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趣味の人生を楽しむサラリーマンの日記

ジャーニー 2013年日本公演

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WOWOWで録画してあったジャーニーの2013年3月11日、日本武道館公演を観た。

高校生のころ、ジャーニーは正に全盛期だった。でも、当時70年代英国ロックに心酔していた僕にとって、キーボードがチャラチャラ鳴っている売れ線ロックは軟弱で「こんなのロックじゃねえよ」と思っていた。

それが今では心地よく聴けるようになったのはきっと歳をとったせいに違いない。

実際、ライヴを聴いてみると予想通り、いや予想以上に良い。やはり良い曲に安定した演奏で聴くことはは実に心が満たされる。

番組の最初にメンバーが紹介されていて、ドラムがスティーヴ・スミスでないところに少々落胆していた。ところがディーン・カストロノヴォが実に上手い。それでいてちゃんとロック・ドラミングの醍醐味がある。93年にポール・ロジャースのライヴ(ギターはニール・ショーン)で観たときも上手いと思ったんだけれど、改めて上手いと思った。しかも抜群の歌唱力でリード・ヴォーカルまで取っていたのには少々驚いた。

そして、スティーヴ・ペリーの代役であるアーネル・ピネダがそっくりで歌唱力もいい線を行っていて期待を裏切っていない。この人、YouTubeでニール・ショーンが発掘した(イエスのベノワ・デイヴィッドもクリス・スクワイアによるYouTubeスカウトとか)らしいんだけれど要は代用品である。特に輝かしいキャリアがあるわけでないとなれば、ジャーニーのメンバーとして歌えるのは良いチャンスなんだろう、なんて冷静に観ていた。

でも、Wikipediaでこの人がかなりの貧困を味わった苦労人と知ると、俄然応援したくなる。代用品でも、ここまで良いライヴができるならいいじゃないか。ジャーニーの楽曲の良さを多くの人に伝えられるのだから。

このジャーニーのライヴは黄金期メンバーと代用品の組み合わせ。でも、紛れもないジャーニーのライヴになっていた。今後も応援してあげたい。

ロリン・マゼール指揮 ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

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クラシックのコンサートには、これまで3回行ったことがある。

2010年10月、ロンドン・バービカン・ホールで観たのはゲルギエフ指揮ロンドン交響楽団によるビゼーのカルメン(実は遅刻して見逃した)、何方かの現代作曲家の曲、ムソルグスキーの展覧会の絵、というプログラム。

2012年5月、ラ・フォル・ジュルネで3つのステージを。
1つはショスタコーヴィチ:チェロ・ソナタ、ラフマニノフ:ロマンス、ラフマニノフ:ヴォカリーズ、ラフマニノフ:悲しみの三重奏曲第1番という室内楽プログラム。
1つはラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。
もう1つはチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番。

2012年5月、ローマ・オペラ座でヴェルディのアッティラを観劇(指揮はリッカルド・ムーティ)。

とはいえ、当時はクラシックに特別な興味があったわけではなく「素人でも知っている曲を」という妻の配慮で選ばれたもの。またオペラは「イタリア旅行に来たらオペラでしょ」という実に単純な発想で観たもの。

当時はロック、ジャズ人間ではあったんだけれど、それ以前に僕は人が奏でる音楽というものが好きなので「良い音楽を聴けるのであればクラシックでも」というスタンスはあった。だから、きっかけは妻の「行こう」であっても連れられてということではなく、楽しみにしてコンサートに足を運んだ。

何も知らないい状態でも、生のオーケストラの音の素晴らしさはすぐにわかった。音の美しさ、響きの深さ、音圧の高さ、いずれも家庭のオーディオでは到底出せない音世界を体験できる。

自分の意思でクラシックを聴き始め、少しずつ良さがわかってくると生で聴きたくなってくる。ベートーヴェンの交響曲を「いいな」と思い始めた時期に、ベートーヴェンの4番と7番を演奏するロリン・マゼール&ミュンヘンフィルの2013年日本公演の新聞広告が目に入った。

ところが席が悪いところしか残っていない。他の日程を探すと、やはり気に入り始めていたワーグナーのタンホイザー序曲を演る日があり、そこそこ良い席が残っていた。この日のメインはブルックナーの3番で当時の僕はまだ7番を数回聴いただけ、しかもその良さなんてまったくわかっていないという有様でありながらチケットを購入してしまったのです。4ヶ月の準備期間があったのでそれまでに予習すればいいか、というノリで。

その予習期間でブルックナーは3番だけでなくいろいろと聴いてみた。徐々にその良さがわかるようになってきて迎えた2013年4月18日のサントリーホール。

まずはワーグナーのタンホイザー序曲から始まる。ドイツ一流オケの美しさと力強い鳴りに心が満たされていく。トリスタンとイゾルデのようなゆったりとした曲でも緊張感が高く優雅。そして休憩を挟んでブルックナーの第3番。

始まってすぐ、それまでとまるで違う空気に支配される。更に高い緊張感とスケールの大きな鳴り。最初に3分で「これはただ事では済まない」という予感が走る。噂どおり、恣意的にテンポを揺らし、ゆったりと大きな表現をするマゼールの指揮がスケール感を更に広げていく。およそ1時間の曲に中だるみなど皆無で、壮大なフィナーレまで圧倒されっぱなしだった。一体感があり、手堅いように聴こえながらも優雅な音を奏でるだけだく音圧も凄まじい。

これまでも、ロック・グループやジャズ・コンボに凄みを感じてきたことは何度かあった。そのときは「たった数人でこんなに凄い音が出せるなんて」ということに感心していたんだけれど、視点を変えると数人がまとまればそれが実現できるとも言える。

何十もの人で構成されるオーケストラでは個々の力だけでなく、それだけの数の人がまとまらなければならない。この日聴いた演奏は、オーケストラという音楽の在り方の凄みそのものが出ていたように思う。この日聴いたブルックナーの3番は、人が奏でる音楽の最高峰のひとつだとさえ思った。「ブラボー!」のフライング度がかなり酷かったのはいただけなかったんだけれど気持ちはとてもよくわかる。アンコールのマイスタジンガー(第1幕前奏曲)もそのままの勢いで圧倒的かつ大きな演奏。

まだ心の底から良いと思っていたわけではなかったブルックナーの楽曲について「そうか、こういう音を表現したかったのか」と、より深く理解できるようになったのも嬉しい。

もともとワーグナーやブルックナーを得意とするミュンヘンフィルを、やはりブルックナーで実績のあるマゼールが振る。今回の日本公演では3つのプログラムを用意していて、ワーグナーとブルックナーで固めたこの日の演目こそが一番の見せ場だったんじゃないかと思う。チケットを買ったときはそんなことをまったく知らなかったんだから本当に運が良かったとしかいいようがない。

いつかは理解できるようになる? グスタフ・マーラー

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本腰を入れてクラシックを聴こう、そして交響曲から攻めていこうと思い立ったのが2012年の11月ころ。

まだ半年も経っていない。でも毎日ほとんどクラシックしか聴かない生活で、CDを乱購入していることもあり、有名作曲家の主要な曲はだいぶアタマに入ってきた。

実は、さして文化的な家庭に育ったわけでもない昭和12年生まれの父は熱心なクラシックの聴き手だった。だから、特に裕福だったわけでもないのに子供のころから家にはちゃんとしたオーディオがあった。決して高級品ではなかったけれど、70年代のオーディオ・ブームで家庭に普及した家具調一体式もの(アレは音が悪かったなあ)ではなく、アンプ、スピーカー、レコードプレイヤー(あとカートリッジ)も自分でセレクトしたこだわりのシステムだった。

そういうわけで子供のころから、好むと好まざるとにかかわらずクラシックを聴いていた、というか聴かされてきた。しかも団地住まいなのに結構な大音量で。

自身が音楽に興味を持つ(80年ころ)ようになると、歌謡曲やニューミュージック(死語!)から始まり、ロック(主に70年代の英国もの)に強い関心を持つようになる。この時代のロックの激しさやスリルを楽しく感じるようになると、どうしてもクラシックはお上品で退屈な音楽としか思えなくなってくる。

30代になってジャズに興味を持ち始める。実は父はジャズの熱心な聴き手でもあった。そして学生時代はジャズなんてお上品で退屈な音楽だと思ってきた。それが聴き始めてみると実に激しく、濃厚、そして熱い音楽だとわかるようになり、すっかりハマッてしまった。この期に及んでもまだクラシックはまだ退屈なものと思っていて視界の片隅にも入ってこない。

30代後半からオーディオに力を入れ始める。紆余曲折を経て、生涯付き合うつもりで気合を入れて買ったのが JBL Project 1000 Array というスピーカー(ただし中古)。このスピーカーはジャズやロックを骨太に鳴らす目的で選んだ。実際、低音の響きが素晴らしく、音がどんどん前に出てくる迫力がある。でもこのスピーカーはそれだけじゃなかった。それまで使っていたスピーカーと価格帯がまったく違うこともあって、音の細かい描写力が桁違いに優れていた。オーディオ評論的に言うならば情報量が極めて多く、解像度が高い。それでいながら音の表現に棘がなく温もりのある音を出す。

ここまで優れたスピーカーとなると、「クラシックもいい音で鳴るのでは?」という思いを抱くようになり、あるとき買い物ついでにCDショップで探してみた。でも何を聴きたいという主体性も知識もない。

そうだ、マーラーを聴いてみよう。

マーラーについて何か知識があったわけではない。音楽の授業では出てこない作曲家だし、知っている曲もない。ただ、大作主義で有名な作曲家では飽き足らないツウが聴く音楽という印象はなんとなく持っていた。

ちなみに、父はマーラーの名前を聞いただけで苦虫を噛み潰したような顔を今でもする。父はモーツァルトやベートーヴェン、ブラームスといったどちらかと言えば古典的で正統的なカッチリと構成ができた音楽を好んでいた。ジャズについてはビバップや初期ハードバップを好んでおり、僕はどちらかと言えばそういう古典的なものよりも、モード・ジャズからフリーに片足を突っ込んだころが好きということもあったので、父が嫌うマーラーには古典派よりも一歩進んだ面白さがあるのではないかというイメージと期待を勝手に持っていた。

そんな経緯で買ってみたのがバーンスタイン&ウィーンフィルの交響曲第5番。オーディオのパフォーマンスを確認したいという不純な動機なので新しいめの録音(87年)であることを重視。バーンスタイン、ウィーンフィルという名前も聞いたことがあるから演奏も間違いはないだろうという、今思うとかなり呆れた選び方だった。

さて、そのCDを入魂のオーディオで聴いてみる。う~む、素晴らしい音質。予想はしていたけれど、このスピーカーはクラシックも堪能できるレベルにあると確信した。

一方で音楽には少々ガッカリした。もっと前衛的で型破りな音楽だと思っていたのにそれほどでもない。確かに大作と言える作風は、ベートーヴェンなどとの違いを感じさせるものの、出てくる音だけを聴いていると父が嫌うほど古典派の音色と大きく違うようには思えない。自分の意思で初めて買ったクラシックのCDにマーラーを選んだのは、父に聴かされてきたクラシックとは別の魅力を感じられるようになるかも、という期待があったからなんだけれど、そう思わせるものをこのとき感じることはなく、クラシックへの興味はここで一旦失われることになった。

それから約4年の月日が流れて、ベートーヴェン、チャイコフスキー、ブラームス、モーツァルト、シューマン、シューベルト、ショスタコーヴィチ、シベリウス、ブルックナーなどをある程度聴くようになり、クラシックの歴史についても少し学んでからもう一度マーラーに向き合い始めると、見え方が少し違ってくる。

やはりマーラーは、型破りだ。長大な曲、他の作曲家が使わない楽器を多用し、曲の構造も形式もそれまでの作曲家の手法とは明らかに違う。音は色彩感に富み、派手な曲なのに聴き手を楽しませようという娯楽色が薄いように感じる。なるほど、形式を重んじて音楽に大らかさを求める父が嫌う理由もよくわかる。

僕はマイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンの真の魅力がわかるようになるまで少なくとも5年はかかった。だから現時点でクラシックの魅力、そしてマーラーの音楽がわかったなどとは思っていない。

でも、おおまかな特性は掴んでいるんじゃないかと思っていて現時点ではマーラーの音楽は僕にとって上位に来るものにはなっていない。正直なところ、クラシック通が心酔するほど優れた音楽だろうかと思ったりする。

その理由はいくつかある。先に書いた通り、マーラーの音楽には聴き手を大らかな気分にさせる要素が少ない。別の言い方をすると遊びや余裕がない。更に曲が非常に長く(第3番はもはや異常)、長い必然性も感じないし、印象に残るメロディも少ないので派手なのにとっつきにくい。曲の構成にも疑問を感じる。全体の流れにスムーズな連続性が感じられず、いきなり曲の展開が変わったりするので、構成の完成度が高いように思えない(この点でベートーヴェンは非の打ちどころがない)。そうかと言って、例えばストラヴィンスキーのように表面的な前衛性があるわけでもない。

また副次的な要素になるけれど、音の最弱部と最強部の幅(ダイナミックレンジ)が他にないほど大きく、家庭のオーディオで近所迷惑にならない程度に聴く際には音量を絞らざるを得ず、弱音部の音楽を聴き取ろうとする集中力を要求されることになるので、結果的にながら聴きを許さないというのも欠点になる。

それでももう少ししっかりと聴いてみたい。マーラーは今でも演奏される機会が多い。きっとクラシック愛好家にとって魅力がたくさんあり、演奏家にとってもやりがいがある音楽だからなんだろうと思う。

クラシック歴がごく浅い僕が好きになった指揮者バーンスタイン(偶然にも初めて買ったCDの指揮者)がマーラーを特に好み、その演奏も高く評価されているのだから、もっと奥深い魅力があるに違いない。実際、バーンスタインの大げさな芸風はマーラーの音楽にとても良く合っている。80年代の録音を収めた全集はボリュームも濃厚さも格別。あるいはこれさえあれば他の演奏はもう要らないのかもと思わせるほどの満腹感を味わうことができる。

いつの日か「マーラーは素晴らしい」と心から思える日は来るのだろうか。新しい音楽を探求しはじめる時期には、そういうことに思いを馳せることもできて楽しい。

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