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趣味の人生を楽しむサラリーマンの日記

クラシックにおけるマルチ・チャンネル再生を体験してみる

ヤンソンスRCO-マーラー5番

「マリス・ヤンソンス指揮 ロイヤルコンセルトヘボウ管弦楽団 マーラー交響曲第5番」

コンサートですっかり魅了されてしまったヤンソンス&コンセルトヘボウ管は、大手レーベルと契約を結ばずに RCO LIVE という独自レーベルから本拠地演奏での録音をリリースするという、まるでキング・クリムゾンのようなビジネス・スタイルを採っている。

その独自レーベルから出ているパッケージはハイブリッドSACDフォーマットを採用し、オリジナルの2チャンネル音声だけでなく、5.0チャンネル音声も収録している。

僕はもう12年くらい前から、映画を観る目的でサラウンド環境を整えていて、その後もシステムを徐々にアップグレードしてきた。音楽ソフトはキング・クリムゾンの一連のDVD-Audioシリーズを中心に、クイーンの「オペラ座の夜/A Night At The Opera」や「ザ・ゲーム/The Game」イエスの「こわれもの/Fragile」などの DVD-Audioや、ピンク・フロイドの「狂気/The Dark Side Of The Moon」、マイルス・デイヴィスの「Kind Of Blue」「In A Silent Way」といったSACDのマルチ・チャンネルがある。

とはいえ、サラウンドはたまに気が向いたら余興的に聴くくらいで普段は基本的にステレオで楽しんでいる。ステレオ・スピーカーのみ気合を入れてハイグレードのものにしているので音楽はステレオで聴いた方がバランスが良いからというのがサラウンドをあまり聴かない大きな理由になっているというわけです。あと、サラウンドは聴く位置も1箇所でなくてはならず、ながら聴きを許してくれないという煩わしさもある。

今回、初めてクラシックのマルチ・チャンネルを試すことになった。それほどサラウンドを重視していないので半ばおまけのつもりで聴いてみて驚いた。

もともと多チャンネルで録音していたものを2チャンネルにミックスダウンして作っているのがいわゆるステレオ音源で、ロック系の場合はそれが5チャンネルへのミックスダウンとなり、結果的に楽器の音の振り分けで聴かせることに面白みがある。それはライヴにおける臨場感とはまったく異なる楽しみ方と言える。

ところがクラシックのマルチ・チャンネルは、例えば金管楽器が背後からだけ聴こえるという恣意的なミックスダウンではなく、コンサートホールのような響きを再現することを目的としている。ライヴという観点では、PAで無理やり大きな音を出すロック系のライヴに響きはむしろ悪影響しかなく、ジャズを狭いクラブで聴く場合も響きは重要ではない。しかし、クラシックは作曲からしてホールの響きを前提に作られているほど、響きが非常に重要な音楽であることは愛好家なら言われなくてもわかっていること。

だからコンサートホールのような響きを再生できることは、無条件に素晴らしい。クラシックではサラウンドは余興的な面白さではなくより本物の響きを得るための手段として大変に有効であることがよくわかった。しかもこのSACDは録音も良好で、ロイヤルコンセルトヘボウの美しい響きを良く再現している。おかげで先日のコンサートの感動がが蘇ってきた。

RCO LIVEは他にもいくつかリリースされていて、すべてマルチ・チャンネルで収録されているようなので徐々に聴いていきたいと思います。

愛娘ぶらん ダイエットに成功

ぶらん2013Nov

ぶらんのダイエットを始めて4ヶ月ほど経過。

当時3.2キロあったところ、フードを26グラムに制限してから徐々に体重が減り始めて3.0キロまではまずは落ちた。ところがここで一旦は停滞。

それとは関係ないんだけれど、フードはロイヤルカナン「インドア」とサイエンスダイエット「ライト肥満傾向の成猫用」を混ぜて与えていて、後者の食いが悪かった。ぶらんはなんでも喜んで食べる方なのでちょっと珍しい。いやいや食べているのを見ていると不憫なのでピュリナワン「避妊・去勢した猫の体重ケア」に替えてみた。

それからしばらくしてまた体重の減少が始まり、今ではなんと2.8キロまで落ちるに至った。これだけ落ちるとお腹の弛みが減って、上から見たときの腰回りが細くなったことがよくわかる。

ちなみに、一度停滞してから更に減り始めた時期がフードをピュリナワンに替えた時期とほぼ一致しているのが偶然なのかどうかわかりません。ただ、ずっと減り続けているところを見るとうちの娘には効果があったんじゃないかという気がします。

一方で、ずっと減り続けているので今度は減りすぎや栄養不足が心配になってきた。なかなか難しいものです。今後は減ることへの注意を怠らないようにしないと。まあ、獣医さんには2.7キロくらいが適切なんじゃないかと言われていたのでまだ気にするところまでは行っていませんが。

ここいらでクラシックの生演奏について考えてみる

チャイコ5-ヤンソンス-バイエルン



今週のヤンソンス&コンセルトヘボウのコンサートがあまりにも素晴らしかったことに始まり、いろいろ思うところが出てきた。

【実演で見えてくること】

まず、良い思い出を形に残すべくあの日と同じCDを探すもコンセルトヘボウでのチャイコフスキー5番は商品化されていないようで、やむを得ずにバイエルン放送交響楽団のものを聴いてみた。演奏の質感は月曜日に聴いたときの同じ印象で、清楚なイメージでありつつダイナミックさを備えた演奏で「そうそう、こうだったよね」とあの日の良き思い出を満たすには十分な演奏で大変満足。バイエルン放送交響楽団も技量は確かで安心して聴くことができる。

前にも書いた通り、これまでヤンソンスに特別な思い入れはなく、嫌う感情こそ皆無ながらこれといって好きと言いたくなるような要素も感じていなかった。でも、生演奏を聴いて一変してしまった。

確かにヤンソンスの演奏はアクのようなものはなく、小奇麗であるという点についての印象は今でも変わらない。お品が良いとでも言えばいいのだろうか。でも、生演奏で聴くと熱さや豊潤さが上品さの中にはっきりと息づいていることがわかる。それがわかってから改めてヤンソンスの録音を聴いてみると今度はしっかりと聴き取れるようになってくる。これはCDだけ聴いていてはなかなか理解できなかった部分で、やはりオーケストラ音楽はCDを聴いているだけで判断してはいけないと痛感することになった。

【コンサートホールと席の位置】

18日のコンセルトヘボウは東京文化会館の4階正面、19日のバーミンガムは東京オペラシティの2階左バルコニーということで、オケとの距離も位置もまったく違っていた。よって音の聴こえ方はまったく異質でそもそも比較することすら意味がないとすら思うほどその差が大きかった。

一般的に東京文化会館は音がデッドと言われていて、確かに残響は少なめと感じた。ただし、コンセルトヘボウの音は響かない音響環境でも十分すぎるくらいリッチでまったく不足など感じず、演奏中はホールの響きのことなどまったく頭をよぎらなかった。

オペラシティはそれほど広いわけではないものの、天井がかなり高いせいかよく響いていた。特にステージ向かって左側の2階席はバイオリン隊が死角になる位置でバイオリンの音は正面の壁からの反響音を聴いていた感じがする。大編成オーケストラの場合、それはそれで良いと思いますが。

あと、他の会場の経験で言うと1階席で後ろの方になると音が上に抜ける感じがして僕はあまり好きではない。一方で2階や3階は直接音を受け止める感じがするのと、オーケストラの動きが視覚的によくわかるという意味でこちらの方が好き。1階の中央より前などは直接音の比率が高まるという評判を聞くものの、たいてい高い席なのでまだ体験したことがない。

【生演奏の何を聴く?】

実は今週はチャイコフスキー5番が、それぞれ3つの楽団で演奏されていた。ひとつは僕が観に行ったコンセルトヘボウ、もうひとつは僕が行ったのとは別の日のバーミンガム、もうひとつはソヒエフ指揮のN響で。

ツイッターなどではN響の評判が大変良く、僕は少々驚いた。9月にブロムシュテット指揮で聴いたN響ブラームスに明らかな基礎体力不足を感じて、もう日本のオケはいいや、と思ってたから。

僕の場合、個々の演奏者の細かい点はある程度の水準にあれば良く、例えばバーミンガムや6月に観たドレスデン・フィルくらいで満足できる。その点でもN響はちょっと耐えられなかった。さらにオーケストラ全体の音の鳴り(絶対音量、ダイナミックス、音色、色彩感)という点で、N響や5月に観た読響は足元にも及ばないと感じ、やはり西洋人文化をこなすのは大変なんだと既に結論付けていたくらいだった。先に書いた通り、会場や座席の違いという観点では、東京文化会館の4階とNHKホールの3階は位置的にほぼ同じで響きが少ないということも含めて聴き比べにハンデがあったようには思えない。

それなのにN響の評判がここまで良いとなるとさすがにちょっと考え込んでしまう。実は9月のブロムシュテットのN響もツイッターでは好評だった。

ということは僕が生の音で感じている部分と違う部分をその人達は感じているということなんじゃないだろうか。その部分とやらが僕にはわからない。「オケの鳴りは海外オケには負けるけれど演奏はN響の方が良かった」なんてコメントを見るとさっぱり意味がわからなくなる。

あるいはその人達は指揮者による曲の仕上げ方を評価しているんだろうか。実は僕はそこはあまり気にしていない。というか、いろいろな解釈や演奏手法があるから面白いと思っているのでどんなスタイルで演奏されてもそこで良し悪しの判断ポイントとしていない。

僕は、ロックやジャズの演奏の良し悪しを聴き分ける耳は持っているつもりで、しかしそれぞれに長く聴いてきたし生演奏も結構観てみたからそうだと言える。そういう積み重ねで出来上がった耳には少々の自信がなくもない。

でもクラシックはまだまだこれから。そういう疑問を抱きながらより深く理解を進めるのもまた楽しみということにしておこう。

アンドリス・ネルソンス指揮 バーミンガム市交響楽団 2013年日本公演

ネルソンス2013

アンドリス・ネルソンス指揮 バーミンガム市交響楽団 2013年日本公演
2013年11月19日
東京オペラシティ コンサートホール
【演目】
ベートーヴェン バレエ音楽「プロメテウスの創造物」序曲
ブラームス ピアノ協奏曲第1番 (ピアノ:エレーヌ・グリモー)
(アンコール)ラフマニノフ 絵画的練習曲「音の絵」
ブラームス 交響曲第4番
(アンコール)エルガー「朝の歌」

贅沢にも2夜連続でのコンサート。

それにしても今月の東京は凄いことになっている。月初からヤルヴィ&パリ管、続いてティーレマン&ウィーン・フィルが来日、先週から今週にかけてはヤンソンス&コンセルトヘボウとラトル&ベルリン・フィルがバッティングしている(あと、客層的にはポール・マッカートニーも被っていたようだ)。そんな時期に同じく日本でツアーをやっているのがこのネルソンス&バーミンガム。ちなみに首都圏でもサントリーホールでのコンサートはなし。たぶん、この著名オケ来日ラッシュで良い会場を押さえることができなかったんでしょう。

格落ち、知名度落ちで影に隠れてしまったこちらは、美人ソリスト迎えつつもお求めやすいチケット代で観ていただこうという戦略だったのかもしれないけれど、直前の5000円ディスカウントをもってしても空席が1割以上あったのは仕方のないところかもしれない。

クラシック初心者である僕の知識の中にはネルソンスという指揮者の名前はまだなく、世評ではドゥダメルと並ぶ俊英と知る。既に3年前にウィーン・フィルの日本ツアーで指揮をやっていたというくらい既に実力も認められた若手のようだ。実際この公演の2日前に35歳になったばかりという若さ。

一方のバーミンガム市交響楽団は、サイモン・ラトルが世界レベルに鍛え上げたというのが通説になっており、しかしながらそのラトルが離れてもう15年も経過しているとあって恐らくはレベルダウン、欧州のいちローカル・オーケストラ程度の格なのではないかと勝手に想像していた。それこそ6月に観たドレスデン・フィルと同じくらいじゃないかというくらいの。

そんな期待値なのに行くことになったのは、僕が最も好きな曲であるブラームス交響曲第4番を演奏することになっていたから。いや、この点では違う意味で迷った。大好きな曲なだけに最高レベルのオケで聴きたいという気持ちもあったから。それでもブラームスに没入していると言われるエレーヌ・グリモーのピアノ協奏曲が聴けて、チケット代が前述のどの有名オケよりもずっと安いということもあって公演の2週間くらい前になって行こうと決めた。

勝手に自分中心に状況を考えると、この日に演奏するオケは相当不利な状況だった。なぜなら前日に素晴らしすぎるロイヤル・コンセルトヘボウを聴いてしまっていたから。あんまり期待しすぎてはいけない、気軽に楽しもうという心構えで着席した。

まずは肩慣らしの「プロメテウスの創造物」序曲。最初から力感溢れる音が出てきて少々驚く。演奏はダイナミックでオケの技量にも不足をまったく感じない。弦の音も綺麗で良く鳴っているし、木管も金管も安定していて安心して聴ける。この1曲だけで僕はもう「ごめんなさい、あなたたちを見くびっていて」と土下座した気持ちになってしまった。もちろんロイヤル・コンセルトヘボウと同等と言うつもりは毛頭ない。でも、実力は確かで、日本のオケとは比べ物にならないくらい音が豊か。

グリモーのピアノ協奏曲第1番は、同じくネルソンス指揮のバイエルン放送交響楽団で新譜をリリースしたばかり。こちらもCDよりオケの格落ちを勝手にイメージしての鑑賞だったけれど不足感はまったくない(またしてもごめんなさい)。ピアノをダイナミックにサポートし、CDでは味わえない深い響きに包まれる。第1楽章の導入の厚みなどなかなかのもの。グリモーの演奏は、CDで所有しているエミール・ギレリスのような重厚さこそないものの端正で瑞々しい。独奏部が多い第2楽章は、出番控えめのオケの広がりも相まって美しい。勢いづく見せ場の第3楽章は期待通りにブラームスらしい重厚なオケの推進力と細身のグリモー渾身の打鍵。いいモノ聴かせてもらったという気持ちで満たされる。

と、書いておいてナンですが、僕はピアノ音痴なんです。ジャズでもあまりピアニストを重要視していないし、クラシックのピアノは人によって音の感触の違いこそなんとなくわかるものの、表現の良し悪しまではよくわからない。名前がある程度知れた人ならテクニックに不足があるわけがなく、正直なところ誰が演奏しても大きく印象が違うという感じがしない。まだまだ勉強不足です。

そして、メインの交響曲第4番。若い指揮者なのでスピーディにやるのかと思ったら出だしはかなりゆったりと。ここまで遅くねっとりとした進め方は他では聴いたことがない。でもこの曲には合っているし、オケの響きが良いので優雅に聴こえる。何より弦の音色が美しい。木管は全体に整っていて綺麗だし、金管も安定している。席の位置によるものかティンパニはかなりの迫力をもって響く。この曲を味わうのに申し分のない音色が嬉しい。ネルソンスはドンドンと足を踏み鳴らし、時に指揮台からこぼれ落ちるんじゃないかと心配になるほどのがぶり寄りと横移動(ツイッターでどなたかが「紙相撲のよう」と上手いこと言っていて笑ってしまった)。オケはスケールの大きい雄大なサウンドで指揮者の鼓舞に応える。こういうのを熱演と言うんでしょう。第1楽章、第4楽章は最初ゆったり、最後は快速にという盛り上げ方。第3楽章の迫力も見事。細かいあら探しをするよりも、正対して音楽そのもを受け止めたくなる。強いて言えばこの曲としては陰影のようなものが足りないかもしれないけれど、立派に音楽を鳴らしきっていて若々しい。

もう一度謝ります。みなさん本当に素晴らしかった。ネルソンスが音楽監督としてオケをよく掌握していることが感じられる一体感も良かった。他の日のドヴォルザーク9番やチャイコフスキーの5番も聴いてみたいと思わせるほど、魅力溢れる演奏を聴かせてもらいました。

僕の場合、良いコンサートは1ヶ月くらいはたっぷり余韻に浸れるので、素晴らしい演奏を2日続けて聴くのはちょっと勿体なさすぎるというのが偽らざる思い。この日、ベルリン・フィルがサントリーホールでもあったのでそちらに向かった人も多いんでしょうが、そういう人から聴く機会を奪ったとも言えるこの日程が恨めしいとまで思えてしまう。

皇太子ご夫妻がも鑑賞された格調高い前日のコンセルトヘボウに対して、シャツ姿の指揮者やアンコール前にヴィオラ主席(奥様が日本人らしい)に日本語で曲紹介させるなどアットホームかつ笑いに包まれた雰囲気はある意味正反対で指揮者の個性が良く出ていたんじゃないでしょうか。

ちなみに、響きが薄いと感じられる東京文化会館の3階正面席と、よく響くオペラシティの2回左側の席という環境の違いで、音の感じ方が全く違うこともよくわかりました。コンサートホールの癖、座席位置というのも重要だなと。尚、オペラシティのように2階席が横にあって椅子がステージに正対しない座席は初経験で、ずっと首を横に向けていないとステージが見れないというのは思いのほか疲れるというのも実感。正直なところ、今後は避けたいと思いました。

夢のような素晴らしき2日間が終わってしまった。さあ、明日からまた仕事がんばろうっと。

マリス・ヤンソンス指揮 ロイヤルコンセルトヘボウ管弦楽団 2013年日本公演

ヤンソンス2013

マリス・ヤンソンス指揮 ロイヤルコンセルトヘボウ管弦楽団
2013年11月18日
東京文化会館
【演目】
ワーヘナール 序曲「じゃじゃ馬ならし」
ストラヴィンスキー 「火の鳥」
チャイコフスキー 交響曲第5番
(アンコール)チャイコフスキー 眠れる森の美女「パノラマ」

クラシックを聴きはじめて約1年、かなりの数のCDを聴き漁った。

やはりというか何というかCD(録音された商品)となるとウィーン・フィルとベルリン・フィルが圧倒的に多く、バイエルン放送交響楽団、シカゴ交響楽団、ロンドン交響楽団などが次いで目につく。3大オーケストラと言われるコンセルトヘボウのものはシャイーのブラームス交響曲全集、アシュケナージのラフマニノフ交響曲全集、サヴァリッシュのベートーヴェン交響曲全集、アーノンクールのブルックナー3番と4番、バーンスタインのマーラー1番、4番、9番(密度も迫力も圧倒的!)くらいしか手元にない。

鉄壁のアンサンブルと豪快な鳴りっぷりを誇るベルリン・フィル、優雅で美しいウィーン・フィルというところは聴いていても特徴がとてもわかり易い。コンセルトヘボウは?となるとまだよくわかっていない。

一方で、ヤンソンスのCDもブラームス交響曲2セット(計3枚)しかなく、2012年秋にバイエルン放送交響楽団を率いて来日したときのベートーヴェン・チクルスをNHK BSで観た程度。あまりわざとらしいことはせず、アッサリ系の小奇麗な演奏という感じでそれほど強い印象を持っていたわけではなかった。

それでも、今日では最高の指揮者の一人と、英グラモフォン誌で1位に選ばれるオケの音というのが聴いてみたかった。ベルリン・フィルとウィーン・フィルのチケットを取れなかったというのも正直なところあったんだけれど、チャイコフスキーの5番は一度生で聴いてみたいと思っていたこともあってチケットを購入し、会場に足を運んだ。

最初にあまり馴染みのない「じゃじゃ馬ならし」。短いけれど、忙しく各楽器の見せ場がある楽しい曲。こういう曲は正確さよりもオケ全体が小気味良くスウィングしないと曲の楽しさが出ない。それを余裕たっぷりで聴かせてしまう懐の深さにすぐに圧倒されてしまった。いや、始まって30秒でもう「これはリッチな音楽だな」と思わせるほど、聴いたことのないような芳醇な音が出てくる。

リズムにキレがあって統率性も圧巻、金管はきらびやかなのに主張しすぎることがなく正確で整った音(特にホルンが上手かった)、木管は揃いも揃って美しく芳醇な音色を奏でる。弦の見事な揃い方と美しさはこれまでに聴いたことがない。世界の一流オーケストラというのはここまで素晴らしい音がするのかと感動する。聴き始めて数分で「ああ、これは凄い」と思ったのは春先に観たミュンヘン・フィル以来のこと。

もともとそれほど好きなわけではない「火の鳥」も、複雑な展開を余裕たっぷりにこなしてしまうだけに悪いはずがない。ダイナミックレンジが広いこの曲の真の姿が見えたような気がする。

そしてチャイコフスキー交響曲第5番。これ目当てに来ただけにそれまで2曲よりはある程度の期待値を持って聴いた。思ったよりゆったりと始まり、弦が加わってくると音楽が躍動してくる。薄味と思っていたヤンソンス、特徴がないと思っていたコンセルトヘボウの音は、自身の知識と感性が不足していただけなんだと痛感する。それにしても第2楽章のスケールの大きさ、美しさはなんなんだろう。フィナーレの盛り上げ方もわざとらしくなく自然に、それでいて雄大に高揚させる。

いや、参りました。オーケストラ音楽というのはこんなに凄いものかと。

終演後、特にチャイコフスキーにおいて不満を漏らす声がいくつかネットに上がっていました。でもどれを読んでも「なるほど、そういう視点なら良くなかったかも」と思えるものはなく、肌に合わなかったというだけのイチャモンに過ぎないとしか思えませんでした。

コンサートに行き慣れた人たち、曲を聴き慣れた人たちにとっては、自分の理想と異なる姿に何か言いたくなる要素はあったのかもしれないけれど、演奏レベルの高さ、音楽性の高さという点でこれ以上のものはそうはお目にかかれないのではないかと思ったくらい素晴らしかった。僕はもうチャイコフスキーの5番を生演奏を他であえて聴こうとはしないと思う。これ以上に満足させてくれる演奏はたぶんもう聴けないだろうから。

Complete Concert At Club Saint German / Art Blakey & The Jazz Messengers

サンジェルマン新

Complete Concert At Club Saint German / Art Blakey & The Jazz Messengers

アート・ブレイキーと言えば、代表作として真っ先に挙がるのが「Moanin'」である。世評と必ずしも一致しない捻くれた感性を持つ僕でも「Moanin'」は非の打ち所がないアルバムだと思う。ベニー・ゴルソンが書く珠玉の曲を中心に、実はゴルソンに負けず劣らず優れた作曲家のボビー・ティモンズが書いた誰でも知っている表題曲まで入っているという、まずは曲だけの観点でも奇跡のようなアルバムであり、更に演奏も充実しているのだから名盤中の名盤と呼ばれるのも当然のことと頷ける。

ブレイキーはバンドを鼓舞するドラマーとして史上最高と言える存在ながら、作曲家、編曲家という意味では特別な才能を持っていたわけではなく、ジャズ・メッセンジャーズは実質、ブルーノートの総裁であるアルフレッド・ライオンがプロデュースしたグループだった。

そのブルーノートを代表する看板グループだったジャズ・メッセンジャーズの最盛期は、ゴルソンのあと、ハンク・モブレーを経て加入したウェイン・ショーターが在籍していた時期であり、残した録音のどれもが掛け値なしに素晴らしい内容を誇っていることは日本ではなぜか表立っては触れられていない。

だから本当は「Moanin'」は全盛期前にゴルソンを中心としたメンバーで活動した短期プロジェクトの成果だったに過ぎない。何しろ、スタジオ録音はこれ1枚きりしか残されていないのだから。

ゴルソン在籍時のサウンドをもっと聴きたい人はどうすれば良いのか。そんな人のために古くからあったのが「au Club Saint-Germain:サンジェルマンのジャズ・メッセンジャーズ」というパリでのライヴ盤。というか、当時日本ではこちらが先に入ってきていたほどの歴史のある音源。その後、オリンピア劇場でのライヴ盤も出たとはいえ、ジャズ・クラブでの熱狂を捉えたライヴ盤として「サンジェルマンのジャズ・メッセンジャーズ」はゴルソン時代の代表的な音源のひとつとして揺るぎない評価を得ていた。

サンジェルマン旧

しかし、このライヴ盤はなんともいただけない代物でブルーノート時代のどのライヴ盤の足元にも及ばない。当時はアナログでVo.1~3まで3枚バラ売りされたものの、構成に特に工夫がない(レコードという商品としての作りこみがない)という企画力で負けており、更には音質が悪いという大きな欠点があった。マイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンには半分海賊版のような音源が数多くリリースされているけれど、アレに近いレベルと言って差し支えないくらい音が悪く、あまり聴く気になれない。

先日、ふとAmazonを見ていたら、なんと「サンジェルマンのジャズ・メッセンジャーズ」のリシュー盤が出ているではないか。ジャケット写真が変わり、アルバム・タイトルも「Complete Concert At Club Saint German」へと改題され、従来はレコードに準じて3枚組だったものがCD 2枚にスリム化されている。音質が向上しているとレビューに書かれているので早速聴いてみた。

最近は、いろいろなCDでリマスター化が進み、イエスのように二巡目のリマスターまで完了しているものまである。うまくリマスタリングされたものはワンランク上の音質にブラッシュアップされているけれど、この「Complete Concert At Club Saint German」の音質向上ぶりはリマスタリングどころのレベルではない。これでもブルーノート時代に残したバードランドのライヴ盤に比べるとまだまだ全然良くない。しかし、元がかなり悪かっただけに伸びシロが大きい。

おかげで演奏の機微をより確実に聴きとることができて、より深く演奏を楽しめる。演奏者の唸り声や歓声もクリアになってこのライヴの熱気もダイレクトに伝わってくる。マスター・テープには本当はここまでの音質で残されていたんだな、そして従来盤はレコード化までに随分と音質が劣化していたんだなと今になってわかる。

ところで、曲と演奏は従来盤と変わらないのに何故に「Complete」なのかと当初は疑問を抱いていた。いや、まあ演奏はこれですべてだったのかもしれないけれど、普通はリイシューで「Complete」を謳う場合は未発表曲をすべて放出した場合のはず。

聴いてみて納得した。このアルバムのタイトルにある「Complete」は「全部が揃った」という意味ではなく、最良の状態で世に送り出したことに対して「完成した」「非の打ち所のない」という意味だったんだと。

ジャズ・メッセンジャーズが好きな人ならおそらく既に持っているであろうサンジェルマンのライヴ、買い換え必須です。

「Close To The Edge Definitive Edition / Yes」

Close To The Edge

「Close To The Edge Definitive Edition / Yes」(CD + Blu-ray)

キング・クリムゾンのオリジナル・アルバムの新ミックスで定評あるスティーヴン・ウィルソンの手による、同様なリミックス(CD)とマルチチャンネル化(ブルーレイ)盤セットが登場。ウィルソンは本当はミュージシャンなのに、クリムゾンだけでなくイエスにまで仕事の幅を広げたようだ。あるいはクリムゾンでの仕事をイエスのメンバーの誰かが高く評価し、このアルバムの仕上げを要望したのかもしれない。

2013年ミックスは一聴したところ微妙な印象だった。まず、シンバルの音量がかなり抑えられていることがすぐにわかる。クリスのベースもカドが取れて丸みを帯びている。また、リマスター盤によくあるような音量(音圧)上げをしていない、というかむしろ下げている。だから地味に聴こえてしまう。ただし、慣れてくると抑えた意図が見えてくる。耳に刺激を与えるところを抑えたことによっておギターとキーボードの音、そしてヴォーカルやコーラスの見通しが抜群に良くなっている(特にキーボードが凄い)。

とかくリミックスというと音を派手にしたくなってしまうものだけれど、抑えるところは抑えて、出すところを出すことによってその曲が持っている魅力をより引き出す手法は、一連のキング・クリムゾンのリミックスと同じ方向性の知的なアプローチであり、賞賛したい。そして "America" の2013ミックスも聴きどころ。恣意的なバランス変更ではなく自然な仕上がりながら音の配分、エコーのかかり方など、雰囲気が結構異なっていて違いを楽しむことができる。

一方、初のマルチチャンネル化で注目度が高いのがブルーレイ盤。基本的にはキーボードとコーラスをサラウンドに回す方向性で、音場の広がりを感じさせる仕上がり。リード・ヴォーカルはセンターのみで定位させている。もちろんチャンネルの分離と情報量の増加により、2chステレオにはなかった音が聞こえてきて、マルチトラックのマスターにはかなりの情報量が入っていたのだろうと思いを巡らせたくなる。こちらも一連のキング・クリムゾン作品のマルチチャンネル化と同じ傾向と言えるしっかりとした仕上がりで満足できる。ただし、個人的にはサラウンドに振った音のエコーのかかり具合がちょっと強すぎるところに違和感を覚える。

「Fragile」のDVD-Audioにも収録されている"America"の新マルチチャンネル・バージョンも入っているのでその仕上がりとの比較もまた一興。尚、収録曲は前のリマスター盤に収録されていたボーナス・トラックを含むもので新規発掘はないものの24bit/96KHzにハイレゾ化されているのと、本編3曲と"America"に2013ミックスのヴォーカルなしバージョンが収録されているところが目新しいところ。

聴き倒してきたマニアならこの Definitive Edition、大いに価値がありますよ。

ロバート・フリップへのお布施道 Road To Red / King Crimson

Road To Red

「Road To Red / King Crimson」

以前、2年間くらいマンツーマンの英会話教室に通っていたことがある。テキストブックをそっちのけで多くの講師と音楽や映画をした。中でも欧米系の講師は映画や音楽が好きな人が多く、しかも知識と理解度の平均レベルも高かった(自分たちの文化だから当たり前か)。

ロックの話題になると、みんなイエスやピンク・フロイドのことは実によく知っていて「いいね」のような話になる。しかし、キング・クリムゾンの名前を出すと皆が固まっていた。「う~ん、名前は聞いたことあるけどトランス系だっけ?」という人ならまだいい方で「知らない」と答える人が9割。ちゃんと知っている人には1人しか会ったことがなかった。

そのキング・クリムゾン、日本ではかなり愛好家が多いプログレッシヴ・ロック・グループである。彼ら、というかロバート・フリップはレコード会社との契約条件に納得がいかず(レコーディングの費用はバンドが出すのに出来上がった音源の管理はレコード会社がすべて行うことなど)、完全に独立した Discipline Global Mobile (DGM)という会社をかれこれ20年近く前から運用している。

自分の音源をすべて自分でコントロールできるようになったことでフリップはバンドの音源を様々な形でリリースしてきた。ひとつは膨大な数のライヴ音源で、CDによるパッケージとダウンロード(DGM Live!)販売で少なくとも200以上は聴くことができる(かなり昔の朝日新聞に掲載されていたフリップのインタビュー記事ではダウンロードの半分は日本からと紹介されていた)。もうひとつは過去のスタジオ盤カタログのリマスター、リミックス、そしてDVD-Audioによるマルチチャンネル化。

これらの動きが始まったころは喜んでいた。でも今となってはもうお腹いっぱい。特に DGM Live! で公開されているライヴ音源は音質(試聴できる)が良くてセットリストも充実しているもの以外は買わないようになってきたし、もうそのような質の高い掘り出し物も出てこなくなってきている。

クリムゾン・マニアは、度重なるリイシュー、膨大なライヴ音源の放出に食らいついていく。彼らの音楽はそのくらい魅力があるし、またある意味ジャズをも超えた自由度の高い生演奏を聴かせる故にライヴ音源はどれを聴いてもレベルの高さを実感できるから、「まだ買うのか」と自問自答しつつも買ってしまう。フリップ本人のコメントによると DGM は決して儲かっているわけではなく経営は楽ではないらしいそうなので、活動を支援をする意味もあるのならと思って僕はお布施をしている。

そのDGM も広い意味での商品化をある程度やり尽くした感があり、ビジネスとしても今以上の収益が確保できないせいか、次に1枚のオリジナル・アルバムをゴージャズに仕立てたボックスセット化することに取り組み始めた。

クリムゾンは過去に「Frame By Frame: The Essential King Crimson」(91年)と「Great Deceier」(92年)のボックスセットを出している。前者はツェッペリン、クラプトン、イエスなどがボックスセットを続々とリリースしていたころに、CD 1枚分の未発表ライヴ音源を含む他と似たコンセプトのアンソロジーものとしてリリース。後者は驚きの箱で、「Earthbound」も「USA」もCD化されていなかった時代にCD 4枚分ものボリュームで大量放出された第3期キング・クリムゾンのライヴ集。当時としてはそれぞれに意味があった。

それ以降、前述のようにリイシューとライヴ音源大放出が定期的に続くと、前出のボックスセットにあまり価値がなくなってきた。ここから更に新鮮味のあるボックスセットを出すのはさすがに難しい。

そして2012年にリリースされたのが「Larks' Tongues In Aspic Complete Studio Recordings」。この箱はDVD-Audioなど単品で買えるもの、既に DGM Live! で公開されている音源に2つの極悪音質未発表音源、いくつかの音源をハイレゾ仕様に収めたブルーレイ、というそれほど驚くほどでもないコンテンツで占められている。ところが、「Larks' Tongues In Aspic」のスタジオ・レコーディング時に残したセッションの断片を "Keep That One, Nick「ニック(録音管理係)、今のは取っておいてくれ」"と題してCD 1枚分80分一杯に収めているという目玉にまた釣られてしまった。(単品で DGM でダウンロード販売してもらいたいが)

そして今度は「Road To Red」。

「Red」レコーディングに至るまでの直前、74年春の北米ツアーのライヴ音源をアーカイヴするという趣向から「Road To Red」。CD、DVD、Blu-ray合わせて24枚組というボリュームは、しかし既に「Great Deciever」や
DGM Live! でリリースされている音源との重複がかなりある。では、これまでにお布施してきたマニアにとってこのボックスの買い要素はどんなところなのか。大きく分けて5点あると考える。

[A] 「Red」2013 mix と 2009 Surround mix 96KHz化
[B] 「USA」2013 mix
[C] 未発表ライヴ音源(4公演分)
[D] DVD、Bru-rayのハイレゾ音源
[E] 長文ブックレット、ポスター、小物類(チケットやホテルで書かれたセットリストメモのレプリカなど)


DVD-Audioがメインだった一連の40周年記念盤は、同梱のCDでも新しいミックスが施されていた。しかしどういうわけか「Red」のみ従来盤のままのCDを同梱(あれ?ならCDは不要だったのでは・・・)。当時はリミックスの必要性がないと判断したと言われているものの、カタログの5.1ch化を次々と進めていた繁忙期だけに「今回はまあいいか」的な見送りだったと想像する。あるいはこの「Road To Red」のような形で次の機会があることがそのときから企画されていたのかもしれない。その [A] は他の40周年記念盤の新ミックスと基本的には同じ方向性で仕上がっている。全体に音のトゲがなくなり、音の重なりが滑らかになったことで各楽器の見通しが良くなった。また、この新ミックスシリーズの慣例通り、楽器の基本的な音量バランスは変えず、それでいながらこれまで埋もれていた音が聴こえてくるところもいくつかあるという作りになっている(2009年サラウンドミックスにおいて"Fallen Angel"の3分00秒あたりでコルネットのソロが終わったあとの更にもうひと吹きが掘り起こされていたが今回の2013 mixでも採用)。音場もやや広くなったように感じる。この方向性は近年の一般的なハイレゾ音源やリマスター盤のトレンドにおいても同傾向でもあり、それはデジタル化された音源をどうまとめあげるかという技術が成熟されてきたことを意味しているような気がする。尚、2009 Surround mix は40周年記念盤ではサンプリング周波数が48KHzだったものがブルーレイ収録では96KHzへと地味にスペックアップしている。

やや物議を醸し出しているのは [B]。少し音質向上しているのは歓迎、ただし音のバランスが大きく異なっており2005 mix(=DGMで公開された"Asbury Park")よりもベースの音量をかなり抑えた傾向になっている。ウェットンのブリブリ唸るベースを好む人には残念な変更で、代わりにバンド・サウンド全体の見通しが良くなったというメリットはあるものの、やはり従来盤を好む人が多いような気がする。

ライヴ音源集は、既存音源で音があまり良くないものは手が施されて少し良化が見られる。元から音が良かったものはそのまま。一方で、内容はほとんど変わっていない。新たな未発表音源 [C] はすべてサウンドボード音源を基本にしており、最良とまでは言わないが総じて音質は良好。ただし、すべて頭切れや尻切れとなっており、1ステージの疑似体験として聴くのはちょっと厳しい内容の音源集という感じのものが多く、これまでにリリースされてこなかったのもきっとそのあたりが理由と思われる。パフォーマンスはもちろん素晴らしいものの、既出の音源と較べて特別に優れているというわけではないので、とにかく全部聴いてみたいというマニア以外にはなくても良いと思う。

[D]の内訳は以下の通り。

【DVD (DVD-Audioではない)】
・Asbury Park (2013 Mix) LPCM Stereo (24bit/96KHz)
・Asbury Park (2005 Mix) LPCM Stereo (24bit/48KHz)
DGM Liveで公開されたもののハイレゾ化
・USA (30th Anniversary) LPCM Stereo (24bit/48KHz)
既発CDのハイレゾ化
・USA (Original UK Vinyl Transfer)LPCM Stereo (24bit/96KHz)

【Bru-ray Disc 1】 (すべて24bit/192KHz)
・Stanley Warner Theatre, Pittsburgh, PA
・Massey Hall, Toronto, Ontario
・Penn State University, University Park, PA
・Palace Theatre, Providence, RI

【Bru-ray Disc 2】
・Asbury Park (2013 Mix) LPCM Stereo (24bit/192KHz)
・Asbury Park (2005 Mix) LPCM Stereo (24bit/48KHz)
DGM Liveで公開されたもののハイレゾ化
・USA (30th Anniversary) LPCM Stereo (24bit/96KHz)
既発CDのハイレゾ化
・USA (Original UK Vinyl Transfer)LPCM Stereo (24bit/96KHz)
・Red (2009 Surround Mix) LPCM & DTS 5.1 Surround
40周年記念盤と同じミックスもの
・Red (30th Anniversary) LPCM Stereo (24bit/96KHz)
初CDS化時音源のハイレゾ化
・Red (2013 Mix) LPCM Stereo (24bit/96KHz)


DVDは、ブルーレイ盤と同一音源からの選択でスペックダウン音源しか収録していない(DVD-Videoの限界か?)のでブルーレイ視聴環境がある人には不要でしょう。コレクターズクラブで公開されている音源を収めた Bru-ray Disc 1 は元から音質が良いものから選んでハイレゾ化している。

その興味深いハイレゾ音源について。その前に僕はハイレゾ音源のスペックによる音質向上には懐疑的なスタンスであることを最初にお断りしておく。ハイレゾ音源の中には明らかに音質向上していることを実感できるものはあるものの、それは音源化するときのプロセスにCDとの違いがあり、その過程の違いが音質差となっているのではにかと考えているからである(中にはマスタリングやミックスまで変えているのではないかと思うようなものがある)。純粋に192KHz/24bitなどのスペックの違いが、曖昧な人間の耳にわかるような違いをもたらすとは思っていない。

このボックスのブルーレイに収録されているハイレゾ音源を何曲か聴き比べてみた結果、ほとんどCDと変わらないというのが僕の結論である。厳密に聴き比べるとわずかに変わっている「ような気がする」程度の違いはある。ただ、その違いは良いか悪いかという次元ではなく「違っているだけ」の差だと思う。とにかく最良の形で音源を手元に置いておきたいという方であれば持っていても良いかもしれない。

[E]はオマケ類が好きな人はいいかも。僕は正直関心ないけれど、こ
れだけの価格のものへのサービス精神と受け止めれば納得できる。

以上を踏まえて、総合的な結論を出すと、「Red」と「USA」の2013 mixは単品で一応買えることを考えれば、このボックスセットでなくては手に入らない音源はあまり価値がなく、マニア必携とまでは言えないと思う。ただ、例によってLPジャケットサイズの箱は存在感があるし、そのうち入手できなくなると思うので、モノとして持っておきたいという方はお布施しても良いんじゃないだろうか。

IWCポートフィノのオーバーホール

ファッションに特別うるさいつもりはないけれど、そこそこいい歳になってくると、外出時、特に仕事のときには安っぽいものはあまり身に付けたくない。

男が飾るものとなると、ネックレスとか指輪とかを身に着けるという方法はもあるものの、僕のキャラには合っていないので不自然でないオトコのアクセサリーとなるとメガネか時計くらいしかない。

時計を「男として唯一飾れる」重要なアクセサリーと考え始めたのは20代の半ばくらいからで、それ以来、時計だけは少し背伸びをして買ってきた(といっても若いときはクオーツの2本だけ)。

40歳前になり、腕に10年ほど巻いていたタグホイヤーのクオーツ時計のデザインが子供っぽく見えてきたこともあって、いよいよ機械式時計に目が向くようになってきた。そのとき(2007年)に買ったのはタグホイヤーのカレラ・クロノグラフ。

ホイヤー

タキメーターなしでステンレス・ブレスレットのタイプは当時出たばかりだったと記憶している。僕は男にしては大変に腕や手首が細く、カレラ・タキメーターなど主流の43ミリ径を腕に付けると異物感がありありで、ブライトリングやパネライなんてもう論外。41ミリ径のこのモデルくらいまでが僕の手首の限度という悲しい手首をしている。

黒のパネルでクロノと秒針もあまり目立たせていない、ホイヤーのクロノグラフ・モデルとしては落ち着いたデザインであるところが気に入っています。ホイヤーはブランド物としては若者向けの安物イメージがあるので50歳を超えて着けて違和感がないかどうかはちょっと微妙かもしれません。ホイヤーにもデザイン的にはもっと落ち着いたものがあるんだけれど、ブランド・イメージってそういうものですよね。まあ、爺さんになったブラッド・ピットやディカプリオがカッコよく身に着けて宣伝してもらうことでシニアなイメージを作ってくれることに期待しましょう。

クロノグラフ、ステンレス・ブレスレットの外見は、若々しく華やかなイメージが売りになるわけですが、もう1本落ち着いた時計がやはり欲しい。シンプルで流行に左右されない時計、より具体的に言うと葬儀のときに身に着けていて違和感のない時計も手元に置いておきたい。

そう思いつつ時間が過ぎ、結婚することになってエンゲージリングのお返しとして妻に買ってもらったのがこのIWCポートフィノ。

IWC

まさに自分が求めていたシンプルさが魅力。ただし、IWCの中ではもっとも廉価な価格帯のモデルで汎用ムーブメントを使っていたりして時計マニアには中途半端だし、高級感が匂い立つような外見でもない。でも、そんな控えめなところがこの時計の魅力。

その時計も購入して3年半が経過し、日に30秒ほども遅れるようになってきたのでここでオーバーホール。戻ってきてからは日に5秒ほど進むようになり快調です。費用は48,300円でした。確かカレラはクロノグラフは確か40,000円くらいだったような記憶があるのでだいぶお高いメンテナンス代。これがブランドの価値の違いということなんでしょうか。

そもそも機械式時計は機能としてはまったくもってたいしたものではありません。クオーツの方が圧倒的に優れているし今や時刻を合わせる必要のない電波時計だってお安く買うことができる。太陽電池で動くものなら半永久的に何も手をかけなくても1秒も狂わない時計は、機能としてすべてを完全に満たしていると言ってもいい。では、高くて不便で維持費も重くのしかかる機械式時計をなぜ人は欲するのか。

最大の理由は、身も蓋もない言い方をすれば「ステイタス」ですね。どんな理由をこじつけても機械式時計には「時間を知るもの」として機能的な正義はない。でも、例えばフレンチ・レストランのメートル・ド・テルやソムリエは、男性の身なりを見て料理やワインを勧めたりするもので、時計はその判断の重要なファクターになっているというのは良く言われていること。つまり下品に言えば、たかが腕時計なんぞに大枚をはたける人というのは経済的に余裕があることを示しているわけです。

とはいえ冷静に考えると、何のエネルギー源も持たず、ゼンマイというプリミティヴなもので日に5秒程度しか狂わない時計というものは物凄く精密な機械であり、たとえ汎用ムーブメントだとしても工芸品と呼んで差し支えないもの。工芸品というのは機能で価値が決まるわけではない(高級茶碗はご飯が食べやすいなんてことはない)ので機械式時計にそれなりの値段が付くのは納得できる話ではある。

時を知る道具として工芸品を身に着けるというのはなかなかロマンティックではありませんか。

無駄に高いからこそ、買うときに悩み、いろいろな思いが詰まってくる。無理をして手に入れるからこそ長く使う。長く使うつもりで買った時計が似合わなくならないように服装やライフスタイルにも気を配るようになるし、オヤジ臭くなってなるものかと自分を引き締めたくなる。機械式時計なんて見栄を張るためのもの、という御仁がいますがまさにその通り。

見栄というとネガティヴなイメージが付いて回るものですが、自分磨きの原動力でもあるわけです。少し背伸びをするような見栄を張らない人生なんてつまらない。その代わり、見栄の張り方って間違えると本当に下品になってしまうもの。時計だけ詳しくて他のことには興味がない、なんて人は品格があるようには見えないものです。自分を磨かないと、身に着けているものも光り輝いて見えるようにはならないでしょう。

僕にとって2本の時計は自分を磨くための大事な原動力。時計に負けないように自分を磨き、末永く使っていこうと思います。

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