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趣味の人生を楽しむサラリーマンの日記

松井秀喜の引退

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松井秀喜が引退を表明した。

松井が読売ジャイアンツにいたころ、僕は阪神ファンだった(今は地元ロッテを応援)んだけれど松井は好きな選手だった。あと、ルーキー時代に個人タイトル争いのために敬遠を無理強いされてマウンドの土を蹴った上原も。

2人ともメジャーに行って長く活躍した(している)。イチローやかつての長谷川もそうだけれど、長く活躍できる人は、メジャーリーグのやり方に合わせて成長したからこそ結果を残せているのは間違いない。

近年、日本人野手の評価がMLBでも下がってきている中、イチローと松井は別格と言えるでしょう。そして、松井はイチローと違う姿勢と努力で頂点(ワールドシリーズMVP)を極めたと思う。

イチローの凄さは記録に現れている。ケチなんて到底つけられないほど凄い。その求道的な野球への姿勢も個性的で他を寄せ付けないものがある。ボール球でもヒットにする技術を磨くことを美学として、それを貫くことでこちらも頂点を極めたと思う。

松井は記録的にMLB屈指のものを残したわけではない。日本にいたときのようにホームランを量産できたわけでもない。それでも僕の野球観では大変素晴らしい選手だと思っている。

中軸打者としてコンスタントに打点を稼いだこと。
選球眼が良いこと。
その状況に応じたチームバッティングができたこと。
そして、インタビューで垣間見える誠実な人間性。

ジーターが松井をずっと絶賛していたのは、僕の野球観がMLBの超一流に認められたかのように思えて嬉しかった。

今こうしてなんとなく整理がついたかのように書いているけれど、頭がスッキリしたのは映画「マネー・ボール」を観て、原作を読んでから。僕は昔から出塁率って本当は大事なんじゃないかと思っていた。言い換えるとボール球を振らない選手こそが良い打者だと思っていた。松井はまさにそういう好打者だった。

例えばやはりMLBで活躍し、近年は打率的に目立たないロッテの井口は今でも四球が多く、出塁率は高い。ヒットを打つことは打者は満足するだろうし、観ている人も喜ぶ。でも、四球がチームのためになることであり、チャンスを広げることをわかっている選手が僕は好きだ。

好きな選手が引退するのは本当に寂しい。こんな素晴らしい選手、そうは現れない。

(写真は2007年6月14日ヤンキースタジアムで観戦したときの松井)

「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」

ものすごく

世間では大絶賛、9.11を題材にした最高の文学と言われる原作を、豪華キャストによる高値安定の演技と演出で、スティーヴン・ダルドリーが巧みに見せる。ヒューマンドラマ系が好きな自分にとって、「リトル・ダンサー」が好きな自分にとって、ツボに嵌る可能性大の映画。

・・・と思っていたら、違和感だけをモヤモヤと残して終わってしまった。数日考えて頭を整理してみる。

主役の少年の辛さは想像に余りあるほど残酷。9.11で家族を失った人たちについても改めて考えさせられる。少年が再生していくストーリーもいいと思う。老人のエピソードからは、アメリカ人だって戦争で人を殺している、ということから背を向けていない実直さも感じる。映画としての作りもしっかりしていて、そういう点では安心して観ることができる。

でも、本当に少年がうるさすぎて鬱陶しい。子供版ウディ・アレンのように理屈っぽくて口数が多い。途中から出てくるマックス・フォン・シドー演じる老人が、うるさすぎる少年をなだめてくれて観ているこちらも本当に助かった。

少年は頭の回転が早く実に聡明だけれど、正直なところこんな子供は近所にいてほしくない。ところがアスペルガー症候群であることと、9.11で大事な大事な父親を失った心の傷のせい、ということで「仕方がないでしょう」となってしまう。ルックスが良いことも、「仕方がないでしょう」を加速させている要因だと思う。でもね、こんなにアタマがいい子がここまで引きずるかというのも疑問に感じてしまうわけですよ。

ちなみにこの話は、作り話。言い換えるとウソということ。こういった舞台設定はすべて作り上げられたものというわけ。特にラスト近くで明かされる母親のエピソードは、いかにも作り話ならではの泣かせるための演出としか思えなくてあざとい。

で、いいんですか?と。
9.11の悲しみを利用して、出来すぎたファンタジーを作っちゃって?

最大のモヤモヤはここにあるとようやくわかった。

同監督の「リトル・ダンサー」は、炭鉱町の日常を描いているようで実はファンタジーだった。でも、そこがとても良かった。

「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」は9.11を利用した、余りにも不自然でこれ見よがしなファンタジーに思える。

公開当時(最初はNYで公開)、アメリカでそれほど評判が良かったわけではなかったとのこと。NY市民だったら「こんな綺麗ごとにされてもね」と思ったとしても不思議はないような気がする。

嫁さんは横でオイオイ泣いてましたけど。

「フェア・ゲーム」

フェアゲーム

正義と権力を対決させるサスペンスというのは手法的には珍しくないし、ホワイトハウスとCIAの対決というのもそれほど新鮮味はない。

でも、この映画は実話で、しかもイラク戦争にGoを出したホワイトハウスと大量殺戮兵器はないとしていたCIA、そして権力に押しつぶされていくエージェントが描かれている。実話ということでとても迫力がある。

これだけ(ある意味)おいしい話を、ボーン・シリーズのダグ・リーマンが仕上げれば面白くないはずがない。

観ている間、一瞬たりとも息を抜けないとはこのことで、政治サスペンス映画の最高峰のひとつだと言いたくなる。

こういう無駄な戦争、より具体的に言えば何の罪もない人を殺していくのもアメリカなら、自省の映画を作れるのもアメリカ。

長いものには巻かれるのが当たり前、空気にどんどん流されるのが当たり前の日本の社会からすると、相反する価値観を共存できる文化がうらやましい。

クリスマスにロカビリー

Boogie Woogie Christmas

年末になると毎年フローリングのワックスがけをする。

ディノスの抗菌プロビューという商品を愛用していて、ウチの床面積(14畳リビングと廊下だけ)だけだと、1本で2回分使える。艶がよく出て長持ちするので、ここ何年かはずっとこればかり使っています。

最近の新しいマンションのフローロングは艶消しのところが多いので、そういうところには向いていないでしょうが艶を出したいところにはかなりお勧め。

さて、こういう大変な作業をするときに欠かせないのがBGM。

今年はブライアン・セッツァー・オーケストラ(BSO)の「ブギ・ウギ・クリスマス」で。

BSOはライヴも何度か観ていて、とにかく楽しいビッグバンド・サウンドが大好き。とはいえ、このアルバムは季節モノということもあり数回しか聴いていなかった。

ああ、でもなんて楽しいんだろう。さすが、セッツァー。最後の方はミサのように厳粛に締める構成もよくできていて、1枚のアルバムとして通して聴いても完成度が高い。

ジョン・レノンやワムのような定番もいいけれど、ロカビリーのクリスマスも悪くない。来週も聴いてしまいそう。

カルロス・クライバーのベートーヴェン

クライバーのベートーヴェン

ぶらりと寄った近所のアウトレットで良い感じのセーターが5割引で売っていて、更にもう1点買うと1割引いてくれるという。妻が気に入ったマフラーを見つけてきたので、ちょっと早いクリスマスプレゼントとして買ってあげることにして割引の恩恵に預かる。

ウチはサプライズ・プレゼントにこだわっているわけでもないので今年はこんなオープンな形で。

で、お返しに欲しいものは何?と訊かれて、何にしようかなと考えていると「CDでもイイよ」という。

僕は基本的にCDはリッピングしたら売ってしまう(その代わりバックアップは2つ取っている)ことにしているので、気に入って手元に残しておきたいと思えるようなものでなければならない。

そこで選んだのが、カルロス・クライバー指揮、バイエルン国立管弦楽団のベートーヴェン交響曲第4番と第7番。4番はシングル・レイヤーの、7番はハイブリッドのSACD。SACDならリッピングしたら用済みということもない。
まだクラシックを聴き始めて1ヶ月くらいしか経っていない身分で言うのもナンだけど、カルロス・クライバーが指揮をしている演奏はどうやら僕の肌に合うようで、この2枚も一度聴いただけで気に入ってしまった。

演奏は少々荒っぽい感じはするものの、オケの躍動感が素晴らしい。早いところの推進力は強力で、それなのに軽い感じがしない。重みを持たせるべきところは勢いを殺さずにゆったりと演奏する。クライバーのベートーヴェンの7番と言えばウィーンフィルとの76年の録音が有名だけれども、どちらもそれぞれに素晴らしさがあることを認めつつ、この82年のライヴ盤に軍配を上げたい。

この演奏は「クラシックというものは譜面どおりにカッチリ演奏するつまらないものなんだろう」という、聴き始める前の僕の先入観を覆す、人間らしさが感じられる。あまりホールの響きが感じられない録音状態が独特で、ある意味万人向けではないかもしれませんが。

あと、4番もこんなにいい曲なんだと初めてわかった。こちらも勢いと重みが良い塩梅です。

妻よ、素晴らしいクリスマス・プレゼントをありがとう!

「リトル・ダンサー」

リトルダンサー

昔観たけど覚えていないと妻がいうので、何年かぶりにDVDを引っ張り出して観てみた。

あまり同じ映画を繰り返してみないけど、この映画は少なくとも8回は観ているはずで内容も重要なところはほとんど覚えている。

で、困るのが、いろいろなシーンで感動的な場面が来る前から涙腺が緩み始めること(苦笑)。

お父さんの前で期せず見せつけたダンスのシーン、そこで気持ちが変わったお父さんのスト破り、ロンドンへ見送るときの兄の「I miss you」のシーン。

主役のジェイミー・ベルは今ではすっかり青年に。でもここでは少年の純真さがピッタリの子役。8割方しかめっ面をしていて時々見せる笑顔がその分輝いて見える。

脇役がしっかりしているのもポイントで、「ハリー・ポッター」シリーズのロンの母親役で顔が売れた先生役のジュリー・ウォルターズと、父親役のゲイリー・ルイスが映画の良さを引き上げているのは間違いないところ。

ブルーレイ盤が出ていないし、DVDは廃盤。テレビで放送されることも少ないのがとても残念。



ムラヴィンスキーのチャイコフスキー

ムラヴィンスキー

サザエさんにこんな話がある。街中を颯爽と歩くショートヘアの若い女性に、波平が男と間違えて話しかけて立腹される。サザエさんらしいといえばそうだけど、そんなに面白い??

話は変わり、音楽を聴き込むにあたって「その背景を知る」という要素がある。要は薀蓄なわけですが、そういうものは重要ではなく「音楽そのものに純粋に良ければいいんじゃないか」というスタンスの御仁もいらっしゃることでしょう。

まあ、いわゆる「背景」の中には、マイルス・デイヴィスとセロニアス・モンクのケンカセッションのように作り上げられた逸話というものも少なくないので過信は禁物。それでもやはり知識があった方がより楽しめると思うわけです。

冒頭で触れたサザエさんの漫画が朝日新聞に掲載されたのは1954年ころ。当時の女性でまずはショートヘアというのが珍しかった、というところまでは波平の勘違いの理由として推測ができる。しかし「ローマの休日」が日本でヒットして、ヘップバーンの髪型が流行ったということまで知ると話の本質が見えくる。

音楽の場合、その曲はどんな時代に作られたのか、作った人(演奏をした人)はその人はどういう人生の岐路にいたのか、その人の音楽活動のどんな時期だったのか、などは音楽をより深く理解するための重要な情報ではないかと思うわけです。

昨日届いたチャイコフスキー後期交響曲集の第5番を聴いてみた。録音は60年と少し古いものの、これがかなり良い、というか実に素晴らしい演奏。

僕の手元には78年録音、リッカルド・ムーティ指揮フィルハーモニア管弦楽団の第5番もある。こちらは整った演奏で起伏のバランスも良く優美。これはこれで素晴らしい演奏。カラヤン&ベルリンフィルは71年の第6番しか聴いていないけれど、こちらは怒涛の勢いと完璧に統制が取れた一糸乱れぬアンサンブルで研ぎ澄まされた迫力で圧倒する印象。

これらと比較するとこの盤、60年ということを考えればまずまずとはいえ音がさすがに悪く、大音量のところでは歪んでしまっている。オンマイクでオケの響きが抑えられた録音からして上記2つとは印象がまた違う。演奏は金管系を中心にところどころ粗く全体に緩さもどこか漂っているように感じる。でも、指揮者が幾分技術の落ちるオケを掌握し、多少の粗があってもオケ全体で音楽を推進するスピードとパワーが凄まじく、これが実に胸に迫る。ムーティの演奏とはまるで違っていて同じ曲なのに同じように感じない。ムーティ盤の方が良いという人も当然いると思いますが、僕はこの盤の第5番が好きになってしまった。

誰がいつ演奏しているのかを知らずに聴いてもおそらく感動しただろうとは思うこの演奏はムラヴィンスキー指揮レニングラードフィルによるもの。古い録音であるにもかかわらず未だに名盤として語り継がれているものです。ここで1960年のソ連を想像してみる。スターリンが亡くなってから7年しか経っていない社会主義国、西側との交流は浅く、演奏家は新しい情報も入りづらかったでしょう。北朝鮮のようとまでは言わないまでも閉じられた世界で半ば軍隊にも似た統制を以ってオケが成り立っていたのではないかと想像できる。そして国を背負ったかのように演奏に取り組んていたであろう社会背景が、このような熱演を生んだのではないかと。こんなことを知る(想像してみる)と、西側に遠征したときに録音されたという貴重なこの演奏の価値をより深く感じ入ることができるんじゃないかと思うわけです。

そうやって想像してみながら音楽を聴くことも楽しみのひとつではないでしょうか。

ウチの猫「ぶらん」は人懐こい

ぶらん2

今日は、清掃業者に来てもらって換気扇掃除をしてもらった。

作業員が2人来たとのこと。妻の話によるとその2人に体をスリスリやっていたらしい。

なんとなくわかってはいた。これまで来客が来ても逃げも隠れもしないし、ねこじゃらしを差し出せばすぐに仲間になってしまう。

長くペットショップをたらいまわしにされていたからか、人を怖がらないし、ケージに入れても当たり前のように大人しくしている。

僕にスリスリやってくれるのは飼い主だからかと思ったんだけど、どうやら誰でもいいらしい(苦笑)。

まあ、でも犬派だった僕からすると人懐こいのはちょっとうれしいかも。飼い主に対する忠誠心はないけれど。

我が家の猫、「ぶらん」

ぶらん1

我が家の愛猫です。 名前を「ぶらん」と言います。

ご覧のように白い体に顔としっぽに茶色の柄の長足マンチカン。

フランス語では白も茶色も「ブラン」と発音するということでこの名前にした。ひらがななのは字画が良いからという妻の提案による。

2012年4月12日生まれで9月4日に我が家の一員になった。

もともと僕は犬派で、かつては18歳までの天寿をまっとうしたマルチーズを見送ったことがある。

でも妻はネコを飼いたいと言う。言い出して1年くらいのある日ペットショップでなんか愛嬌があるこの子に出会い、ウチで引き取ることにした。

猫って自由気ままで人には懐かないと聞いていたんだけれど、ときどき体を摺り寄せてきたりして甘えてきたりする。意外と人に懐くんだなあと。

もちろん、自分の隠れ場所に行ったっきりしばらく出てこないこともあるものの、思ったほど寝てばかりということもない。まだ子供だからだろうか。

犬派以前にもともとは動物好きなので、いやはやかわいいもんで、完全に親バカになっています。

かわいいマスコットと妻との生活、心が豊かになります。

自己紹介

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まずは自己紹介を。(写真は1歳当時のワタクシ)

1967年生まれの現在45歳。

普通のサラリーマンで、趣味を楽しむことを生きがいにしている。

家族は、2010年5月に結婚した妻(3歳下)。そこに2012年9月には猫が加わった。
結婚が遅かったのは、お互い、いろんなことにこだわりがあって相手を選んでいるうちに、こんな歳になっていたと、というところだと思う。

でも、いろんな感性がうまく共鳴しあうことができる相手に巡り会うことができたと思っている。まだ会ってから3年半の時点でこんなことを言っていては、長年結婚生活を送っている人に笑われるかもしれませんが。

趣味はたくさんあります。困るくらいに。傾向は完全にインドア系です。工学部出身で元エンジニアなんだけれど、趣味が完全に文科系。そしてやりだすと結構とことんまでやってしまうタイプ。

ロックは中学生の頃(82年)から聴いてきた。最初に好きになったのはクイーン。今でもクイーンは僕にとって特別なグループで、世にある音楽はクイーンとそれ以外とに大別されるといって差し支えないくらいの存在。それ以外の音楽もたくさん聴いてきたからこそそう言える。ロックでは他に、レッド・ツェッペリン、フリー、キング・クリムゾン、ジェフ・ベックあたりを特に好んで聴いてきた。

34歳のときに突然ジャズを聴いてやろうと思い立ち、狂ったように連日聴き続けてきた。マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、ウェイン・ショーター、アート・ブレイキーは、プレイはもちろん作り出す音楽が好きで、プレイヤーだとリー・モーガン、フレディ・ハバード、エリック・ドルフィー、エルヴィン・ジョーンズ、ジョー・ヘンダーソン、ケニー・ドーハムあたりも好きです。現役バリバリの人はあまり聴かないけれど、ジョシュア・レッドマン、ブラッド・メルドーもお気に入り。

そして齢45になって、クラシックにハマリはじめる。もともと、父が好きだったので子供のころから聴かされてきた音楽で、しかし興味をそそられず。ところが妻がクラシック好きで、一緒にコンサートに何度か行っているうちにどんどん良さがわかるようになってきた。とにかく生オーケストラの音の響きの美しさは筆舌に尽くしがたい。

音楽以外だと、映画も少々。薀蓄を語れるほどではありません。それでも本数だけは結構観ていて、WOWOWで録画して月に4本くらいは観ている。

その他にもオーディオ、競馬、クルマも凝っている方です。

クルマを除くと、挙げたものはこの世になくてもまったく困らない。でも、僕は趣味にずいぶん助けられている。楽しいことよりは辛いことの方が多い仕事のストレスを和らげ、精神を保つのに欠かせないんです。

人生を豊かにするものは趣味。趣味があってこその人生。

こんなワタクシですが、よろしくお願いします。

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