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趣味の人生を楽しむサラリーマンの日記

映画やドラマの演技は日本人のメンタリティに合っていないんじゃないだろうか



遅ればせながら(?)、1年ほど前から英会話の勉強をと思ってスピード・ラーニングを聴き始めている。この教材はすでに広く世間に知られている通り、英語のセリフが出てきて次にその日本語のセリフが出てくる、というもの。勉強というよりは数多くの英会話を聴いて慣れることで英語を身に着ける、という教材になっていて、どんな子供でも見よう見真似でそのうち言葉が喋れるようになるという考え方に基づいているんだそうです。とはいえ、宣伝文句通りに聞き流していると、日本語だけが耳に残り、英語は文字通り流れてしまうので身に付く可能性は低そう。毎日聞き流しで続けていると、意味がわからないのに聞き流す習慣が身に付いてしまうので内容がほとんど頭に入ってこなくなります。真剣に聴き続けることができれば多少効果はあるかも、というのが個人的な感想です(喋っている内容が非常につまらないので真剣に聴き続けるのはかなりの忍耐が必要)。普段英語に触れる機会が少ない人が英語特有の響きに慣れるという点では多少の効果はあるかもしれません。

そんな教材の在り方の是非はともかく、聴いていてものすごく違和感を覚えてしまうところがある。その違和感とは同じ状況で同じ内容の言葉を、それぞれ英語と日本語で喋っているのに、その温度感や感情の伝わり方がまるで違っているところ。もちろん、しゃべっている人の声が違うから違和感がある程度あるのは仕方がないんだけれども、同じ内容を喋っていてもまるで別のことを喋っているんじゃないかと思うくらい情感が違うところが少なからずあります。

もちろん、本物の会話ではないので、英語部分の会話も作られた感はあるんですが、日本語部分は多少感情を込めた風でありつつも朗読的で、むしろ中途半端に感情表現しようとしてわざとらしさが目立ってしまっている。更にひどいところでは、例えば、英語では声を震わせて苛立った様子を伝えてくるのに、それに続く同じ意味の日本語ではNHKのアナウンサーのような端正な喋り方に少し色が付いている程度の、つまりは棒読みに近い喋りが出てきてしまうような部分まである。

本題とは関係ないけれど、Vol.40からの日本語喋りの男女2人は、日本語台本が会話的でないことも手伝ってかなりひどい。37歳のスコットの声は50歳以上と思しき声質で(「相棒」で同じ喋り方で同じ声の50歳以上と思しき俳優が出演していた)、セリフで「○○さ」「○○だなぁ(語尾を上げる)」を多発、カコは発声すら覚束ない小刻みに震えた力ない声で淡々と話し続ける。本を持って朗読している姿が目に浮かぶかのようにお仕事的に、しかし微妙に感情を込めた会話が流れて行くのです。会話劇として見た場合に教材制作側の力不足は明らかで、この不自然な調子の会話が気になってリスニングに集中できない。まあ、単なる教材なのだから、そこまで気にしないでくれよ、ということなんでしょうけれど、もう少しなんとかならなかったのかと思ってしまう。

このような違和感について考えると、以前から僕が思っていたことにまた行き着いてしまうのです。

僕は、テレビや映画で見る日本人の俳優は、老若男女、どうしてこう揃いも揃って演技が下手なんだろうと常々思ってきました。その大きな原因のひとつは、デーブ・スペクター氏が言っているように、日本の芸能界は事務所が強すぎて、事務所が推す、演技の勉強も訓練もあまりやっていない役者を制作側が使わざるを得ないから、という事情がまずはあります。

一方で僕が思うのは、そもそも日本人は映画やドラマでその役を演じるというメンタリティを持っていないんじゃないかということ。その架空の人物になりきって、自分の内面をさらけ出しながら人物を表現する、という行為ができない。もう少し踏み込んで言うと、我を前面に出すという行為を美徳としない古来からの日本文化からくる、控えめ、あるいは恥ずかしがり屋なメンタルが演技に向いていないように思えるのです。

例えば会社でカンファレンスがあり、最後に質問は?となったときに手を挙げる人が日本では非常に少ないことは、他の国の人にもよく知られているところです(その場に外国人が混じっていると特に)。昔、ハリウッドのユニバーサル・スタジオのアトラクションで、「じゃあ、これに参加したい子は?」と進行役が観客に尋ねたときに、アメリカの子供たちの多くが「私を指名して」という熱意を前面に出して手を上げてアピールしていた様子を見たことがありますが、似たようなシチュエーションで、日本の子供があそこまで積極的になっている姿は見たことがありません。これも、出しゃばりは品がなく、控えめで慎ましくあることを美徳とする日本人のメンタリティがそうさせているんでしょう。出る杭は打たれる、という慣用句がここまで浸透している国は恐らく日本だけだと思います(少なくとも英語にはそのような慣用句は僕が知る限りない)。

そのような日本人のメンタリティが、演技の世界においては全部悪い方に出てしまっているんじゃないかと思うわけです。抑揚のない淡々とした演技しかできない、あるいは妙な喋り方の型を恣意的に作ったクサイ演技(田村正和、松田優作、木村拓哉、森本レオなど)しかできない、あるいは昭和中期のドラマのようなドラマの中でしか存在しない不自然に角ばった演技しかできない、という状態を作ってしまいるのは、役の人物になりきれないことをごまかすための小手先の手法でしか演技できないからではないか、と僕は考えています。

自分をアピールする習慣がない人種が、映画やドラマで必要とされる役になりきる表現ができない、言い換えるとそもそも日本の社会には演技というパフォーマンスをするという下地、文化がない。いやいや、日本にだって、歌舞伎や能があるじゃないかという声もあることでしょう。でも、映画やドラマの演技と歌舞伎や能の演技は誰が見てもわかるように別物です。歌舞伎や能は、演じている人物がどんな外見なのかわからない完全に作り上げられたメイクと衣装で、まったくの架空の世界の人物を決められた手法で演じるものであるのに対して、映画やドラマの演技にはお決まりのセオリーはなく、その俳優そのままの姿、そのままの声、そのままの喋り方で現実の世界を自己表現することが求められます。役の人物と役者の魅力が入り混じったものが最終的に「演技」として視聴者が目にするわけです。

手法ではなく、自分の内面をさらけ出してその人物を表現することが求められるリアルワールドの演技は、前述のような日本人のメンタリティに合っていない、だから日本の俳優の演技は稚拙(表現に乏しい、あるいは自分の内面を隠すかのような不自然に芝居掛かったもの)になってしまう。特に演技力の差が顕著に現れているのが子供の俳優たちです。外国の子役の演技が演技に見えないほど自然かつ個性的であるのに対して、日本の子役がセリフを棒読みして表情すら作れず、誰がやっても同じようなものになってしまうのは、演技の勉強や技術が足りない(演技の教育が足りない)のではなく、生活習慣や文化の違いという根深いところからくるメンタリティの違いが原因であるように思えます。

以前「日本の音楽を聴かない理由」という記事を書いたことがありますが、欧米でメジャーな映画、音楽、ダンスという娯楽のレベルが日本で数段落ちてしまうのは、日本の生活や文化、日本人のメンタリティに合っていないからという、身も蓋もない話に落ち着いてしまう。もちろん、それぞれの分野において世界の第一線で活躍、評価されている人もいますが、ごく一部であり、世界との間にある大きな壁を乗り越えるのは簡単なことではないな、なんてことをスピード・ラーニングを聴いていると考えてしまうのでした。

安室奈美恵引退フィーバーで思い出した2つのこと

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【1】騒いでいるのは本当のファンではない

僕はQUEENのファンである。世の中にある音楽はクイーンとそれ以外に大別できるといっても良いくらいクイーンのことをこよなく愛している。初めて聴いたときからフィーリングが合ったし、聴けば聴くほど好きになり、音楽に詳しくなってから聴いても新しい発見がある奥の深さを持っており、その勿体つけた音楽は好みが分かれるとはいえ、ポップミュージックとしてとても完成度が高いところが最大の魅力。

そんなQUEENの人気は日本から火がついたというのは有名な話で、しかし、僕がQUEENを知ったのは82年。髭面短髪になったフレディの外見的変貌と、「フラッシュ・ゴードン」の商業的失敗、中心的存在だった10代女性ファンの成長などが重なって、日本では人気が下降しはじめた時期だった。更に、ニューウェーブから派生して、よりキャッチーでフレンドリーで大衆的なグループとして、ワム!(Wham!)、カルチャー・クラブ(Culture Club)、デュラン・デュラン(Duran Duran)などが次々に台頭しはじめ、日本でも若いファンが急増しはじめていた時期でもあった。

高校に入った頃(83年)には、周囲は完全にそれら新しいグループの話題一色のムードで、QUEENは完全にオールドファッション扱いになっていた。僕がいくら力説しても、時代遅れの音楽なんて聴く気がしない、というのがほとんどすべての人の反応で、大げさにではなく本当にそのくらい極端に時代遅れ扱いされていた。86年のある日、オリジナル・アルバムを1枚ずつレコードで買い集めていた時期に、レコード店から家に戻る途中に中学の同級生に偶然遭遇、雑談していると自転車のカゴに入っているレコードに手を伸ばし、「何買ってきたの?」と袋から出てきた「世界に捧ぐ(News Of The World)」(77年発売)を見て「ヘッ、まだこんな古いの聴いてんの」と嘲り笑われたことを昨日のことのように覚えている。

80年代の日本におけるQUEEN人気はそんなものだったので、東芝EMIに移籍してからのQUEENは新譜が出たことさえ話題にならなかった。移籍第一弾の「The Works」のときはまだそこそこプロモーションされてたけれど、「The Miracle」「Innuendo」に至ってはレコード店でプロモーション用ポスターが貼られることもなく、目立つところにCDをディスプレイされることもなく、ひっそりと他のCDと同じ場所のラックに新譜が1枚だけ置かれていた。もちろん話題に上ることはなく、特に「The Miracle」は、(当時は知られていなかったけど)フレディがHIVキャリアことをメンバーが知ってから制作され、バンドとしての一体感を取り戻した完成度の高いアルバムだったにもかかわらず、評価されていなかった、否、評価の俎上に載せる人すらいなかった。

ところが、フレディ・マーキュリーが亡くなり、残された録音から制作された「Made In Heaven」が発売されると、CDショップには特設コーナーが設けられ、新聞でも採り上げられるほどの話題になった。「Made In Heaven」はフレディが世に出してほしいと願って残していた音源を元に残りのメンバーが仕上げたアルバムだっただけに、特別な意味を持つアルバムだったとはいえ、純粋なQUEENのアルバムと捉えるのには無理があり「The Miracle」に及ぶ内容とは言えなかったにもかかわらず、「The Miracle」よりも遥かに売れた。特にここ日本においては何倍も売れたんじゃないだろうか。

と、長い前置きはここまで。

以前の記事で書いた通り、僕は日本の音楽は聴かない(http://buhaina.blog.fc2.com/blog-entry-270.html)。洋楽とJ-POP(歌謡曲)の質の違い、日本人の音楽との距離感と合わせて、パフォーマンスのレベルの低さと、この程度の客(日本人)にはこの程度のものでいいだろうという作り手の志の低さを理由に挙げた。でも安室奈美恵にはそのような思いを抱いたことがない。もちろんショービズ本場のアメリカでも通じる世界一級品のレベルとまでは言わないけれど、プロとして歌も踊りもしっかりしているし、聴衆に質の高い娯楽を提供しようという志があるから。芸能界という日本特有のジメジメした狭い世界で生きるのではなく、表現者であることを第1優先で活動している姿にファンでなくても好印象を抱いていた。

引退宣言をしてから最後のツアーを収めたDVD(ブルーレイ)が記録的な売上であることがニュースで採り上げられる様を見て、前述のQUEENのことを思い出してしまった。100万を超えるその最後のDVDの購入者で、前作のDVDを持っている人はどれだけいるんだろう?タイトルすら言えない人がほとんどなのでは?小室時代を終えた後の曲を歌える人がどれだけいるんだろうか?ずっと追いかけているファンはむしろ小室時代が彼女のキャリアの中では異端と言っているというのに。人気のあった閉店前のラーメン屋に行列したり、販売中止が決まってカールが在庫切れになったのと似たような、本当は好きだったわけでもないのに「ファンである自分」と主張しはじめる身勝手な人が多くてとても嫌な気分になる。

ちなみに、今ではもっとも広く聴かれている洋楽アーティストといっても過言ではないQUEENでも、熱心なファンと思える人に実際には一度も会ったことがない。熱心なファンを目の当たりにしたと思ったのはミュージカル「We Will Rock You」の会場、新宿コマ劇場だけだ。ファンが多いと言われているアーティストでも本当のファンというのはそれほど多いわけではない。僕はビートルズはあまり好きではなくて知識もないけれど、僕よりビートルズのことを知っているな、この人はファンだなと思った人はこれまでに2人しか会ったことがない。

以前、X-JAPANのHIDEが亡くなったときに葬儀に行列するファンがテレビのニュースで報道されていたけれど、あれにも強烈な違和感を感じた。並んでいる行列にカメラを向けると3~4名のグループが目立つ。ある特定のアーティストの熱心なファンというのはそう周囲に多くいるものではない。本当のファンが行列をなしていたのなら、数名のグループなど存在しないだろう。

【2】小室哲哉の重い罪

先に書いた通り、安室奈美恵のキャリアの中で小室哲哉プロデュースの時代はむしろ異端の時期だった。にもかかわらず、ニュースなどで流れるのは小室時代の曲ばかり。まあ、でもそれは仕方がない。みんなが知っている曲はすべて小室時代の曲なのだから。

一世を風靡した小室哲哉は、才能のある音楽家だったと僕は思っている。しかし、今では懐メロとして聴く人はいても小室哲哉の音楽が好きで今でも聴きたいと思っている人はほとんどいない。ゼロとは言わないけれど、売れた枚数と今でも愛好しているという人の比率統計が取れたら、他を寄せ付けぬ記録的な低率になるんじゃないだろうか。つまり音楽家としては完全に終わっている。理由は簡単、音楽を舐めて、音楽を金儲けの道具にしたから。

まだそれほど有名でなかったときに小室哲哉が作っていた曲は歌のメロディ、骨格がしっかりしている。わかりやすく言うと、最初から最後まで歌を口ずさむことができる。渡辺美里の"My Revolution"を思い出しみれば、最初から最後まで通して鼻歌で歌える曲であることがわかるはずだ。

小室哲哉がキース・エマーソンから影響を受けたことを割と知られるところで、学生時代には論文(雑誌の投稿だったかな?)まで書いていたという。他にも様々な洋楽アーティストの音楽を吸収して、TMネットワークで才能を開花させた。キーボード(あるいはピアノ)奏者というのは譜面や音楽理論に強く、感覚だけでなく理論的もしっかりしていて、さらに才能を持っていたからこそ成功した。

しかし、「小室哲哉プロデュース」ブランドになってからの楽曲は、曲の構造が非常に貧弱である。ある程度印象に残るメロディが少しできてしまえば、編曲能力があり、打ち込みで自分だけで制作できるから、曲として形をつくることができてしまう。もちろんそれも才能があるからできることとはいえ、その「ある程度印象に残るメロディ」の部分以外は、おざなりのメロディがチョロっとあるだけでほとんど頭に残らない。わずかな素材を元に引き伸ばして曲の体裁を整えるだけなので中身が薄くなる。

「小室哲哉プロデュース」は別にプロデューサーとして優れているのではなく、短い歌メロを元に編曲で誤魔化して曲に仕上げ、伴奏も打ち込みで作るという成り立ちからそうなっただけのもので、歌メロの断片を元にしているだけだからそもそも他人に委ねることができない。打ち込みというテクノロジーができて、イージーに曲を作ることができてしまうようになったから、他の人が介在しない、他人の手間をかけない、省力化された音楽、それを「小室哲哉プロデュース」と呼んでいたにすぎない。少なくとも彼は歌をプロデュースしていたとは思えず、たとえば「~が」と歌う場合に、綺麗に発音するために「が」を「んが」のように濁らせるのが基本のところ、はっきり「があ」と汚く発音させていてそのまま放置していたりする(意図して狙った効果も感じられない)。

そんな状況でも、周囲がちやほやして次々に作曲を依頼、それがまた売れて、無名時代からは想像できない大金がバンバン入ってくる。似たような歌メロやコード進行のものが増え、歌メロは更に簡素化されていった。そもそもポップミュージックの作曲というのは12音という限られた音階を組み合わせて作るだけのシンプルなもので、技法や構成に凝って、必ずしも時間を積み上げれば良い曲ができるというものではない。一方で、誰でも作れるシンプルなものだからこそ、閃きや創造力や独自の感性が要求されるわけで、編曲はもちろん、得意とも思えない作詞までして、演奏家として活動してテレビに出演して芸能活動までして、作曲以外の仕事を大量こなさなくてはならない忙しい状況であんなにハイペースで質の高い楽曲を次々に作り続けることができる作曲家がいるはずがなく、商業主義に流された小室哲哉は消費されるだけの中身の薄い音楽しか作らなくなった。彼が不幸なのは、ダウンタウンの浜ちゃんの歌や沖縄サミットのような曲に「手抜きが酷いですね。もう一度書き直してください」と言う人が誰もいなかったことだろう。

歌詞になると手抜きは更に凄まじく "Feel Like Dance" という文法間違い(正しくはDancing)に始まり、"Can You Celebrate?" という、ネイティヴが聞いたら「あなたはドンチャン騒ぎできますか?」という意味の迷タイトル曲を日本歌謡曲史に永久に残すことになった(一時期は結婚披露宴の定番曲だったそうで)。この曲がまた、安室奈美恵引退フィーバーでヘヴィローテーションされてしまっている。

要するに、この程度の曲をチャッチャと作ればいいんでしょ、どうせ聴衆の程度が低いから手抜きしてもバレずに売れちゃうし、という姿勢で彼は音楽を金儲けの道具として利用した。小室人気絶頂期に僕はそう思っていたので僕は小室哲哉のことを心の底から軽蔑し、「先週Globeのコンサート言ったけど最高だった」という友人に対して「手抜き音楽ばかり作っている小室はすぐに消える。10年後には誰も聴いてない」と言い放っていた(嫌な奴だねえ、まったく。でも事実そうなったよ)。ちなみに小室人気絶頂の当時、トーク番組に出ていた松山千春が小室哲哉に触れ、客に向かって「お前ら可哀想だよ。10年後に風呂場で湯船に浸かって鼻歌で歌える曲がないんだから」と言っていたのは僕とまったく同じ感覚から来たものだったんだと思う。

でも実際、懐メロとしてカラオケで歌われたり、懐メロとして聴かれることはあっても、今でもあの「小室哲哉プロデュース」の音楽を求めて聴いている人がどれだけいるというんだろうか。手抜きで作られた引き伸ばし加工品音楽に長く親しまれる奥深さがあるはずがない。そうやって手抜きが板についてしまったから、音楽家としてその程度のものに小室哲哉は成り下がってしまた。今、新たに小室の音楽が聴きたいという人がどれだけいるというんだろう?安室奈美恵が小室哲哉から離れたのは、自分の方向性を持って物事を客観的に見て、ブームが長続きしないことを見越していたからのように思える。もちろんこれは勝手な想像だけど。

確かに音楽は売れて、広く知られてナンボという要素はある。でも金儲けの道具として作られた音楽が長く愛され続けることはない。セールスの記録が残り、その功績が消えることはないであろう小室哲哉。今でもカラオケの印税だけで年に数千万以上は入ってくるであろう成功を手に入れたかもしれないけれど、本当に優れた音楽は何世代にもわたって聴き続けられて行くもので、今の若い人に小室哲哉プロデュースの曲に聴かれているかどうかは調べるまでもなく皆が知っている。

才能を無駄遣いして、音楽家として恥ずかしい生き方を選び、音楽を金儲けの道具にして消耗品を大量生産し、この程度の客にはこの程度の音楽でいいだろうという悪しき文化を定着させた小室哲哉の罪は重い。

音楽教室から著作権料を取るJASRACの暴走

僕が高校生(80年代後半)のころ、レコードは1枚2,800円くらいが相場で、お小遣いをやりくりしてどの1枚を買うのかを決めることは一大イベントだった。長期休みのときだけやっていたアルバイト(校則では禁止だったので)で貯めた貯金を切り崩し、次の休みまでもたせなくてはならないだけに、欲しいからと言ってそう何枚もレコードを買えるものじゃない。そのうち、レンタルレコード店なるものが登場し、お安くレコード借りてカセットテープに録音して楽しむことができるようになった。これはお金のない学生にはとてもありがたいことで、一時期はよく利用させてもらっていた。

しかし、しばらくすると、レンタルレコード店通いはしなくなっていった。利用していた店は僕が当時熱中していた70年代英米ロックの名盤が多く揃っていた、今思えばちょっと変わった店だったけれど、当然のことながら自分の興味のあるレコードをすべて押さえきれているわけではなかった。カセットテープに落とすと音が悪くなってしまうこともやはり歓迎できないことだったし、レコードというものはあの大きさゆえに所有する喜びというものがあり、本当に好きなアーティストは常にレコードで聴きたいと思うようになったからというのが利用しなくなった理由である。

もうひとつ、心の隅にではあるけれども気にしていたのが、レンタルレコードに支払ったお金はアーティスト側に一切入らないということ。レンタルレコードというビジネスが始まったころは法整備がされておらず、作り手側には1円も入らない状態で、学生時代の僕はそれはちょっとまずいんじゃないかと思っていた。素晴らしい音楽を聴かせてくれている作り手にお金が入らない世の中では、音楽の作り手がいなくなってしまう!

大学生になると、渋谷のタワーレコード(当時は場所も違っていて米国直営だった)という、街のレコードショップが足元にも及ばない豊富な洋楽ロックの品揃えと国内盤からおよそ30~40%安く買える巨大ショップの存在を知り、いよいよレンタルレコード店は利用しなくなっていった。もちろん、輸入盤でもレンタルレコードよりはずっと高いけれど、レコードを所有する喜びと、作り手の方々を微力ながら支えているという気持ちを優先したいと思っていたからだ。

と、偉そうに言ってはいるものの、僕も聖人ではないので、何らかの形で無料で音楽を入手したことはあるし、ブートレグという魔物に取り憑かれたこともある。それでも、音楽の作り手にはお金が配分されるべき、という気持ちは基本的に変わらない。音楽にお金を払う人がいたからこそ、太古の昔から音楽を生業とする人がいて、現代まで音楽が存在し続けることができている。バッハやモーツァルトだってお金を払う人がいなければ他の生き方を余儀なくされ、今でも聴かれ続けている名曲がこの世に存在していなかったかもしれないし、世界中の音楽好きを魅了しつけるジャズやロックの名盤だって残っていなかったかもしれない。

そうやって10代のときから「音楽には対価(お金)を支払うべき」と考えてきた僕でさえ違和感を抱くのが、JASRACが音楽教室から著作権料を徴収するという動きである。これはもう音楽文化後進国でしか起こり得ない珍事と言って良いくらい愚かしい。

このニュースを機に考えてみた。一体どういうときに著作権料は徴収されるんだろうか?人に聴かせることを目的とした場合は、生演奏でなくても(CDを流すだけでも)著作権料を支払う必要があるとのこと。カラオケ、イベントで音楽を使う場合はもちろん、レストランや美容室のBGMで流すとそれだけで支払いの義務がある(有線放送が使われることが多いのは自分でBGMを選んでも著作権料を払う必要があり、手続きをするのが面倒だからなんでしょう)。僕は、自らの披露宴で流す曲を、培った音楽知識と手持ちライブラリーから総動員して選曲したけれど、これも披露宴で使うからには著作権料を支払わなくてはならない。ホテルが代行するため(していたはず?)自分で払っている感覚がないからまったく意識していなかったし、その場にいた人も恐らく誰も意識していなかっただろうと思う。

音楽好きとして、音楽は広く親しまれ、音楽が好きだと言える人が増えてほしいと僕は常々思っている。だから、冷静に考えてBGMにもお金が絡むことに気づくとちょっと世知辛い気分になるけれど、これらはまだ理解できるし、曲を公の場で使用する場合には作り手に還元されるべきであるという考えから逸脱しているとまでは思わない。

しかし、音楽教室で音楽を学び、演奏を楽しむ人から徴収するところまで来ると疑問しか湧いてこない。徴収する理由付けはいろいろあるようだけれども、一番の違和感は「人に聴かせることを目的としているから」ということ。発表会ならともかく、音楽教室で練習している曲が人に聴かせるためのものという言い分はこじつけにも程があると言いたい。アマチュアが密室で練習しているミスだらけの演奏、何度も途中で止めて同じところを繰り返している演奏を聴いてそれに価値を感じて楽しむ人がいるとでも言うんだろうか。

ちなみに、ライヴハウスなどでバンドが著作権登録されている曲をコピーして演奏した場合の著作権は、ライヴハウス側が支払っているとのこと。もちろんその原資はバンドが支払った使用料からだから一見問題ない。ところが、ファンキー末吉氏によると配当のルールなどが不透明で、正しい配当がなされていないとJASRACに上申書を提出している(http://www.funkyblog.jp/jasrac/)。ドラマー兼作詞作曲家を務める氏のバンドで全国ツアーを行い、自作曲を延べ数千回にわたり演奏してきたが、全都道府県の主要なライブハウスで計204回ものライブを行いながら、使用料は1円も計上されていなかったと主張している。要は、JASRACも著作権をうまく管理できておらず、徴収はするが実際に作曲家にお金が支払われていないという杜撰な運用をしているということになる(お金はどこへ?)。

音楽教室でレッスンまで「人前で聴かせることを目的としている」と求めるほど著作権料をシビアに運用するのなら、正しく作曲家に還元できるようにするのが先決ではないんですかね。それができないのなら、お金が取れそうなところを嗅ぎつけて、イチャモンつけてお金をむしり取る893と変わらないじゃないですか。僕は、音楽文化の維持のためには作り手にお金を支払うべきだとずっと考えてきたけれど、これから音楽にお金をより払ってくれるかもしれない人を育てる場でもある音楽教室を締め付けるのは自殺行為でしかない。

ちなみに、今回のJASRACの主張では著作権料を一律で音楽教室から取るという。これはつまり、著作権が切れているクラシック楽曲のみをレッスンで使ったとしても徴収することを意味する。どのような曲をレッスンで使ったのか管理できないから、もう音楽教室全体からまとめて取っちゃえ、ということらしい。それをどの作曲家にどのように配分するつもりなんだろう。デタラメもここまで来ると呆れて物が言えない。

仮に音楽教室も著作権料を支払うという判決が出たとしても、音楽教室側はお客様であるレッスン受講者からお金を徴収することしない(音楽教室が負担する)でしょう。特に今回は個人レッスンを対象にしておらず、営利団体がターゲットになっている(ライヴハウスが支払うのと同じ理屈)ことを考えると益々困難なことでしょう。でも、個人レッスンも将来は徴収しようとしていることを踏まえて無理を承知で僕はあえて提言したい。著作権料を支払う義務がある曲を演奏したいと受講者から要望があった場合にはその人から著作権料を取るようにするべきだと。そうすればその曲は選ばれなくなる。あるいは単純にJASRACに著作権管理されている楽曲は、すべての音楽教室で使わないことにしてしまえばもっと手っ取り早い。お金がかかるからと言って演奏する曲に選ばれなくなることを残念だと思わない作曲家は、エレベーターのBGMを作るような職業音楽制作者ではあっても、もはや音楽家(Musician)とは言えない。音楽を心から愛し、文化の担い手であるという自負がある作曲家であれば、そんな状況を看過することができるはずがなく、音楽家の良心を問われることになる。そうすればアクションを起こす人が少なからず出て来るんじゃないかと僕は思っている。

もちろん、それ以前に裁判所がJASRACの主張を退けることが望ましいのは言うまでもない。ここでJASRACの主張が通るようなことがあれば、日本という国はその程度の文化しか持ち合わせていないと世界中に宣言することになる。そんな恥を晒さないでほしい。

ガラパゴス日本文化の地盤沈下

今年の東京モーターショーは、イタリア、英国、米国メーカーが出展を取りやめた。ロールス・ロイス、ジャガー、フィアット、アルファロメオ、フェラーリ、マセラティ、ランボルギーニ、キャデラック、シボレーなど、歴史と伝統あるブランドの出展がない。華やかなジュネーヴやパリのモーターショーに比べると寂しいもので、もはや国際モーターショーと言うのが憚れるくらいになってきています。

理由はWebニュースなどで書かれている通りで、市場縮小、メーカーの人気が偏っていることが原因でしょう。でも根本にあるのは日本だけのガラパゴス文化にあると僕は思っています。

このブログで以前、日本独自の「お客様は神様」な文化が特異であることを嘆いたことがあります。
http://buhaina.blog.fc2.com/blog-entry-127.html
(類似関連ページ:http://buhaina.blog.fc2.com/blog-entry-256.html

客だから不満なことがあれば何を言ってもいい、何を要求してもいい、しかも尊大な物言いで構いやしない。だいたい、地下鉄に時刻表がある国なんて珍しいというのに、日本では少し遅れると駅員に噛み付いている人が現れる。もはや病んでいる言ってもいいほどなのに、それをおかしいと思わない。

クルマというものは、確かに道具としての側面があります。特に電車などの公共交通機関が発達していない都市部以外のところではクルマがなければ買い物に行くことさえできなくなってしまうところも珍しくない。移動の足としてクルマは欠かせないわけです。

日本のクルマが壊れないことはもう随分前から世界で認められています。モノを買うときに合理的な選択をするアメリカでは、だから売れた。欧州では、歴史やモノとしての価値、それらを具現化しているブランドを好む傾向があるので北米ほどではないけれど、それでもそれなりに日本車は市場を確保しています。高品質でも高くはない、ということが武器になれば商品として世界で認められるわけです。また、日本車の圧倒的な品質に危機感を抱いて、外国メーカーも品質を向上させ、自動車全体の品質が上がったことも日本車の功績だと言えるでしょう。

一方で、多くの人がクルマにエモーショナルな要素を求めているのもまた事実です。これはクルマ好きな人に限らない話で、デザインや色、装備や快適性、ブランドといった要素に自分の好みを求めているわけです。「クルマなんて動けばなんでもいい」と言っている人をときどき見かけますが、「じゃあ、軽自動車でいいじゃん」と言うと、「いや、軽はちょっとねえ」と言うわけです。今や軽自動車の性能で困ることなんてないわけで、エモーションが働かなければこんな返事が返ってくることはありません。

今回、出展を取りやめたメーカーは、超高級ブランドは別として、日本で人気のない(売れていない)、総じて品質についてはあまり高い評価を得ていないメーカーのように見えます。日本という市場で成功しなかった、努力が足りなかったメーカーだと切り捨てるのもいいでしょう。僕は、合計14年、アルファロメオとジャガーに乗ってきて、たしかに国産車の品質には及ばない細かいトラブルはあるけれど、たとえば旅行の計画が狂ったなどの困った事態に陥ったことは一度もありません。また、かつて品質に難ありと言われたメーカーでもそういう話を最近は聞かなくなりました。走行に影響ない部分の品質は国産車に及ばないし、理詰めでしっかりしたクルマ作りをしているドイツ車のような安心感はないけれど、困るようなことはなく、工業製品としての質を追求するドイツ車、日本車にはない魅力がある。だから、日本以外の国ではそれなりに売れている。欧米ではそういう多様性を受け入れる感性があるから、いろいろなメーカーが生き残っている。発展途上の中国も(嗜好の方向性はともかく)エモーションが働くクルマ選びをしているから、上海モーターショーは大盛況になるわけです。

「日本人は音楽を愛していない。作り手も、聴き手がこんなレベルだからこの程度の音楽でいい」と書いたことがありますが、クルマについても品質以外のエモーショナルな部分は似たようなことが言えると思います。メーカーは魅力的なクルマを作ることをせず、品質ばっかりやっていた。それは即ち、クルマ好きを育てる努力をしてこなかったということです。こんなに国産車のシェアが高い国は他になく、それ(単一の価値観)が異常だと思わない国民の危機感のなさはもはや重症と言ってもいいでしょう。

そんな特異な日本の市場でもその市場が大きいうちは、外国メーカーも日本に合わせてやろうとしていた。でも海外の人はみんなわかってきたんですよ。人間性をないがしろにして異様に高い品質ばかりを追求する非文化国、そして人口減で縮小しか見えてこない市場であることを。

東京モーターショーの出展が減っているのは、あまりにも特異な日本文化の地盤沈下であると僕は強く思っています。日本市場で生き残れなかったんだから勝手にやめれば、と思っている人が多いうちは更に地盤沈下して行くでしょう。日本人は早く気づいた方がいい。品質の要求度だけが異常に高く、それによって失われているものがたくさんあることを。

定期付き一体型PASMOの紛失に満足な対応ができない東京メトロ

オートチャージ機能が付いた定期というのは便利なもので、首都圏の電車利用で小銭の扱いが不要になるばかりか、コンビニなどの買い物でも小銭を扱う必要がなくなりました。しかし世の中、便利なものにはそれなりの代償があるものです。

先日、その便利な定期付き一体型PASMOとSuicaを紛失しました。オートチャージ機能付きはPASMOとSuicaは、要はクレジットカードそのものでもあるので紛失して悪用された場合のリスクは非常に高い。いや、それだけでなく電子マネーとしてコンビニで気軽に使えてしまう(使っても足がつかない)だけによりリスクが高いということに、無くしてみてはじめて思い至りました。

更にPASMOに至っては元の状態に戻すまでものすご~く大変な思いをしたので備忘録を兼ねて書いておきます。Suicaとの違いを交えながら。

ざっと書くと、PASMOを紛失してからの手続きは次の流れになります。

[1] PASMO機能の停止
[2] 提携クレジットカードの停止と再発行の依頼
[3] 定期売り場で代わりとなる磁気定期を発行 (翌日以降になる)
[4] PASMO付きクレジットカード到着(14日以内くらいで到着)
[5] クレジットカードに旧PASMOの情報を移行
[6] 磁気定期をPASMO付きクレジットカードに移行して一体化

もともとPASMOには、一体型を作る際に普通のPASMOから移行できないという問題があります。今やほとんど使われていない磁気定期からでないと一体型PASMOを作ることができないんです(ちなみに、Suicaから一体型Suicaへの移行は普通にできるので、それが当たり前だと思ってPASMOで定期を最初に作ってしまうと唖然とすることになる)。Suicaでは、みどりの窓口に行って [3] で通常の定期付きSuicaを発行してもらえるため、紛失した翌日の時点でオートチャージ機能以外は元通りになります。また、Viewカード到着後は駅の機械で [5][6] に相当する手続きができます。みどりの窓口での所用時間は3分程度、駅の機械での操作は1分もあれば事足ります。

では、PASMOだとどうなるのか。

[1]
駅の事務所でやってくれます。ここで再発行整理票(違う名前だったかもしれないが以下これで記載)を発行してくれます。Suicaも同じで、しかも東京メトロの事務所でSuicaの分まで手続き可能です。

[2]
普通のクレジットカードを止める行為と同じです。SuicaはViewカードと決まっていますが、PASMOはいくつかのクレジットカード会社から選ぶことができるため、自分が選んだクレジットカード会社を覚えていなかった僕はそこで右往左往しました。

[3]
再発行整理票をここで提示して定期の再発行をしてもらいます。最終的に一体型PASMOにしなくてはならないので磁気定期しか発行してくれません。電子マネーとして使えないのはもちろん、駅においても磁気定期が通れるゲートが少なく、結構不便な思いをします。また、定期売り場担当者のオペレーションを見ていると、Suicaは再発行整理票の番号をシステムに入力してからすぐに再発行されたのに対して、東京メトロでは窓口担当者が手書きでなにやらいろいろと記載するなどしていて面倒そうで、こちらもその分待たされました。

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もともと14日以内くらいと言われてたところ、13日後に到着。よって問題はありませんが、同じタイミングで発行してもらったViewカードは8日後に届きました。

さて、問題はここからです。

PASMOの一体化は駅の機械でできるとWebに書いてあるので手続きをやってみると、新カードが無効と言われてできない。やり方が違うのかと思っていろいろ試行錯誤しながら操作をしていたら普通の定期付きPASMOが発行されてしまった(これは僕の誤操作)。磁気定期に戻さなくてはならなくなり、乗り降りに関係ない別の駅まで移動して定期売り場で特別に対応してもらう。そこでクレジットカード付きPASMOの一体化手続きをしてもらうと新カードが無効でできないという。

「古いカードからの移行ですよね。古いカードが必要です。ない場合は510円かかります。古いカードがあれば手続きは駅の機械でできます」。

古いカード(=紛失した定期)は実は幸いにして後日見つかったため、保持していたけれど家にある。もうあきらめて翌日出直すことに。ちなみにSuicaは再発行までの手続きに旧カードは要りません。

翌日。機械で早速、移行手続きに着手。旧カードを入れる段階で無効であるとはじかれる。クレジット機能もPASMO機能も止めたのだから無効と出るのは当然なような気がするけれど、前日の定期売り場の人は「機械でできる」と言っていたので、駅員に尋ねてみる。もちろん、紛失したことによる再発行、一体化がしたいという希望を伝えて。駅員も機械でいろいろ試してみるものの古いカードも新しいカードも無効な状態で、どんな操作も受け付けてもらえない。駅員、悩みはじめて事務所にこもって調査に入る。

そうこうして30分ほど経過すると、駅員が「再発行整理票持っていませんか?」と訊いてくる。ありますよ、と言うと「これを持って定期売り場に行って再発行してもらう必要があります」「ええっ?機械でできるって言われたのに。で、再発行って何を再発行してもらうんですか?普通のPASMO再発行したら一体化できなくなりますよね?」「・・・・定期売り場で手続きできるので、行ってください」。

仕方なく、再び用事のない駅にある定期売り場に移動。偶然にも前日対応した担当者で要望はすぐに飲み込んもらえた。横にいる別の担当者と「もう、これやっちゃう?」「そうだね」と会話のやりとりは何を意味していたのかはわかりませんが、普通はやることになっていない手続きをやっちゃうしかないか、という意味に聞こえてくる。無効な新カードを有効化して磁気定期の情報、PASMOの情報(チャージやポイント)もようやく移行完了。「昨日も再発行整理票持ってたんですけど、この手続、昨日できたってことですか?」「そうです」「旧カードがあれば駅の機械でできるって言ってたじゃないですか」「紛失再発行の場合はできません」。

未だにどういう進め方(特に新カードを有効化する方法)が正しかったのか理解できません。

要約するとこういうことです。

再発行されたPASMO付きクレジットカードと磁気定期一体化をしようとしたら新カードが無効と言われる。いろいろ試しているうちに誤ってPASMOを発行してしまったので、駅員に紛失からの経緯を説明して対応方法を尋ねた。駅員は別駅定期売り場担当者に「PASMOを磁気定期に戻して、一体型PASMOにしてほしい」と要望を伝えた。ところが定期売り場の担当者は(再発行整理票を持っていたから実際にはできたはずなのに)新カードを有効化できなかったから旧カードからの通常の方法での移行方法を僕に勧めた。そしてその方法では移行できなかった。

なぜこうなったかと言うと、定期売り場の人に、紛失、再発行の手続きであることが伝わっていなかったから。

ちなみに、駅員は僕の相談に対応するためにかなり悩んでいました。結局2日にわたって再発行の手続きに僕は臨んだわけですが、合わせて1時間以上もがんばってくれました(それぞれ別の人でしたが)。言い換えると、まだ寒いこの時期に1時間以上も立ったまま待たされたということでもありますが、そもそも駅員が理解しきれないような複雑なシステムでマニュアルもないってどうなっているんですかね、東京メトロさん。しかも、定期売り場担当者への引き継ぎも不十分で、その両者が重なった結果あっちこっちにたらい回し。

定期売り場の人に「昨日も再発行整理票持ってたんですけど、この手続、昨日できたってことですか?」って尋ねたときのまったく悪びれた感情が含まれていない「そうです」は、「だって俺、紛失の再発行って聞いてないから知らなくて当然。あなたが言わないから悪いんだよ」と言っているかのような自信に満ち溢れた毅然とした口調でした。もちろん謝罪の意味を匂わせる言葉や態度は最後まで一言もなし。前日のやりとりで「旧カードはありますか」と聞かれたときに「落として無効化したけど見つかったのである」と答えたので、駅員から紛失した後の手続きであるという情報を貰えていなかったとしても察することができたはずなんですが、なにしろ相手の状況を把握しようといマインドがゼロで客を客だと思っていない役所仕事が染み付いているようなので、そんな気の利いたことはできなかったということでしょう。

というわけで、東京メトロの体制、対応は本当に酷かった。定期付き一体型PASMOを紛失した場合の手続きの流れは決まっているはずです。でも複雑で、駅員すらもわかっていない。客は壁に当たると当然そのときそこにいる駅員に訊きます。やりたいことを伝えて駅員が回答する。これが危険。新規で手続きする場合と紛失時に手続きする場合とやるべきことが違うからです(Suicaは再発行整理票を提出する最初のSuica再発行以外に新規と手続きの違いがないからこういう混乱は起きない)。僕は最初に説明しましたが、いちいち「紛失してこの手続をやりたいんですが」なんて訊き方しない人だっているでしょう。だから駅員が的外れな回答をするわけです。

もう一度言いますが、定期付き一体型PASMOを紛失した場合の手続きの流れは決まってるはずです。進め方のフローをまとめて1枚の紙にしておいて、それを紛失した客に渡せば良いだけのことなんですよ。その説明用紙が1枚あるだけで、客も(理解できていない)駅員も大幅に無駄な時間を減らすことができるのに、なんでやらないんですかね?また、僕のオペレーションミスで一旦PASMOを誤って発行してしまっていますが、PASMOを発行すると一体型に移行できないことを警告で出すようにすればそんなことも起きないわけです。

Suicaと違って、私鉄複数社で提携カード会社もいくつかあるゆえにいろんな柵(しがらみ)があって、システム的にできないことがあったり、手続きが面倒だったりするんでしょうが、お役所仕事にも程が有るんじゃないですか、東京メトロさん。失くしたお前が悪いって言いたげな態度の定期売り場担当者さん、客相手の仕事だっていう意識ゼロでしたね。呆れてモノが言えません。

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