に入ったものであれば更に気分よく飲めるというおまけも。

やはり食器というのは食を豊かに演出するには重要なんだなと再認識しました。目的に合わせた自分好みのコーヒーカップ、コーヒー好きならこだわって損はありません。

上原ひろみ @ブルーノート東京

Simon

「HIROMI THE TRIO PROJECT featuring Anthony Jackson & Simon Phillips」

もともとピアノ音痴の僕にとって上原ひろみは決して上位に来るアーティストではない。ジャズ・ピアニストとしてはそれほど表現が深いわけではなく、ちょっと物足りさを感じてしまう。手数こそ多いものの、幅の広さがあるとも思えない。それなのに気が付くとCDはほぼ買い続けている。なぜかと考えてみると彼女は常に自分の音楽をやり続けているからだと思う。

純粋なジャズではなく、そうかと言ってロックやいわゆるフュージョンとも違っていてメロディにはどこか歌謡曲に通じる邦楽のバタ臭さがある。でも、それこそが彼女の個性であり、彼女の音楽でもある。思う存分自分の音楽を展開させてくれるレコード会社に恵まれていることも功を奏し、いつ聴いても上原ひろみの音楽だなとすぐにわかる音楽を発信し続けている。

だから上原ひろみはただピアニストとして見るのではなくピアノを中心とした音楽家として見るのが正しいと思うわけです。

ベースがトニー・グレイ、ドラムがマーティン・ヴァリホラの初期のトリオのときから尖った演奏とグループの一体感はかなりイイ線を行っていた。正直なところ相手は大物だったわけでもないので彼女も自由に自分の音楽をやれたという側面もきっとあったに違いないけれど、近年のアンソニー・ジャクソンとサイモン・フィリップスのベテランをグループに引き入れたトリオでは更に自分の音楽を広げることに成功しているのだから大したもの。

それでもライヴに行こうかと思うにはあとひと押し足りないというのが僕個人の勝手な思いだった。しかし、ブルーノートで観ることができるとなれば話は別だ。

特に、86年6月にジェフ・ベック・グループで見て初めてライヴにおけるドラムの凄さを感じさせてくれたサイモン・フィリップスを間近で観られるとあってはじっとしていられない。前回のブルーノート公演は予約が取れず、悔しい思いをしていたんだけれど、今回はなんとか取れて1月2日の2ndセットを観ることができた。

複雑な曲展開と変拍子を多用しながら一糸乱れぬ演奏はさすがと唸らせるに十分。アンソニー・ジャクソンはスタジオ盤同様控えめながら、ライヴらしくより自由な演奏で6弦ベースの妙技を堪能できた。サイモンは相変わらず左右の手足を自由自在に使いこなして複雑かつシャープなドラミング。有名グループでの代役やセッション・ドラマーとしての仕事ではなく、サイモン・フィリップスのドラムを求められてのグループに参加なだけに思う存分叩いてくれる。それを5メートル前で観れるのだから堪らない。

新曲を4曲も披露し、いずれもトリオとして更なる進化と深化を感じさせる演奏になっていることは少々驚いた。このメンツで長期活動は難しいだろう、アルバムもおそらく2枚で終わりなんじゃないかと勝手に思っていたんだけれど、4曲を聴くと次のアルバムも作る気であることがヒシヒシと伝わってくる。

ただ難を言えば、ジャズクラブという箱においてはサイモンのロック・ドラミングはラウド過ぎでピアノの音をかき消してしまう場面も少なくなかった。スタジオ盤の絶妙なバランスは失われてしまっている。でもたぶんそれは上原ひろみもわかっているはずで、そんなバランスよりも生演奏の勢いを採っているんじゃないかと思う。ピアノもスタジオ盤のような構成力よりも勢いを重視したものだったし、スタジオ盤とライヴは切り離して考えているに違いない。

このトリオのアルバムでダウンビートの表紙にもなっているし、米アマゾンのレビューでも大変評価が高いことは嬉しい限りで、今後更に可能性を秘めていることを感じさせてくれたパフォーマンスを堪能することができて楽しい気分でライヴ会場をあとにすることができた。

年明け一発目のライヴ、幸先の良いスタートです。

「ゼロ・グラビティ」を体験する

近所にできたイオンモール幕張新都心、オープンして間もないということできっと大混雑しているだろうと近寄らないようにしていた。そんな中、イオンシネマの割引チケットで1000円で映画が見れるというので、じゃあいついこうかなあとタイミングを考えてみる。僕も妻も渋滞や人混みは嫌いなので慎重に。

今回の年末年始は9連休で年末だけで4日も休みがあったので大掃除は早めに片付き、大晦日はのんびり過ごそうかと思いはじめてふと気づく。そうだ、話題のイオンモールだって大晦日の午後ともなれば家族連れは早めにお帰りになるに違いない。これはチャンスだ。

午後3時から行ったので駐車場も待ちなく入庫。広い広い駐車場は、空いていないスペースは赤信号が灯り、空きがあると青になるので大変わかりやすい。これはドライバーにとってうれしいことこの上ない。

入庫したグランドモール内に入る。

入ってすぐに感じるのは空間設計にとにかく余裕があるので広く感じること。まだお客さんはそれなりにたくさんいましたが人混みで嫌な気分になることがほとんどないのはとても良い。あと、食事をするスペースがこんなにたくさんあるショッピングモールは初めて見た。座って休憩するスペースも多めだし、その椅子がソファになっているところも多い。とにかく快適に過ごしてほしいという設計者の意欲を感じてかなり好印象。蔦屋書店の充実ぶりも嬉しく、またじっくりみたいと思わせる心地よさ。う~ん、こういうところならイオニストになる人がいてもおかしくないと思えますね。

さてこの日の目的はもちろん映画。家にそれなりのシアター設備を持っている身からすると、やはりどうせ映画館で観るなら3D。話題の「ゼロ・グラビティ」をチョイス。こちらのイオンシネマは3Dメガネは100円で購入し、今後3Dを観たいときには持ち込んでいただければその100円はいただきません、というシステムになっている。その他3D代金300円と合わせて合計1400円というオープン記念価格で鑑賞。

ゼロ・グラビティ

入場して座席を見回すと特に足元空間は余裕があって快適。8番シアターはスクリーンが大きく座席も多いだけでなく、映画のシーンに合わせて座席が揺れ動くD-BOXというシステムのシートが数席あり、最新の音響システムDOLBY ATMOSを備えている。

肝心の映画は、その設備の良さをたっぷり堪能できる作りと仕上がり。音はさすがにちょっと大きすぎ。大音量好きの僕ですらそう思うほどの轟音は、まあ怖がらせる意味もあったので意義なしとまでは言いませんが。3D映像、宇宙の映像、無重力の再現など、映像技術の素晴らしさに異論を挟む人はいないでしょう。観るための映画というよりは体験するためのアトラクションのようです。

一方で、ストーリーが薄味、平凡な脚本、ご都合主義な展開などを理由に「技術だけで中身が無い」とこの映画を低く評価している人も少なくない。その点は僕も同意する。では、脚本やストーリーが良ければ良い映画になるかと言えばそんなことはない。それぞれの要素が一体となった表現が総合的に評価されるものでしょう。

「ゼロ・グラビティ」は、あの場所であの状況を疑似体験させて、地球上ではあり得ない孤独と恐怖を実感することができる。技術なくしてはできない表現を実現しているのだからそれで十分ではないでしょうか。それに技術だけではそこまで表現なんてできない。表現したい世界と技術が噛み合ってここまでのものができるんだと思う。ただし、この表現を味わうためには家庭では難しい(たとえ3Dテレビだったとしても)ことが保守的な映画ファンには認めがたいのかもしれない。

次々に襲いかかる危機の連続に、たった90分の映画でもうぐったりし、強烈な肩こりに襲われる。旧来の映画の価値観としては面白くないかもしれないけれど、初めて体感する世界だったことは間違いないです。

余談ですが大晦日のイオンモール、19時20分の回のお客さんは我々夫婦を含めて5人だけで、この後の会もあと1回ありましたがこんなときに映画館を開けておく必要があるのかなとちょっと疑問を感じてしまいました。オープン直後なのでこの日だけ早期閉店というわけにはいかなかったのかもしれませんが、なにせ21時になるとモールそのものがほとんど閉まってしまうわけですから、普段からも開けておく必要があるのかよく検討してもらいたいですね。収益あっての映画館存続なので無理をしないようにしてもらいたいものです。

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